第5話

文字数 2,881文字


「ほっほ、なんとか間に合ったか。重畳重畳」
「……長!」
「……お祖父様?」
 
 いつの間にか夕闇が迫ろうとしている街へと続く一本道の真ん中には、里の長である静火の祖父が立っており、二人に向かってこう言った。
 
「一族の異端児、静火よ。ようやく己の持つ癒やしの力を生かせる相手を見つけたようだな。しかしまさかその相手が女子(おなご)である志津水だったとはのぅ。あれは幼い頃故たまたま偶然であったと思っておったのだが」
 
 唖然としている二人に向かい老人はゆっくりと話し出した
 
 静火の持つ「対象を腐らせる力」――これ自体は確かに一族にとっては忌むべき物であった。
 ただ、ごく稀にこれが忌むべき力ではなくてある特殊な条件下においては最強と言っても良いほどの癒やしの力になることがある。と、街に住んでいる一族のとある者から里の長の元へ連絡があったのはつい最近のことであった。

 その特殊な条件が揃うと「腐らせる力」は、治したいと思う対象の病や怪我を一度腐敗させる形で外へと出して、それを自分の体へと移すことで相手を癒やすことができるというのだ。しかも、これは相手がどんな重い病や怪我でも、更に言えば能力さえ上がれば相手が生き物でなくとも対象の不具合な部分を自分の身に移すことが出来るようになるとも言われているずば抜けた癒やしの力であるというのだ。
 
「いやいや! ちょっと待って下さい。それじゃ、私はどうなるんですか? そんな相手の怪我や病を自分の体へと引き受けていたら私自身が危なくなるじゃないですか!?」
 血相を変える静火に祖父はのほほんと言った調子で答える。
「だからこそ横にいるのだろうが。特殊な条件の元になっている、お前を癒やすための志津水が」
「へっ? わたし……?」
 静火と長、二人に見つめられて志津水がきょとんとした顔をする。そんな彼女に長は笑いながら話した。
 
 先程言った「対象を蝕んでいる病や怪我を己の身に移すことで癒やす」という力を発揮させるための特殊な条件とは「腐らせる力」を持つ者のことを本当に大切に想う肉親以外の癒やしの力の持ち主が一緒にいること。
 その時だけ「腐らせる力」は治したいと思う対象の病や怪我を自分の体へと移すことで相手を癒やし、移された者(この場合は静火)は、一緒にいる癒やしの力の持ち主(この場合は志津水)にその病なり怪我なりを癒やしてもらうことで身の安全を保つことになるのだが、その時の癒やしの力は他の時よりも何倍も強力なものになるのだと。
 
「なんて面倒くさい力なの……」
「わっ! わたしは嬉しいよ!? しーちゃんを助けることが出来るならっ!」 
 あきれたように呟く静火の顔を困ったような、でも何処か嬉しそうな顔で見ながら志津水が言う。
 
「わしにこのことを教えてきた者の話によれば、今までは男女間でこの関係が出来上がるのが殆どだったせいで志津水がお前の相手だと気がつくまでに今までかかってしまったらしいな。
 確かに言われてみればお前が初めてあの腐らせる力を出した時も側に志津水がおっただろ? 思えばあれ以来お前達二人が一緒にいたことは殆ど無かったからお前が腐らせる力を出さずにいたのも道理だ。まああの時はお前の母親のこともあって色々取り込んでいたから確かめることなど思いもせんかったしな」
 
 お前の母親のこと――その祖父の最後の一言で静火の顔色が変わった。
 
「丁度良い機会です。お祖父様は娘であった母様のことは一体どう思っておられたのかお聞かせ願えませんか?」

 静火と祖父の間にほんの一瞬だが冷たい風が吹き抜け、志津水はぶるっ! と身震いをする。

「お前の母は祓清家の跡取りとしては弱かった、ただそれだけよ」
 淡々と語る祖父に語気を荒げて静火はなおも詰め寄った。
「――っ! では、私を置いて里を出て行った父のことは!?」
「あやつも祓清家の婿としては弱い男だと――思っておった。ついこの間まではな」
「……え?」
 不意に祖父の口調が変わったので静火は拍子抜けした声を出した。
「お前の力のことを街に住んでいる一族のとある者がわしに伝えてきたとさっき言ったであろう? その者こそ静火、お前の父親よ。彼奴(あやつ)め、この里を追い出された後にお前の持つ力のことを色々調べておったらしい。いやはや、まさかここまで調べ上げるとはわしも思っておらなんだわ……おお、そうだ。そういえばお前の父親からこれも来ておったわい」
 
 そこまで言って不意に思い出したかのように、祖父は静火に一通の大きな封筒を差し出してきた。

「それにお前の父の街での住所と、それから志津水が通っている高校へのお前の入学手続き書類が入ってるそうだ。それを持ってまずは街の父親の所へ行くと良い。そういえばなにやらお前達二人にしか出来ないような仕事も早速あるらしいから志津水も一緒について行って話を聞くと良いだろうて」
「ほ、本当ですか!? しーちゃん、やったね! 一緒の高校に通えるって!」
 ニコニコしながら話す志津水とは裏腹に静火は険しい顔をして祖父を睨み付けた。
「……今更このような物をもらって私が涙を流して喜ぶとでもお思いで?」
「ほっほ、まさか! お前はそんな殊勝な弱い娘ではあるまいよ。未だその胸の奥にはわしや両親、一族の者、そして己の力への憎しみが渦巻いておるのじゃろう」
「よくお分かりで」
「し、しーちゃん! それ以上はだめだよっ! ねっ!? ほら、笑って?」
「いっ、痛い痛い! ちょっと! 志津水、やめなさいってば! やめなひゃい!」
 一触即発状態の長と静火を止めるべく志津水が静火の頬を引っ張り、毒気を抜かれた静火は渋々封筒を受け取る。
 
「ではわしはこれで里に戻る。ほれ、急がんと街に向かう最終バスが出てしまうぞ?」
 言うべきことは言ったという面持ちで去って行こうとする祖父に向かい、静火は最後に聞いた。

「もし――もしも私の力が本当に腐らせるだけの役に立たない力だったら、今日はどうするつもりだったんですか?」
「そんなことは決まっておろう、志津水だけ助けてお前はこの森に置き去りよ。たとえお前がおらんでも志津水の癒やしの力は一族にとって使い道があるからの」
 そう言って里へと帰っていく祖父の後ろ姿を忌々しげに見つめ、そしてわざと大声で聞こえるようにこう言った。
 
「――この、クソジジイが!!」
 
「ひぃっ!」
 一族の者が聞いたらただではすまないであろう長に対する暴言を聞いた志津水は顔を青くしたが、当の静火は「あーすっきりした!」と非常に晴れ晴れとした表情をして志津水へと向き直った。
 
「なんだかよくわからないけど、取りあえずこれからよろしく……かな?」
「……うん、うん! よろしくね! しーちゃん!」
 
 そう言って志津水に抱きつかれた静火の顔は、夕映えの色だけではない赤さに染まっていた。
 
                 <了>
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