最も古く気高い名

文字数 2,000文字

 うむ、皆の衆よ。よくぞ聞いてくれた。私は大翼の一族〝アルバトロス〟にて、この世に生み落とされし新たなる命を健やかに教え育てる役目を担う〝知恵者のソピア〟である。皆からはよく『先生』と呼ばれているが、呼び方自体は好きにしてくれて構わぬよ。
 さて、早速だが授業を始めよう。これは幾数年か前の話――我々、大翼の一族は陰陽の羽毛を持つ、それはそれは珍しい御子を授かったことがあった。大きさも形も違う、岩礁近くに打ち捨てられていた一つの卵。拾ったからには育てなければと孵らせてみたはいいものの、これほど特別な姿をしているとは思いもしなかった。
 君達は茶褐色の羽毛に包まれ、真っ直ぐ背筋を伸ばし、ぺちぺちと情けない足音を立てながら歩いている仲間の姿を想像したことがあるだろうか? それが突然変異なのか混血なのか、はたまた奇形の(たぐい)なのか。なんであれ、その御子は一族にとって目立ちすぎる存在であった。
 ああ、君。とても良い着眼点だ! そう、彼は最初から陰陽の羽毛を持っていたわけではない。陰陽の羽毛とは、御子が成鳥(せいじん)する際に初めてお披露目された正装だったのである。
 そんなこんなで、ようやく御子に(まつ)わる古き羽毛の全てが剥がれる日がやってきた。すると、彼は小さな片翼を天高く持ち上げ、高らかにこう宣言した!
「我が名は〝ワイマヌ=マンネリンギ〟! 氷河を統べる王族の御子である!」――と。
 我々は自らをワイマヌと呼ぶ御子の言葉の意味を理解することができなかった。なにせ、ここは岩壁ばかりの『巨岩の国』で、氷河があるのはここから随分と遠くにある『結晶の国』なのだからな。
 しかし、その時の私にそういった細かな事実を調べる余裕は持てなかった。ワイマヌは自称した通りの王族らしい振る舞いで、私に近寄ってこう言ってきたのだから!
「我が恩師、ソピア。今こそ我との婚姻の儀を求める。どうぞ、()を!」
 びっくりするだろう? だが、実はこの一言こそが我が一族の凝り固まった掟を見直すきっかけとなる出来事だったのだ。これを知る皆はもう少し慎重に(ひと)と向き合うべきだが、改革とは時にこのような大胆さも必要だ。もしかしたら、次の改革は君達の世代が担うかもしれない。だから、どうかこの逸話を忘れぬように……
「――おい、ソピア! 余計なことを話しすぎだ!」
 ソピアの授業が一段落して(ひと)も捌けた頃合いに、奥の岩陰からゆったりとした歩みで現れた不機嫌な表情のワイマヌが、ソピアに向かって文句をついた。
「良いではないか、全て事実なのだから」
 話は変わって、今から少しだけ前のこと。例の事件以降もソピアとワイマヌは家族として同居を続けていたが、当然ながら正式な(つがい)としては認められていなかった。それでも諦めずにアプローチを続けるワイマヌを見て、ソピアは『彼の出生さえ分かればその気質も理解できるのでは?』と、二羽(ふたり)で数週間ほどワイマヌの言っていた氷河のある結晶の国へと赴いていた。
 そして、その旅でようやくワイマヌが〝ペンギン〟という魚鳥の一族の生まれであったことが判明した。やはり、彼は結晶の国が本来の故郷だったのである。それにしても、彼らの文化はかなり奔放な傾向があるようで、ワイマヌの一途さはむしろ真逆のものとさえ思われた。
 一方、ワイマヌは『我が誇り高き未来の番〝知恵者のソピア〟とは、時遡ること云々』と、いつものように自慢をしていたが、どうにも同族からは理解されていない雰囲気だ。特に『異種族の雄など……』と苦言を呈された時の怒りようは凄まじかった。それを見て、ソピアはついに『彼の抱く想いは彼自身だけのものなのだ』と確信した。
 だから、ソピアは帰路につく途中で、そっとワイマヌに愛の告白をした。それを聞いたワイマヌは、あれだけ自ら迫っておきながらソピアの突然の許諾に驚いたらしく、足を()って流氷から滑り落ちていた。
 それからのソピアはワイマヌの全てを受け入れられるよう、いつもの授業が終わった後に、残業として長らく放置されていた掟を改定させるための書き物を続けている。まずはこれをどうにかしなければ、ワイマヌの思うパートナーにはなれないからだ。
「きっと、お前は生まれつき念力を理解する者だったのであろうな」
「ん? 何を突然! 我は超能力など使えないぞ!」
「そちらの念力ではない。記憶、努力、統一、把握……そういった

のことさ。だから、私もここまで突き動かされたのだろう」
「ふーん……? よく分からぬが、我はソピアを世界で一番愛しているぞ!」
 これは後に知ったことだが、彼が成鳥(せいじん)した時に宣言した〝ワイマヌ=マンネリンギ〟という名は、魚鳥の一族の中で最も古く気高い祖の名であるらしい。彼からすれば本能に刻まれた記憶を叫んだだけに過ぎないのであろうが、それを名乗るだけのことはあったとソピアは信じている。
 理由としては、これだけで充分であろう。
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