第1話

文字数 8,766文字

歌麿と高島屋お久

 将軍家斉の治世の寛政五(一七九四)年。
 冬を追い払う春風が、両国薬研堀米沢町を歩く人々を心地よい気持ちにさせていた。
 米沢町の一角にある高島屋は、商売繁盛で人の出入りが後を絶たなかった。
 この大店は、公儀御用の巻煎餅を商売としていた。
 主人は、高島長兵衛、この店のほかに両国橋付近の興行場の多くを持つ大資産家でもあった。
 店の中は、煎餅の匂いが漂う中を使用人たちは、忙しく働きまわっており、奥では、長兵衛の長女お久が、出かけるためにびわ茶の三筋の小紋を身に着けているところであった。「お久、お師匠さんの言うことよく聞くんだよ」と、お久の母、富が心配そうに言った。
「わかったわよ」
 お久は、これから三味線を習いに出かけるところであった。
 町人の女に一番人気があった職業は江戸城大奥勤めや大名や旗本などの武家に奉公することだった。
 奉公は、奥女中の身の回りや雑用だが、その奉公で箔が付いて、良い縁談に恵まれるのであった。
 その奉公先を射止めるためには、芸事ができるほうが有利なため、恵まれた商家の親は、娘を幼い時から習い事をさせた。
 習い事は、三味線、琴、踊り、茶そして花などで、その師匠は多くおり、その中でも芸事で身を立てようとする者も出てきた。
 お久の三味線の師匠、お安もその一人であった。
「お師匠さん、お願いします」
「まずおさらいで、‘桜尽し’お久さん弾いて下さい」 

♪~かでのみ 花に心を尽くす身の 思ひあまりに手を折りて 数ふる花の品々に わきて  がや 桃の媚びある われやふらし面影の 花の姿をさきだてて 幾重分けこしみ吉野の・・・・・・・・・・♪ 
♪雲井に咲ける山桜 ・・・・・・・・・・・・・ 見初めし色の 絶えぬながめは九重の 都帰りの花はあれども 馴れし・・・・・・♪

「良くできました。次は、今日の練習曲です。歌の間にまとまった器楽部分を持つ曲‘さらし’です」
「はい、お師匠さん。お願いします」とお久は答えた。  
♪ チャチャン、チャチャチャ チャンチャッチャ トントンチャチャン チャンチャカチャン チャ・・・・・・・トントント・・・♪
「では、お久さん。いいですか」
「はい」
♪留めて見よなら~高足駄・・・・・・・・・・・・・♪
「よくできましたね。では今日はこれまで。おうちでよく練習してきて下さいね」
「お師匠様、ありがとうございました」と、お久は三つ指をつき頭を下げた。

