第1話

文字数 1,999文字

いらっしゃい。
昔話を集める仕事とはいえ、毎月毎月、こんなへんぴな所まで来て大変でしょう。
なにもなにも、おじゃまなんかじゃないわ。
おばあちゃんの昔話でよければ、いつでも歓迎よ。
さて、今日はなんのお話をしましょうか。

誰にも話したことのないお話?

その前に一ついいかしら。
あなた、歳はおいくつ? 
二十三歳。
ご結婚は? 
――そう、まだなの。
きれいだからモテるでしょう。

……いいですよ。お話しましょう。
でもね、お話の前に約束が一つあるの。
これから話すお話を聞いているときは絶対に後ろを見ないこと。
約束できる? 
指切りよ――指、切った。
はい、それではお話しましょう。
これは、わたしが高校生の頃のお話。
そう、いまから50年ぐらい前のこと――。

わたしが住んでいたのは山のふもとの小さな町よ。
なにもない町だった。
山には小さな神様が住んでいると言われてたの。
名前はクルプンクルさま。
聞いたことあるかしら?
クルプンクルさまはわたしたちが北海道に住むずっと前からいる神様なの。
背は5センチぐらいで、とてもすばしっこい神様よ。

山に入る時は必ず呪文を唱えなきゃいけないの。

クルプンクル クルプンクル シネウェ
クルプンクル クルプンクル シネウェ

「クルプンクルさま、遊びましょう」という意味の呪文よ。
この呪文を唱えないとクルプンクルさまは遊んでもらえるまで、ずっとついてくるの。どこまでもね。
わたしたちは子どもの頃から大人たちにそう教えられていたから必ず言っていたわ。
でも、一度だけ、言わなかったときがあったの。
呪文なんてばかばかしい。
山の神様なんているわけないじゃない。
大人になりかけで少しだけ生意気だったのね。あなたにもそんな時期なかった?

わたしは呪文を言わなかった。
それから、クルプンクルさまがついてくるようになったの。

一人で歩いていたり、部屋にいると木の枝を踏むような音が聞こえるの。
ペキ、ペキ、ペキ、ペキ……。
その音はクルプンクルさまの足音。どこにいても一人になると聞こえてくるのよ。

次の日もその次の日も、木の枝を踏む音が聞こえてくるの。
一人になるのが怖くて、どうしようもなくなって、よしこ先生に相談したの。
よしこ先生は遠く離れた町から来たきれいな女の先生。
これは後から聞いた話だけど、先生は子どもに恵まれず、それが理由で離婚して一人でこの町に来たの。

先生はわたしの話を聞くと、しばらく黙った後こう言ったの。

「えっちゃん、よく聞いて。これから教える呪文を唱えながら、お家に帰って。
 でも、その間、絶対、後ろを見てはダメよ。大変なことになるから」

大変なことって? わたしは先生に聞いたわ。
でも、先生はなにも教えてくれなかった。
教えてくれなかったのよ。

クルプンクル クルプンクル モ コートォ
クルプンクル クルプンクル モ コートォ

先生が教えてくれたのは「クルプンクルさま、許してください」という意味の呪文。
この呪文を唱えながら家に帰ることができれば許してもらえる。

わたしは教えてもらった呪文を唱えながら帰ったわ。
いつもよりもたくさんの木の枝を踏む音が聞こえて、わたしは泣きながら家へと急いだの。
振り向いて、来ないで! と叫びたいけど振り向いちゃいけない。

家が見えてきて、ああ、これでもう大丈夫。
そう思ったとき、後ろから声が聞こえたの。

「ねえちゃーん」
弟の声。

わたしは振り返ったわ。
弟はいなかった。
小さな人がいっぱいいたの。みんな弟の顔をしていた。

それが――クルプンクルさまだったの。

それからね、わたしはずっとクルプンクルさまと一緒にいるの。
いまもいるわ。そこにいるわよ。
あなたの後ろにいるけど、見てはダメよ。

クルプンクルさまはね、縁結びの神様なの。
縁結びの神様に意地悪されたらどうなるかわかる?

一人よ。

あれから、ずっと一人。
家族も友達もみんないなくなった。
好きな人も必ずいなくなるの。

これがわたしの誰にも話したことのないお話。
誰にも話さなかった話をあなたに聞いてもらったのは、わたしがおばあちゃんになったからかしら。

だって、あなた――とても若くて、幸せそうだから。悔しいのよ。

お話はこれでおしまい。
もし、あなたがクルプンクルさまを見てしまったら、そのときは、わたしのところに来たらいいわ。
わたしの大切な人たちがどうしてみんないなくなったのか教えてあげる。
わたしが先生に教えてもらったように。
よしこ先生もクルプンクルさまを見たの。おなかの中に子どもがいるときにね。

では、お気をつけてお帰りなさい。
そうそう、呪文を覚えているかしら。

クルプンクル クルプンクル モ コートォ

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