オイラは陽気なレッドキャップ

文字数 4,785文字

 ウシガエルが鳴くようなイビキが聞こえる。
 夜の誰も居るハズのない山中の廃工場。
 その地下倉庫から響く音だ。
 薄暗い地下室で大の字になって眠る一人の男が居た。
 身長120cm程の、小太りの老人のようだ。
 赤錆色の帽子を目深に被り、口元にはヨダレの跡が残り、手には缶ビールを持っている。汚い服装に汚れた作業ズボン、靴下なしの裸足に靴を履く。
 どう見ても酔っ払いだが、こう見えても立派な妖精だ。
 赤いスカルキャップを被っていることから、みんなからレッドキャップと呼ばれる。
 彼の傍らにてスマホのアラーム音が鳴る。
 スマホのタイマー機能だった。
 しかし、彼は起きない。
 再び鳴り出すスマホ。
 それでも起きる気配がない。
 三度、四度と電話が鳴るも、やはり起きない。
 さすがに五度目ともなるとうるさいのか、唸るような声を上げて目を覚ましたが、振り上げた拳でスマホを叩き割った。
「あ……」
 彼は自分が何をしたのか理解し、帽子をずらし片目でスマホを見る。
 画面は無惨にも割れており、彼はそのスマホを汚い指で触るが動かない。
 舌打ちする彼だったが、すぐに興味を失ったようでスマホを放り投げる。
 スマホが壁に激突し、更に悲惨な音を立てていた。
 彼は目を覚ますと、大きなあくびをして起き上がる。全身に付いた埃を払うように叩き体を左右に揺らした。
 すると、ボトッと何かが落ちるような鈍い音がして床を見ると、そこにはスマホが落ちていた。
「そうだ。もう一個あったんだ」
 彼は思い出す。
 先程のスマホは一台目だったと、これは二台目だと。
「あれ? さっきのが二台目だったか?」
 彼は頭を掻いた。
 記憶が曖昧になっているのだ。
 仕方ないと諦めて、スマホを拾い上げる。
 地下室を抜け出す。
 日はまだ昇っていない。
 夜空を見上げれば、薄っすらと星々が見える。
 そんな景色を見て、彼は大きく欠伸をした。
 眠気(まなこ)を擦る。
 ふと、視線を下に向けると、そこにある物が映った。
 それは黒い影のような物だ。
 まるで人の手のような形に見える。
 しかし、それを見た彼は驚く様子もない。
 それもそうだ。
 彼にとっては見慣れた光景なのだから。
 彼はスマホでニュースサイトを開き、世の中の情報を仕入れる。
 ヨーロッパでの戦争のニュースがある。彼の出身はスコットランドなので、決して近い訳ではないが、無関係でもない。
「何の因果か日本に来た。いや、生まれちまったかな。どっちにしても、故郷が懐かしくなるねえ」
 政治家の宗教との癒着のニュースに、交通事故のひき逃げニュース。
 日本の南、小笠原諸島付近で台風が発生したという情報もある。
 近場のトピックスは、公園広場でのホームレス狩り。
 警察は何をしているのか。
 相手がホームレスだから本気で捜査をしていないなどと、ネットでも話題になっていた。
 ここ数ヵ月の間に、その近辺で6人もの人間が意識不明の重体にされていた。ホームレスの容態から犯人は複数犯と思われる。
「ん~日本も怖いねえ。今日は町で寝泊まりするかな」
 スマホを操作し、地図アプリを開く。
 画面に映し出されたのは、その町の全体図。赤いピンが刺された場所が公園だ。
 その場所に行くにはどうすれば良いかを調べる。使い方がイマイチ分からなく、四苦八苦する。
「最近は幽霊でもビデオを使って呪い殺したり、地獄の必殺仕事人がインターネットを使う時代なんだからな。妖精もちゃんと使いこなせ……っと! おお!」
 ようやく操作方法が分かり、目的地までのルートが表示される。
「徒歩で4時間か、今から行くには早すぎるってもんだ。オイラは夜行性だからね」
 廃車のトランクからキャンプ道具を引っ張り出し、焚き火でコッヘルに水を入れて湯を沸かす。
 手動コーヒーミルにコーヒー豆を入れてハンドルを回す。
 ゴリゴリと豆が砕ける音と共に芳ばしい香りが漂ってきた。フィルターに挽いたコーヒー豆を入れ、お湯をカップに注ぐ。インスタントより遥かに美味いコーヒーが出来上がった。
 ブラックのまま口に含む。
 口の中に広がる香味と苦味に、彼は満足げに笑みを浮かべた。
 残ったコッヘルの湯には、インスタントラーメンを割り入れて2分茹でる。
 硬めが彼の好みだ。
 彼は、ゆっくりと味わい、腹を満たした。
 のんびりしていると昼近くになる。
 近くの小川で釣りをしながら、ビール片手に昼寝をする。そんな事をして過ごすうちに時間は過ぎていく。
 5匹を焚き火で塩焼きにして昼食兼、夕食を取る。釣れた他の魚は内蔵を抜いて塩水に浸し干し魚にした。
 夕方近くになると、大きな鉈を背負い、缶ビールと干し魚、お菓子等の食べ物を入れたリュックを背負いスマホを見ながら出かける。
 同じニュースサイトを開いて確認すると、新たな被害者が出たらしい。彼は舌打ちした。
 山を降りていると、コマドリが話しかけた。
「妖精さん、元気でヤってますか?」
「やあ。元気でヤってるよ」
 彼は陽気にするが、コマドリは首を傾げる。
