第1話黒い封筒

文字数 2,252文字

「私のところへ来てはくれないか」

暗闇の中で自分のでは無い男の声が響く。

「うん…?」

夢なのか意識があるかないか分からない空間で曖昧な回答。そして闇が晴れていく——


 よく晴れた木曜日。俺、板越優は学校靴箱の中に一通の封筒を見つける。赤いシーリングスタンプで閉じられた黒い封筒。

「黒い封筒初めて見た…」こんな人が沢山いる学校の玄関で手紙を読むのも忍びないので教室で開けようと胸ポケットに入れ、使い古した上履きに足を差し込む。

教室に着くなり筆箱から定規を取りだしてぴりぴりと封を切る。自分は特に几帳面な方でもなかったがあまりにも綺麗な封筒だったもので綺麗に開けなくてはという義務感に駆られていた。


 中身は「真っ直ぐ」と書かれた四つ折りの紙と間理駅から如月駅までの切符。
「如月駅ってどこ、てか何で隣の駅から…」
出発地点の間理駅は隣駅である。今日はちょうど終業式。昼から暇だったので行くことにした。


良くも悪くも通信簿を貰い、放課後。

教室の窓から外を眺める。止むことの無い蝉の声と太陽を吸収し輝くプール。ほとんどの生徒は帰路に立っており正門前の道はごった返す。陽炎が生徒たちを巻き込むように立ち込める。

夏休みの予定について楽しそうに話す生徒。教室には俺1人を除き世界からここだけ切り取られたように、空気が澄み静かだ。蝉の音にかき消され、正門付近の雑踏が遠く感じる。それが俺に夏だということを実感させた。

俺は騒がしいのも暑いのも嫌いだ。

放課後になり冷房の止められた教室は日光こそは差し込んでいないがそこそこの暑さをしていた。
額から流れた汗が首をつたってシャツの中へ。鬱陶しい雫に苛立ちを覚え今年に入って何千回と繰り返した動作でそれを消す。

そろそろ帰ろうかと重い腰を上げたところに、女子が複数名甲高い声で笑いながら廊下をパタパタと走っていくのを感じた。動画を撮るのかスマホを楽しそうに構えながら音楽とともに走り抜ける。

「・・・まだ人がいたのか」

どこの世界も女子が騒がしいというのは通説で、1度上げた腰をすぐさま下ろし更に重くなったそれを曲げ机につっ伏す。

冬もそうだが、気温は行き過ぎると何もする気が無くなる。目をつぶると瞼の裏に先程見た空の青がぼーっと浮かび上がりそのまま眠りへ落ちてしまいそうになる。

「裏門から行くかぁ」


優の通うこの学校は入り組んだ作りをしていて、正門とは別に裏門がある。それはどこの学校でも同じだろうが、ここのはある場所を経由しないとたどりつけない。

それはほとんど物置と化している第5校舎だ。それも3階からでないと外にすら出ることが出来ない。優の教室がある生徒校舎は第3、ここから裏門までは優のやる気の無い足で早くて6分。ちょっと高級なカップ麺が作れてしまうでないか。

そんな所を好んで使う生徒はほとんどおらず、裏門は常に閑散としていた。先生ですら使う人はおらず何年前からかずっと鍵が閉まっているらしい。しかし優はそこを越えて外に出ている。


やっとこさ上げた重い腰を今度は腕と一緒に反りあげ、あくびを1回。

そしてカバンを背負い歩きだす。

階段を降りて昇って歩いて­­──


この校舎内で1番お気に入りであるところで立ち止まる。

そこは校舎に囲まれた入口の無い中庭。

1番長いところで2mあるだろうか、楕円の意思で縁どりされた池と木のベンチが置いてあるシンプルな庭。池の中には大きな黒っぽい魚が1匹。正午にも関わらずそこは光があまり入ってこず床の半分が影におおわれている。

窓を乗り越えたらそこに入ることは出来るがそんな勇気も運動能力も持ち合わせていない。閉まっている門は越えるのに窓は乗り越えれないなんて意味がわからないが、ひとしきり眺めたあと通り過ぎていく。

裏門を出るとすぐに小道に入る。人2人入れるか入れないかくらいの細く長い道。

隣駅だからそこまで汽車に乗ろうかとも考えたが、今日に限って財布を持ち合わせていなかった。

ここは普段から猫のたまり場になっていて多いときでは10匹以上の猫が見ることが出来る。

しかし今日は心なしか黒猫が多いように思える。それもその増えたように感じる黒猫の尻尾にはみな金細工の宝石飾りが付いていた。それは彼らが呼吸をする度にしゃらりと揺れたいそう優雅だった。

熱心な飼い主もいるもんだな、と大して気にもとめず歩いていくこと約10分。

駅に着いた。

小道を出るとすぐ駅なところがこの地区のいい所だと思っている。


間理駅は海に面している普段使われることがあまり無い無人駅だ。電車は1時間で1本。ちょうど来たところだった。

ラッキーと思い電車に乗り込む。それと同時に尻尾の先が紅く染っている黒猫がひょいと飛び乗ってきた。そして優の隣にするっと座る。

俺は猫が好きだ。──片手で撫でながら窓の外を眺め、発車のベルを耳に通す。普段から使われてない上真昼間なものだから乗客は1人もおらず、優と猫の個室の様に様々な景色を側面に映し出しながら移動する。

駅は海沿いにあるのだが、発車してすぐ住宅街に入る。

公園で草野球をする少年たち、公園で遊ぶ親子。暑くても充実したような笑顔を作る彼らをどこか物欲しげに涼しい中から傍観する。電車はかなりゆったり目で走っているので景色が鮮明に見えるのだ。

さすが住宅街といったとこか、洗濯物を干している女性と目が合った。一瞬だけとはいえ気まずくなり視線を逸らすようにしてふと猫に顔を向けた。

すると猫はこちらを見ていた。

深紅の瞳。怖いくらい綺麗で深い。俺は誘い込まれるようにして目を閉じた──
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