(1)

文字数 8,352文字


 ――真理を手に入れ、けっして手放すな。知恵と訓戒と慧眼も同様である。



   ◇



 何か悪い夢を見たような気がした。
 鳥のさえずりが聞こえる。カーテンの隙間から、太陽の光が部屋に差し込んでいる。――朝だ。
 けれども今日は土曜日だ。熱心な運動部の生徒なら朝練のために起き上がっているかもしれないが、残念ながら僕は部活動なるものに参加をしていない怠惰な人間である。
 だから、そう。ここはもう一度、寝直しておこう――

「……あ、やべ」

 思い出した。
 昨日の悪夢のような出来事を。
 夢よりもたちの悪い、オカルト染みた怪奇なことに、僕は巻き込まれてしまったのだということを。

「……ねむい」

 呟きながら、のろのろと体を起こす。
 昨日、家に帰ったあとすぐに支倉さんからメッセージが届いて、僕たちはいくらかやり取りを行なった。明日の待ち合わせ場所の取り決めから、それまでに僕にやっておいてほしい事柄の指示など。とくに後者が大変だった。指示の主な内容は――例の通り魔の特徴や振る舞いを文章として記録すること。
 身長、体つき、服装から、どのような“力”を持っていたか。記憶を再生しながら細かく文書化するのに一時間近く掛かってしまった。けっきょく就寝したのは深夜二時で……今の時刻は七時手前。高校生の睡眠時間としては、なかなかに不健全ではなかろうか。

「吸血鬼、か……」

 机の上に置いてある、プリントアウトされた紙を手に取る。そこに書いてある通り魔の特徴は、なかなかに馬鹿げた内容だった。こんなものを信じるのは、非日常を希求する夢想家か、それとも――本物の非日常側の住人くらいか。

「えーと……待ち合わせは……午後二時に、駅前広場で――」

 あ、余裕じゃん。
 そんなわけで僕は寝なおすのだった。非日常なんて知るか。僕は眠いんだ。



   ◇



「ちょっと遅刻ね。あなた、けっこう呑気な性格なのかしら?」
「いやいや、これには深いワケがありまして……。いや、ほんとに。ふだん時間に遅れることは、ほとんどないんだけどね」

 事実である。僕はそんなに時間にルーズな性格ではない。……今日は、まあ、いろいろありすぎて体が疲れていたんだろう。
 真顔で答える僕に対して、支倉さんは一瞬呆れたような顔をしたあと、ふふっと笑みを浮かべた。

「……ちゃんと睡眠は取れた?」
「二度寝したおかげでね。二回目に目を覚ましたら正午で、ちょっと焦ったけど」
「電話かメールでもくれたら、時間を遅らせられたのに。わたしだって、昨日のこと知っているんだから配慮くらいするわよ」

 …………。
 なんかこのやり取り、まるでデートで待ち合わせしたカップルみたいだぞ。知り合いに目撃されたら誤解待ったなしではなかろうか。
 妙な心配を浮かべつつ、改めて支倉さんの姿を一瞥する。レースアップの白いブラウスと、落ち着いた紺色のフレアスカートという組み合わせは、本人の容姿と合わさって清楚なお嬢様という印象を抱かせる。
 昨日はおそらく動きやすさ重視でズボンを穿いていたのだろう。打って変わって、今日は休日に外出する姿としてはふさわしいファッションだった。……僕なんかとは違って。
 ……比較すると悲しいことになるので、気にしないことにしよう。そもそも、今回の目的はデートなどという甘ったるい代物ではないんだし。
 これから僕たちがするのは――

「さて……のんびりせずに、行きましょうか。話すこと、聞くことは山ほどあるんだから」
「山ほど――か」

 事情説明、および事情聴取。
 日常と常識が崩れ去る日の始まりだった。



   ◇



 つい先日まで関わりがまったくなかった支倉さんであるが、彼女の自宅の場所を聞くと、意外と僕の家とも近くであったらしい。直線距離だと1kmほど、徒歩だと15分掛かる程度だろうか。とはいえ、学校への道筋はまったく異なっていたので、通学で顔を見合わせたことはなかったわけだが。
 そういえば昨夜、支倉さんは「見回り」をしていたと言っていた。なるほど、ちょっと出歩いて見に行ける距離ではあるので、その言葉には矛盾がない。……もっとも、どうして僕の家の近辺に“アレ”が出るかもしれないと判断していたのかについては、あとで聞いておきたいところだけど。

