第1話

文字数 952文字

こんなことがございました。
 それはたしか、夜中の二時くらいでしたでしょうか。
 私はベッドの中で、夢うつつでした。
 するとどこからか、電車の走る、ゴトンゴトン、という音が聞こえてくるのです。
 ぼんやりとした頭で、私は、ああ、こんなところまで電車の音が聞こえてくるのだな、と思いました。
でもそのゴトンゴトン、という音を聞き続けているうちに、寝惚け頭が次第にはっきりとしてきまして、私は、変だ、と思いました。
 私の住んでいるそこは、駅から歩いて二十分ほどのところにある閑静な住宅街で、その時間には、辺りはいつもひっそりと静まり返っているのです。そんな、電車の走る音が聞こえてくるはずはないのです。まして、夜中の二時頃というその時間では、終電車も終っているのではないでしょうか。
首を上げると、隣で(当時、私はお付き合いしている人がおりまして)寝ていたはずの人も、目を開いて音を聞いているようです。
 暗闇の中、カーテン越しに窓の外から差し込むぼんやりとした光の中で、私たちは目が合いました。二人とも、何も言いませんでした。
そういえばその光も、常の夜よりも少しだけ明るかったような気がします。でもそれは、気のせいかもしれません。
 その人が、そのうち体を起こし、私たちの枕元のほうにある大きな窓のカーテンを開けようとしました。私は思わず、その人の腕を押さえ、首を振りました。その人は、動くのをやめました。
やがて、ゴトンゴトンという音は聞こえなくなり、窓の外は、いつもの夜の静けさに戻りました。

 それからしばらくの月日が流れました。
 やはり夜中の二時頃だったと思います。
 私がベッドで寝ておりますと、また、ゴトンゴトン、という電車の音が聞こえてきました。(そのときは、私はもう一人でした)
 ところが、今度はそれだけではなく、カタンカタン、とか、タタンタタン、とか、いろいろな電車の音が、四方から、お互いに被さるようにして、たくさん聞こえてくるのです。
 まるで、音が降ってくるようでした。
 私は、ベッドの中で、それを聞いていました。
 音はやがて、やみました。

 そういうことが、ございました。
                               
                               了

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