第1話

文字数 2,000文字

「あれ、先輩?」
 騒音の中でも彼女の声が聞こえたのは、俺がきっと彼女のことが気になっているからだろう。
 そんな彼女にゲーセン――しかも残業終わりで深夜だ――に入るところを見られ、しまったと思いつつ振り返った。
「先輩、ゲームセンターなんて行くんですね」
 意外そうに言いながら近づいてくる彼女。
「ああ……まあな」
 どう思われているのだろうか、と少しドキドキしてしまう。
「私、こういうところ初めてです!」
「そうなんだ」
 育ちよさそうだもんな、と思いながら彼女と一緒にゲーセンに入っ……たところで。
「えっ、一緒に来るの!?
 あまりにも自然すぎて一瞬反応が遅れた。
「お邪魔、ですか?」
「いやいやいや、全然大丈夫だよ」
 上目遣いの彼女を見てブンブン首を振ってしまったが。
 ……いいんだろうか、女子の後輩と深夜にゲーセンなんて……。
 そう思ったが、彼女と少しでも一緒にいたくて、そのままゲーセンの中に入った。

「わあ、いろいろありますね!」
 店内に入った瞬間、彼女は目を輝かせた。
 彼女が珍しそうにしているせいか、いつもの光景が新しいものに見えてくる。
 きょろきょろしていた彼女は、ある一点を見つめたまま立ち止まった。
 彼女の目線の先にあるのはクレーンゲーム。商品は、彼女の持ち物によく付いているペンギンのぬいぐるみストラップだ。
「これ、ほしいの?」
「あっ。いえ、そういうわけじゃ……」
 彼女はパタパタと顔の前で手を振るが、その目はペンギンに釘付けだ。
「……そうです」
 顔を赤くして認める彼女。かわいい。
「でも私、クレーンゲームはやったことがあるんですけど、一度も取れたことがなくて……」
 行きましょう、と言いながらその場を離れようとするも、何度もクレーンゲームの方を見ている。
 これは、いいところを見せるチャンスなのでは?
 そう思った俺は、
「取ってやるよ」
 と言ってクレーンゲーム機に金を入れた。
 っし、やってやるぞ!
 気合いを入れて、ボタンを押す。
 ……しまった、ちょっと奥すぎたか。
 そう思った俺は、狙っているペンギンに念じる。
 もう少しだけ奥に、動け……っ!
 すると、ほんの少し、ペンギンが動いた。
 ……よしっ、うまくつかんだぞ! 
 運ばれていくペンギンを見ながら、にやりと笑った。
 俺には、ちょっとした能力がある。
 そう、念力だ。
 小さなものでも少し動かすくらいが限界だが、その能力はクレーンゲームにおいてとても有利なのである。
 少しのズレならこうやって修正することができるからな。
 しかも、少ししか動かせないが故に、他人にはばれないのだ。
 俺は出てきたペンギンを手に取って、彼女の方を振り返る。
「す、すごいです! 私、1回で取れる人なんて初めて見ました!」
 興奮する彼女を見て……俺は一気に罪悪感にかられた。
 ごめん、これはズルなんだ。
 俺の実力なんかじゃない。
 彼女に羨望の目を向けられた俺は。
「……いや、これはたまたまだよ」
 そう言って、再び金を投入した。
 今度は、念力なんて使わずにちゃんとやろう。
 純粋な彼女の前で、堂々といられる男になろう。
 そう決意して、再びボタンを押した。

 それから何度やっただろうか。
 かっこつけたくてやり始めたはずなのに一体何をしているのか、と言いたくなる。
 それでも、やめられなかった。
「と、取れた……」
 俺が2つ目のペンギンを手にしたのは、次取れなかったら諦めよう、と3度目に思ったときだった。
 集中力が切れたとたんどっと疲れが出て、俺はペンギンを手にしたまま膝から崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ですか⁉」
「ああ、うん、大丈夫……」
 そう答えるが、精神的には大丈夫でなくて、俺の顔は自然と下を向く。
「かっこわるいな、俺」
 ぼそっとつぶやいたのが聞こえたらしく、彼女はいえいえ、と首を振った。
「一発で取っちゃうのもかっこいいですけど、がんばって何度もやってるところもかっこよかったです!」
「……ありがとう」
 笑顔の彼女につられ、俺もほほえんだ。
「あのさ。これ、あげるよ」
「えっ、いいんですか? しかも、時間をかけて取った方の……」
「そのためにやったんだしさ」
 少し恥ずかしくなって頭の後ろをかきながら、もう一方の手でペンギンのストラップを差しだす。
「ありがとうございます!」
 俺から両手で大事そうに受け取った彼女は、手の中のペンギンを見つめてうれしそうに笑った。
 残業終わりの気晴らしにと来たゲームセンターなのに、余計疲れてしまった。
 だが彼女を見ていると、この笑顔が見られたのだからいいかと思えてくる。それが今日一番の報酬だ。
 ……そして。
「先輩も、せっかくなので付けてくださいよ!」
 そう言われ、俺がもうひとつのストラップをカバンにつけると。
「これでおそろいですね!」
 同じようにカバンにつけたストラップを見せ、はじけるように笑った彼女に、俺はさらに恋するのであった。
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