第3話 キスの顛末

文字数 1,060文字

 まもなく、陽が暮れようとしている。
 さりげなく、周囲に人影がないことを確認して、僕たちはそっと唇を重ねた。初対面の二人にふさわしいフレンチキスだった。
 5分たっても、10分たっても何も起こらない。僕は無事だった。

「平気なの? 何ともない?」ミハルさんが心配そうに訊いてきた。
「どうやら、大丈夫みたいです。異状なし」と、僕は笑って応えた。
「でも、まだ、わからないから。効果が出るのは、数日後か一週間後かも。ああ、やっぱり、キスなんかするんじゃなかった。君が死んじゃったら私……」

 突然、ミハルさんは真っ青になって、ベンチから転げ落ちた。両手で喉を押さえながら、脚をバタバタさせて、のたうちまわっている。目をむきだし、苦悶の表情を浮かべていた。
「ミハルさんっ」
 彼女は血を吐いた。何度も繰り返し吐き続けて、赤ペンキをぶちまけたような有様だった。
僕は無力だ。どうすることもできない。できることといえば、彼女の手を握って声をかけ続けることだけである。彼女の肌はみるみる白くなり、手も身体も冷たくなっていく。

 救急車が到着する前に、ミハルさんは僕の腕の中で息を引き取った。

 僕は自分の誤りに気がついた。
 ミハルさんの言葉が真実だった場合、つまり、彼女が体内で毒を生成する体質だった場合、普通の人間ならキスをすると死んでしまう。
 しかし、僕は〈赤鼻〉の力を得て、完全無欠の健康体になっている。その上、キスをした相手の病魔を打ち消す能力まで持ち合わせている。

 もっと早く気づくべきだった。僕とミハルさんの相性は最悪だったのだ。水と油というか、火に油を注いだというべきか。おそらく、二人が唇を合わせた時、そこに究極の〈生と死のせめぎ合い〉が起こってしまったのだろう。

 二人の身体の中で、

が始まったのだ。
 結果的に、奇跡が毒を上回り、彼女を死に至らしめてしまった。いや、はっきり言おう。僕がミハルさんを殺してしまったのだ。

 どうやら、〈赤鼻〉の力は奇跡の贈り物などではなく、破滅をもたらす呪われた力だったらしい。子供の頃に、「〈赤鼻〉がやってきて襲われるぞ。血の雨が降るぞ」と言われたのも、今となっては頷ける。

 そもそも、〈赤鼻〉の力、奇跡のキスは、今もなお健在なのか?
 もし、毒の影響を受けていれば、今度は〈死神〉のキスになってしまう。わが身の潔白を確認するには人体実験を行うしかないが、それを実践する勇気は持ち合わせていない。

 どうやら僕は二度とキスができなくなったようだ。


                 了


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