「――ここよ」

 駅から歩いて約5分、支倉さんが足を止めた。彼女が体を向けている方向には――一軒家があった。外観は比較的新しめで、土地も一般的な家より広そうに見える。……戸建てで駅からこの距離なのを考えると、もしかして支倉さんのご家庭、なかなかに裕福なのだろうか。

「…………」
「どうしたの?」
「……いや、うん、なんでもない」

 少し怪訝そうな顔をしつつ、支倉さんはすたすたと玄関のほうへ歩いてゆく。
 ……冷静に考えると、ものすごく奇妙な状況である。つい先日までろくな交流もなかった異性の同級生の家に、こうして休日の昼間から訪ねるなんて普通はないだろう。おまけに――
 支倉さんは玄関のドアを開けると、「さあ、どうぞ」とこちらを招く。

「……お邪魔します」

 おそるおそる、というほどではないが遠慮がちに、僕は支倉家に足を踏み入れた。
 そして、しばらくして伝わってくる足音。その人物について、察しはついていた。
 廊下の先から姿を現したのは、四十路くらいに見える年齢で、理知的で穏やかな印象を抱かせる眼鏡を掛けた男性。もはや、何者であるか自明だった。
 彼は柔和な笑みを浮かべながら、口を開いた。

「――ようこそ。ご足労ありがとう、結城くん。ぼくは支倉長衛(ながもり)。……よろしくね?」
「……結城朝広です。よろしくお願いします」

 ――保護者との面会付きである。事情の重大さを考えると、さもありなんという状況であるが。
 慣れない場所に加えて、初対面の相手。なかなかの居心地の悪さを抱きつつも、僕は長衛さんにリビングルームへと案内される。菓子とティーカップまでテーブルに配置されていて、準備は万全のご様子である。

「……紅茶、淹れてくる」
「お願いするよ」

 支倉さんがキッチンへと向かい、テーブルには僕と長衛さんだけが向かい合うことになる。……き、気まずい。
 僕の困り顔が見てとれたのだろうか、長衛さんは苦笑しながら話しかける。

「悪いね、わざわざ休みの日を使わせてしまって」
「いえ、大丈夫です。……そういえば前に、アルカが長衛さんの名前を口にしたのを思い出しました」
「……ああ、きみは何度かアルカミールと会っているんだったね」
「ぜんぶ偶然ですけどね。……アルカと長衛さんは、どんなご関係なんです?」
「たまに日曜の説教の時、姿を見せることがあるんだよ。そこでいろいろ話したりね。ただ……それ以外の場所では、ほとんど会ったことがないかな」

 長衛さんはわずかに肩をすくめた。
 説教――僕がふだん使う意味ではなく、教会での礼拝のことだろう。たしか支倉さんは、父親が牧師をしていると言っていた。
 ならば、何か知っているかもしれない。

「――以前にアルカが、カソックを着た男性と言い争っていました。悪魔がどうとか、と。そのことに心当たりはありませんか?」
「……それはたぶん、蒲生(がもう)さんだろうね。彼はちょっと、頑固で真面目すぎるから――許せないんだろう」
「許せない……?」
「そう――“ひとならざる者”の存在をね」

 随分と突飛な発言が出てきた。だが……目を細めた長衛さんの表情は、冗談を言っているようには見えなかった。
 人外――それに当て嵌まりそうな存在は、僕自身が昨日の夜に遭遇しているのだ。魑魅魍魎がこの世にはいないと断ずることなど、僕にはできなかった。

「……あの子が、人間ではない?」
「と、目されている。少なくとも十年前から姿かたちが変わっていないから、純粋な人間種でないのは間違いないだろうね」
「え、はっ? じゅ、十年……?」

