第1話

文字数 1,994文字

『ありがとう……』
 そう言って青空へとけるように消えていくのを見て、私は手を合わせた。
 天国で、お幸せに……。
 私が空を見つめていると。
『おい』
 唐突に声をかけられ、びくっと振り返った。
『やっぱり。お前、オレが視えるんだな!』

 私は、一か月前に両親を亡くしてから霊が視えるようになった。
 一人になった私を引き取ってくれたのは、隣の県に住んでいたおじいちゃんとおばあちゃん。
 二人も霊が視える人で、私にいろいろ教えてくれたんだ。
 この世に留まる霊には、なにか心残りがあるということ。
 それがなくなれば、霊は成仏して天国へ行くこと。
 話を聞いているうちに、思ったんだ。そんな人たちのお手伝いをしてあげられたらなって。

 さっきの霊の心残りを解決するために歩き回っていたせいで道が分からなくなってしまった私は、さっきの男の子――南くんに道案内をしてもらっていた。
『へー。お前、春休み中に引っ越してきたばっかなんだ。でも、中学入学と同時とはいっても、この辺小学校とメンバーがあんま変わんないよな。ちょっと大変だろ?』
「そんなことないよ、みんなすごく優しいから」
『……そっか』
 その言葉が寂しげに聞こえたけど、前を向くその横顔に変わりはない。
 気のせい、か。
 見た目は私と同い年くらい。でもやっぱり、その体は透けている。
 南くんはきっと、もう……。
 そう思うと、胸がキューっと苦しくなる。
 私に、何かできないかな。
「ねえ、南くんの心残りってなに?」
『心残り?』
「うん。霊は心残りがなくなると、成仏して天国に行けるんだ」
 私が言うと、南くんは『あー……』と頭をかいた。そして、
『オレ、実はまだ生きてるんだ』
 そう言って私を見た。
「……えっ、そうなの?」
 驚く私に向かってうなずくと、南くんは話し始めた。
『オレ、昔から体が弱くて、何回か入退院を繰り返してたんだ。でも、意識がなくなってこの状態になるのは初めてで。医者の話だと……、今が一番危ないんだって』
「そう、だったんだ……。えっと、体には戻らないの? 戻れないの?」
『戻れる……、とは思う。でも、戻りたくないんだ。オレは戻ってもずっと病院で、自由じゃない。今なら、体も思いっきり動かせるし、痛くも苦しくもない』
 南くんは、足を止めて言った。
『生きてたって、オレは父さんと母さんに迷惑をかけるだけ。それならもう、このまま……』
 そんなこと、言わないで。
 そう言いたいのに、言葉がつっかえて出てこなかった。

 再び歩き出してしばらくすると、どこからか小さい子が楽しそうに「キャー」と叫んでいるのが聞こえてきた。
『たぶん、広場からだ。オレも元気な頃はよく行ったっけな』
 南くんが懐かしそうに言った。
 広場では、男の子が家族と仲よく遊んでいる。
 いいな……。
 じわっと涙がにじんできて、目からこぼれた。
 慌ててぬぐうけど、涙は止まってくれなかった。
 そんな私の手を引いて、南くんが広場のベンチに私を座らせてくれる。
 楽しそうな親子を見たからかな。急に寂しくなってしまった私は、声を殺して泣いた。
「……落ち着いた、ありがと」
 気がつくとさっきの親子はもういなくて、広場には二人きりだった。
『大丈夫か?』
「うん」
 ちいさく頷いてから、わたしは顔を上げた。
「……あのね、南くん。私、やっぱり南くんは元に戻ったほうがいいと思う」
 私が言うと、南くんがちょっと戸惑ったような顔をした。
「その状態って、体とのつながりがすごく不安定なんだ。戻れなかったら、そのまま……」
『だから、オレは別にそれでも――』
「そんな簡単に言わないで!」
 気づけば、私は泣きながら叫んでいた。
「家族が死んだら、悲しいの! 南くんは自分が迷惑かけてるっていうけど、そんなわけないじゃん! そんな簡単に、生きるのを諦めないでよ……!」
 耐えきれずうつむいた私の頭の上で、ハッと息をのむ音が聞こえた。
『……ごめん、そうだな。オレはきっと、もう諦めてたんだ』
 南くんが、ぽつりと言った。
『でも、戻ったらオレは、自由じゃなくなる』
「……っ、だけど――!」
『それでも』
 私の言葉を遮って、南くんは力強く続けた。
『それでも、頑張ってみるよ。頑張って生きて、いつか自由になるんだ!』
 そう言った南くんの表情は、晴ればれとしていた。

「サカミナが帰ってきたぞ!」
 五月の連休明けの朝。
 その言葉を聞いたクラス中が、わっと沸いた。
「えっと、誰?」
 一人ついていけない私は、隣の子に尋ねた。
「サカミナは、三か月くらい前から入院してた、榊原……あっほら、あいつだよ!」
 指で示された方を見た私は、息を飲んだ。
「南くん……!」
 びっくりした。
 でもそれ以上に、南くんがそこにいるってことがうれしかった。
 教室を見回していた南くんは、思わず泣いてしまった私を見て驚いたように目を開いて。
 それから、ニッと笑いかけてくれたんだ。
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