第1話 深い森で何思う?

文字数 2,312文字

 日課の早朝の散歩をしていたら森の中にいたでござる。何を言っているのか分からないだろう。俺も何を言っているのか分からない。しかし残念ながら事実なんだ。いつも曲がる道路の角を曲がったら森だったのだから。そんな俺の第一声は「噂の異世界転移キタコレ!」だった。

 しかしそう思ったのも束の間。

「いきなり森の中とかハードモードじゃね?」

 と考えた。これが物語なら、この後に何か展開があるはずだとばかりに思考が更なる飛躍を始める。モンスターに襲われるとか、モンスターに襲われている貴族令嬢に会うとか。

「どっちの場合も俺、助からなくね?」

 眠っている俺の超パワーよ、目・覚・め・よ! 何ぞと考えながらも一応、近くに落ちていた枯れ木を拾う。

「武器ゲット!」

 というわけで枯れ枝を片手に森の中を歩く。どこに向かって歩けばいいのか分からない。だから俺は、ただひたすらに歩きやすい場所を探して歩いた。時々サワサワと木々が揺れ、風が駆け抜けていく。鳥の囀りも聞こえる。

「イベント、イベントどこですかぁ?」

 そんな呑気なことを考えながらひたすらに歩く。倒木を乗り越え、藪をかき分けたりしながら。しかしイベントらしいイベントは起きない。それどころか喉が渇いてきた。

「水…… あと、何か食い物……」

 無いことは重々承知しているが、それでも口に出さずにいられない。それからも歩く。ひたすらに歩く。立ち止まっていては水さえ手に入らないのだ。時間の感覚も分からなくなってくるぐらい歩いた頃。小さな川を発見した。

「流れる水発見!」

 喉の渇きが限界だったので、さっそくがぶがぶと飲む。頭の中には当然だが飲めるのかどうかの心配はあった。しかしそんなことも言っていられないぐらい喉の渇きが限界だったのだ。飲むだけ飲んでほっと一息。しばらくその場に佇み、川の流れる先に目をやる。

「これ、下流を目指して歩けば人のいる場所に出られんじゃね?」

 そんな事を思いついたので、下流を目指すことに。どうせ他に目指す目標なんぞないのだ。とりあえずの指針を見つけたことでそれに従って歩く。時々休憩を入れながら。

「お腹空いたなぁ……」

 時間的にどれくらいだろう? そろそろ昼は過ぎただろうか? かなり歩いたが、特別何かが起こることもない。獣にも出会わないし、モンスターにも出会わない。まぁ、出会ったら確実に死ぬだろうけど。

 小さな流れだった川が他の川と合流して次第に大きくなる。その合流地点が洲のような感じになっていたので、その近くで休憩。当然上流で雨が降ったり、もしかしたらダムがあるかもしれない。その場合、気になるのが鉄砲水だ。それに備えて少し離れた場所で休憩した。

 どれくらい休憩していたのか。気が付いたら寝ていたらしい。森の中がだいぶ薄暗くなっていた。慌てて川の方へ向かい、そこから空を見上げる。そこにはオレンジと紫の混じった色が広がっていた。

「マジか? これって夜の森で野宿決定?」

 内心で叫び声をあげながら、先ほどいた場所に戻る。

「どないしよ?」

 そうは思ってもどうすることもできない。火を起こすことも考えたが、どうやって? 手に持っている枯れ枝を見る。もちろん摩擦で火を起こす方法は知っている。なので試してみた。

「着かないじゃん!」

 枯れ枝を地面に叩きつける。無駄に疲れただけだった。森は次第に暗くなっていく。どうすることもできない状況の中でボンヤリしていたら。森は真の闇に覆われた。木々が時々サワサワと揺れる。上を見上げても空は見えない。一度大きく溜め息。

「お腹空いたな……」

 起きていてもしょうがないので、硬い地面に寝転がった。しばらく暗闇の中でぼんやりしていたら、色んな事が思い浮かんできた。その大半がこれまでの人生だ。それまでなんとなく生きてきた。特にこれと言って面白い人生だとも思わなかった。二十代の頃には、三十歳まで生きられれば十分だとさえ思っていた。それが気が付けば三十八歳だ。

「人生、何があるか分からないもんだな」

 思わず笑いがこみあげてくる。転機は正に、その三十歳を少し過ぎた頃に起こっていたからだ。その出会いとはネット小説。最初は書店で書籍化された本がきっかけだった。続きが読みたくてネットで検索。そして「小説家になろう」という投稿サイトを見つけた。そしてハマった。それはもう貪るように、転生モノや転移モノといった小説を読み漁った。そして三十二歳のある日。これなら俺でも書けんじゃね? ということに思い至った。そして書き始めた。それは今まで感じたこともないぐらいに面白く、そして甘美な体験だった。今まで空想したことを形にしていく作業は、実に楽しかったのだ。

 それは、六年たった今ではだいぶ薄れてしまったが、それでも楽しい趣味として、人生を彩る一助となっている。
 三十歳で死ぬつもりだったのに。
 もう十分だと思っていたのに。

 実際に死ぬつもりで眠剤とお酒を一緒に煽って、首を吊ろうともした。しかし幸か不幸か、首に紐を掛けることなく眠ってしまったがために死にぞこなったのだ。
 あの時を境にしたら、俺の残りの人生は消化試合だと思っていた。実際そういう発言もしていた時期もある。

 しかしとある人が言ったのだ。

「消化試合は新人を育成する期間でもあるんだよ」

 俺の消化試合は、今なお続いている。日々成長しながら。最近では死ぬことを考えることはなくなった。それどころか老後も絵や物語を書き続けられるかを考えるようになった。人間、変われば変わるものだ。

 鬱蒼とする森の中だが、昼間と同様に意外に辺りはうるさい。

「虫とか嫌だな」

 その思考を最後に深い眠りについたのだった。
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