第1話・邂逅
文字数 2,954文字
澄み渡る青空、照る太陽。
嗚呼、本日は晴天なり。
「入学式!!」
「はいはい、そいつは良かった」
新たな始まりの日に血湧き肉躍らせている私、そして悠々としている『黒い龍』ことステラ。ちなみに命名したのは当時五歳の頃でした。
「ようやく、ようやくこの日が来た!!平和、平凡、平穏に満ちた愛おしい人生のスタート地点だよ!!」
「はいはい、良かった良かった」
念願の通信制高校、その入学式。ステラの存在や宿った力をひた隠しおおせる為に、選んだ新たなるステージの入口。晴天すら祝福している気がして、正直とても楽しみでしょうがない。まだ家の玄関前だけど。
「よーしよーし、準備は万端忘れ物も無し!後は電車に乗るべく時間前行動!ステラ、行くよ!ダーッシュ!」
「お前今日は特におかしいから気を付けな。それと転ぶんじゃないよ」
玄関のドアを勢いよく開き、勢いよく閉め、勢いよく鍵をかける。
一目散に駆けて目指すは最寄りの駅。入学式が開催される高校は九つ先の駅、隣町にあるのだ。
遅刻なんてしたら縁起が悪い、何事も最初が肝心だと大学生の兄も言っていた。
「全く、通信制高校とやらの何がそんなに楽しみなんだい…」
「ステラ、外ではテレパシーで!」
【全く、通信制高校とやらの何がそんなに楽しみなんだい…】
【うん、バッチリ!】
走りながらステラとの会話を声から心にシフトする。一応テレパシーと呼んでおり、外ではこうしてやり取りをしているのだが、大分慣れたものになったと思う。最初のうちは勿論下手の極みで、全然関係無い思考をいつのまにか送ったりしていた。(例:晩御飯カレーが食べたい等。アタシに言ってどうすんだいとツッコミを入れられる懐かしい日々)
【やっぱりさ、人間は新しい始まりって何だかんだで楽しいものなんだよ】
【そんなものかねぇ】
【…ステラ、何かテンション低めじゃない?】
【アタシゃ、人混みは苦手なんだよ。部屋でのんびりお前と駄弁るのが好きさ】
【出た引きこもりインドア。駄目だよ、たまには人混みに出ないと耐性ゼロのもやしになるよ!】
【誰にもの言ってんだい】
テレパシーでやいのやいのしながら桜並木の道を走る。春の気配に満ちた美しい空間を抜ければ、駅はもう目の前。
「よしっ、着いた!」
開けた景色の真ん中は、木造の、広いけれど少しレトロな無人駅。
年月でかすれ気味の看板には、『甘村井駅』の文字。
子供の頃はそれなりに賑わっていて駅員さんも居たけれど、時代の流れと共に静かな場所になっていった。
今では利用者も少なくなりつつあり、廃駅の話も出たり引っ込んだりしている。
少し息を切らせながら入口をくぐり、足取りは軽いまま切手売り場へと歩く。
カバンから小銭を出して投入口に一枚一枚、目指す隣町の名の駅が表示されたボタンを押せば目当ての切手が素早く出てきた。
【最近の絡繰りは商売の真似事も出来るからねぇ、いつも思うが便利な世の中になったもんだよ】
【絡繰りって。ステラ、いくつ?】
【くすくすくす、知らない方が幸せなこともあるものさ】
周りに人気は無く、駅の中には私とステラしかいない。遠くで響くうぐいすの鳴き声を聞きながら、待合スペースのベンチに腰を下ろす。
窓から差し込む、あたたかな陽射しが心地好い。
入学式の楽しみに弾む身も心も優しく包んでくれるような、そんな感覚が広がる。
「(…通信制高校、楽しみだなぁ…)」
微かな眠気。
いけないと思いつつも少しだけ目を閉じーーーーー。
突如。
【!!!っ たまき!!気を付けな!!】
【おわ!?え、ステラどうしーーーーー】
大音量で意識に響くステラの声に一気に目が覚めた、
その瞬間。
ガシャン!!!!
