第2話

文字数 1,616文字

 何かが変わるという期待はしていなかったかが何かは変わるかもしれないという予感はしていた。

 が僕は変わらなかった。相変わらず。心を折れた事を言い訳にして良い感じに引き籠もっていた。

「あっぢぃい。あぢいよ。」

 が変わったことがある。単純に言うと場所
だ。

 エアコンすらない分かりやすく昔ながらのおんぼろアパート1K 8畳。風呂トイレは別。で僕は引き籠もっていた。扇風機の強風を浴びながらごろごろと布団で停滞している。

 スマホから直接音楽を流してる。曲は自分が小学生の頃に流行った沖縄出身インディーズバンドのデビューアルバム。爽やかな女性ボーカルだけど夏をコレほどもかと感じさせる。そのため暑苦しさも感じさせられる。

 8畳の部屋の片隅には僕が持ってきた黒い革のボストンバッグが所在なさげにごろんと横たわっている。持ち主である僕は堂々と部屋のど真ん中でだらついてる。そのボストンバッグだけが部屋の異物のように。姿見、タンス、ちゃぶ台、30インチのテレビは明らかに生活感を帯びていた。

 変わった事がもう一つある。

「じゃあ私仕事行くから」と玄関から声が聞こえる。

 木村伶。キムラレイ。僕の幼なじみの27歳の女性。

 再開したときと変わらないジャージ姿にぼさぼさの茶の中に黒が混じったロングヘア。気怠げなのか寝起きなのか半開きの目。けれどもそれら吹き飛ばす明らかに整った顔立ちとスレンダーな体型。

「あー」と起き上がりはせず生返事をするを僕。

「ご飯は冷蔵庫に入ってるからテキトーに食べて。いやだったらセブンで何か自分で買ってきて」

「へー」と右手を上げてひらひらさせながら相槌をうつ。

「いっちゃん」

 僕の昔から呼ばれていたあだ名。

「いってきます」

「ってらっしゃ-」ごろんと横向きになる。

「のキスは?」

「しねー」

 扇風機がガオオオと悲鳴を上げながら強い風を振り撒いてる。スマホから流してた音楽はアルバムの最後の曲が終わりちょうど止まった。

 むくりと起き上がり布団の上であぐらをかく。右手で頬杖をつきながら。

「しねーよ馬鹿」

「冗談」と伶はカチンと百円ライターでタバコに火を付ける。

 浅く煙を吐き出しつつ伶は言う。

「けど一緒に住んでんだからいってきますくらいは言おうよ。いっちゃん分かりやすい位にヒモなんだし」

「誰がヒモよ!!」と僕の叫びを聞くか聞かずかじゃいってきますと伶は咥えタバコで家を出る。笑顔で。

 あの頃と変わらない優しい笑顔。けどあの頃には無いどこか冷たさを感じる美しさで伶は部屋を去った。

「分からんやっちゃ」と残された部屋でポツリと呟く。

 伶のアパートを訪れてから一週間経った。それから僕は伶のアパートで一緒に暮らしてる。8Kの狭い部屋で共同生活。

 キックベースしよう。

 その言葉で再び自分の住んでた地元へ帰ってきたが。実家に帰る事はせず、転がり込むように昔の幼なじみの女の子と同棲(無職)。

 紐だ。分かりやすく紐だ。明らかにヒモだ。ヒモ以外の何者でも無い。駄目なやっちゃな〜〜。

 と自虐をしつつ少し腹も減り台所へ向かい冷蔵庫を開ける。ラップされた器にきんぴらごぼう。

 ラップを完璧に剥がさないで手で一口つまむ。食べる。若干、実家のヤツよりか甘みが強い。

 結局、キックベースの話はまだしていない。と言うよりもなし崩しで同棲しているが、何だコレ?状態。

 ポリンとごぼうの食感。コレだけでは足りないからコンビニ行くか煙草もキレたしと着替えようとリビングへ戻る。

 きんぴらごぼうをぽりぽり食べながら姿見に映る自分を見る。頬が赤い。露骨に赤い。蛸かよ。

「小学生のガキじゃねえんだからよぉ」と鏡に映る自分に向けて言う間抜けすぎる僕。

脳ではキスは?と微笑む先程の伶の笑顔をリフレインしていた。
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