 困惑しすぎて上手く言葉を返せなかった。たしかに不思議な印象を抱かせる少女だったのは間違いないが、彼女が自分より十年かそれ以上も年上だったと言われると……戸惑わざるを得なかった。

「頭が痛くなりそうなんですが……」
「……残念ながら、もっと頭を抱えるかもしれないよ。――これから説明することは」

 長衛さんの口元は柔和に笑っていたが、目はぜんぜん笑っていなかった。……胃が痛くなってきた。
 しばらくして、支倉さんがティーポットをお盆に乗せてやってきた。淹れられた紅茶に口をつけると、少し気分が落ち着くようだった。砂糖の甘みが心地よい。

「……そういえば、長衛さん」
「うん? なにかな」
「どうして紅茶には砂糖を入れるのに、緑茶には入れないんでしょうか」
「……は? あ、いや……考えたことなかったな」

 虚を衝かれたリアクションをする長衛さん。唐突にそんなことを聞かれたら、僕だってそう反応する。というか、実際した。

「渋みと砂糖の相性とか……いや、違うか。もともと日本だと茶に砂糖を入れる慣習がなかったから、緑茶だけはその慣習が続いている……とかかな。うーん、専門家じゃないからはっきり答えられないな……」

 迷いつつも、そう言う長衛さん。なかなかそれっぽい回答ではあるが、真相は不明である。
 誰もが、緑茶に砂糖を入れないのが“常識”だと思っているのだ。
 でも本当は、当たり前のことが、そうではないのかもしれない。
 ――きっと、今回のこともそうなのだろう。僕が思っていた常識が、じつは見せかけにすぎないのかもしれない。

「――さて」

 他愛のない雑談は、これまでだ。
 そう言うかのように、長衛さんは本題を切り出した。

「……まず、前提からお話しよう。この世にある、不可思議な力の存在から」

 そう言いながら、彼は安っぽいライターを取り出した。タバコを吸うわけでもなく、着火させる。小さな火が点っていた。

「――燃え上がれ」

 低く、重い言葉だった。彼の声が響いた瞬間――火が膨れ上がった。ライターの火力としてはありえない、燃え盛る炎がそこにあった。
 僕は睨むように炎を見つめる。これは……異常な現象だった。どこにでも売っていそうな変哲のないライターで、こんな炎を出せるはずがない。明らかに、おかしい。
 そう思った次の瞬間、一気に火が小さくなった。もう普通の火力に戻っていた。

「――いま、ありえない(・・・・・)って思ったね?」
「え……? ええ、そうですけど……」
「きみが目の前の現象に疑いを向けたせいで、ぼくの干渉力は弱まった。――これが超常現象の答えさ」
「…………」

 少し考えてから、僕は答える。

「つまり……逆に疑わず、ライターからあんな炎が出せると信じれば、実際にそうありつづける?」
「正解だよ。信じれば顕現するのさ。言葉に乗せれば、さらに効果は強くなる」
「言葉……言霊、みたいなものでしょうか」

 そういえば、支倉さんも何か呪文のようなものを口にしていたか。

「魔法使いみたいですね……」
「実際、この力を魔法と呼ぶ人はいる。あるいは妖術だとか、奇跡だとか、気の力だとか……あとは、ブリルパワーやらなんやら。まあ、呼び方は自由だよ。ぼくたちのグループでは宗教的な側面もあって、“奇跡”という呼称が身近だけど」
「奇跡――水の上を歩いたり、海を割ったりですか?」
「よく知っているね」

 ははっ、と長衛さんは笑った。

「ぼくの周りでは信じている人は多いね。実際、多くの人間からそうした奇跡を起こしうる人物であると信じられているのであれば、並々ならぬ現象を引き起こすことも不可能ではないと思う。だから、ぼくは信じているよ。信じることで、自分の力の説得力も増すからね」

 迂遠な言い回しに理解が及ぶのに時間が掛かったが、そう難しい理論に則っているわけではないようだ。

「――プラセボ効果とかいう言葉があるだろう? まったく効果のない薬でも、効果があると信じて飲めば、効果を発揮するわけさ。それも力の根底は同じだね」
「……なるほど」

