第1話

文字数 1,997文字

私の同僚に不思議なちゃんならぬ不思議君、いや不思議さんがいるのでちょっと聞いてほしい。

その人はペンギンが大変好きらしく、休日はもちろんのこと、営業回りのちょっとした隙間時間があれば絶対といっていいほど水族館に行き、閉館時間ギリギリまでペンギンの水槽前に居座り、舐めるように眺める。
これが腹の出た中年のおじさんならば、
「アイツいい年こいてて、キモいんだけどぉ~、しかも何か…」
と思って、鼻をつまみながら無視すればいいだけなのだが。
もしくは、瓶底みたいなメガネを掛け、ターバンとチェックシャツが印象的ないわゆる一昔前のオ○クの風貌ならば、
「あぁー、やっぱりこういう人ってちょっと変だと思ってたのよねぇ~」
とオ○クへの偏見が更に大きくなるだけなのだが。

残念ながら、彼は長身で脱ぐとそれなりに締まっていて(部長がたまたま休日にプールにいた彼を目撃し、まるで北島康介のようだったと100回ぐらい聞かされた)芸能人で言うと「鈴木○平」のような寡黙で適度に彫りが深く、何をしても許されてしまうぐらいの、それはそれは誰しも1回は振り返るほどのイケメン君だ。

だがそんな風変わりなものが好きで、個性的な言動が多い彼は、30を過ぎても女っ気どころか、ピンクを想像させるような会話さえ皆無で、
「もしかしてヤツは、女性ではなく男性…」
という噂がまことしやかに流れるようになった。

他にも、熟女というにはお年を召した女性とイチャイチャしているのを目撃した、とか、
あるご当地キャラ「ペン子ちゃん」という、誰が付けたのか分からない絶妙なダサいネーミングのゆるキャラ(非公認らしい)のイベントに、ちびっ子に交じってはしゃいでた、とか。
奇妙すぎる行動に事欠かないため、社内の女性たちはもちろんのこと、面食いで有名な私でも彼だけは除外、申し訳ないが口臭のキツいおじさんと同じ部類に入ってしまい、非常に残念だ。

それでもイケメンであることには違いはなく、彼は瞬く間に水族館スタッフの間で有名となり、彼の知らぬ間に「ペンギンイケメン兄さん」という何のひとひねりもないあだ名をつけられ、ペンギン以外の担当のスタッフたちが、何かと理由を付けてペンギンコーナーに入れ替わり立ち替わり現れるようになったのは、水族館ブログで知った。
(水族館ブログって、実はどうでもいいことが書いてあって実は面白かったりする。皆も一度は読んでみるといい)

さて。
珍しく残業し、闇のような道をペンギンのように歩いていた彼は、道中にとある一人の女性を介抱することとなる。
彼女はえらく泥酔しており、足元が大変おぼつかない状態だったのだという。
この時はただ親切心で助けてあげた。
なんといってもこの一帯は、いわゆる○態が多数出没する地域として有名で、上層部からも特に女性社員は残業する際は必ずタクシーで帰宅するようにとのお達しが出てるぐらいなのだ。
だが彼女はそのことを知らなかったのだろう、彼に見つけてもらえたことで命拾いした。
そう思っていたのだが、事態は急転した。

最初は何もなかったとはいえ、そこは若い男女二人がくっついていれば、イイ雰囲気になるのは仕方がないことかもしれない。
夜道の暗さも相まって妙な気分となったことにより、その後の紆余曲折を経て付き合うことになった。
ちなみにその紆余曲折の中身は、本人たちいわく
「ウルグアイの広大なる地のかなり深い奥底に埋めてきた」
と話しているので、我々には永久に分からないままだ。

そうしてこの度結婚することとなり、披露宴にお呼ばれされて行ってきた。
(ひゃ~、彼はこういう子が好みなのかぁ。)
結局男ってこっちにいくのね、という偏見をさらに助長させられた気がして、私はなんとも複雑な心境となった。
だがそれとこれとは別にして、さすがは外見はかっこいいだけあって、黒のタキシードがよく似合っていた。
以前から、結婚したいと幾度となく聞かされてきただけあり、見た目はいいとして、こんな個性的で、あらゆる「変」をかき集めたような性格の彼を受け入れてくれるなんてありがたい…と、幼い頃から見守ってきた近所のおばちゃんのような目で精一杯の祝福を送った。

宴は恙なく進行していき、お次は新郎新婦のプロフィール及びなれそめ紹介ムービーが始まった。
それぞれの赤ちゃん時代、幼い故のおどけたポーズや仲睦まじい家族ショット…。
最初は微笑ましく眺めていたのだが、徐々に不穏な空気を帯びてきた。
そうしてある一文に、会場の空気は凍り付いた。

「ペンギンが大好きだ。だから毎日水族館に通って、タイプのメスがいないかを見定めていたんだ。するとペンギンの神様への念力が通じたのか、僕が気になっていたペンちゃん(と勝手に名付けた)によく似た女性と出会わせてくれた」
バックの静止画には弾けるような彼と、まるでペンギンのような白黒コーデがよく似合う真っ黒なギャルが幸せそうに寄り添っていた。
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