第五話 レインコートで女王様に謁見

文字数 3,156文字

 そして。
 なんと夕方には、女王陛下への謁見が叶うことになった。異例の早さである。

 昼食の後、ココは疲れて魔法使いの塔でお昼寝をしてしまったのだが、今は元気いっぱいで城の廊下を歩いている。
 問題は、彼女がまだレインコートと長靴を履いて、手に傘を持っていることだ。
 女王陛下に会うのだからと、私は魔法使いたちに頼んでこちらの子ども用ドレスを持ってきてもらったのだが、ココはガンとしてそれを着なかった。
「やだっ。ママがレインコート着なさいって言った。あたちはこのレインコートがいいのっ」
 キークが私にささやく。
「アスレイ、もしかしたら、ココは母上と離れて不安なのかもしれぬ。あまり、いつもとまるっきり違うようにしてしまっては、よけいに不安になるかもしれぬぞ」
「なるほど……そうだな」
 そんな経緯で、ココは雨具を身につけたままなのだ。

 女王が近しい人と会う時に使われる、小さな謁見の間に入っていくと、肘掛け椅子に女王シンディアが腰かけていた。真っ白な髪、目尻に刻まれたしわ、しかしその瞳は力強い。
「謁見をお許しいただき、ありがたく存ずる」
 宙に浮いたまま、私が軽く頭を下げると、女王は微笑んだ。
「そなたが戻ってきたと聞いて驚きました、アスレイ。嬉しいこと。私を覚えている?」
「ええ。確か女王陛下は、あのころ五歳の王女殿下でいらした」
「そのようにかしこまらず、シンディアと。そなたは何百年も昔から我が国を見守ってきた高位精霊、何の遠慮がありましょう」
 女王陛下――シンディアは言い、そしてココに視線を移す。
「勇者伸也の曾孫だそうですね」
 私はココの肩に立ち、耳元でささやいた。
「ココ、女王様だ。ごあいさつを」
 ココは目を丸くする。

「え? おばあちゃんが女王様?」

 一瞬、側近たちが固まったが、シンディアは何度もうなずいた。
「そうですよ。さあ、もう少しこちらにおいで」
 ココはぽこぽことシンディアに近寄り、挨拶をした。
「伊藤香雨子です、五さいです」

「まぁ」
 ぱああ、とシンディアの頬が染まる。
「上手に言えたこと。私はシンディア。伸也がこの国にいたころ、お友達だったの。伸也は一生懸命呪文を覚えて務めを果たしてくれました」
「じゅもん!?」
 ココの目がキラキラした。シンディアはうなずき、平易な言葉で語る。
「昔、この国で悪いことをしていた魔王がいたのです。伸也は、その魔王をやっつけた勇者の子孫なの。だから、魔王が復活しても、勇者の血筋の人が呪文を唱えれば、怖くて力が出ないのよ。わかるかしら」
「かっこいい!」
 ココの言葉に、シンディアは鷹揚にうなずいた。
「そういうことです。伸也はかっこいいのですよ。それで、今日はなぜ、ここに?」
「ママとパパにようじがあって、終わるまで、あたちはあしゅと一緒にいるの。あっ、あと、ひぃじぃじがお空に行っちゃったってジョンに言わないと」
「そう、よくわかったわ。でも疲れたでしょう? この城はアスレイの家も同じ、今日はゆっくりなさいね。お部屋も用意しましょう。お夕食は、私と一緒に食べましょうね」
 シンディアがパチンと扇を鳴らすと、すぐに側近の一人が部屋を出ていく。準備しに行ったのだろう。
 シンディアはすっと視線を窓の方に向けた。
「そこから、お庭に出られますよ。お花は好き?」
「だーいすき!」
「伸也の名前がついたお花があるのよ。もう咲いたかしら、見ておいで」
「えっ、ひぃじぃじの? すごーい」
 ココは側近に案内されて、長靴をぽこぽこと鳴らして庭に出ていく。