「それにしてはトレードマークの帽子の色がくすんでいますね」
「だからの、お出かけなんですよ」
 彼とコマドリは笑い合った。
 町に出ると、そこら中に警官の姿があった。
 彼は、その光景を眺めながら歩く。
 彼の姿はある意味注目を引く姿ではあるが、すれ違う人々は彼が視界に入っても怪しむような目つきで見ることもなく、特に何も言わない。
 アイルランドの神話時代が書いてある『侵略の書』によれば、
「トゥアハ・デ・ダナン(トゥアサ・デ・ダナン)族がミレシウス(ミレー)族に敗れ、目に見えぬ種族となり後に妖精となった」
 とある。
 トゥアハ・デ・ダナン族とは、古代アイルランドの神話に出てくるダーナ(ダヌ)を祖とするアイルランドの神々の種族。
 かつてアイルランドを支配していたがミレシウス族との戦いに敗れ、地上の支配権を失い、地下や水底などに追いやられた。
 魔術・芸術・技術に長けていた彼らはやがて妖精族となり、時が経つにつれて身体か小さくなっていった。
 妖精とは死者、元素、堕天使などと言われており、霊的なものであるという説が有力だ。
 中でも最も支持されているのが死者(亡霊)である説だという
 そして、姿を見せるか見せないかは妖精が決めるという。
 彼も妖精なのだから、その程度のことは造作もなかった。
 目的地である、公園に着いた頃には、辺りは、すっかり日が落ちていた。
 彼は疲れを癒す為にベンチに寝転ぶと、帽子を目深く被って目を閉じた。
 イビキをかいて寝ていると、人の気配がした。
 彼は帽子をズラして片目を開けて見る。
 そこには3人の少年が立っていた。
 手にはバットを持っている。
 野球でもするのか。
 いや、絶対に違う。
 時間帯もそうだが、彼らの顔は狂気じみた笑みを浮かべており、これから健康的に野球をして汗をかこうとしている雰囲気ではないからだ。
 何やら興奮している様子だ。
 一人が口火を切る。
「こんな所に、ゴミがあるぜ」
「本当だ。汚ねえ」
「誰が捨てたんだろうな」
 少年達は口々に言い合う。
「じゃ。俺が清掃してやるよ」
 真ん中に立っていた少年は、バットを引きずり彼に近づくと彼目掛けてバットを振り下ろしたが、バットは空を切ってベンチを叩いていた。
 少年達は驚く。
 そこに居るハズなのに居ない。
 不思議な感覚に襲われる。
「シ、ジジイがいねえ」
 少年の疑問に、彼は丁寧に答える。
「こっち♡」
 声が上からした。
 少年が上を見ると、真っ赤な目を輝かせ、口には小指程の牙が唇を突き出させた老人が空中に居た。
 飛んでいた訳ではない。
 跳んでからの落下中だった。
 手には分厚い鉈が握られている。
 彼の落下と共に、鉈が少年の頭に振り落とされる。
 彼は、着地と同時に地面を踏み締め衝撃を殺す。
 その時には、彼は少年に背を向けていた。
「安心せい。峰打ちじゃ」
 口元を、彼は緩める。
 少年は立ったままだ。
 仲間の少年達の顔色が、突如として変わる。なぜなら、見てはいけないものを見たから。
 彼の背後に立つ、少年の首は亀のように胴体にめり込んでいた。
 頭が鉈の峰形に陥没し顔中の穴から血飛沫が飛び散り、目玉はピンポン玉のように剥き出している。
 彼の言葉は、とんだ(うそぶ)きだ。
「……み、峰打ち?」
「あ、あの、ジジイ。本当、殺して……る」
 少年達は、暗がりでも仲間の死を理解していた。
 峰打ちを食らった少年は、一撃で絶命しており地面に倒れた。
「ん? オイラの殺さずの峰打ちが気に入らんのか? なら次は殺すの刃の方でいこうか」
 彼は、鉈の向きを返して刃を本来の向きに変えた。
 刃が重い光を放つ。
「ね♡」
 彼は少年達に陽気に笑んだ。
 2人の少年達はバットを落とすと、顔面蒼白のまま逃げ出す。
 殺人現場を目撃して逃げ出したのか、燃えるような真っ赤な目をした老人の化け物を見て恐怖したのか、はたまたその両方が原因なのか、兎にも角にも背を向けて逃げ出した。
 彼は嘲笑った。
 楽しそうに。
 突風が吹き荒れるような凄まじい速度で、彼は少年の背中に追い付くと鉈を首根に振り下ろす。頸動脈と気管を切り裂き、鮮血が噴水のように吹き上がる。
 その少年の頭を踏み台に、次の少年の前へと彼は降り立つ。
 少年は彼の出現に、足を滑らせながら止まる。
 尻餅をつく。
 少年の正面から迫る影。
 身長120cmだと言うのに、少年にとっては山よりも大きな化け物に見えた。
 彼はニヤリと笑う。
 それは死神の笑みだった。
 彼の持つ刃が、少年の脇腹から肋骨、肺臓を裂いて心臓に達する。
 鉈は振り抜かずに、あえてその位置で止める。
 少年は口から血を吐き出しながら、必死で逃げようとするが、既に遅い。自分の意思とは別に身体の自由は利かなかった。
 彼は鉈の刃先を捻る。
 骨が軋み、肉の筋が千切れる音がした。肉と骨を削ぎ落とすように、ゆっくりと引き抜いた。
 裂かれた心臓から鮮血が吹き出す。
 少年は力尽き、その場に崩れた。
 彼は、瞬く間に3人の少年を死体という肉塊にした。
 血の雨が、彼に降り注ぐ。
 返り血を浴びた彼の帽子は赤くなり、舌舐めずりした。

