第1話

文字数 952文字

 昨晩、何週間ぶりかにテレビにかじりついていた。何かの比喩ではない。ガブっといった。

――12月20日
「優勝はマヂカルラブリー!!」
 テレビの中の人が喜んでいる。私は今年もあそこに立てなかった。
 私の部屋に鎮座するこのテレビとは、もう付き合って15年になる。画質はともあれ、未だに画面が映るから驚くものだ。
 長年健闘した甲斐があって、15年目にしてついに歯型をつけることに成功した。15年目。最後の年だった。
 相方は今頃道路の真ん中で光る赤い棒を振っているはずだ。明日は私がその棒を振る。思えば棒との付き合いも15年になる。
 テレビと15年。棒とも15年。相方との付き合いは18年だった。

 5081分の1。この数字はいったい何パーセントだろう。確率論では無いと理解しながらも、手は自然にペンを握っていた。
 理工学部に通っていた大学時代、何かにつけて計算をしていた。
「授業中の教室に鳥が入ってくる確率」「キャンパス内の蛇口が上を向いている確率」「月曜日の朝、電車が遅延する確率」など、導いてきた確率は多岐にわたる。
 時に寝食を忘れるほどに没頭する私を周りの友人は気味悪がっていたが、最終的にこれまで出してきた確率をまとめた論文が何かの賞を取ったときは、それを口実にみんなで朝まで飲み歩いた。
 気が付けばこんなところまで来てしまった。ここに来るまで多くのものを失ってきた。
 安定。結婚。友人。親孝行。自尊心……。
 考えてしまうと正気を失ってしまいそうな、これまで見てみぬふりをしてきたものが、洪水のようんい押し寄せてくる。
 これだけ失っても届かなかったのか。いや失ったものに比例してリターンがあるというわけではないだけ、そんなことわかっている。でもあまりにも悲惨ではないだろうか。
 テレビの中で祝福を受ける二人が笑っている。それを見ているとこっちまで可笑しくなってきた。
 彼らは何を失ってそこにたどり着いたのだろう。私より多くのものを失ってたかもしれないし、もしかするとほとんど何も失ってないかもしれない。   
 わかっていることはただひとつ、私の蕾は開かなかった。

 ペンを走らせていた手が止まる。導き出された数字は0.01968117パーセント。なんだ、宝くじにあたる確率の方が高いじゃないか。それも4等の。
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