第1話
文字数 1,934文字
大きなあくびをして、俺はスマホの画面から顔を上げた。電車はまだだろうか。駅のホームの電光掲示板を見上げる。始発の発車時刻には少し余裕があった。どうやら駅に着くのが早かったようだ。
それにしても朝練なんてだるくてやる気がしない。先日サッカー部の新キャプテンが、唐突に週二回の朝練を提案したせいで、始発から高校に向かう羽目になってしまった。
また大きなあくびをし、反対側のホームに視線を移した。俺と同じ栄翔 高校の制服を着た女子生徒がベンチに座っている。
おかしいな。あっち側の電車は高校には向かわないのに。
俺は目を凝らして女子生徒を観察する。そして気がついた。あれは福原理沙だ。
理沙は幼稚園、小学校が同じの幼馴染だ。中学こそ俺は公立、理沙は私立に進み関係性は途切れてしまったが、今年の春、栄翔高校の一年八組の教室で再会したのだ。
まだクラスの人間関係ができておらず、教室の空気はどこか張り詰めていた。俺もその空気に飲まれていたから、突然理沙から話しかけられたのは強く覚えている。
「ねえ、大山君、覚えてる? 私のこと? 幼稚園と小学校で一緒だった福原理沙だよ」
その瞬間、俺は思い出していた。彼女に抱いていた憧れを。あのどこか痛くて切なくて、懐かしい感情を。
高校の授業が始まって数日たったある日、理沙から「大山君って部活何するか決めた? やっぱりサッカー部?」と尋ねられた。
俺が小学校の時にサッカーをしていたことを覚えてくれていたのだ! 俺は小躍りしたい気持ちを抑え「まあな」とクールを気どって答えた。
「へえ、じゃあわたしもサッカー部に入ろうかな。マネージャーとしてさ」
「――イヤ、それはやめた方がいいかも。二人そろって同じ部活に入ったら、めんどくさそうだし」
「ああ、たしかにそうかも……」
現に俺たちはクラスの連中から好奇の目で見られていた。まだ同性同士での人間関係すらできていない入学初日から、男女で仲よさそうに話していたからだろう。
「福原ってマネージャー志望なのか?」
「うん。わたしって運動ダメダメだから。でもスポーツってかっこいいから見るのは好きなんだよね。家に帰ってもDAZNでいろんなスポーツ見てるし」
結局理沙は野球部にマネージャーとして入部した。野球部のクラスメートによると、かいがいしく選手の練習を手伝い、試合の記録をつけているらしい。
理沙はどこに向かうつもりなのだろう。気になった俺は反対側の駅のホームへ向かった。
駅の構内にもどると「まもなく電車が到着します」というアナウンスが流れてきた。俺は構内を走ってホームへ跳びだし、出発しようとしている車両に駆け込んだ。
駆け込んだ車両に理沙は乗っていなかった。車両間をつなぐドアの窓から隣の車両をのぞく。真ん中あたりの座席に理沙が座っている。俺はドアの陰に隠れた。理沙がどこで降りるか確認するためだ。
いくつか駅を通り過ぎ、ついに理沙が席を立ち電車を降りた。俺も理沙に続く。
理沙の視界に入らないよう、注意を払って電車を降りたが、どうやらその心配は無用だったらしい。
理沙は車両から降りると周りを見渡すこともなく、まっすぐホームのベンチに向かいそのまま座った。その動作はずいぶん慣れたもののように思えた。
何度もこの駅のベンチに座っているということだろうか。しかし何のために?
