白大理石と黒影

文字数 38,485文字

To M.
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1.白大理石と黒影

 いくつかの山と国境を越え、大きな川をふたつみっつと渡った先に、とある王国がありました。
 そこは白色を良とし、黒色を悪とする王国でしたので、白の王国と呼ばれていました。
 白の王国の人々は、古くからいつでも白を好み、黒を嫌います。彼らは着るものも食べるものも、いつでも白か、まったくの白とはゆかずともなるべく白に近しいものがよいと考え、選んできました。
 王国のいっとう見晴らしのよい高台に、真っ白の王宮殿が建っています。巨大な王宮殿です。そこには王族の方々が、たくさんの家来たちとともに住まわれています。
 また王国には、真っ白の大教会があります。真っ白の大図書館があります。そして人々の住む真っ白の民家や商店が、そのかたまりごとにひとつの町を作っています。白亜の王宮殿のある高台から臨みますと、遠く青い山脈を背景に、こうした白亜の町々が眼下に一望できます。
 四方を山と川に囲まれ、太陽と月はよく上り、季節を知らせる草花があり、王国は豊かな自然に恵まれています。人々はその自然を利用して狩りをしたり、釣りをしたり、農作物を育てたり、牛や山羊や馬を飼ったりして暮らしています。
 そして何分にも白が好きな国民性ですので、白の王国に暮らす人々は万事において白ばかり選びます。このことを知らずに他国から白の王国へお嫁に来たり、おむこに来たり、養子となったりご奉公に上がったりする人々ははじめのうち少し戸惑います。ですがそういった人々はごくまれですし、大抵まだものなじみの早い若い時分に王国へとやってきますので、じきに慣れますとやはり、白ばかり選ぶようになります。
 彼らの白好きは抜かりなく、きちんと徹底しています。たとえば結婚やお弔いといった儀式での装いは言うまでもありませんが、ブドウ酒を作るにも、赤ブドウではなく白ブドウを選びます。黒は悪しき色ですからコーヒーは飲みません。ですが牛乳は毎日飲みます。パンは白パンに限ります。白い卵は割る前に、殻付きのまましばらく眺めます。お庭で育てる花は白ユリや白バラ。畑には石灰をまいて肥料にします。女性たちはお化粧をするとき、紅もまゆずみも控えめにしますがおしろいは惜しげなくたっぷりと付けます。腰に巻くエプロン、ハンカチはもちろん、カーテンもテーブルクロスもベッドシーツも、窓にかけるレース飾りの一端に至るまでどんなときでも真っ白に保とうとします。ですから王国の人々は日々のお洗濯に余念がありません。けれども何しろ一点のしみも許せないものですから、時間がかかって手が回りません。ですから王国にはお洗濯で生計を立てる人も少なくないのです。川の水はつめたく、体力を使う大変な仕事ですが、たとえ晴れの日が続いてもお洗濯屋とクリーニング屋は大盛況の大繁盛というのが、この王国の常です。
 また白の王国には土地柄、雨がよく降ります。雨は作物にとっては必要なものですが、人々にとっては悩みのタネです。彼らは雪は歓迎しますが、雨は嫌うのです。雨粒に含まれるわずかな不純物が、白亜の町や自分たちの身にかかると、それらをよごしてしまうからです。それは雪であっても同様のことですので、人々は雨雪の日にはできうる限り外出しません。やむを得ないときには全身を分厚いコートで覆い、長靴をはいて傘を差します。そして水がはねないよう、忍び足でしずしずと路を行きます。お金のある人はお宅の前に車を呼びつけ、出歩くことも避けます。
 そのように、人々があまりに白を好むので、とうとういにしえより王国を治めておられるという神様がそのことをお耳に留め、どうしたものかとお考えになったのでしょう。いつしか王国の人々の肌の色は、長いとしつきのなかで次第に白へと変わってゆきました。そしてきょうでは、彼らは装いだけでなくその下の素肌までもが、空に浮かんだ白雲よりもお菓子屋さんのわたあめよりも白いのです。
