いみ話

文字数 2,173文字

 …ふう。
 ありがとう。
 いきなりごめん、こんな時間に。
 どうしても話したくなって。
 ああ、わかってるよ。
 ないんだよね、時間。
 大丈夫。
 すぐ終わらせるから。
 はは。こうして話すの、案外初めてか。
 気恥ずかしいね、何だか。
 ええと、どこから話そうか。

 ある日僕がアルバイトから帰ってきたら、部屋の前に煙草の吸殻が一本落ちていて。
 「汚いなぁ」って思わず悪態をついたのを覚えてる。
 住人の入れ替わりも激しくてさ、ボロアパートだから。
 正直悪いよマナーは。
 漁られたりね、出したゴミを。

 ごめん。
 退屈かな。
 でも、もう少しだけ我慢して。

 君は知ってたっけ、僕がフリーターなの。
 働いてる分ニートより上だよ、社会的に。
 だから、本当に惨めな気持ちになったんだ。
 次の日に煙草の吸殻が2本落ちていた時は。
 わからないかなぁ。
 馬鹿にされてるっていうか。
 意味のない悪戯。
 まあ、ほっといたさ。
 不快なだけだし。
 そうしたら…。
 4本だよ、次の日は!
 げっ。
 うるさかったかな…。
 気を…つけるよ。
 ちなみに、その次の日は6本さ。
 それからかな。
 物事の意味を真剣に考えるようになったのは。


 んんっ。
 喉が痛いや、急に喋ったから。
 おまけにお腹も。
 良くなかったかなぁ、昨日食べたもの。
 君の手料理が食べたいよ、やっぱりさ。
 あ、もちろん、僕だって手伝うよ。
 味には自信があるからね、男だけど。
 憧れるんだよなぁ、最後の晩餐って。
 …さて。
 嬉しいよ、まだ話せて。
 ここからがいいところなんだ。

 イチたすニィたすヨンたすロク。
 この計算式の答え、わかる?
 そう、13なんだ。
 イミ。
 君の名前だよ。
 凄いだろ?
 煙草がね。
 何で落ちてたのかを考えたんだ。
 気になってさ、どうしても。
 考えて、考えて考えて考えて。
 出てきたのが君の名前って。
 啓示だよ、これは。
 君と出会うための…ね。
 あは、ちょっとクサいかな。

 暑いね。
 狭いからなぁ、押入れは。
 どのくらい飲んでないだろう、水を。
 ぎっ。
 姿勢かな。
 凄く凝るんだ、痛いほど。
 昔からだよ。
 君もよく揉んでるよね、自分で。
 僕と同じだ。
 ふふ。
 お似合いだ。
 どうやら聞いてくれそうだね、最期まで。
 嬉しいよ。

 君は考えたこと、ある?
 人生の意味をさ。
 煙草の吸殻を単なるゴミと決めつけるのは簡単だ。
 でも、そこにはちゃんと意味があった。
 それから僕は毎日チェックしたんだ。
 部屋の中を。
 もしかしたら他にもあったんじゃないかって。
 気づいていないだけで、前からさ。
 答えは…イエス。
 変わったよ、世界が。
 そうだな、例えば…。
 置いてるんだ、観葉植物を。
 意外かい?
 ほら、綺麗になるっていうから、空気が。
 小さなゴムの木なんだけど、正直あまり掃除してなくて。
 葉っぱにうっすら埃が溜まっていてね。
 でも、だからこそ気づけたんだ。
 埃の位置が変わっていることに。
 北向きに置かれたのが、東向きにね。
 角度にして90度。
 もうわかるよね。
 嘘だろ?
 君と目があった回数だよ、アパートの前で!
 あははっ。
 運命だよねぇ、これって!
 ぐぶっ。
 ごめん、つい興奮しちゃって。
 でもそう思わない?思うよね?
 げあっ。
 次は南西、135度。
 これは君がトイレを流した回数だよ。
 聞こえるんだ、壁越しに。
 ごっ。
 わ、わかった。
 言わないよ、もう。

 あとさ、部屋の壁に隙間があるだろ?
 老朽化で木の板が捲れててさ。
 君の着替えてる姿がそこからよぉく見えるんだ。
 ああ、思い出すだけで切なくなる。
 あれ、広がっているんだよ。
 少しずつ。
 知ってた?
 僕じゃあないよ。
 ふふ。
 僕と君の距離みたいだね。
 意味のないことなんてないんだ、この世に。

 ああ。
 もう我慢できない。
 早く一つになりたいんだ、君と。
 昨日も玄関の前で目があったよね。
 いつも君の帰りを待ってるんだ。
 隙間だって毎日覗いてる。
 いつも一緒じゃないか、僕たちは。
 だから…。
 食べてくれ、僕を。
 殺すんだろ?
 だから縛られてるんだろ?
 いいよ、君なら。
 一緒になろう。
 一口でもいい。
 意味を与えてくれ、僕の人生に。
 さあ、もっと近づいて。
 もうちょっとだけ…。
 …あ。
 ああああ!
 そ、その目っ!
 隙間から見えた青い星の瞬き。
 あはっ。
 気のせいじゃなかった!
 君も見てたんだ、僕を。
 やっぱり僕らは両思いだったんだ!
 むっ。
 むぐうっ。
 嬉しい…な…。

    *

 ねえ、衣美。
 この間言ってたインコ、どうなった?
 え、もう死んだの?
 早くない?
 ああ、そんなうるさかったんだ。
 わかる、うちも犬いたし。
 お墓とかは?
 だよね。造る訳ないか。
 だって、小学校の頃、あんた虫とか殺してたじゃん。
 それもじっくり観察した後に淡々とさ。
 害虫だから?
 流石に害虫とインコを比べるのは可哀想。
 迷惑なのはわかるけど。
 そもそも何で飼ったの。
 へぇ、懐かれて仕方なく…ね。
 衣美も人間くさいとこあるじゃん。
 あ、害虫といえばさ。
 社会の害みたいな奴っているよね。
 ニートとか、ストーカーとか。
 あと、不摂生のデブとか。
 フリーターも?それは厳しくない?
 あ、じゃあさ。
 もし全部揃った奴が衣美の前に現れたらどうする?

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