【レッドキャップ】
 イングランドとスコットランド国境付近の洞窟や廃墟に出没し、夜中に人を襲う極めて危険な妖精。
 その住処は、戦争や、過去に血を流すような残忍な惨劇があった城や砦の塔などの古い廃墟に住む。
 シーリーコート(祝福された者)に相反する悪の妖精・アンシーリーコートの類。
 長く薄気味悪い髪、赤い眼、突き出た歯に、鋭い鉤爪を備えた、背の低い老人の様な姿をしており、赤い帽子と鉄製の長靴を身に着けて、杖を持っている。
 彼らの名の由来となっている帽子の赤は犠牲者の血で染められたものであり、その血で帽子を染め上げることを至上の喜びとする。
 異説では『帽子を常に鮮血に滴らせないと、レッドキャップ自身が死ぬ』為、犠牲者を求めているとされる。
 一人歩きの人間を見かけると、たとえ遠く離れた所にいても恐るべき速さで接近し、斧を振りかざして襲ってくる。
 驚異的な運動能力にくわえ、怪力の持ち主でもある為、遭遇した場合には直ちに逃げるべきとされる。
 弱点も存在し、アンシーリーコート故に、十字架に弱く、見つかったり捕まった時には、聖書を読み上げれば悲鳴を上げながら姿を消すという。

 彼は血に濡れた鉈を自分の帽子で拭う。
 一滴の血も無駄にしないかのように磨くように拭うと、鉈は輝きを取り戻し、それに満足した彼は鉈を仕舞うと歌い出す。

 真っ赤帽子の、妖精さんは~♪
 いつも、みんなの嫌われ者~♪

 歌いながら、彼は、その場を後にする。
 彼は、自分の家に帰って来た。
 そして、地下室に入り、眠りにつく。
 今度は、どんな獲物が見つかるだろうか。
 楽しみで仕方がなかった……。
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