第1話
文字数 2,036文字
『愛する君へ
この手紙を見るころ、俺は君の元から去っているはずだ。
いや、もしかしたらこの手紙も読まれないかもしれない。読まれないとしても俺は綴る。
君と出会ったのはもう10年も経つか。俺がゴロツキをやっていたころだったな。
孤独だった。それでよかった。
でも、君と出会ってから俺は変えられてしまった。
君の優しい笑顔、優しい言葉、優しい温もり。その全てに。
いつの間にか俺は孤独から二人の人生に変わっていたな。本当は君と人生を歩みたい。そんな願いもどこかにある。
だが、汚れてしまった俺を汚れ無き君と一緒にいるのは迷惑だろう。
いや……君は俺と居ることが細やかな幸せなのかもしれない。
でも、俺は君に嘘をついている。本当の俺を知ればきっと君も離れていくだろう。
本当の俺……手紙としては残せないな。ただ俺は汚れた存在。それだけで十分だろう?
この手紙を書き終えたら、俺は俺の本当の仕事……その旅に出る。
だからもう会うことは無いだろう。
君から貰ったものは、俺の中では大切にするだろう。
でも、君には俺から渡したものは無いはずだ。
もし……もしもだ。
こうして手紙を綴っている理由は一つ。
俺が突然消えて、君が俺を追ってしまわないかだけが、一つの心残りだったからだ。
忘れてくれ。汚れた俺の事は。嘘にまみれた関係だ。
最後に君に嘘をついていた事だけ詫びたい。
俺の仕事……言っていたほど奇麗なものではないさ。まぁ俺は君に対しては嘘が下手だったもしれないから、気付いていたかもしれないけどな。
銀行員……そんな嘘をついていたな。俺はそんな奇麗な仕事はできないんだよ。
見抜かれた嘘……かもしれないけどな。
まぁゴロツキだった俺が銀行員になれるわけもない。下手な嘘ではあったな。
そうだな。見抜かれていたとしても、優しく接してくれた君の事は忘れないさ。
君への最後の我儘だ。
俺の事は忘れてくれ。
きっと君ならもっといい人が見つかるさ。
汚れのない君へ。
汚れてしまった俺より。』
「……どうしてこんなことしたかな」
俺は手紙を書き終えて、煙草に火をつける。
名残り惜しかったものなのか? いや彼女を俺から遠ざけたかったからだろうか?
きっと……彼女は俺が突然いなくなったら探すだろう。
探してほしくなかった。
汚れなき君を俺の汚れた世界に触れてほしくなかった。
「……」
灰皿で煙草の火を消し、書いた手紙を封に入れ、俺はアパートを去る。
二人で暮らした……俺にとっては最後の楽園に。
・・・・・・
ここはもう一つの俺の顔。そんな部屋だ。
本当はあんなボロアパートで二人で暮らす必要なんてなかった。
でも俺は汚れた金で彼女と一緒にいることは許せなかった。
もう一つの俺の顔……それを隠し通したかったからだ。
もう彼女は手紙を読んだ頃だろうか?
いや……読まれなくてもそれでいい。それで俺の事が忘れられるなら。
俺は煙草に火をつける。
俺にとっては楽園最後の煙草になるのだろうか。
出来ればもう少し煙草を吸っていたい。気が済むまで……。
俺は煙草を灰皿に押し当てる。そしてもう一本煙草を取り出し火をつける。
まだ心の準備が出来ていないせいか、まだ手がる震えている。
「……」
そうだな……彼女と会う前ならきっと俺は躊躇いもしなかっただろう。彼女の存在、俺にとっては予想以上に大きかったようだ。
3本目。残り最後の煙草だ。
「……」
俺は煙草に火をつけたまま、隠し金庫から一丁のコルトを取り出す。
本当の俺の顔……コルトの鈍った光沢に映し出される。
もう後戻りはできない。これからは俺の世界になる。
「サヨウナラ……」
彼女と過ごした時間を惜しみつつも、全てを忘れこの部屋とも別れを告げた。
そう……汚れた顔を隠しながら暮らした、俺にとっての楽園の日々とも……。
・・・・・・
俺はゆっくりと波止場に向かっていた。呼び出された指定の場所だ。
そう、ゆっくりと……。
俺の楽園から抜け出すのが怖いのか?
