ただいま、そして
文字数 1,625文字
神様、お願いします。転生させてもらえるませんか、行きたいんです――
向こうはわからないんだよ、それでも?
それでも――
「えっと……」
聞きなれた声が困惑していた。ごめんね、ごめんねと私は繰り返す。いつもいつも困惑させていた。いつもいつも泣かせていた。ごめんね、ごめんねと私は再び繰り返した。
「命なんだから、責任もたなきゃいけないのに、そんな気持ちになれな……」
「……」
聞きなれた声が怒りを含みながら困惑していた。ごめんね、ごめんね、また怒らせちゃった。私に向けて怒っているのでないことはわかっているけれど、でも。
ごめんね、ごめんね。困惑されても、泣かせても、怒らせても、それでも、私はここに来たいと思ってしまった。
あなたは、私を箱から出した、もう一人のなつかしい人に言い募る。
「もう自信ないんだよ」
あなたはそう言って涙をこぼした。ごめんね、ごめんね、私のせいだね。私はモソモソと身体を動かした。
お腹が減った……。え、まじで? からだに慣れていないから驚くじゃないか!
そうか、こんなにお腹ってすぐ減るのか、雛鳥って?
「ビョエ、ビョエッ」
腹が減った、すごく減った。あなたはまだ、泣いている。ごめんね……ちがう……泣いている暇あったら――
「ビギャあああっ! ジョエエエエエエえええっ!!」
早く餌寄越せ! おいっ! 泣いている暇なんてねぇんだよ、こちとら、ずんずん成長中であなたの悲しみに付き合ってられないんだよ! 腹減った、早く餌寄越せ!
私の訴えに蹴倒されたあなたは、ちょっと呆然として私を見たので、さっさと餌の用意をしろと、ジョエエエと威嚇した。腹が減って死んだらどうすんだ、ああ?
慌ててあなたは、流動食を用意する。さすがに手慣れている。私が食べないから、何度も作りなおして、泣きながら私に食べてと訴えていたものね。
「わかった、わかった、ほら、お腹いっぱい食べ……こらっ、おいっ、むせるから、かぶりつくんじゃねぇ!」
私が勢いよく食いつきすぎて、あなたは慌てて怒鳴った。食べなくて泣かれた記憶しか残っていなかったので、私が驚いた。食べて怒られるとは思っていなかったぜ! ちょっと食べさせてよ、邪魔すんなや! 寄越せと言ってるんじゃ、おい、飼い主! きいているのか、おい!
「ちょ、ちょっとこの勢い、怖いわっ」
怖いとかぬかしていないで餌よこせ。腹が減って仕方がない。雛だからだよ、わかっているよね。あなたをまた困惑させてしまったが、あなたを思いやる余裕は今は一切ないっ!
全身をブルブル震わせて、流動食の入ったチューブに私は食らいついた。うまっ、うまっ、うまいっ!
「足りない? うわっ、もうちょい足すか」
あなたは、追加を作りに立った。小さなプラケースごしに、見慣れた部屋を見回した。転生前の私の写真の前に花が飾ってある。
セキセイインコのピヨコ――それが以前の私だ。可愛がられた末に、力尽きた。あなたはよくやってくれた。でも、あなたは私がいないと今なお泣きくれている。
ペットロスっていうんだよ、と神様が教えてくれた。だから私は転生を決意したのだ。神様が私に念を押した。生き返ることはできないから「転生」するしかないんだよ、と。
それでいいと私は了解した。今の私は、灰色のからだに赤いほっぺのオカメインコの雛だ。転生したこのからだで、あなたの元に共にいられる時間がどれくらいあるのか、私にはわからない。神様は、転生後の運命を教えてくれなかったから。
だけど、今のあなたの喪失感を取り除き、あなたが転生した私とお別れする時には、ペットロスにさせない、と私は誓って転生した。
あなたのパートナーで、私のもう一人の飼い主に、転生した私を連れて帰るように差し向けてと、神様にお願いしたのだ。
だから、ただいま。これからしばらくの間、よろしくね。
そして、だ。そんなことはどうでもよくて。四の五の言わず、もっと餌寄越せ!
