さまたげる者

文字数 1,026文字

「サンタ」と名乗った女は壁画の前に立ったまま、ユダの意識が飛んでいった方向をしばらく眺めていた。
やがて彼女は薄く笑うと、何かを追い払うように手を軽く振った。
壁画――ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」の精巧な複製――が消え、さっき使っていたサン・ピエトロ大聖堂のコピーが現れる。

「未来を全部教えてしまうのは神と決めたルールの違反になるから、あれくらいが限度だったが……」

女の声色ではない。重苦しい声が、無人の大聖堂の中に響く。

「これほどきつく脅しておけば、よもやイエスを裏切ることはしまい」

サンタが手を少し上げると、ミニスカサンタガールの姿は煙のように消え、代わりに鋭い目の黒ずくめの男が立っていた。

「本来の世界では、イエスはユダに裏切られて逮捕され、人類全体に代わってその罪を償うために十字架で処刑された。これにより、人はあまねく救われた。
なんというお人好しなものよ。人にどれほどの徳があったというのか」

男はまた手を振って大聖堂を消す。周囲は暗闇となる。

「だが、この世界のユダは己の罪の結果をすでに見た。イエスを裏切らぬよう、必死で働くだろう。結果イエスは十字架に掛かったりせず、めでたく天寿を全うすることになる」

次の瞬間、男は大笑いした。

「ただし、そいつはもはや人類を救う『イエス・キリスト』ではない。
『神の子』は、死んだからこそ意味があるのだ。死なない神の子などなんの価値がある。
神の子はただの冴えない田舎説法者、ナザレのイエスとして地上を去るのさ!」

暗闇の中で、男――いや、堕天使サタンは笑い続ける。

「神との約束通り、俺は今回、誰も堕落させたりはしない。
ただ、ひとりの悪人に善行をさせるだけだ。
フフフ、まるで俺が天使のようではないか」

サタンはまた手を一振りし、暗闇の中にクリスマスのデコレーションで飾り付けられたショッピングモールを作り出す。

「だが、その『善行』によって新約聖書が成り立たなくなり、何十億人が救われなくなる。
ああ、なんと皮肉なものよ。
とても面白いシミュレーションになりそうだ。
――楽しませてくれよ、ユダ」

またミニスカサンタガールの格好に戻った彼女は、誰もいないショッピングモールの中を楽しそうに歩き始めた。
ブツブツとつぶやきながら。

「……それにしても、この格好の受けは悪かったわねえ。
サタンがサンタコスプレって、ユダ君にはわかりづらいギャグだったかしら」
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