第1話(全1話)

文字数 1,999文字

 もうじき兄がいなくなる。就職で明日、家を出るのだ。
 今日は我が家で送別会をやった。両親と私とで。

「ちゃんとごはん食べるのよ」
「大丈夫だって母さん、立派な社員食堂もあるんだから」
「病気に気をつけろよ」
「大丈夫だよ父さん、産業医が常駐してるから」

 私は、何も言葉をかけてあげられなかった。

「お兄ちゃんがいなくなって寂しいんだろー。顔に書いてあんぞ」
「う、うるさいうるさい! あたしだってもう大学生なんだから! バ、バカ兄貴、はやく出てけ!」
 
 ウソ。
 いなくなって欲しいわけないじゃん。
 だって私は――兄に恋してるから。
 でも、そんなの言えるわけない。兄妹だし。
 彼だって当然知らない。

「じゃあ、母さんたちもう寝るわよ。後片付けよろしくね」
「すまんな、今朝は早かったから眠いんだ。おやすみ」

 それは両親が二階に上がった頃合いだった。
 兄が背後から抱きついてきた。

 ――え?

 そして耳元で囁いた。
「一年待ってくれ」

 心臓が壊れるんじゃないかと思うほど、激しくドキドキしてる。
「それってどういう意味?」
「一つ屋根の下に暮らしてて、お前の気持ちに気付かないほど俺は鈍感じゃないよ」

 ――えええええ!?

「き、気付いて、た、の?」
「大昔っからな。それに、しょっちゅう俺の服が行方不明になるし、お前の部屋からあえぎ声に混ざって俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくりゃ、証拠は十分だろうが」

 ――ぎゃあああ!!

「はわわわ、そ、それはそそそのそれとして、兄貴はど、ど、どう」
「最近になって知ったことだが、血の繋がらない兄妹は『結婚』出来るんだよ」
「マジで……」
「この意味、わかるだろ?」
「わかんない……」
「なんでだよ! ああ、まあ、混乱してんだなお前……すまん。そういうことだよ」
「そう、いう?」
「俺も大昔っから、お前が好きだ。隠しててすまん。つらかっただろ」
「う、う、う、うえぇぇええっ」
「泣くなよお……俺まで悲しくなるだろ」

 兄は私の顔を覗き込んで、涙を舌で舐め取った。
 犬みたい、と思った。

「オヤジには相談した。まあ、実の親だしな。了解は取ってる。問題ない」
「じゃあ上にあがったのって……」
「俺に気を利かせて、だよ。安心しろ。あとは母さんだけだが父さんが説得してくれる」
「じゃあ……兄貴のこと、諦めなくていいんだ……」
「そうだ。ずっと一緒にいられる。だから一年待ってくれ。大学卒業と同時にお前を迎えられるよう準備すっから」
「うん……待つ。でも、一年間ずっと逢えなくなるの?」
「まさか。そんな顔すんなよ、いつでも逢えるよ。お前が望めばな」
「お兄ぢゃぁん」

 私は兄の首に抱きついた。
 兄は私の頭をポンポンすると、頬ずりをした。

「それ。お兄ちゃん禁止。二人の時は名前で呼ぶ練習しろ。いいな?」
「わかった」
「あと、これ」

 兄は私を首から引き剥がすと、私の手を取って指輪をはめた。
 シンプルな銀色のリング。

「はい、婚約指輪。サイズ合ってるだろ。寝てる時に測ったからな!」
「え? え? なにこれ。え?」
「だーかーら、婚約指輪だよ。わかる? 大丈夫? おい、しっかりしろ?」

 情報量過多で私の頭はとっくにパンクしている。

「え? あ、婚約ゆび――婚約?!」
「気付くの遅い。いいから落ち着け。お前の長年の願いが一年後に叶うんだ。分かるか? 俺と」
「うん」
「お前が」
「うん」
「いま婚約して」
「うん」
「一年後に結婚して」
「ケッコン!?」
「夫婦になんの。わかった?」
「お、おう、わかった……たぶん」
 兄は、はあ、と大きく溜息をつくと、床に膝立ちのまま私を胸に抱き込んだ。
「聞けよ、俺の鼓動。分かるか?」
「なんかすごいドキドキしてる」
「よし。これは、愛するお前に気持ちを伝えられた歓喜の音だ」
「かんき……?」
「うれしいんだ。お前に好きだと言えてうれしいんだよ。わかるな?」
「わかった」
「よし。いい子だ」
 兄は顎で私の頭頂部をスリスリした。
「じゃ、しばらく逢えないから……」
 横抱きにされた私は、リビングのソファに下ろされた。
「当面のオカズになれ」
「え? なに? オカズ?」
 困惑する私を無視して、兄が大人のキスを始めた。
 くちゃくちゃと音を立てて、私の口の中を兄の舌が元気に這いずり回る。
「ん、んんうう……」
「ふう。今日はここまで」
「ふええ……」
「寸止めは俺もつらい。だが親のいる家で最後まで出来るわけないだろ。続きは今度な」
「う、うん」
「じゃ、おやすみ」
 兄は私の頬にキスをして部屋に戻っていった。

 ……何か忘れているような?

「あー!! 後片付け、押しつけられた!!」
 でも、指輪もらったし、まあ、いっか。
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