 ここでプラセボ効果などという現実的な用語が出てくるとは思わなかったが、たしかに人の意思の関与という点は共通している。

「まあ、正直言ってそこまで大した力とは言えない。現代においては、まず海を割ったりすることは不可能だろう。『そんなの無理だ』とみんなが思っているからね。あるいはモーセがごとく、強い意志で海を一瞬裂いたとしても――『何かの見間違いだろう』と思う人々の意思によって奇跡が否定され、割れた海は元通りになる」
「…………」
「人々の意思はつねに人に、そして世界に影響を及ぼしているのさ。……もっとも、人によって影響の度合いや、受けやすさが変わってくる。――きみが特別なように」
「僕……ですか?」
「どうもきみは、ほかの存在からの影響を受けにくいみたいだ。内向きに力を発揮している、というのかな。きみにとってライターの火は小さくあるべきだし、催眠術師の言葉はでたらめに過ぎない。きみにとっての強い現実は、他者からなかなか影響を及ぼしがたい」

 ……催眠術師?
 胡散くさい言葉ではあるが、考えてみると過去に思い当たるフシがいくつかある。
 アルカと初めて会った時から、支倉さんとのやり取りまで。それぞれ程度の差はあったが、すべて自分の意識に干渉してきた行為だった。

「内向きに力を発揮……ですか」

 そんな実感はとくにないけれども。

「きみの反対が、俗に言う“カリスマ”というやつだね。他者を惹きつけ、感化させる圧倒的な影響力を発揮する人物だ。政治家、音楽家、小説家――あるいは宗教的指導者など」

 ええと、つまり……。
 僕にカリスマ性はまったくないということか。いや、知っていたけど。
 以前、アルカとカラオケに行った時に指摘されたことは、このことを指していたのだろう。他者から影響を受けにくく、芸術家としての才能がない。それは長衛さんの説明と合致していた。

「……なんとなく、その“奇跡”の力とやらについては分かりましたけど――」

 話そうと思えばもっと詳しく話せるのだろうけど、時間は無限ではないのだ。次の話題に移るべきだろう。

「じゃあ……例の通り魔は、何者ですか? 吸血鬼……と、噂されていますが」
「――分からない。今のところはね」

 きっぱりと言われてしまった。

「人の生気を吸う妖魔、あるいは悪魔かな」
「……やっぱり、そういう人外っていろいろいるんです?」
「昔はけっこういた、といったところかな。現在は『そんなのいるわけない』という多くの意思が、彼らの存在をうやむやにしている――と言われている」

 妙な話である。他人からいないものとして見なされたら、本当にいなくなってしまうのか? 人から忘れ去られたら、あったはずの存在が無になってしまうのだろうか。いまいち実感が湧きにくい。

「……それ、逆もあるってことですか?」
「あるだろうね。都市伝説などがあまりにも信じられすぎると、それは世界に顕現してしまう。たとえば――」
「――吸血鬼の噂、とかね」

 それまで黙っていた支倉さんが口を開いた。
 ――ひと気のない夜道を歩くと、吸血鬼に血を吸われる。
 今まで馬鹿にしていた噂であるが、実際に襲われた身としては笑うことができない。

「えーと、噂が広がったから吸血鬼が出てきた……?」

 鶏が先か、卵が先か。
 混乱しかけてきた僕とは対照的に、長衛さんは冷静に答える。

「噂が広がる前に、病院に搬送される人が複数人いたから、通り魔の存在が先だろうね。だけど――噂が広がり、異形の存在が多くの人から信じられるようになったら、結果として“吸血鬼”とやらの存在が強固になる。それは犯人の力を増すうえ、べつの吸血鬼を生み出してしまうかもしれない」
「……信じられるほど、強い現実となるわけですか」
「そう、“奇跡”と同じようにね。もしきみの周囲に噂を信じるような人がいたら、できるだけ上手く否定してあげてほしい。これ以上、そういった好ましくない噂が広まるのはよい傾向ではないからね」