凄まじい破壊音と共に待合スペースの窓が全て大破し、同時に何かが駅の中へと飛び込み、地面へとなだれ込んだ。
「っ…!?」
声を上げる間もなく息を呑む。反射的に両腕で顔をかばっていたが、なだれ込んだモノを見ると。
「……え………」
そこに居たのは。
…ひと。
人間。
しかも黒くて長い髪。セーラー服姿の、女の子。
ガラスを被り、うつぶせで、『血まみれで』、倒れていた。
「だっ、大丈夫!?君、大丈夫!?」
考えるより先に駆け寄り、膝をついて女の子に声を掛ける。揺さぶりそうになるも、血まみれの姿に寸前で耐えながら呼び続ける。しかし、応答は無い。
「あ、…」
救急車。救急車を呼ばないと。急いで。
がくがくと震える手でポケットのスマートフォンを取り出し、滑りそうになる指先を画面に触れさせる。
「おい。何やってんだァ?」
背後、駅の入口から声が響いた。
まさに天の助け、私は急いで振り向き。
「すみません!助けて下さいっ!!
女の、こ……が……」
しかし、そこに居たのは天の助けではなく、正しくは死神の方だった。
「ったく、一般人かよ。面倒臭え」
短い赤髪。黒いパーカー、ジーンズ。
シンプルな装いをした吊り目気味の青年。
しかし放たれるのは異様な気配。
ステラの意識が教えてくれる。宿った力が感じてくれる。
殺気。そう、殺気。殺気だ。
「…どけ。邪魔だ」
だからすぐに分かってしまった。
この人間、こいつ、私をどけて女の子を助けるのではなく、むしろ逆であると。
その殺気は、間違いなく血まみれの女の子に向けられている。
「聞いてんのか。一般人に用は無ェ、さっさとどけ」
…一般人。
私の事。そうか、一般人は、私か。
…………用は無いというなら、どいたら関わり無いのだろうか。
この何が何だか分からない状況、血まみれで倒れている女の子、殺気を纏う青年、全てと関わり無くなるのだろうか。
一瞬で現れたものが、一瞬で元に戻って。
平穏。
平凡。
平和。
私。
…私、は。
その時。
ふと、右脚に何かが触れた。
「え」
振り返ると、うつ伏せで倒れていた女の子の手が微かに右脚に伸びていた。
その手は傷だらけで。やはり血まみれで。
「……げ、て…」
けれど、けれども、女の子は倒れたまま。手以外はとても動かせる状態でないまま。
こう、私に言ったのだ。
「…逃……、……げ…て……」
……。
ああ、駄目だ。パニクり過ぎだ。
何を考えていた。
何を考えて、何を忘れていた。
私には何がいる?何がある?何を、持っている?
「どかねェなら、殺すぞ」
「…。どきません」
「………あ?」
今度こそ、自分の意志で私は立ち塞がる。
持っていたものを。力を。ステラを、思い出して。
【ふふ、遅いねぇ、たまき。戻らないかと焦ったよ】
【うん、ごめん、ステラ】
【まあ良いさ。覚悟は出来たね?】
【うん】
入学式に続く電車には乗らない。
今はこの人間から、女の子を守る。
そして救急車を呼んで、女の子を助ける。
「(平穏、平凡、平和。私の、幸福)」
だが。
血まみれで、傷だらけの手で、動けなくても、逃げてと言った女の子がここにいる。殺されようとしている。
「(ーーーこの子の生命を見捨てて貪る幸福なんか、クソだ)」
心が静かに燃えてゆく。
頭が冷静になった今、赤髪の人間への恐怖は無くなった。そうだ。どいたとしても、こいつは私を見逃す気などないだろう。女の子をこんな目に遭わせたならば、どいた私も同じように。
そう思い至れば、何もかもをも断ち切れた。
「いい度胸じゃねェか、一般人!!」
「行くよ、ステラ!!」
初めて、私は私のために私の意志で力を振るう。
(少女は龍と共に、大きな脅威に向かって拳を上げた)