 彼らは生まれてから子供のうちは、さまざまな肌の色をしています。生まれつき白に近い色の肌を持った子もいますし、ほかにもだいだい色や小麦色、薄黄色や薄桃色、薄青色、茶色い肌をした子もいます。そしてどの子の肌もいちようにみずみずしく、やわらかです。
 しかし彼らの肌がそうあるのは、彼らが子供でいるあいだだけのことです。彼らの肌は、彼らが熱心にお祈りを捧げるよう毎日を努めますと、成長するにつれだんだんと白く輝き始め、硬くなり、まさに大理石のように石化していくのです。その変化は肌のみならず彼らの髪毛や眉、まつげや瞳のなかから唇にまで及び、やがて大人になるころには全身が白い大理石になります。
 全身が白大理石へと変わっていくそのことを王国の人々は誇りに思い、かの美しきカッラーラ大理石になぞらえ「カッラーラ」と呼んでいます。彼らはカッラーラによって自らの肌色を白へと変えられるようになってからというもの、このカッラーラを子供から大人になるための神聖な現象としてとらえてきました。そしてカッラーラによって得られた肌の白さや、その耀きやなめらかさ、あるいは硬さの加減で互いの優劣を評価するのです。それが白ければ白いほど、硬ければ硬いほど、そしてすべすべとした表面であるほどすばらしい。反対にくすんだ灰色であったり、あるいはその色が黒に近いほど醜いと考えます。ぽつんとできた黒じみなどはもってのほかです。手ざわりがなめらかでなく、ざらざらとしているのもいけません。
 まだ肌色に変化のきざしが現れない小さな子供たちは、毎日お祈りに励みます。教会に通って祈りを捧げます。食卓につくとき、ベッドに入るとき、学校でのお勉強の前にもお祈りをします。そしてこう唱えます。
 「神様。どうぞどうぞ私のカッラーラが成功して、立派な大人になれますように……」
 彼らの母親や父親、そしてきょうだいたちも一緒になってお祈りをします。両親にとって子のカッラーラの成功は、その子の人生を左右する非常に大切なことなのです。王国では、まばゆいほど白く輝く、こつこつと硬い大理石の肌を持った大人はみんなの憧れです。男性はそんな女性をお嫁にしたがりますし、また女性はそんな男性を前にしますと胸をときめかします。ですからカッラーラを経た大人たちは、その白大理石の肌に怪我をしてヒビを入らせたり、雨雪に濡れてよごれたりしないよう、よくよく気をつけて一日を過ごすのです。
 そうした王国ですから、王国の王様とおきさき様のおふたりもまた、申し分のない純白の肌をしておられました。おふたりが盛装をなさって、折々王宮殿のバルコニーに並んで出てこられますと、陽の光を受け、白銀に輝くおふたりのお姿に人々は息をのみます。そして口々に、
 「我らが王と我らが女王の、なんと気高く品位に満ちたお姿だろう。世界中の名彫刻家が彫るどんな彫像よりも美しい」
 と言って、おふたりを心から尊敬するのでした。王様は手をお上げになって人々の歓声に応えられ、おきさき様はつつましやかなほほえみをその牛乳色の頬にかすかにお浮かべになりながら、王国じゅうの女性たちの羨望の的となられるのです。
 そんなおふたりのあいだには、女の子がひとりありました。大きな瞳にぽってりとした唇の、たいそう可憐なお姫様でした。ふわふわの豊かな巻き毛に白のリボンや花かんむりをつけ、白いシフォンのドレスをお召しになったお姫様の愛らしさは、まるで天界を舞う天使のようです。
 王様とおきさき様はこのお姫様をそれはそれはかわいがられ、目に入れても痛くないごようすで大切に育てておられました。お姫様は広大な王宮殿の敷地の外にはめったにお出になりませんが、その代わりにおふたりは幾人ものお世話係と、お姫様のお遊びの相手となる子供たちを幾人も呼び寄せ、お姫様が退屈なさらないようにと心を配っておられました。