 日本橋通油町界隈の一角に、間口三間、奥行五間の紅絵(浮世絵)問屋の耕書堂があった。店の中では、上り框に腰を下ろした小売商の男が、店の手代と話をしており、奥では、往来物の版本の刷り上がった丁(ちょう)を揃えたり、小口を切りそろえたり、綴じたりして、皆黙々と作業をしていた。その奥の一室では、店主の蔦屋重三郎が、歌麿と何か話をしている。
「歌麿さん、どうも絵に生気がありませんな」
 重三郎が、歌麿の描いた絵を見て言った。歌麿は、吉原の花魁(おいらん)たちや、坂東玉三郎たち歌舞伎役者の絵を描いているのだが、最近何かが物足りないと自分でも感じていた。
 重三郎は、鈴木春信の描いた笠森お仙の画を歌麿に見せながらいった。
「歌麿さん、春信のような素人娘を描いてみたいと思いませんか?」
「今時、どこにこのような美人娘がいますか。いたら、是非描きたいですね」
 そのような話もいつのまにか忘れ、歌麿は、同じような仕事に忙殺された。
 その後、その忙しさも長く続かず、たびたび歌麿は蔦屋から菱川師宣、鈴木春信そして勝川春章の絵を見せてもらい、自分はどのような絵を描いたらよいのか悩みだした。
「歌麿さん、師宣さんや春信さんの悪い所を、改善したら如何でしょう」
 歌麿は、蔦屋のいったことに納得した。師宣の野暮ったい泥くささ、春信の一つあか抜けないぎこちなさを何とか打破するようなものができないかと。
いろいろ試作を繰り返した。まずは、美人画で全体の姿を描く場合だが、顔はうりざね顔、首は細く、体は華奢で細身の九頭身、手は小さくすることにした。構図が大体決まったので、若い美人娘を探しに町に出て行った。
その数日後、偶然にもお久の三味線の稽古帰りに出会った。小袖は、青茶の地に小桜の小紋、燈籠鬢の潰し島田の髪にビラビラ簪(何本かの鎖や小短冊を垂らしたもので、歩くたびに揺れる姿が若い女性にこの頃好まれていた簪)すべてが似合っていた。
 気のついた時には、歌麿は、両国の高島屋まで来ていた。
「巻煎餅で有名な大店の娘さんか」とつぶやき、隣の煙管屋に入って煙草を買いながら高島屋の娘のことについて、いろいろ聞き、高島屋の一人娘お久であることを知った。
 歌麿は、高島屋に入った。煎餅の香りが、歌麿の全身に漂った。
「なんといい香りなんだ」
 しばらく、その香りに酔いしれた。
「お客様」
「・・・」歌麿は、我に返って、声をかけてきた丁稚らしき男に、浮世絵師の喜多川歌麿と名乗っていった。
「ご主人に会わせてくれませんか」
「何のご用でしょうか?」
「いや、ここの御嬢さんのことで」
 丁稚は、不審そうに奥に入って行った。
 しばらくして、長兵衛が奥から出てきて、何かうちの娘に用かと歌麿に怪訝そうに尋ねた。歌麿は、長兵衛にお久の美しさを浮世絵の題材にしたいと懇願した。長兵衛は、困った顔をして、お久に聞いてみると言って奥へ入って行った。
 長兵衛は、富とお久を連れて戻って来た。
「歌麿さん、お久が受けるそうです」と長兵衛が苦笑いして言った。
「歌麿先生、どうぞ、よろしくお願いします」とお久が頭を下げると、ビラビラ簪が、輝きながら揺れた。
 歌麿は、しばらく見惚れてしまった。

 それからというもの、歌麿は、毎日、高島屋に出向いてお久を描き続けたある日、お久が、聞いた。
「先生は結婚しているのですか」
「結婚してました」
「えっ」
「一昨年、仏様があの世に連れて行って・・・」
 昔を思い出した歌麿の目に、涙が浮かんでいた。
 我に返った歌麿は筆を走りはじめながらいった。
 お久は黙ってしまった。
「お久さんにはいい人いるんですか」
「いませんよ、先生」
「お久さんならきっといい人見つかりますよ」
「そうならばいいんですが」
「出来ました。どうですか」と歌麿はお久に下絵を見せた。
「綺麗、これに色が入ったら、素晴らしいでしょうね」その下絵は上半身を大きく描く【大首絵】だった。
 不必要なものを一切省略して、描きたい顔だけを主に構成した構図で左手が首襟に添えられているのが、何とも艶かしいお久であった。
「高名美人六歌撰高島お久」という題名で版元の蔦屋が売り出したところ、一日で売り切れた。あまりにも売れるので、蔦屋は、二版、三版と増刷した。
 お久は、ちょうどその頃、高島屋の出した茶店を手伝い始めた。大変な人気で、連日、客足が絶えなく男たちが茶を飲みに来た。そして本店で作った巻煎餅も注文された。まさかこんなに繁盛するとは、長兵衛も富も驚いた。
「歌麿さんのおかげでこんなに繁盛するとは、ありがたや、ありがたや」と長兵衛は富にいった。
 しかし、それとは別にお久に言いよる男も数多くなってきたので、富は心配になって来た。
 ある日、お久に浅草虎屋から結婚の話がきた。虎屋は、次男信吉を高島屋に婿に出しても良いというのだった。長兵衛も富も、たいそう乗り気になった。長兵衛はお久にそのことを夕飯の時に伝えた。
「信吉さんは、なかなか頭もよくやさしい男との噂だが一度会ってみないか」と長兵衛は言った。
 虎屋は和菓子を扱っている老舗であった。
「信吉さんに一度会ったことがあるけど、いい人そうよ」と富も言った。
「おとっつぁん、おっかさん。明日でも虎屋さんをそっとのぞいてみますわ」
 お久は嬉しそうに言った。

