第1話

文字数 2,096文字

 命あるものは、いずれ死が訪れる。望む、望まぬに関わらず、その時は必ずやってくる。
 人は死んだらどこへ行くのだろう。天国? 地獄? 極楽浄土?
 宗教によって死生観に差はあるものの、死=終わりではなく、さらにその続きがあるという点では共通しているようだ。生きているうちに頑張れば、死後の世界で報われる。そんな信仰を持たなきゃやっていかれないほど、荒んでる世の中だということかもしれない。
 ――とはいえ。死後の世界が、こう……ネジが飛んでるというか、常識がずれまくってるというか、自由人たちだらけの世界だなんて、誰が想像しただろうか。生前の常識が通用しない世界。それが、ここ『霊界』だ。
 霊界にやって来たばかりの元人間――とある人物の言葉を借りれば、死にたて

の霊――はほぼ間違いなく、非常識が常識のこの世界に泡を食うことになるだろう。

 俺、磐田(いわた)一成(かずなり)も、そんな霊の一人である。



「おやおや。磐田さん、どうされました? そんな成仏したような顔をして」
 俺が初めて霊界に来た際に、さんざん困惑させてくれた張本人。霊界における俺の職場、『うらめし屋』の上司である遠藤(えんどう)だ。
 俺たち霊は、何もせずぼーっとしていると、そのうち身体が消えていってしまう。霊体を維持するためには、何でもいいから仕事をして、誰かの役に立たなければならない。そこで、俺は遠藤の職場で働くことになった。
 俺は霊界に来た時に一部の記憶を失くしていて、自分がなぜ、どうやって死んだのかも覚えていなかった。自分が死んだ理由も知らずに消えるのはごめんだと思い、苦渋の決断で『うらめし屋』で働くことを選んだのだ。今では何とか仕事にも慣れ、自分の霊体を維持できるくらいには役に立てている。
「勝手に成仏させるな」
「おやおや。ゴーストジョークが通じませんねえ」
 言葉を返す気もなくなる。
「お二人ってホント仲がいいですよねっ」
 元気いっぱいにあさっての方向から意見を出してくれたこの人が、『うらめし屋』の頼れるリーダー、橋本(はしもと)麻衣子(まいこ)。小柄で、腰のあたりまで伸ばした長髪は綺麗な黒髪、お気に入りのワンピース姿という出で立ちの美人な女性だ。俺がここに来たばかりの頃に、教育係を務めてくれた人でもある。
 仕事面では頼りになるのだが、霊界で長い時間を過ごしたせいか、霊界の非常識に染まってしまったのが玉に瑕だ。
「嬉しいですねえ。私と磐田さん、仲良しだそうですよ」
「上司と部下、それ以上でもそれ以下でも無いです」
「おやおや、つれないですねえ」
 会話するたびに疲れていく。これが俺の日常だ。

「さーてと! それじゃ私は現世に行ってお仕事してきます! 磐田さんも久々にご一緒しません? 今日は心霊スポットじゃないですけど」
 俺たちの仕事は、現世――生きている人間たちの世界――の各地にある心霊スポットに赴き、遊び半分で近づく人間たちを驚かせて追い払うのがメインだ。心霊スポットの中には危険な悪霊が住み憑いていることもあるので、下手に近づけば生きている彼らに危害が及ぶ。それを防ぐのだ。ただ、それだけじゃない。住み憑いている霊自体に害が無い場合は、人間ではなく霊の方を守ることもある。人間の悪意に触れたら、悪霊になってしまうかもしれないからだ。

 中には、心霊スポットではなく、お化け屋敷の中でスタッフとして働く霊や、自殺しようとしている人間の目の前に立って自殺を止めるような仕事をしているメンバーもいる。極端な話、驚かすことで役に立っているメンバーが集まる、自由度の高い職場だ。
 橋本は心霊スポットでの仕事が中心のはずだが、今回は違うらしい。
「どういった内容の案件ですか?」
「落とし物探し、かな。亡くなった場所の周辺を彷徨っている霊がいてね、何か大切なものを探しているらしいんです。探し物が見つかるまでは霊界に来てくれなさそうだから、一緒に見つけた方が早いかなって」
「なるほど。それなら、磐田さんが適任ですねえ」
 なんでだよ、と言おうとしたがやめた。他の在籍メンバーのメンツを考えれば納得だったからだ。落とし物を増やしそうな若者に、見ただけで霊を成仏させそうな顔面凶器なおばさん、落とし物を見つけても無言でその場に立ち尽くすだけで知らせてくれなさそうなおじさん。誰を連れていっても活躍する姿が浮かばない。それぞれの得意分野を生かせば、素晴らしい働きをしてくれるメンバーばかりなのだが、いかんせん個性的すぎる。
「そうなんですよー。探し物は人手が多い方がいいんですけど、誰でもいいわけじゃないですから」
「磐田さん、信頼されてますねえ。できる男はつらいですねえ」
 褒められているようで、おちょくられている気しかしない。
「さ、ちゃっちゃと行って済ませちゃいましょ! その後はウィンドウショッピングー!」
 橋本は現世に仕事に行くついでに、街の洋服屋に行って店頭に並ぶ服を見て回るのが好きなのだ。生前は裕福ではなく、欲しい服を着ることができなかったそうだ。
「では、お二人とも行ってらっしゃい。お気をつけて」
「はーい! 行ってきます!」
 遠藤に見送られて、俺と橋本は現世へと赴いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み