(おわり)
向こうはわからないんだよ、それでも?
それでも――
「えっと……」
聞きなれた声が困惑していた。ごめんね、ごめんねと私は繰り返す。いつもいつも困惑させていた。いつもいつも泣かせていた。ごめんね、ごめんねと私は再び繰り返した。
「命なんだから、責任もたなきゃいけないのに、そんな気持ちになれな……」
「……」
聞きなれた声が怒りを含みながら困惑していた。ごめんね、ごめんね、また怒らせちゃった。私に向けて怒っているのでないことはわかっているけれど、でも。
ごめんね、ごめんね。困惑されても、泣かせても、怒らせても、それでも、私はここに来たいと思ってしまった。
あなたは、私を箱から出した、もう一人のなつかしい人に言い募る。
「もう自信ないんだよ」
あなたはそう言って涙をこぼした。ごめんね、ごめんね、私のせいだね。私はモソモソと身体を動かした。
お腹が減った……。え、まじで? からだに慣れていないから驚くじゃないか!
そうか、こんなにお腹ってすぐ減るのか、雛鳥って?
「ビョエ、ビョエッ」
腹が減った、すごく減った。あなたはまだ、泣いている。ごめんね……ちがう……泣いている暇あったら――
「ビギャあああっ! ジョエエエエエエえええっ!!」
早く餌寄越せ! おいっ! 泣いている暇なんてねぇんだよ、こちとら、ずんずん成長中であなたの悲しみに付き合ってられないんだよ! 腹減った、早く餌寄越せ!
私の訴えに蹴倒されたあなたは、ちょっと呆然として私を見たので、さっさと餌の用意をしろと、ジョエエエと威嚇した。腹が減って死んだらどうすんだ、ああ?
慌ててあなたは、流動食を用意する。さすがに手慣れている。私が食べないから、何度も作りなおして、泣きながら私に食べてと訴えていたものね。
「わかった、わかった、ほら、お腹いっぱい食べ……こらっ、おいっ、むせるから、かぶりつくんじゃねぇ!」
私が勢いよく食いつきすぎて、あなたは慌てて怒鳴った。食べなくて泣かれた記憶しか残っていなかったので、私が驚いた。食べて怒られるとは思っていなかったぜ! ちょっと食べさせてよ、邪魔すんなや! 寄越せと言ってるんじゃ、おい、飼い主! きいているのか、おい!
「ちょ、ちょっとこの勢い、怖いわっ」
怖いとかぬかしていないで餌よこせ。腹が減って仕方がない。雛だからだよ、わかっているよね。あなたをまた困惑させてしまったが、あなたを思いやる余裕は今は一切ないっ!
全身をブルブル震わせて、流動食の入ったチューブに私は食らいついた。うまっ、うまっ、うまいっ!
「足りない? うわっ、もうちょい足すか」
あなたは、追加を作りに立った。小さなプラケースごしに、見慣れた部屋を見回した。転生前の私の写真の前に花が飾ってある。
セキセイインコのピヨコ――それが以前の私だ。可愛がられた末に、力尽きた。あなたはよくやってくれた。でも、あなたは私がいないと今なお泣きくれている。
ペットロスっていうんだよ、と神様が教えてくれた。だから私は転生を決意したのだ。神様が私に念を押した。生き返ることはできないから「転生」するしかないんだよ、と。
それでいいと私は了解した。今の私は、灰色のからだに赤いほっぺのオカメインコの雛だ。転生したこのからだで、あなたの元に共にいられる時間がどれくらいあるのか、私にはわからない。神様は、転生後の運命を教えてくれなかったから。
だけど、今のあなたの喪失感を取り除き、あなたが転生した私とお別れする時には、ペットロスにさせない、と私は誓って転生した。
あなたのパートナーで、私のもう一人の飼い主に、転生した私を連れて帰るように差し向けてと、神様にお願いしたのだ。
だから、ただいま。これからしばらくの間、よろしくね。
そして、だ。そんなことはどうでもよくて。四の五の言わず、もっと餌寄越せ!
(おわり)