 そのお姫様のお遊び相手の子供たちのなかに、アキラという男の子がありました。アキラはお姫様と同じ年齢の男の子で、王宮殿の敷地のすみの池のそばの、野花に囲まれた場所で、白木でできた小さなおうちにお父さんと一緒に住んでいます。家柄はすばらしくありませんが、アキラのお父さんは馬の扱いがだれより得意で、馬の気持ちを読むことができます。王国にとって馬は貴重な、なくてはならない財産です。ですからアキラのお父さんは、王様たってのご希望で、王宮殿で飼われているすべての白馬のお世話を仰せつかっているのです。アキラはお父さんを手伝って、馬たちのお世話や馬屋の番をしますが、その合間にお姫様のいらっしゃるお部屋へ行っては、お姫様とお話をしたり、お遊びのお相手をしたりするのでした。
 けれどもお姫様のお部屋へ呼ばれる子供たちは、アキラのほかにも大勢いました。お姫様のおそばにいることはとても名誉なことですから、大勢の子供たちがお姫様のお部屋にこぞって呼ばれたがるのです。ですからアキラがお姫様のお部屋へと向かうのは、ほんの時折のことです。
 お姫様とアキラは、まだカッラーラを経験していません。ふたりの肌は白大理石ではなく、生まれたときの肌のままです。ふたりはこの年、数えでようやく七つになる幼い子供でした。
 ある日の晴れた昼下がりのことです。新緑がすがすがしい季節で、森の香りをあたりに散らしながらそよ風が吹いていました。風はあけはなした窓から入りこみ、レースのカーテンを揺らしています。アキラはお姫様とふたり、お姫様のお部屋におりました。
 お姫様がアキラへ言いました。
 「ねえアキラ。私たちのカッラーラは、いつやってくるのかしら?」
 アキラはちょっと首をかしげましたが、何も言いませんでした。
 お姫様はかわいらしい笑顔を見せて、また言いました。
 「お父様とお母様がおっしゃったわ。私たち、一生懸命お祈りしなくちゃいけないわ。大人になったらほんとのカッラーラ大理石より真っ白な、すてきな身体になれるよう、神様にたくさんお祈りするのよ」
 アキラはさっきとは反対の方向へちょっと首をかしげ、お姫様に尋ねました。
 「お姫様。お姫様は大人になったら、王様やおきさき様のようなお身体になりたいのですか」
 「そうよ。お父様やお母様のような、きらきらした真っ白のお身体になりたいのよ。私も、ほかのお友達も、この国の人たちはみんな、そうなりたいのよ」
 「どうして?」
 「白がきれいな色だからよ。この国の人たちはみんな、白が好きだからよ」
 お姫様は楽しそうに笑うと、飼っている犬の名を呼びそばへと招き寄せました。それはお姫様がお生まれになったときから王宮殿で飼われている、おとなしい、白のシベリアンハスキーでした。つぶらな両の目が、ふざふざとした白毛に埋もれてしまいそうです。お姫様がなでてやりますと、ハスキーは気持ちよさそうに前脚をうんと伸ばしてから、アキラとお姫様の隣へ座りこみました。
 お姫様のお部屋もまた、王宮殿のほかのお部屋と同じように白い家具でいっぱいです。ですがお姫様のお部屋は特別あつらえですから、ほかのお部屋よりもっと白く、ぜいたくに造られています。
 広いお部屋の一面に敷かれたじゅうたんは、山野に降り積もった雪のようです。お姫様のためのお人形箱やおもちゃ箱、オルゴールやたて琴や鳥かご、甘いミルク菓子の詰まったお菓子袋、立派なテーブルや椅子はもちろんのこと、お姫様がおやすみになる天蓋のついた大きなベッドも、そこからあふれんばかりに置かれた枕やクッションの数々に至るまで、清らかな白でないものはありません。四方の壁も天井も、暖炉も窓枠も、何もかもが真っ白です。