俺はホームの柱の陰に隠れ理沙の次の動きを待った。理沙はスマホをいじっていて動く気配はない。
ホームには徐々に人が増えてきた。なかには俺たちと同じ栄翔高校の制服を着た生徒もいる。
もし知り合いに見つかったらなんと言い訳をしようか。そんなことを考えていると、理沙が急にこっちを向いた。
しまった、みつかったか。
理沙は笑顔を浮かべた。俺は照れ笑いを浮かべ柱の陰から出ようとした。
そのとき栄翔高校の制服を着た身長の高い生徒が、俺を追い抜いていった。理沙の視線はその生徒に向けられている。
あれはたしか野球部の杉内裕樹だ。通称〈栄翔高校野球部のヒーロー〉
エースで四番の杉内の活躍で野球部は今年の夏、甲子園の一歩手前まで予選を勝ち進んだ。
杉内がなにやら声をかけ、理沙がはにかむ。照れとうれしさがまざったような、俺の見たことのない表情だった。
その瞬間俺は理解した。理沙は杉内といっしょに登校するために、高校とは反対側に向かう始発電車に乗り込んだのだ。
アナウンスがホームに響き電車がやってきた。二人は話しながら電車に乗り込む。俺は二人のその姿をただ見送った。
もしあのとき、余計なことを考えずいっしょにサッカー部に入っていたらどうなっていただろう。そんなどうしようもない問いが心の中に浮かんだ。電車の発車音が耳に突き刺さった。
それにしても朝練なんてだるくてやる気がしない。先日サッカー部の新キャプテンが、唐突に週二回の朝練を提案したせいで、始発から高校に向かう羽目になってしまった。
また大きなあくびをし、反対側のホームに視線を移した。俺と同じ
おかしいな。あっち側の電車は高校には向かわないのに。
俺は目を凝らして女子生徒を観察する。そして気がついた。あれは福原理沙だ。
理沙は幼稚園、小学校が同じの幼馴染だ。中学こそ俺は公立、理沙は私立に進み関係性は途切れてしまったが、今年の春、栄翔高校の一年八組の教室で再会したのだ。
まだクラスの人間関係ができておらず、教室の空気はどこか張り詰めていた。俺もその空気に飲まれていたから、突然理沙から話しかけられたのは強く覚えている。
「ねえ、大山君、覚えてる? 私のこと? 幼稚園と小学校で一緒だった福原理沙だよ」
その瞬間、俺は思い出していた。彼女に抱いていた憧れを。あのどこか痛くて切なくて、懐かしい感情を。
高校の授業が始まって数日たったある日、理沙から「大山君って部活何するか決めた? やっぱりサッカー部?」と尋ねられた。
俺が小学校の時にサッカーをしていたことを覚えてくれていたのだ! 俺は小躍りしたい気持ちを抑え「まあな」とクールを気どって答えた。
「へえ、じゃあわたしもサッカー部に入ろうかな。マネージャーとしてさ」
「――イヤ、それはやめた方がいいかも。二人そろって同じ部活に入ったら、めんどくさそうだし」
「ああ、たしかにそうかも……」
現に俺たちはクラスの連中から好奇の目で見られていた。まだ同性同士での人間関係すらできていない入学初日から、男女で仲よさそうに話していたからだろう。
「福原ってマネージャー志望なのか?」
「うん。わたしって運動ダメダメだから。でもスポーツってかっこいいから見るのは好きなんだよね。家に帰ってもDAZNでいろんなスポーツ見てるし」
結局理沙は野球部にマネージャーとして入部した。野球部のクラスメートによると、かいがいしく選手の練習を手伝い、試合の記録をつけているらしい。
理沙はどこに向かうつもりなのだろう。気になった俺は反対側の駅のホームへ向かった。
駅の構内にもどると「まもなく電車が到着します」というアナウンスが流れてきた。俺は構内を走ってホームへ跳びだし、出発しようとしている車両に駆け込んだ。
駆け込んだ車両に理沙は乗っていなかった。車両間をつなぐドアの窓から隣の車両をのぞく。真ん中あたりの座席に理沙が座っている。俺はドアの陰に隠れた。理沙がどこで降りるか確認するためだ。
いくつか駅を通り過ぎ、ついに理沙が席を立ち電車を降りた。俺も理沙に続く。
理沙の視界に入らないよう、注意を払って電車を降りたが、どうやらその心配は無用だったらしい。
理沙は車両から降りると周りを見渡すこともなく、まっすぐホームのベンチに向かいそのまま座った。その動作はずいぶん慣れたもののように思えた。
何度もこの駅のベンチに座っているということだろうか。しかし何のために?
俺はホームの柱の陰に隠れ理沙の次の動きを待った。理沙はスマホをいじっていて動く気配はない。
ホームには徐々に人が増えてきた。なかには俺たちと同じ栄翔高校の制服を着た生徒もいる。
もし知り合いに見つかったらなんと言い訳をしようか。そんなことを考えていると、理沙が急にこっちを向いた。
しまった、みつかったか。
理沙は笑顔を浮かべた。俺は照れ笑いを浮かべ柱の陰から出ようとした。
そのとき栄翔高校の制服を着た身長の高い生徒が、俺を追い抜いていった。理沙の視線はその生徒に向けられている。
あれはたしか野球部の杉内裕樹だ。通称〈栄翔高校野球部のヒーロー〉
エースで四番の杉内の活躍で野球部は今年の夏、甲子園の一歩手前まで予選を勝ち進んだ。
杉内がなにやら声をかけ、理沙がはにかむ。照れとうれしさがまざったような、俺の見たことのない表情だった。
その瞬間俺は理解した。理沙は杉内といっしょに登校するために、高校とは反対側に向かう始発電車に乗り込んだのだ。
アナウンスがホームに響き電車がやってきた。二人は話しながら電車に乗り込む。俺は二人のその姿をただ見送った。
もしあのとき、余計なことを考えずいっしょにサッカー部に入っていたらどうなっていただろう。そんなどうしようもない問いが心の中に浮かんだ。電車の発車音が耳に突き刺さった。