むかしむかし

文字数 4,335文字

 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
 おじいさんは家でリモートワーク。おばあさんはベランダへ洗濯物を干しにいきました。
 おばあさんがAI美容器で白髪染めをしていると、隣の部屋からドンブラコ、ドンブラコというEDMが聞こえきました。
 騒音に耐えかねたおばあさんは髪色データの分析を中断し、重い腰をあげました。
 「おもろ」
 皮肉をたっぷりとこめてそう言いながら、おばあさんは壁をドンドン叩きます。
 若い頃は誰も傷つけない言葉を探っていたものですが、もう誰かを批判することに慣れっこになってしまったおばあさん。
 ツイッターにて以下のような文章を呟きました。
 「隣人ガチャミスったw」
 FF外のとあるアカウントからDMが届いたのはその時でした。
 "瞬きのなり損ないでごめんね"という冗長な名前のアカウント名、文章は以下の通りでした。
 
 『こちらはいかなる団体とも関係ありません。目的は、多くの人の根本的問題を解決すること。
 そして、その糧となる大きな桃を神の子らに授けることです。
 宗教のように何かを「信じる」ことは強要しません。
 ただ桃を望むならば、そして「救い」を求めるならばご連絡ください』
 
  呆気にとられているおばあさんの肩越しに、おじいさんがスマホを覗き込みました。
 「なんなん、やば」
 そう言ってカラカラと笑うおじいさんでした。
 その夜、おばあさんはおじいさんに内緒でこっそりと、例のDMに返事を送りました。
 
  宅配ボックスに届いていたのは大きな桃でした。
 おじいさんとおばあさんが食べようと桃を切ってみると、なんと中から元気の良い男の赤ちゃんが飛び出してきました。
 「豪快な育児放棄で草なんだが」という文章とともに男の子の写真をネットに上げたおばあさん。
 おじいさんも「今の時代はこんなんすんのか、すごいのう」とかなんとかぼやいていました。
 ですが実際のところ、子どものいなかったおじいさんとおばあさんは心の底から大喜びでした。
 『これはきっと、神さまがくださったにちがいない』
 そう思わずにはいられなかったのですが、二人とも、そんな気持ちを胸の内に抱えたまま、決して表には出さずにいたのです。
 
  桃から生まれた男の子を、おばあさんは"星月夜"と書いてマヨナカと名付けようとしました。
 しかし最終的に男の子の名前は"桃太郎"となりました。
 なんでもエモくしがちなおばあさんの意見と真っ向から対立してくれたおじいさんのおかげです。
 桃太郎はスクスク育って、やがて強い男の子になりました。

 そしてある日、桃太郎が言いました。
「ぼく、鬼ヶ島へ行って、わるい鬼を退治します」
 おじいさんとおばあさんは『反抗期がきたな』と思いましたが、やはりそんな言葉は心の内にしまっておき、SNSのためにとっておきます。天邪鬼な二人は桃太郎が鬼ヶ島へと出かけるまで素っ気ない態度を貫いているのでした。
 やがておばあさんにきび団子を作ってもらい、おじいさんにソフトバンクでスマホ契約の手続きを手伝ってもらいます。
 その日が来ると、二人は最寄りのJRまで桃太郎を車で送りとどけました。
「いってきます」
 桃太郎がそう告げても、おじいさんとおばあさんは冷たく振る舞っていました。
「はいはい、いっといで」、「二度とツラ見せんなクソガキ」
 おじいさんとおばあさんのそんな言葉に対し、桃太郎は全て理解しているかのような優しい微笑を返しました。
 やがて桃太郎の後ろ姿が見えなくなった途端に、二人は互いに抱き合って馬鹿みたいに泣きました。
 枯れてしわくちゃになった二輪のお花が絡みあって、それでも最後の水分をふり絞ったような光景でした。
 そんな二人の思いはSNSにも投稿されることはありませんでした。

 
 桃太郎は旅の途中で、イヌに出会いました。
「えっ待って、どこ行くん?」イヌは言いました。
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「めちゃ面白そう。もしそっちに、あぁごめん、名前――」
「桃太郎です」
「もし桃太郎さんについていくってなるとさ、わたし桃太郎さんに所属してるってことになるかな?」
「そうなりますね」
「えっじゃあ、ついてく」イヌは目を輝かせて言いました「代わりに安心感とか愛とかくれるわけよな?」
「そうなりますね」
「んじゃあいく、いやあ最高に幸せ」
 イヌはそうして社会的欲求を満たすため、桃太郎のおともになりました。
 
 そして、こんどはサルに出会いました。
「インスタやってます? 相互フォローしません?」サルは言いました。
「ごめんなさい、やってないんです」
「あぁ、そうでしたか。これは失敬」サルは礼儀正しく頭を下げました「一点お伺いしたいんですが、その恰好でどこへ?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「えぇ、それなんか投稿したほうがいいっすよ。絶対バズります」
「じゃあ、やってみようかな」
「あっ提案なんすけど、フォローしてもらえればわたし投稿しますよ」
「え?」
「Vlogみたいに出来れば絶対バズりますんで、よろしければついていかせてください」
「あぁ、じゃあよろしくお願いします」 
 サルはそうして承認欲求を満たすため、桃太郎のおともになりました。
 