 翌日、お久はお高祖頭巾をかぶって、乳母の勝と浅草の虎屋に向かった。浅草は両国とは異なり、お久を見て振り向く人もほとんどいなかった。
 虎屋に着いて、菓子を買うふりをして店の中に勝と入った。店の中は、ごった返していた。長兵衛に聞いてきた信吉の特徴を思い浮かべて、店内を見回したが信吉らしき若い男は見当たらなかった。
「お勝、店にはいないようね。かえりましょうか」とお久は肩を落として虎屋を出た時、体のごつい男にお久がぶつかった。
「おい、娘、てめえどこを見て歩いているんだ」と酒をぷんぷん臭わせて怒鳴って来た。
「すみません」と言って、お久とお勝は頭を下げた。
「土下座して謝れ」と男は後に引かない。
 いつの間にか、お久達の周りに、人垣ができていた。男がやくざ風なので、物見の人たちはただ見ているだけであった。
 お久は、おろおろして体に震えが来た。
「てめえ、なんとか言え」と更に声大きくしてお久に言った。
「ちょっと、お兄さん。お店の前で、娘さんをいじめるなんぞやめて下さい」と若い男がお久の前に割って入って来た。
「おい、若いの。この小娘が俺にぶつかってきて、謝らないんだぞ。この娘が悪いんだ」
「いや、さっきこの娘さんとお供の方は謝ったじゃないか」
「こんな痛い目にあって、土下座してもらわなきゃ許さねえ」
「困った兄さんだね。お金がほしいのかい」
「なに、俺を見損なうんじゃねえぞ。俺を誰だと思っているんだ。浅草の鉄だ」
「申し訳ありません、鉄さんですか、存じていません」
「おまえは誰だ、一体どこの馬の骨だ」
「私は虎屋の者で、名は信吉です」
「うっ、小娘。今日はこの信吉とやらに免じて、許してやらあ」と捨て台詞をはいて背を向けて去って行った。
「どうもありがとうございました」
 お久は頭を下げ、自分の名を伝えようか伝えまいかと悩んだ。
 そんなこと、お構いなしに、
「いやいや、あの輩は酒を飲むと人間が変わって、すぐ頭に血が上るんですよ。地は決して悪い人間ではないらしいのですが。まあ、どちらにしても、何もなくてよかった。気をつけて、お帰りなさい。では失礼」

 一か月後。二人は盛大な祝言をあげた。
 そして、お久と信吉は仲睦まじく過ごした。
 ある日、お久のところに、歌麿が絵を持ってきた。
「お久さん、どうですか」
「先生、すごく綺麗ですね」とお久は吃驚した。
「ちょっと、信吉さん、呼んでくるから待ってて下さい」
 お久は走って、部屋を出て行った。
「これは見事だ、歌麿さん」
 信吉も驚いた。
「これはわたしですね。この二人はどなたですか」
 お久が聞いた。
「はい、真ん中の方は富本の豊ひなさん、浄瑠璃富本節の名取で吉原の芸子さんです。そして右の方は難波屋のお北さんです、ちょっと大柄で愛きょうのある人です。この絵を“寛政の三美人“と名付け、明日売り出されます」と歌麿は嬉しそうに言った。