 シンディアはすぐに、私に視線を戻した。
「それで、何があったの? わたくしは、勇者の血筋を召喚するよう命じてはおりませんが」

「実は、私の失敗なのだ」
 私は、伸也が死んだことから始めて、ココを巻き込んでしまった事情を説明した。シンディアは目を閉じる。
「そう、伸也が……。たとえ世界が離れていても、ずっと会っておらずとも、この喪失感はたとえようもない。寂しいこと」
 しかし、彼女はすぐに目を開いて私を見た。
「伸也を失い、ココを見失ってしまったココの両親の心痛はいかばかりか。少しでも早く、ココを元の世界に戻さねばなりませんね」
「一番早いのはジョナルシェルト師に帰してもらうことだろうが、彼は引退してしまったと魔法使いの塔で聞いた。ディヴィニョンにいるそうだな」
「ああ……」
 シンディアは一度、口をつぐんだが、やがてもう一度、扇を鳴らした。
 もう一人いた側近が、静かに部屋を出ていく。人払いだ。
 私はすーっと宙を滑るようにして、シンディアに近づいた。玉座の手すりに座る。

 彼女は小さくため息をついた。
「実はわたくし、ジョナルシェルト師と連絡を取ったばかりなのです。……私の血縁者に、十二歳の男の子がいるのですが、事情があって城に置けないの。師の元で面倒をみてもらえないかという手紙を届けさせました」
「…………」
 私は黙って、その話を聞く。

 出生に何らかの、表沙汰にできない問題があったのだろうか。結ばれてはいけない同士の子どもだったのがわかったとか、そういったことだ。
 貴族の養子にするわけでもなく、はるか遠くの国で隠居している魔法使いのところへやるということは、今後王位や政治にも関わらせるつもりはないのだろう。

「返事はあったのか?」
「ついさっき、使いの者が戻ってきたわ。引き受けてくれました。しかし、あちらは今動けぬので、ディヴィニョンまで連れてきてほしいと」
 そうか……それならば、私とココもこちらから出向かなくてはならない。
「その男の子は、一人で行くのか? 付き添いは? できれば、私とココも同行させてほしいのだが」
「そうですね、それが良いでしょう。少年には一人、騎士が付き添います。それにあなたとココ、四人でお行き。高位精霊のあなたが一緒なら心強い。必要なものは何でもお言いなさい、準備させます」
「それでは、グノモン(・・・・)をつけてほしい」
 私が言うと、シンディアは微笑んだ。
「もちろんよいですとも、気の合う子を選んで連れてお行き。伸也と仲のよかったグノモンの子孫たちもいます」

「あしゅ! お花、あったよー」
 ココが走って戻ってくる。後ろから初老の側近が必死でついてきていた。
 私はすーっと、ココのところまで飛んでいった。
「ココ、聞いてくれ。ジョンなのだが、少し遠くに引っ越してしまったそうだ。引っ越し、わかるな?」
「うん。幼稚園のナナちゃんが引っ越しちゃったもん」
「そうだったな。それで、伸也のことを伝えに引っ越し先まで行かなくてはならないのだが、この国には電車や車がないのだ」
「でんわは?」
「電話もないのだ。めーるもできない。お手紙は届けられるが、それなら直接言いに行っても同じだろう?」
「そうだねー。じゃあ行こう、しゅっぱーつ」

「待て待て待て待て」
 私はあわてて、ココの顔に張り付いて止める。
「ジョンのおうちは遠くて、何日もかかる。ちゃんと支度をしてから出発しよう」
「何日も……?」
 ココが一瞬不安そうな表情になったので、私は急いで言った。
「何しろ、ちょっとした冒険の旅だからな。すぐに目的地に到着してしまっては冒険にならない。しかし、ココには冒険など無理かな?」
「できるもん!」
 ココは小さな握り拳を作る。私は大きくうなずいた。
「そうか、そうだよな、年中さんだものな。さて、今日は女王様とごはんを食べるおやくそくだろう?」
「うん! ココの好きなもの、でるかな?」
 にこにこしているココを見ながら、私はため息をついた。
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