第1話

文字数 1,963文字

私の朝は早い。
一応週休二日で働いてはいるが、土日の呼び出しも時々ある。
全ては雇用主の予定次第だが、土日に呼び出されるのは昼以降が殆どだ。
と言うのも、土日の朝は私の代わりをする交代要員がいるからだ。
今朝もその交代要員がしっかり仕事をした。
雇用主は、私より交代要員の方を可愛がっているように見える…と言うか、間違いない。
私とは接し方がまるで違う。
何しろ、交代要員には昼食まで提供されるのだ。
酷い差別だと思うが仕方がない。
週に五日働いている私より二日しか働かない者の方が上司の覚えがめでたいというような理不尽は、この社会では良くあることだ。
さて、その理不尽極まりない雇用主がこのところ少しおかしい。
何かに悩んでいるようにも見える。
珍しい事だ。
いつもは外出先から帰って来るとぐったりして何もしないのに、ここ一週間は、帰ってきて一休みもせず仕事をしているのだ。
本を何冊も買って読んだり、テレビの特集を熱心に見ている。
最初は何か調べものをしているのだろう思っていたが、最近は何か試作品のような物を製作し始めた。
試作品を製作するという事で私も駆り出された。
この時の仕事は、いつもの仕事に比べればかなりハードだ。
こういう製作の手伝いを専門にしている者も世間には沢山いるのだが、今のところ雇用主は彼らを雇い入れるつもりはないらしい。
確かに、この程度のスキルなら私だって十分持っている。
雇用主は、そんな有能な私を手伝わせ製作機械を駆使して試作品を作るのだが、出来上がる度に
「はあ」
と、ため息を漏らす。
どうやら満足のいくものができないようだ。
昨夜も遅くまで試作を重ね、当然私も突き合わされて、寝たのは夜中の二時を回っていた。
まぁ、明日は土曜日で休みだからいいものの、平日これをやられたらたまったものではない。
雇用主が満足のいくものを早く作ってくれることを願うしかない。

翌日の朝は交代要員が仕事をしてくれたのでゆっくりできたが、十時には呼び出され、午前中から試作を手伝わされた。
試作を手伝わされるのはいつも私で、交代要員が手伝わされることはない。
手伝いと言ってもそれなりのスキルを持たない者にはできない仕事なのだ。
その交代要員が、今日は呼ばれもしないのに仕事場へ来ていた。
仕事のできない奴がアリバイ作りの為に取り敢えず仕事場へ来ることはよくあるが、そいつが何もできない事はみんな先刻ご承知で、ハッキリ言って邪魔だ。
今日の交代要員も試作品作りに精を出す雇用主の邪魔をしているとしか思えなかった。
そんな中、雇用主は何度目かの試作をし、
「はあ…」
というため息をつくと、どこかへ電話を始めた。
どうやら誰かからアドバイスをもらうつもりのようだ。
それがいい。
何かを成し遂げようとする時、一人では越えがたい壁が立ちはだかる事もある。
そう言った時、謙虚な気持ちで誰かに教えを乞う姿勢を持てる者が成功する。
そうしたプロセスを経る事で、成功とは決して自分一人の力で掴んだものではないという自覚が産まれ、人間として成長できるのだ。
自分一人で成し遂げたと思う事など大した成功ではく、自己満足レベルに過ぎない
アドバイスをもらった雇用主は直ぐに外出をした。
どうやら、教えを乞う人のところへ行き、製作現場を見学させてもらえることになったようだ。
私は雇用主が今回の難題を乗り越えられるスキルを早く身に着けてくれる事を祈った。
それが私の残業を減らす事になるのだから。
夜返ってきた雇用主は、何処か満足気だった。
その夜の残業は無かった。

翌日の日曜日、二月十三日。
その日の朝も交代要員が仕事する。
奴はいつものように、足音を忍ばせるように四つ足でやってきて、寝ている雇用主の頬を二度叩いた。
それでも雇用主が起きないでいると、もう一度、今度は先ほどより強く頬を叩く。
雇用主はいつものように
「うーん、はぁー」
という奇声を発し、手足を大の時に伸ばした。
それから交代要員を寝たまま抱き締め、頭からお尻迄撫でた。
私には決してこんな事をしてくれない。
何という差別だろう。
平日、私がただ
「ぴっぴっぴっぴっぴ」
という音で雇用主を起こすときは、私の方が乱暴に頭を叩かれ、恨めしい目で睨みつけられるというのに。
全く理不尽だ。
交代要員を抱いたままベッドから起きた雇用主は交代要員に食事を提供し、私を乱暴につかむとキッチンへ向かった。
これまでとは打って変わり、自信に満ちた様子で試作品を作り始めた。
今日は、全て手順どおりといった流れで手際よく進めている。
途中、キッチンに良い匂いが立ち込め、そのこげ茶色をしたゲル状のものはハートの形をした型に流し込まれて冷蔵庫に入れられた。
明日は俗にバレンタインデーと呼ばれる日だそうだ。
だが、また明日の朝も乱暴に頭を叩かれ、恨めしそうな目で睨みつけられる私には関係のない事である。

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