 両国は、賑わっていた。薬研堀米沢町に入ると、♪朝顔やあ~、朝顔。朝顔やあ~、朝顔♪の売り声がどこからともなく、聞こえてきた。
 信吉が、笑みを溢しながら言ってから思い出したように、
「そういえば、もう初夏です、おとっつぁん、おっかさんと大山詣に行ってきてください」
 信吉は、以前から富が大山詣に行きたい、行きたいと言っていたのを思い出して、言った。
「そうよ、江ノ島もついでに行ってきたら」
「お久も一緒に行ったらいい」
「えっ、あたしも」
「親子水入らず、たまにはいいですよ。おとっつぁん」
 長兵衛も富も喜んで、信吉の勧めを承知した。信吉が、両親を大切に扱ってくれるので、お久は嬉しかった。

 明け七ツ(午前四時)、着替え用着物、足袋、頭巾、枕、油紙雨具、薬籠、手燭、たたみ提灯、矢立そして火打道具等を携えた三人と見送りの信吉が、店前に立っていた。まだ、空には星が散々と輝いていた。心地よい風が、通り過ぎて行った。
「信吉、後はよろしく頼むよ」
 長兵衛は、声をかけて歩き始めた。
「お気を付けて」信吉に見送られ、お久たちは江の島に向かって旅立った。
 日本橋、品川宿を通り過ぎ、夜が明けてきて、右手には御殿山が迫っているのがくっきりと見えた。
  街道脇の品川(ほんせん)寺を通り過ぎ、鈴が森刑場に一行が出た時、女たちは顔をそむけた。
船頭の声で、お久たちは、走って六郷の渡しの船に乗って、江戸に別れを告げた。同じ船に、浪人らしき二人と三味線を抱えた女が同乗した。
 四半刻ほどで川崎宿を通り過ぎた。丘の上に上がって、三人は、富の作った握り飯と煮物の弁当を背から降ろし、開けた。山側には、富士が見えた。
 それから三里ほど歩き、神奈川宿に入った。並木町、新町、荒宿町、十番町、九番町、仲之町、西之町と続いて滝野川を渡り、滝之町から上台町、軽井沢といった町を通り過ぎた。本陣は石井本陣が西之町に、鈴木本陣が滝之町にそれぞれ立派な建物が街道に迫っていた。
「ここらで泊まっていこうか」長兵衛が二人に言った。
 浜千鳥’と書かれた行灯の旅籠に入った。
 
 程ヶ谷宿を過ぎ、戸塚宿で三人は、一膳飯屋で蕎麦を食べた。
「ここから、’中ノ道’に入り、鎌倉に出ようか」長兵衛は、茶を飲みながら言った。
 昼八つ半(三時)、北鎌倉の山ノ内(やまのうち)に出た。建長寺・円覚寺・東慶寺・浄智寺・明月院そして、長寿寺に詣でた。
 そして、浜辺近くの道を歩き一刻(二時間)ほどで、江ノ島大橋に三人は佇んだ。
「江ノ島よ!」お久は、思わず声を上げた。橋を渡り、銅製の鳥居の前に来た。
「お久、この鳥居の建立に、私も寄進したんだよ」
 鳥居の右の柱に高島屋長兵衛と刻まれているのを富が見つけた。
「嶋屋の利助さんよ、おっかさん」
「もう、陽が暮れてきたから、そこの旅籠に泊まろう」
「あっ、おっかさん、夕陽がきれい」
「本当、富士山も綺麗」
「そろそろ、行こうか」長兵衛が歩き始めた。
 そして、坂道を多少上がったところにある旅籠に入った。
 旅の疲れが出たせいか、三人はいつもより遅い明け六ツ刻に目を覚ました。相州の海と空は真っ青だった。
 蛤の味噌汁、焼鯵、香の物で朝餉を取り、旅籠を出て、辺津宮(へつみや)、中津宮(なかつみや)そして、奥津宮(おくつみや)にお参りした。
 そして、岩屋に向かって、道を降りはじめた時、手摺に体をゆだね、絶壁に向かって前かがみになっている若い娘が、お久の目に入った。
「何やってんの!」驚いたお久は、大声を出しながら走った。長兵衛、富も後を追った。
「死なせて」
 娘は、泣きじゃくった。
「馬鹿言ってんじゃないの」
 お久は、娘の足を掴んだ。長兵衛は、体を持った。
「娘さん、どんな事情があるかわかりませんが、死に急ぐことはありません。落ち着きなさい」と長兵衛は言って、娘の頬を打った。
 娘は我に返って、泣き止んだ。
「差支えなかったら、理由聞かせて」
 富が諭し、そして落ち着いてきた娘を近くの岩に座らせると、娘は藤澤宿近辺に住んでいて、毎日、夫は朝から酒を飲んでは、暴力をふるうのだが、今日は、匕首を振り回すもので、とうとう逃げ出して来たと震えながら言った。
「もう此処まで追われてきたら、もう死ぬしかないと決めたんだ」
「追われているんだな、早く逃げないと」長兵衛は、周りを見回した。
「岩屋から舟に乗って大橋に戻ろう。富、お前先に行け。お久、娘さんを見てくれ」と言って、長兵衛が三人を前にやった。
 四半刻ほどで、三人は坂を下りた。
「そこに船乗り場がある、弁天様はまただ。早く」
「船頭さん、早く行ってくれ」長兵衛が、船頭に、一朱金(約四千円くらい)を渡した。