いや……きっと彼女が俺を変えてしまったからだ。
死なんて恐れもしなかった俺。それに生きる希望を与えてくれた彼女。
だが……人生とは無情なものだ。俺はそんな与えてくれた彼女に報いることはできない。そういう世界の人間なのだから。
そう……俺は遠くから彼女の幸せを祈るしか出来ない。汚れた俺を浄化しようとしてくれた彼女の……。
「来たな」
ボスは言う。
顔ぶれから、一番最後は俺のようだ。
もしかしたら、この中では一番臆病になっていたのかも知れない。
そんな俺を察してか、ボスは言う。
「その顔だと覚悟は決まったようだな?」
「あぁ。大丈夫だ」
そして俺はボスたちと港の闇に消えていった。
この手紙を見るころ、俺は君の元から去っているはずだ。
いや、もしかしたらこの手紙も読まれないかもしれない。読まれないとしても俺は綴る。
君と出会ったのはもう10年も経つか。俺がゴロツキをやっていたころだったな。
孤独だった。それでよかった。
でも、君と出会ってから俺は変えられてしまった。
君の優しい笑顔、優しい言葉、優しい温もり。その全てに。
いつの間にか俺は孤独から二人の人生に変わっていたな。本当は君と人生を歩みたい。そんな願いもどこかにある。
だが、汚れてしまった俺を汚れ無き君と一緒にいるのは迷惑だろう。
いや……君は俺と居ることが細やかな幸せなのかもしれない。
でも、俺は君に嘘をついている。本当の俺を知ればきっと君も離れていくだろう。
本当の俺……手紙としては残せないな。ただ俺は汚れた存在。それだけで十分だろう?
この手紙を書き終えたら、俺は俺の本当の仕事……その旅に出る。
だからもう会うことは無いだろう。
君から貰ったものは、俺の中では大切にするだろう。
でも、君には俺から渡したものは無いはずだ。
もし……もしもだ。
こうして手紙を綴っている理由は一つ。
俺が突然消えて、君が俺を追ってしまわないかだけが、一つの心残りだったからだ。
忘れてくれ。汚れた俺の事は。嘘にまみれた関係だ。
最後に君に嘘をついていた事だけ詫びたい。
俺の仕事……言っていたほど奇麗なものではないさ。まぁ俺は君に対しては嘘が下手だったもしれないから、気付いていたかもしれないけどな。
銀行員……そんな嘘をついていたな。俺はそんな奇麗な仕事はできないんだよ。
見抜かれた嘘……かもしれないけどな。
まぁゴロツキだった俺が銀行員になれるわけもない。下手な嘘ではあったな。
そうだな。見抜かれていたとしても、優しく接してくれた君の事は忘れないさ。
君への最後の我儘だ。
俺の事は忘れてくれ。
きっと君ならもっといい人が見つかるさ。
汚れのない君へ。
汚れてしまった俺より。』
「……どうしてこんなことしたかな」
俺は手紙を書き終えて、煙草に火をつける。
名残り惜しかったものなのか? いや彼女を俺から遠ざけたかったからだろうか?
きっと……彼女は俺が突然いなくなったら探すだろう。
探してほしくなかった。
汚れなき君を俺の汚れた世界に触れてほしくなかった。
「……」
灰皿で煙草の火を消し、書いた手紙を封に入れ、俺はアパートを去る。
二人で暮らした……俺にとっては最後の楽園に。
・・・・・・
ここはもう一つの俺の顔。そんな部屋だ。
本当はあんなボロアパートで二人で暮らす必要なんてなかった。
でも俺は汚れた金で彼女と一緒にいることは許せなかった。
もう一つの俺の顔……それを隠し通したかったからだ。
もう彼女は手紙を読んだ頃だろうか?
いや……読まれなくてもそれでいい。それで俺の事が忘れられるなら。
俺は煙草に火をつける。
俺にとっては楽園最後の煙草になるのだろうか。
出来ればもう少し煙草を吸っていたい。気が済むまで……。
俺は煙草を灰皿に押し当てる。そしてもう一本煙草を取り出し火をつける。
まだ心の準備が出来ていないせいか、まだ手がる震えている。
「……」
そうだな……彼女と会う前ならきっと俺は躊躇いもしなかっただろう。彼女の存在、俺にとっては予想以上に大きかったようだ。
3本目。残り最後の煙草だ。
「……」
俺は煙草に火をつけたまま、隠し金庫から一丁のコルトを取り出す。
本当の俺の顔……コルトの鈍った光沢に映し出される。
もう後戻りはできない。これからは俺の世界になる。
「サヨウナラ……」
彼女と過ごした時間を惜しみつつも、全てを忘れこの部屋とも別れを告げた。
そう……汚れた顔を隠しながら暮らした、俺にとっての楽園の日々とも……。
・・・・・・
俺はゆっくりと波止場に向かっていた。呼び出された指定の場所だ。
そう、ゆっくりと……。
俺の楽園から抜け出すのが怖いのか?
いや……きっと彼女が俺を変えてしまったからだ。
死なんて恐れもしなかった俺。それに生きる希望を与えてくれた彼女。
だが……人生とは無情なものだ。俺はそんな与えてくれた彼女に報いることはできない。そういう世界の人間なのだから。
そう……俺は遠くから彼女の幸せを祈るしか出来ない。汚れた俺を浄化しようとしてくれた彼女の……。
「来たな」
ボスは言う。
顔ぶれから、一番最後は俺のようだ。
もしかしたら、この中では一番臆病になっていたのかも知れない。
そんな俺を察してか、ボスは言う。
「その顔だと覚悟は決まったようだな?」
「あぁ。大丈夫だ」
そして俺はボスたちと港の闇に消えていった。