1、晃子について

文字数 1,328文字

 昨日、晃子(あきこ)と喧嘩した。路上で喚くような、ひどい喧嘩だった。僕たちはもういい年のカップルなのに、あんな恥ずべき、子どもじみた喧嘩をした。そう、二人とも、もう40なのに……。
 独身でずっと来たが、一昨年、38歳になったばかりのころに晃子と出会い、ほどなく付き合うことになった。出会いは職場だった。我ながら救いようがない。他に人と出会う機会をもてないのだ。そういう行動ができない。薄給で、ほとんど遊んでいないのに、ギリギリの生活。そういう経済的な理由もあるかもしれないが、まず第一に、僕は


 そんなわけで、僕は職場でしか新たな知人を得ることができなかった。恋人なんて、今の会社ではできたことがなかった。異性はせいぜい友人どまりで、まれに二人だけで飲みに行くことがあっても、それだけで、それっきりだった。晃子は僕にとって5年ぶりの、マトモな恋人だった。

 一昨年の8月に業務縮小のため別部署へ異動となり、以前と同様、事務的な、あまりにも事務的な(そこまで言うほどじゃないかもしれないけど)業務を身に着けるべく、奮戦した。その業務は、端的に言えばインターネットサイトからの商品の注文を受け、発送の手続きまでをするというものだ。だが、支払いや返金の方法に多様性があるのはもちろん、個々の案件にさらなるバリエーションがあるため、一筋縄ではいかなかった(だから、事務的すぎるという言い方は不当なのかもしれない。いくら当初の僕がその業務を嫌悪し、畏怖していたとは言え)。毎回のように自分では対応できない事案が持ち上がり、その都度先輩社員に確認し、新たな知識を身に着けなければならなかった。

 その職場に晃子はいた。晃子は僕より先にそこで働いていた。はじめほとんど関りがなく、他の同僚と同様、すれ違いざまに儀礼的に挨拶をするぐらいだった。晃子もまだそこへ来て3ヶ月ほどで、仕事に関しては分からないことの方が多いようだった。
 僕を含む、その職場で働く社員のほとんどは契約社員で、勤務日や勤務時間はそれぞれ異なる。そのため座席は日によって変わる。そして、二週に一度ほど晃子と隣になった。隣同士になっても、業務に追われて会話はほとんどできない。
 それでも断片的な会話の塵が少しずつ積もり、秋が深まるころにはお互いに好意を抱くようになっていた。たぶん、ある日のふとした会話で同い年だと知ったときに、僕たちは打ち解けたのだと思う。だが、本当にそのせいなのかどうか、いまいちハッキリとしない……。
 いや、僕は二人の関係を美しく描こうとしすぎているのだろう。僕たちはただ、動物的に惹かれあった――むしろそのほうがしっくり来る。実際、僕は晃子からにじみ出る色気に惚れた。それは認めよう。それがなければ、この年でわざわざ異性と交際しようとは思わない。他の男たちの多くは晃子に反応しないかもしれない。だが僕にはいい女だと思えた。どちらかと言えば地味な印象だが、その中にキラリと光るものを、僕は見出していた。
 10月末のある日、繁忙の仕事で疲れ切った帰りに二人で食事に行ったのが、僕たちの恋人同士としての始まりだった。
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