 そしてこんどは、キジに出会いました。
「あなた、どこへいくのかしら~」路上でキジは歌い上げるように言います。どうやら歌手を目指しているらしいです。
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「あらそうなの」不意に歌うのをやめて「鬼滅見てないからわかんないわ」とキジは続けます。
「よければ、ついてきます?」
「いいえぇ、わたしは……」
 しばらくの間、物思いにふけるようにキジは黙り込みました。
 その間、サルはスマホを弄り、イヌは「おれたち、桃太郎ファミリーの仲間になりたいとか思わない?」と言います。
「そういうの、わたしはいい」キジは言いました。
 桃太郎一行はその場を去りました。
 しかしふと振り返ると、後ろからキジがついてきているのが見えました。
「でもそういう経験って、理想の自分に近づくためには必要だっていう風にも思うから」
 桃太郎は微笑を浮かべて、言葉もなしに手招きしました。
 キジはそうして自己実現欲求を満たすため、桃太郎のおともになりました。
 
  イヌ、サル、キジの仲間を手に入れた桃太郎は、ついに鬼ヶ島へやってきました。
 鬼ヶ島にはたった一人、食事中の鬼がいるだけでした。
 桃太郎は、これをチャンスと捉えます。
 「こっからはほんとに、マジでよろしくお願い」
 そんな桃太郎の掛け声とともに、彼らは鬼めがけて攻撃をしかけました。
 イヌは「陰キャぼっちで草」と吠えました。
 サルは鬼のスマホを取り上げ「フォロワーすっくな」と野次ります。
 キジは「なんだか昔の自分見てるみたいでイライラする」と鳴きました。
 そんな誹謗中傷の嵐、桃太郎だけが刀をふり回してわちゃわちゃと大あばれでした。
 刃が鬼に当たることは一度もありませんでしたが、一番の頑張りやさんでした。
 「まいったぁ、まいったぁ。こうさんだ、助けてくれぇ」と鬼が手をついてあやまりました。
 イヌもサルもキジも、そろって拍子抜けといった表情を浮かべました。
 「ちょっとイジっただけなんだけど、ってか宝物って、ボロい袋と壊れたスマホだけ?」イヌは言いました。
 「これで終わりすか? いやバズらんバズらん、なんのネタもないんすけど」サルは言いました。
 「これなら歌ってたほうが全然まし。時間の無駄だったわ」キジは言いました。
 「オレはただ食べ物と安全が欲しいだけなんだ」鬼もついでにのっかりました。
 そうして敵がいなくなったにも関わらず――いや敵がいなくなったからでしょうか、鬼ヶ島中に険悪な空気が漂いました。
 大した成果もなく、みんながみんなそれぞれ満たされることのない欲求に不満を抱いています。
  
  その時でした。
 桃太郎が突然、三人めがけて刀を振り回し始めました。
 仲間たちは同時に声を発しました。
 「やっば、なに」
 「鬼ヶ島のジョーカーで草」
 「うぉわちょいちょい、キチガイキチガイ!」
 しりぞく三人でしたが、それでも斬りつけようとする桃太郎。
 攻撃を当てる気はありませんでしたが、鬼に攻撃した際の間抜けっぷりのせいで演技には見えませんでした。
 鬼は呆然とその光景を眺めていました。
 陰口を言いながら帰る三人が、敵がいなくなった時よりも仲が良さそうに見えて少し安心した桃太郎でした。
 「なんなん」鬼が言いました「いきなりあれはヤバイ」
 「誰かが……」息を切らしながら、肩で呼吸をしながら桃太郎が言いました「誰かが敵にならなくちゃ、たぶんダメだって気がしたんだ」
 
 それから桃太郎と鬼は、鬼ヶ島の浜辺に並んで座りました。  
「ぼくはただ、キミと仲良くしてみたいって思った」
 桃太郎は言いました。
「なにそれ」
「わかんない」
「そんな正直に言われたら、わりと言われた方のこっちが困る」
 海を眺めながら、二人は話を続けました。
 それほど綺麗な海ではなく、空も曇っていましたが、それでも海はいつも海だったのです。
「何気なくて、それとなくて、気兼ねも気遣いもなくて――」桃太郎は必死に言葉を探りました「楽しくなるような雰囲気作りも面白い話題を探す必要もいらなくて。なんていうんだろう、お互いに自分のスマホ弄ってても良いような、ただ一緒に黙り合ってみたかったんだ」
「それ、すげえ欲張りだよ」
「そうなのかなあ」
 鬼は笑いました。そしてその幸せを噛みしめるように近くの砂を握り、海の方へとあらっぽく放り投げました。
 そんな風に鬼が笑うのを見て、桃太郎も微笑みました。
「桃太郎っていう自分を越えなきゃ。これからキミと仲良くして」
「そりゃどうも」
「あっ、そうだ。お腹減ってるんだよね」
 桃太郎はポケットからきびだんごを取り出しました。
「うぉう、なにこれ自分で作ったんこれ?」
「ううん、おばあさんの」
「ほーん」
「おいしい?」
「うん」
「まだあるよ」
 鬼の返事はありませんでした。
 これまでの飢えと桃太郎たちの攻撃は、鬼にとっての致命傷だったのです。
 体育座りのまま横に倒れた鬼を、桃太郎はしばらく見つめていました。
 桃太郎の口は硬く引き結ばれ、目は潤み出します。
「未読無視がいちばんイヤ」
 やがて桃太郎の目から涙が溢れました。
 おじいさんに契約してもらったスマホは充電が切れ、おばあさんに作ってもらったきびだんごはなくなって袋だけ。
 静かな海をじっと見つめながら、桃太郎は次にやってくる桃太郎をずーっと待ち続けましたとさ。
 
 
 めでたしめでたし
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