第4話 新学期とかき氷

文字数 969文字

 いち、にの、さんの掛け声で、光る船が、打ち上げ花火のように星空に昇っていった。それがきれいだと思う間もなく、空からニムの体が降ってくる。
 落ちてくる人間ってこんなにも重いのか。ニムを支えたホンタは耐えきれずに地面に倒れた。

「だ、大丈夫、ホンタ?」
「うん。……ニムで良かった。もしゴマチだったらさ、ぜったいに骨が折れてたと思う」

 ホンタがそう言うと、顔をくしゃくしゃにしたニムはメガネをずらして目をこすった。
 立ち上がったホンタは、さっき放り投げた自分のビンを探した。
 地面に落ちたビンの中身は真っ暗だった。目を丸くしていたあのさかなは、きっと、甘いラムネの匂いを光るうろこにまとわせたまま、不思議そうな顔で空に昇っていったのだろう。

「ぼくたちも、帰ろうか」

 ラムネのビンを右脇にはさんだホンタは、ニムの懐中電灯を手に取って辺りを照らす。反対の手をシャツの裾で拭うと、ニムの手を握って歩き出した。
 林道を下り、自転車を停めた街灯のところまで戻ってくると、浴衣姿の人たちが何人か歩いているのが見えた。夏祭りは終わったようだった。
 街灯の光で照らされた二人は、お互いの顔を見合わせて小さく笑い合った。

「泥だらけだね、ホンタ」
「ニムの方もね」
「もうすぐ、新学期だね」
「そうだね」

 ニムとホンタの自転車は、ぱたぱたとしっぽを揺らしながら二人のことを出迎えてくれた。大福模様のしっぽはまだ短いけれど、よく見れば、前よりも少しだけ伸びたような気もする。

「ねえ、ニム」
 ざらりとした自転車のサドルをなでたホンタは、ニムを見て言った。
「新学期になったらさ、一緒にソラサギ駅まで行かない?」
「え?」
 小さなメガネの向こうで、ニムが目を丸くする。不思議そうにホンタを眺める顔は少しだけ、あの光るさかなに似ていた。
「駅の方にね、伯母さんのやってるお店があるんだ。かき氷がすごくおいしいんだよ。だからさ、こんど一緒に食べに行こうよ」
 ニムと一緒なら、自転車を漕いで駅まで行くのも嫌じゃないような気がした。きっと、いや、ぜったいに、楽しいだろうと思った。
 ニムはまじまじとホンタを見た後で、少しだけ照れたように顔をうつむけた。

「それ、べつに、新学期になる前でもできると思うけど」

 二つの自転車の間で、土に汚れたラムネのビンが、街灯の光を受けてきらりと光った。

―了―

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