 アキラはまばたきをしました。お姫様のお部屋へ来ると、彼はついまばたきを多くしてしまうのです。そこがあんまり白くて、まぶしいのです。お姫様のお部屋は、アキラのおうちや、彼の通う町の学校や、彼の知るほかのどんな場所よりも白いのですから。
 「アキラ。きょうは私と、何をして遊んでくれるの?」
 お姫様はアキラへ尋ねました。けれどもアキラは答えることができません。困ったようにもじもじするばかりです。お姫様と何をして遊ぼうか、よい案が思いつかないのです。
 お人形遊びは前のときにしました。その前のときにはあやとりをしました。そのさらに前のときは、チェスと、数字を使ったパズルをしました。どれも楽しいお遊びでした。
 アキラは言葉の少ない、静かな子供でした。そして物事をじっくり考える、利発な子供でした。ですから彼はお姫様と何をしようかじっくり考えながら、同時に、以前にお姫様と一緒にしたことを思い出していくのですが、それらのほかにきょうお姫様と一緒にする、新しくて楽しいお遊びの内容が、なかなか思いつけません。
 アキラが困っておりますと、お姫様はぱっとアキラの両手を握りました。そして花のように明るく笑って、言いました。
 「それじゃ私と、おままごとしましょ」
 お姫様はうきうきした声で、アキラの両手を揺さぶりました。
 「ね、アキラ。私とおままごとしましょ。いいでしょう?」
 アキラがうなずきますと、お姫様はますますうきうきしたように、
 「魔法の世界のおままごとよ。私は魔法使いなの。アキラは私のお友達のナイトよ。ね、いいこと? それからお前はライオンよ。白のライオン。ね、今からお前は犬ではないのよ……あら眠っちゃいやよ。起きて。起きてちょうだい……」
 と言いながら、お姫様は眠たげに目をあいたり、閉じたりしているかたわらのハスキーをなで起こそうとします。午後のはじめのゆったりとした時間が、ふたりと一匹のいるお部屋に流れています。
 お姫様はアキラと仲良くお話をします。アキラと楽しくお遊びをします。
 けれどもアキラは、お姫様のお部屋へ呼ばれる子供たちのなかではいっとう家柄のすばらしくない、身分の高くない子供でした。アキラは王宮殿の敷地のなかにおうちがありますので、お姫様のお部屋に呼んでもらえるのですが、アキラの通う町の学校の子供たちや、その子供たちのお父さんやお母さんは、お金持ちの子ではないアキラがお姫様のお部屋へ呼ばれていることを、あまりよく思いません。そして家柄のすばらしいお金持ちの子供たちと、そのお父様とお母様も、アキラがお姫様とお遊びをすることをあまりよく思いません。
 アキラはそのことをよく分かっていました。
 けれどもお姫様は、お茶目で可憐な、優しい子供でした。お姫様はアキラにも、お部屋へと呼ばれてやってくるお金持ちの子供たちにも、鳥かごのなかの鳥にも飼っているハスキーにも、だれにでも分けへだてなくお話になります。
 アキラとお姫様は、魔法の世界のおままごとをして遊びました。
 お姫様はお菓子袋からミルク飴をひとつ取り出し、王国の古い言葉で呪文をとなえて魔法をかけました。そしてホットミルクを入れたカップと並べてアキラにすすめます。
 アキラがカップからミルクを飲むと、それにはハチミツの味がほんのり混じっていました。お姫様の魔法をかけられたミルク飴は、とても甘く、アキラがお姫様の前に片方の膝をつき、ナイトのような仕草でていねいにお礼を言うと、魔法使いのお姫様はおかしそうに笑ってよろこびました。
 そのうちふと、窓の外が暗くなりました。アキラがそちらへ目をやりますと、ついさっきまでは白かった空の雲がぐんぐんと去ってゆきます。そよ風がやみ、お部屋のなかがかげったかと思いますと、外では雨が降り始めました。雨音が聞こえてきました。新緑に降る雨です。急な雨は、王国にはよくあることです。ですがお姫様は少し残念そうに、唇をとがらしました。
