第1話

文字数 1,627文字

1965年の夏の蝉の鳴く音が五月蝿い日のこと。
フェルマーが謎の存在によって生き返った。
だが、今はその前段階である。
フェルマーは生き返る前に、あの世で神から、現世に戻った時の助言を授かっていた。
(…………)
フェルマーについて少し語ろう。

フェルマーは数学者だ。
だが、生前、フェルマーは数学者を困らせるのが好きだった。
フェルマーは自分の研究を公表しなかった。
というのも、フェルマーは研究を公表するようなことを面倒だった。
だから、しなかった。
彼はもしかしたら、人を困らせるのが好きだったのかもしれない。
それを見てワインの肴にして楽しんでいたのかもしれない。
だが、それも想像の域を出ない。
だが、彼は卑屈である。
実際、彼は数学者を困らせるような難問を数学者に次々に送りつけていたという。

だが、そんな解釈はこの物語には存在しない。
この物語のフェルマーは卑屈ではない。

−狂ってしまった生粋の数学徒−
これはフェルマーだけでなく、数学界の偉人の多くに共通する性質なのかもしれない。
ただ、彼は数学が好きなだけだ。
ただ、彼は少し卑屈なだけで、根っこの部分は数学が好きすぎて、フランスの法律における上級職につき、フランスのピラミッドの頂点付近に腰を掛けても、数学を諦めきれず、ただただ数学の問題を自ら作り、そして解いてしまうような純粋な数学徒であるのだろう。
(………)
神はそんなフェルマーを天国の1番高い山にある庭に呼び、そこから天国を二人で眺めながら、優しく語りかけた。
『今日貴方を呼んだのは、あることを告げるためです』
フェルマーはまるで飢えた少年みたいに、狼みたいに、神の目をじっと見て、聞いた。
『もう一度数学を解きたいです。生き返らせてください』
すると、神は優しく微笑んだ。
『はい。フェルマーさん。貴方は私の力によって生き返れます』

フェルマーは依然として、数学徒であった。
これを喜ばずにはいられなかった。
『これでまた数学の問題が解ける…ありがたい!神よ!』
フェルマーは泣いていた。
しかし、神は残酷であった。

神はそんなフェルマーに、情けをかけることなく、転生後のフェルマーの運命をたった一言で決めた。
『駄目です。貴方の作った最終定理が解かれるまでは…』
『え?』
フェルマーはそんな神の一言に驚いた。
神はフェルマーの想像よりずっと、無情の神であった。
『今から貴方の作った定理の一つのフェルマーの最終定理の記憶を全人類から消します。だから、貴方が探して下さい。貴方のフェルマーの最終定理を解けるような天才を…もちろん、答えを教えるのは禁物です。もし、貴方が問題を解いて、新定理を見つけようとするものなら、貴方の存在を…偉業を…そして魂を…この世から未来永劫に消します…良いですね?』

フェルマーは当然の問いを投げかける。
神は微笑んでなどいないことに気づいていても。
フェルマーはまだ神を信じていた。
神はフェルマーを嘲笑っていただけだと、わかっても。それでも。

だから、フェルマーはその問いを投げかけた。
『何故そんなことをするのだ…?神よ』
重ねるが…フェルマーは純粋な数学徒であり、生粋の詐欺師ではない。
だが、神はこう答えた。
『貴方と同じですよ!人に難しい問題を渡して苦しむ人の表情を見るのが好きだからですよ!人間って滑稽ですからね!』
そして、神はその言葉通り、曇った表情を浮かべたフェルマーを見て、腹を抱えて笑った。
『ただ、私は数学が好きなだけで、この問題を解けた喜びを共有したかっただけなのだ』
フェルマーがそう言って、前を恐る恐る見ると、広がるのは見知らぬ現代のフランスの風景。
そこには、神はいなかった。
そこにあるのは群衆だけだ。

−今この瞬間、凱旋門の何たるかを知らない過去の偉人フェルマーは、現代のパリの凱旋門付近に突如出現した。
そう。フェルマーは現代フランスに、転生したのだ。

そういやまだ言ってなかったね。
この物語はフェルマーがもう一度楽しく難問を解けるようになるまでの物語である。
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