 といっても、僕の周辺にそんな都市伝説好きはいただろうか。家族はその手の話を信じないし、山科だってフィクション作品が好きなだけで実際は現実主義者である。オカルトを信じ込んでしまうような知人は――
 …………。
 いましたね、思いっきり。
 九条さんが改心するまで説得を重ねることなどできるのだろうか。自信など微塵もなかった。

「本当に吸血鬼なのか、それとも別の魔物なのか。今までは、なかなか犯人の情報が得られなかったが――」
「……あなたは見た。そして記憶も残っている。“こちら側”の世界について知った以上は、協力してほしいの」
「僕の記憶……ね」

 いまさら拒否する意味もないし、事件の解決の助けになるなら喜ばしいことである。
 もっとも、すべてを覚えているわけではない。服装の細部を思い出せと言われても難しいだろう。
 僕は鞄から紙を取り出した。そこには可能なかぎりの記憶を書き出した文章がある。書いた時点では意味不明だった現象も、長衛さんの説明を受けたあとでは理解できる部分があった。

「……話すよ、全部ね」

 そうして、僕は昨夜の出来事をすべて彼らに説明した――



   ◇



 ――ら、完全に日が落ちて外は夜になっていた。

「…………」
「……ごめんなさいね。かなり時間を取らせちゃって」
「いや、うん、覚悟はしていたけどね」

 疲れた。めっちゃ疲れた。記憶を辿りながら延々と説明するのは、なかなかに大変な作業だった。
 けっきょく終わったのは日没後。時刻的に例の通り魔が現れるとは思えないが、いちおう支倉さんが僕の帰路に付き添うこととなった。

「……ところでさ」

 僕は昨夜のことを思い出しながら尋ねた。

「僕が襲われた時、支倉さんが見回りで近くにいたのって――偶然?」
「……居合わせたのは偶然。ただ、見回り場所をあなたの家の周辺にしていたのは意図的よ。実際すでに被害者が近辺で発生していたし、あなた自身も狙われやすい存在だと思っていたから」
「……狙われやすい?」
「獲物は大きいほど価値がある、ということよ」

 つまり僕は、食らい甲斐のある大物という評価なのだろうか。……嫌にもほどがある。

「支倉さん以外にも、そういう見回りをしている人っているの?」
「当然いるわよ。わたしたちとは別の――たとえば蒲生さんのような、カトリックのグループは違う場所を警戒しているの。ほかにもお寺の周辺は、そこの人たちが担当していたりね」
「へえ……」
「あとは――個人で動き回っている人がいたり、ね」

 個人?
 誰のことだろう、と思ったが――そうか。街を歩き回っている人物を、僕は知っていた。

「アルカの目的は、通り魔の犯人捜し?」
「たぶん、そう。ただ……彼女、蒲生さんのような人たちからは疑われているから。……わたしとしては、あんまり目立つ行動はしてほしくないのだけど」

 小さく溜息をつく支倉さん。そういえば図書室で話した時も、アルカのことを心配していたのを思い出す。……二人はどういう仲なんだろうか?
 ちょっと気になったが、尋ねはしなかった。さすがに今日は入ってくる情報が多すぎて、これ以上増やすとパンクしそうだ。
 お互い口数も少なく、夜道を歩く。黙々と歩いてしばらくすると、僕の家が見えた。

「――お別れ、かな。……今日はありがとう、支倉さん」
「……こちらこそ。遅くまで付き合ってもらって感謝するわ、結城くん」

 僕たちは向かい合って、笑みを浮かべ合った。
 少し前まではまったく縁がなかったのに、こうして学校とは無関係な場所で言葉を交わしているのは、なんだか不思議な気分にもなる。
 だが、おそらく。関わってしまった以上は、これから幾度となく同じような場面が巡ってくるのだろう。
 はたして、この先どうなるのか。
 見通せない未来に目を細めながら、僕は彼女と別れる。

「――また月曜に、学校で」
「――ええ、また」

 明日の日曜は、ゆっくりと安息しよう。そんなことを、僕は思った。
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