 舟を降りると、長兵衛は、近くにいた駕籠かきをつかまえた。
「駕籠屋さん、この娘さんを鎌倉の東慶寺まで載せて行ってくれませんか。これでお願いしますよ」と、二朱金を渡した。
 しばらく駕籠が行くのを見送ると、お久たちは、一里九町(約五キロ)の道のりを歩き、半刻ほどで、藤澤宿に入った。早速、飯屋に入った。簡単な菜飯を食べた。
「ここから、大山までどのくらいあるのかしら」お久が、長兵衛に聞いた。
「六里ぐらいあるかな。今日は、田村あたりで宿を取ろう」
 田村で一泊して、翌日、お久たちは、白衣姿で大山の阿夫利(あふり)神社に詣でて、帰途に就いた。
 そして、数日後、陽が傾き始めた暮れ七ツ半頃(午後五時)両国の家に着いた。
「お帰りなさい。みんな真っ黒になって」
 信吉が、裏の木戸を開けて迎えた。

 一年後、お久は長次郎を、そして三年後、直吉を産んだ。お久は、仕事熱心な信吉と二人の子と幸せに過ごし、店も繁盛した。
 長次郎が六歳になった。すっかり、両国界隈も秋めいてきた。朝五ツ半(午前九時)、お久が暖簾を掛けに外へ出た時、急に眩暈を感じた。
 危ないと感じ、座り込んだ。
(目が回っているんじゃないわ。地震よ)お久は、力を振り絞って、何とか店の中に入った。
「お久、地震だ。大丈夫か」
 信吉がお久をみて、どなった。
「あなた、長次郎たちが・・・」とお久は言って、長次郎たちの部屋に入った。
 棚から玩具や絵本がバラバラになって落ちていた。
「おっかさん、恐いよ」長次郎が泣き出した。
「長次郎、直吉、もう大丈夫よ」
 お久は、二人を抱きしめて言った。
 ゴーと音がするや、ガタガタとまた、揺れだした。
「お久、子供たちは大丈夫か」
 信吉が、息を切らせてやって来た。
「尾上町の方で火の手が上がったぞ、風向きがこっちだから、逃げる支度をした方がいい」
 ここ米沢町から近くの墨田川に架かった両国橋を渡った向こうに、尾上町がある。
「おとっつぁんとおっかさんは、どこ」
 すぐ探してくるからと言って、信吉は、部屋を出て、長兵衛たちの部屋に入ろうとして、戸襖をあけようとしたが、開かない。
「おとっつぁん、おっかさん。大丈夫ですか」
「信吉さんか、早く助けて~」と富の声がした。
 信吉は、戸に体当たりした。長兵衛は和箪笥、富は、茶箪笥の下敷きになっていた。
 信吉は、長兵衛に大丈夫かと大声を張り上げたが、返事が戻ってこない。
「おっかさん、大丈夫ですか」と言いながら、富の足の上に倒れた箪笥を持ち上げた。
 富は、足を引きずり這いながら、長兵衛が横たわっているに行った。
「あなた、あなた・・・」富は、長兵衛の手を握った。
 信吉は、箪笥から着物を出してから、長兵衛の上に倒れた箪笥をどけた。 富が、血だらけの長兵衛の顔を持ち、揺すった。
「おっかさん、ここから出ましょう。尾上町が火事になってます。早く支度を」
 富は、信吉に長兵衛を大八車に乗せて、一緒に逃げるように頼んだ。
「はい」
 二人は、お久の部屋に行った。
「おっかさん。・・・おとっつぁんは」
 お久が、荷をまとめながら言った。
