覗いてはいけない

文字数 2,000文字

 高校で同級生だった仲良し三人組のミホとヤヨイと私とで、夏の終わりに温泉旅行に来た。

 三人ともそれぞれ結婚して主婦となり、子育ても一段落したから久しぶりに一緒に旅行でもしようという事になったのだ。
 山間の静かでひなびた温泉旅館は、昭和初期に建てられた古い木造建築だ。レトロで郷愁を誘われるような内装は一目で気に入った。
 さっそく三人で露天の岩風呂に入り、風呂から上がると夕食の用意が出来ていた。値段の割に豪華で品数も多い。イワナの骨酒を初めて飲んでみたが、これほど美味しいものだとは思っていなかった。お酒はそんなに強くないので、もうこれだけで気分がフワフワとしてきた。

 食事が終わって布団が敷かれても、二人ともまだビールを飲んでいる。私もお付き合いで飲むが、かなり酔ってきてしまった。
 ミホが突然、怪談話をやろうと言い出した。私も嫌いじゃないけど、そんなに怪談話を知っているわけじゃない。

 ミホの怪談話は背筋が凍るようなとんでもなく恐ろしい話で、本当に心底ぞっとした。続けて語られたヤヨイの話も、ミホの話に負けないくらいの恐怖の心霊話だった。今夜一人でトイレに行けるだろうか。
 私が話す番になってしまった。酔いで回らない頭で必死に考えたが何も浮かばない。
 仕方がない。今まで誰にも話したことがなかった、私自身の幼い頃の恐怖体験を語るしかないだろう。

 それはまだ私が小学校低学年の頃、保育園の時に父を亡くし、母と二人で古い木造家屋に住んでいた時の話だ。
 小学生の私は毎晩夜九時には寝かしつけられていた。あの日ウトウトし始めた頃、玄関の鍵を外から開ける音がした。私の寝ている子供部屋は玄関を入ってすぐの左側にある。私の部屋の隣がお風呂場とトイレで、一番奥が母の寝室だ。
 鍵を開けた人物はそっとドアを開けて家に上がって来た。包丁を持った強盗だったらお母さんと私は殺される! 頭から布団を被り、私はずっと震えていた。やがて知らない間に眠ってしまった私は、朝になって母を探した。

 母は機嫌よく、台所で朝食の準備をしていた。母の胸に飛び込んだ私は夜中の出来事を話した。母の顔が一瞬驚きの表情に変わったが、すぐに真剣な顔でこう言った。
『よく聞いてね、それはこの辺りに昔から住んでいる、子供を食べる妖怪なの。だけどじっとしていれば、その妖怪は子供に気付かず帰って行くの』
『お母さんは大丈夫なの?』
『その妖怪は大人を食べるとお腹を壊しちゃうから大人は食べないの。今度妖怪に気が付いても、絶対に覗いたりしちゃだめよ』

 その後も何度も妖怪は家に来た。母に言われた言葉を守り、私はいつも布団の中でじっと動かず震えていた。そしていつもそのまま眠りに落ちた。

 数日たったある日、いつものように妖怪が夜中に訪れた。妖怪の足音は私の部屋の前を通り過ぎ、奥にある母の部屋へと向かって行き、そこで足音は途絶えた。
 母は大人だから妖怪が食べるとお腹を壊す。子供を見つけられなかった妖怪はそこで消える。布団の中で震えながら、それを確認してから眠りにつくのが日課みたいになっていた。でもその日は昼寝をしてしまったため、目が冴えて眠れなかった。

 しばらくすると、声が聞こえて来るのに気が付いた。それは母の声だった。ひどく苦し気な声に聞こえる。
 妖怪が母を襲っている! 子供を見つけられなかった妖怪は空腹で、お腹を壊すとわかっている大人でさえ食べようとしているんだ!
 母を助けなくちゃ! 父が早くに死んで、母までいなくなったら、私は一人ぼっちになってしまう!!

 私は震える足を踏みしめて、母の部屋の前までたどり着く。母のすごく苦しそうな叫び声が聞こえてくる! もう妖怪に食べられている! 食べるなら私を食べてっ! お母さんを許してっ!!
 私は震える手で母の部屋のドアノブを掴んで一気にドアを開け放った!!

 母は驚いた顔で私を見ている。顔は上気して赤く、額から汗が流れている。身体は桜色に染まり、浮かんだ汗で全身がてらてらと光っている。四つん這いで全裸の母のやわらかくて大きなお尻に、見た事の無い裸の男の人が、母の腰に手を掛けて膝立ちで密着している。
 男の人も母と同じように全身から汗を流し、驚いた顔で私を見ている。男の人から流れ落ちる汗が母のお尻の汗と混じり合い、布団の上にぽたぽたと滴り落ちている。



「その男の人は、その後母が再婚した私の二番目の父です」
 ふうー、かなり酔ってる割りにはちゃんと話せた。二人は怖がってくれたかな?
 あれ? 二人が変な顔して見つめ合ってる。
「それって……」
「怪談話と言うより」
「わい談話よねえ」
 ミホとヤヨイがげらげら笑いながら床中を転げまわっている。

 失礼しちゃうわね! 私にとっては、すっごく怖かった体験話なのにっ!!
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