第１話

　正直さあ、あんまりにもひどくない？
　口を切られたんだよ、痛いし酒沁みるし。まあちょっとだけだけどさ。
　あの婆さん、って言ってもアラフィフぐらいだと思うんだけどさあ、まあ、あたしからしたら充分婆だけどね、更年期障害以上だよ、あれ。なんかこじらせてるよね。ヤンデレじゃなくて病んでるね。　　　
　あのおじさんがちょっと店来たぐらいで無茶苦茶だと思わない？『キーッ』って感じでヒステリー起こしてバカみたい。
　おじさんも可哀そうよね、優しいから婆さんに何言われても何されても怒らなかったみいだし。まあ、それが婆さんをつけ上がらせた原因でもあるとは思うけどさ。
　まあ、婆さんよりおじさんの方が５つぐらい若いみたいで、婆さんの実家はちょっと金持ちというか、地元のお偉いさん、みたいな感じで威張ってるんだって。そんなのもあって、おじさんも強くは言えないみたい。
　でも、おじさんてさあ、飲みに来ても紳士だし、話もよく聞いてくれるし歌もうまいしさあ、あたしとは結構歳離れてるけど、ちょっといいなあ、とか思うわけよ。
　別にファザコンとかじゃ無いけどさ、あの大人の男の余裕というか、懐の広さがいいのよねえ。
それでいて昔バンドやってたとか、前に店でギター弾き語りを聴かせてもらったことあるけど、上手でね。
そういう今とのギャップも良いわけよ、ギャップ萌えみたいな。
　それにね、私が歌う歌って、若いしマニアックだし、おじさん知らないと思うのよね、でも、ちゃんと聴いてくれて、上手いねえ、とか言ってくれるし。なんか嬉しいじゃん、そういうの。
　あとね、可愛いところもあってさ、動物好きで、特にネコが好きなんだって。あたしは前に嚙まれたことあって、ネコはちょっと苦手なんだけどさ、あたしももちろん動物は大好きよ。
前に見せてくれたけど、おじさんのカバンにネコのキーホルダーが入っててさ、結構可愛いのよ。それどうしたの？って聞いたら、会社の部下の女性がバレンタインの時にチョコと一緒にくれたんだって。義理チョコだろうけどプレゼント添えるなんて、おじさんに気があるのかなあ、ちょっと妬けちゃう。
でも、せっかくのキーホルダーなのに何かに付けないのって聞いたら、こんなの貰ったことがばれたら嫁に何されるか分からないよ、殺されるかも、って寂しそうに笑ってた。
それでね、本当は、本物のネコ飼いたいらしいけど、きっとおじさんが会社行ってる間に嫁さんがネコいじめるに決まってるから可哀そうで飼えないんだって。
　理由聞いたらこれがまたひどいのよ。なんか婆さん、八つ当たりがひどくて、自分の気に入らないことがあるとすぐ当たり散らすらしいのよ。まあ、おじさんが一番被害受けてるんだけど。
　で、実は、結婚前に婆さんの実家に行った時にね、プードルを部屋飼いしてて、おじさんにすぐなついて可愛かったらしいけど、婆さんが来るとプードルがプルプル震えて逃げちゃうんだって。
　おじさんがそれとなく婆さんに聞いてみたら、あの犬はかわい子ぶってるから気に入らない、だからイライラしたら蹴ってやる、って真顔で言ったんだってさ。怖すぎだよ。
　だから、ネコなんか飼ったら…、分かるでしょ。弱い者いじめ超えてるよね、本当にあの婆ムカつく。
しかし、まさか店に乗り込んでくるなんてさあ。店のライターでも見つけたのかな。
一応客だからと思って話しかけたら、飲み放題ある？女だから安くして、っていきなりよ、そのくせ水割りをバカバカ飲んで、欲深婆め。しかもあたしをずっと睨んでるのよ。
おじさんはいつも綺麗な飲み方するのに大違い。
で、おじさんが婆いるの知らずに店に来ちゃってさあ、ママ、来たよ、なんて。
そしたら婆がいきなり刃物振り回し始めて、そこまでするとは思わないじゃん。いっちゃってるよね、あれ。
おじさんとあたしを見た時のあの目、阿修羅、というか、あの能で使う夜叉とか般若のお面、って感じ？血走っててさ。
店のグラスやら酒やら割れるし、おじさんは５、６か所切られたみたい。まあ、私もこの通りの傷物になっちゃったし。
とりあえずおじさんが取り押さえたし、他の客が警察に電話してくれたからよかったけど、押さえてる間もギャーギャー言ってたよ、怖い怖い。
今は、傷害での捜査って警察の人言ってたけど、あれはもう殺人未遂だよね。おじさん人がいいから、何とか穏便にって警察に言ってるみたい。まあ婆さんの実家も強いからすぐ釈放だろうけど。
あたし？あたしは許さないけどね、婆の実家から店の弁償分プラス慰謝料、ガッポリ取ってやるんだから。大した傷じゃ無いし、跡も残らないみたいだけど、顔だからね、顔は女の命だし。
今回はおじさんもさすがに限界で、離婚届書いて婆さんの実家に渡して家を出てるよ。
　え？おじさんはどこにいるかって？
　今はあたしのベッドの上でお休み中だよ。店終わったらいっぱい可愛がって貰おうっと。