(少女を目覚めさせたのは、)
嗚呼、本日は晴天なり。
「入学式!!」
「はいはい、そいつは良かった」
新たな始まりの日に血湧き肉躍らせている私、そして悠々としている『黒い龍』ことステラ。ちなみに命名したのは当時五歳の頃でした。
「ようやく、ようやくこの日が来た!!平和、平凡、平穏に満ちた愛おしい人生のスタート地点だよ!!」
「はいはい、良かった良かった」
念願の通信制高校、その入学式。ステラの存在や宿った力をひた隠しおおせる為に、選んだ新たなるステージの入口。晴天すら祝福している気がして、正直とても楽しみでしょうがない。まだ家の玄関前だけど。
「よーしよーし、準備は万端忘れ物も無し!後は電車に乗るべく時間前行動!ステラ、行くよ!ダーッシュ!」
「お前今日は特におかしいから気を付けな。それと転ぶんじゃないよ」
玄関のドアを勢いよく開き、勢いよく閉め、勢いよく鍵をかける。
一目散に駆けて目指すは最寄りの駅。入学式が開催される高校は九つ先の駅、隣町にあるのだ。
遅刻なんてしたら縁起が悪い、何事も最初が肝心だと大学生の兄も言っていた。
「全く、通信制高校とやらの何がそんなに楽しみなんだい…」
「ステラ、外ではテレパシーで!」
【全く、通信制高校とやらの何がそんなに楽しみなんだい…】
【うん、バッチリ!】
走りながらステラとの会話を声から心にシフトする。一応テレパシーと呼んでおり、外ではこうしてやり取りをしているのだが、大分慣れたものになったと思う。最初のうちは勿論下手の極みで、全然関係無い思考をいつのまにか送ったりしていた。(例:晩御飯カレーが食べたい等。アタシに言ってどうすんだいとツッコミを入れられる懐かしい日々)
【やっぱりさ、人間は新しい始まりって何だかんだで楽しいものなんだよ】
【そんなものかねぇ】
【…ステラ、何かテンション低めじゃない?】
【アタシゃ、人混みは苦手なんだよ。部屋でのんびりお前と駄弁るのが好きさ】
【出た引きこもりインドア。駄目だよ、たまには人混みに出ないと耐性ゼロのもやしになるよ!】
【誰にもの言ってんだい】
テレパシーでやいのやいのしながら桜並木の道を走る。春の気配に満ちた美しい空間を抜ければ、駅はもう目の前。
「よしっ、着いた!」
開けた景色の真ん中は、木造の、広いけれど少しレトロな無人駅。
年月でかすれ気味の看板には、『甘村井駅』の文字。
子供の頃はそれなりに賑わっていて駅員さんも居たけれど、時代の流れと共に静かな場所になっていった。
今では利用者も少なくなりつつあり、廃駅の話も出たり引っ込んだりしている。
少し息を切らせながら入口をくぐり、足取りは軽いまま切手売り場へと歩く。
カバンから小銭を出して投入口に一枚一枚、目指す隣町の名の駅が表示されたボタンを押せば目当ての切手が素早く出てきた。
【最近の絡繰りは商売の真似事も出来るからねぇ、いつも思うが便利な世の中になったもんだよ】
【絡繰りって。ステラ、いくつ?】
【くすくすくす、知らない方が幸せなこともあるものさ】
周りに人気は無く、駅の中には私とステラしかいない。遠くで響くうぐいすの鳴き声を聞きながら、待合スペースのベンチに腰を下ろす。
窓から差し込む、あたたかな陽射しが心地好い。
入学式の楽しみに弾む身も心も優しく包んでくれるような、そんな感覚が広がる。
「(…通信制高校、楽しみだなぁ…)」
微かな眠気。
いけないと思いつつも少しだけ目を閉じーーーーー。
突如。
【!!!っ たまき!!気を付けな!!】
【おわ!?え、ステラどうしーーーーー】
大音量で意識に響くステラの声に一気に目が覚めた、
その瞬間。
ガシャン!!!!