 昼には、町民たちが、荷車にものを乗せて、両国橋から少しでも遠くに行こうとひしめき合っていた。
 に組の町火消連中がやって来た。纏を持った火消が先頭に、そして梯子、長鳶、掛矢、大鋸を持った鳶たち、そして、竜吐水と水鉄砲をひく者、おす者が続いた。
 頭領が、大声で怒鳴った。
「火が来るぞ、早く逃げろ。もたもたすると、焼けちまうぞ。あとは俺たちに任せろ」
 信吉と店の者が、長兵衛と富を大八車に乗せた。また、手すきの者が、もう一台の車に荷を乗せた。
「若女将、お子らもこの車に乗せましょう」お久は頷いて、長次郎と直吉を荷台に乗せた。
「さあ、行きます、いいですか」
 二台の大八車が、ゆっくりと走り始めた。
「あなた、何とか言って」富は、横に寝かされている長兵衛に泣きながら繰り返し言った。
 お久は、荷車の横について行った。
 しばらくして、お久が前を行く信吉に大声で言った。
「両国橋に近い米沢町の一角の家々が、町火消たちの手で壊されているわ。お店も・・・」
 米沢町から半里(二キロ)離れたところにお久たちは逃げて来ていた。二刻(四時間)ほど経って、空には、煙だけが立ち昇った。
「火事は収まったようだ、おいらちょいと店見てくるよ」信吉が、お久に言った。
 高島屋の建物は、無事だった。両国橋近くの建物が数件壊されていた。風向きが変わったのが幸いした。
 店の中は、壁や土間に亀裂が入ったり、天井が落ちたりしていた。商売道具の竈も壊れ、
鍋、釜も土間に散在していた。
(これらを、修繕して店を開くのには時間がかかるな)
 信吉は、戸を閉めて、お久たちを迎えに戻った。
 とうとう、長兵衛は三日後の夜、帰らぬ人となった。富は、左足を引きずって歩くようになってしまった。
 両国橋近くでは、お救い小屋が建てられ、握り飯と味噌汁が家を失った人々に配られていた。
 お久は悲嘆にくれながらも、信吉と、朝から晩まで店の立て直しに心血を注ぐ毎日を送った。

 三か月もたつと、高島屋に賑わいが戻った。お久は、高島屋の女将として板につき始め、評判は上々だった。また、信吉には献身的に尽くす良き妻でもあった。 
 二人は、幸せに毎日を過ごした。
 お久は、二十九歳になった夏頃から、咳が時々でるようになった。それから間もなく、喀血し、床に臥せった。
 医者の診断によると、疲れから来たもので、安静にして滋養のあるものを食べれば直に治るとの見立てであったが、信吉の介護にも関わらず、少しも容態は良くならず、翌日、信吉や富たちに見守られて、お久は三十数年の命を閉じた。
 歌麿もお久の後を追うように、五十四年の幕を閉じた。
 翌年、高島屋を受け継いだ信吉は、身を粉にして働きながらも、お久の墓参りを一日も怠ることはなかった。

 二百年後の今、両国には巻煎餅の高島屋の面影もないが、歌麿の描いた浮世絵の中の大江戸三大美人のひとりとして、お久は永遠に生き続けるだろう。
                                     了
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