灰色の世界

文字数 2,387文字

 私は滝Kに住む老木である。
滝Kは関東地方にある滝である。
滝Kは、有名な観光スポットでありながら、実は心霊スポットでもある。滝と心霊スポットと言うと、直感のいい読者は気づいているかもしれないが、そう、自殺スポットなのだ。
今日は、そんな滝Kで見たことを紹介しよう。 
 その日、男は滝Kに訪れていた。
辺りは観光客で賑わっていたが、男は観光目的で、来ていたのではなかった。
先ほども書いたが、ここは自殺スポットである。 そう、男は自殺しに来ていたのだ。
後に聞いた話だと、その男はかなり実績もあって、色々なことを成し遂げていた。
そんな男がなぜ自殺などしに来たのかは分からなかったが、男はかなり落ち込んでるとでも言おうか、いや、病んでいるようにも見えた。
 滝の周りには木々が並んでいて、観光客は柵に囲まれたスペースから滝を見物する。
男は人目につかないように、そっと滝のある木々の奥の方へ入っていった。
誰かから聞いた話だが、男はこの後の生き方について悩んでいたそうだ。
その理由を話すとしよう。
男はそれなりに裕福な家庭に生まれ、小学生の頃から、成績がよく、高校受験や大学受験にもなんなく成功した。
良い大学を卒業していたので、就職先はすぐに決まった。そして、就職先では手柄を立て、あらよあらよという間に昇進していった。
また、よく働く真面目な青年だったので結婚先もすぐに決まった。
結婚した時にはかなり昇進していて、給料も高かった。お金もそれなりにあったので、いろんな場所に、旅行した。
ここまでは明るい人生なのだが、この後が大変だった。
ある国に旅行した時に、賭けに興味を持ってしまったのだ。そして、まんまと賭けに没頭してしまい、出張に行くふりをして、何度も賭けをした。 しかし、そうそう儲かることなんてない。男はあっという間に全財産を失った。
つとめていた会社は、時代が変わり、新しい会社との争いに敗れて倒産してしまった。
それを知った妻は気が気ではなくなり、男は、あっという間に、愛する妻と別れてしまった。
その後男は、違法な薬物を使用するようになった。男が正気に戻っても、薬をやめることはできなかった。
 男は悩みに悩み、最終的に自殺する、という結論をだした。
 これが、男のこれまでの人生である。
 そして、男はどんどん木々の奥の方へ進んでいっていった。
 ここまで来てしまうと、辺りはしんと静まりかえり、聞こえる音は、滝から落ちる水の音くらいだ。
男はふと、木の根元に目が付いた。なにかが落ちている。拾うと・・・紙だ。
紙には何かが書かれていた。字が汚い、いや古い時代の文字だろうか。詳しくは意味がわからなかったが、「人生はむなしく悲惨なものだ」といったことが書かれているようだった。
男がもっと木々の奥に進むと、また同じような紙が落ちていた。よく見るとほかにも、たくさん紙が落ちている。男は紙を拾って内容を確かめたが、ほとんど全て同じ内容だった。
しかし、一つだけ違った。文章の後に、「喜びもある。」と書いてあった。だが、明らかに前の文章を書いた人の筆跡と違う。
これは、私よりもっと長生きしていらっしゃる老木の方から聞いた話だ。
一人の青年がいた。成績もよく、かなりのエリートで、今生きていたら、国を変えるような大仕事に就いていたかもしれないと言われていた青年だ。
その青年が何らかの理由で、病んでしまい、滝Kで自殺したんだという。かなりのエリートだったので、後追い自殺が多発した。だから、滝Kは心霊スポットなのだ。
 その青年は、自殺する前に滝Kの周辺に、「人生はむなしく悲惨なものだ。」といったことを書いた紙を、遺言証として残したそうだ。
男はその紙を拾ったのだ。
しかし、なぜ一枚だけ「喜びもある」などと書いてあったのだろうか。まず、「喜び」とはのような喜びだろうか。嬉しい時の単純な喜びだろうか。それとも・・・。いや、話が脱線した。話を男に戻そう。
男は構わず、どんどん滝の方へ進んだ。
 じー・・・
途中、男は誰かの視線が自分に向けられている気がした。周りを見渡す。だれもいない。
そういえば聞いたことがある。この滝で写真を撮ると、霧や石が顔のように見える心霊写真が取れると人が噂していることを。
そうして滝の目の前に男は来た。飛び降りようと身構えた時のことだった。
目の前の景色が一気に変わった。今までの景色が、白黒になっているのだ。
 (なにがどうなっているんだ。)
男は狐に包まれたような気分で立ちすくむしかなかった。ふと滝の下を覗くと、下では真っ黒い渦のようなものが、周りの物を吸い込んでいた。
渦はものを吸い込むごとに大きくなっていき男のいる場所に迫ってきた。
 音はなかった。静かに迫ってきた。
そして男のところまで渦がやってきた。
男は恐怖を感じなかった。これほどの怪異が目の前で起こっているのにもかかわらずだ。
 心が腐っていた。
 突っ立っていた。
 少しすると、渦に男も吸い込まれていった、と同時に男はいきなり恐怖を感じた。
 心が腐っていたはずなのに。どうせ死ぬんだから・・・。
今まで全く恐怖を感じなかったのに、男は何に怯えたのか。
 何故か、渦には吸い込まれたくなかった。
 男はもがいた。必死でもがいた。
男はに
 周りの木や草などあらゆる者にしがみついた。
 アハ、アハハ。
 しばらくすると、どこかから笑い声が聞こえた。 いわゆる、幸せな時に発する声だ・・・。
 すると渦は消え、辺りは元に戻った。男はいつの間にか観光客のいるところに来ていた。
観光客が不思議そうな目で男を見つめていた。
これで私の知っている話は終わりだ。
このあと男がどうしたかは分からない。
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