凄まじい破壊音と共に待合スペースの窓が全て大破し、同時に何かが駅の中へと飛び込み、地面へとなだれ込んだ。
「っ…!?」
声を上げる間もなく息を呑む。反射的に両腕で顔をかばっていたが、なだれ込んだモノを見ると。
「……え………」
そこに居たのは。
…ひと。
人間。
しかも黒くて長い髪。セーラー服姿の、女の子。
ガラスを被り、うつぶせで、『血まみれで』、倒れていた。
「だっ、大丈夫!?君、大丈夫!?」
考えるより先に駆け寄り、膝をついて女の子に声を掛ける。揺さぶりそうになるも、血まみれの姿に寸前で耐えながら呼び続ける。しかし、応答は無い。
「あ、…」
救急車。救急車を呼ばないと。急いで。
がくがくと震える手でポケットのスマートフォンを取り出し、滑りそうになる指先を画面に触れさせる。
「おい。何やってんだァ?」
背後、駅の入口から声が響いた。
まさに天の助け、私は急いで振り向き。
「すみません!助けて下さいっ!!
女の、こ……が……」
しかし、そこに居たのは天の助けではなく、正しくは死神の方だった。
「ったく、一般人かよ。面倒臭え」
短い赤髪。黒いパーカー、ジーンズ。
シンプルな装いをした吊り目気味の青年。
しかし放たれるのは異様な気配。
ステラの意識が教えてくれる。宿った力が感じてくれる。
殺気。そう、殺気。殺気だ。
「…どけ。邪魔だ」
だからすぐに分かってしまった。
この人間、こいつ、私をどけて女の子を助けるのではなく、むしろ逆であると。
その殺気は、間違いなく血まみれの女の子に向けられている。
「聞いてんのか。一般人に用は無ェ、さっさとどけ」
…一般人。
私の事。そうか、一般人は、私か。
…………用は無いというなら、どいたら関わり無いのだろうか。
この何が何だか分からない状況、血まみれで倒れている女の子、殺気を纏う青年、全てと関わり無くなるのだろうか。
一瞬で現れたものが、一瞬で元に戻って。
平穏。
平凡。
平和。
私。
…私、は。
その時。
ふと、右脚に何かが触れた。
「え」
振り返ると、うつ伏せで倒れていた女の子の手が微かに右脚に伸びていた。
その手は傷だらけで。やはり血まみれで。
「……げ、て…」
けれど、けれども、女の子は倒れたまま。手以外はとても動かせる状態でないまま。
こう、私に言ったのだ。
「…逃……、……げ…て……」
……。
ああ、駄目だ。パニクり過ぎだ。
何を考えていた。
何を考えて、何を忘れていた。
私には何がいる?何がある?何を、持っている?
「どかねェなら、殺すぞ」
「…。どきません」
「………あ?」
今度こそ、自分の意志で私は立ち塞がる。
持っていたものを。力を。ステラを、思い出して。
【ふふ、遅いねぇ、たまき。戻らないかと焦ったよ】
【うん、ごめん、ステラ】
【まあ良いさ。覚悟は出来たね?】
【うん】
入学式に続く電車には乗らない。
今はこの人間から、女の子を守る。
そして救急車を呼んで、女の子を助ける。
「(平穏、平凡、平和。私の、幸福)」
だが。
血まみれで、傷だらけの手で、動けなくても、逃げてと言った女の子がここにいる。殺されようとしている。
「(ーーーこの子の生命を見捨てて貪る幸福なんか、クソだ)」
心が静かに燃えてゆく。
頭が冷静になった今、赤髪の人間への恐怖は無くなった。そうだ。どいたとしても、こいつは私を見逃す気などないだろう。女の子をこんな目に遭わせたならば、どいた私も同じように。
そう思い至れば、何もかもをも断ち切れた。
「いい度胸じゃねェか、一般人!!」
「行くよ、ステラ!!」
初めて、私は私のために私の意志で力を振るう。
(少女は龍と共に、大きな脅威に向かって拳を上げた)
(少女を目覚めさせたのは、)