 しかしアキラは、残念そうにしていませんでした。彼は雨をじっと見つめていました。そのあいだ、何事かじっくり考えているようでしたが、それからお姫様を向くと、言いました。
 「お姫様。僕は大人になったら、黒い影の身体になれるよう、神様にお祈りしようと思います」
 お姫様は、雨を忘れてしまったかのような声を上げました。丸い大きな瞳をもっと丸くして、尋ねました。
 「黒い影? 黒い影と言ったの?」
 アキラがこくんとうなずきますと、お姫様は早口になって、言いました。
 「だめよ、アキラ。だめよ。黒い影なんて、いけないわ。私たち、大人になったら白い大理石のお身体になれるようお祈りしなくちゃいけないのよ。黒い影のお身体になってはいけないのよ。なぜアキラは、そんな怖いことを言うの?」
 お姫様はアキラのように、瞳をぱちぱちさせてまばたきをしました。ですがお姫様は、アキラのように白いお部屋がまぶしかったのではありません。お姫様は、大人になったら黒い影の身体になれるようお祈りをするとアキラが言ったことが、信じられないのでした。
 そのとき突然、雷が鳴りました。
 お姫様はきゃっと叫んで、ドレスに包まれた小さな肩をすくませました。
 眠りから覚めたハスキーが、のろりと顔を上げました。そしてあたりを見回します。
 もう一度、雷鳴がとどろきました。お部屋のなかはますます暗くなってゆきます。窓の向こうで、たくさんの雨がぼたぼたと降り落ちています。まるで天から放たれた矢のようです。
 お姫様はこわごわ窓の外を見ました。胸に手を当て、そっと言いました。
 「怖いわ……」
 アキラは何も言いませんでした。
 アキラは静かにお姫様へ近づきますと、お姫様の両の耳を、自分の両手でそっとふさぎました。
 もう一度、雷が鳴りました。しばらくのあいだ、それが続きました。そのあいだ、お部屋のなかは暗いままでした。
 やがて、白いかすかな光が窓辺から差しこみますと、いつの間にか雷はやんでいました。
 雨も上がっていました。
 かたわらのハスキーは、すでに眠ったあとでした。



 時は穏やかに過ぎてゆきました。
 人々はよく働き、王国は栄えています。町には活気があふれ、村には笑い声が響き、肥えた牛馬がのんびりと草をはむ背中には白い小鳥がとまります。草木は生いしげり、花はのびのびと咲き、つやめきを増していく果実は枝葉を重たげにしならせて、人々にもがれる日を待っています。
 かつての幼かった子供たちは、王国のさらなる発展と繁栄を担うため、立派な大人の一員となるべく成長をとげようとしています。
 彼らの多くの身体に、すでにカッラーラは始まっています。彼らは町の学校を出て、それぞれに勉強をしたり働いたり、一人前になるためのいろいろのおつとめに励みながら、自分たちの身体に起こっているカッラーラが何事もなく終わるよう、日々のお祈りも欠かしません。そのあいだ、新しい肌の色が思っていたほど真っ白ではないことにがっかりする少年がいれば、周りと引き比べ、私のほうが白いとこっそりよろこんでいる少女がいます。白くなりかけている腕をつつき合って、やれ俺のほうが硬いだとか、私のほうがなめらかだとか言って互いに譲らない少年少女もいます。
 しかし彼らのなかにひとりだけ、肌の色が白く変わってゆかない少年がいました。
 それはアキラでした。
 アキラの肌の色は白ではなく、反対に黒へと近づいてゆきました。それは時とともにだんだんくすんでゆき、灰色になりねずみ色になり、ゆっくりと、しかしはっきりと、まるで影のような黒へと変わってゆきました。
 そしてアキラの肌は大理石のように硬くなるではなく、反対にやわらかくなってゆきました。それは日増しにやわらかくなるので、アキラの身体は、まるで小鳥の羽根のようにどんどん軽くなってゆきました。
 身体が白ではなく黒へと変わっていく子供は、王国じゅうでアキラだけでした。これまで彼のようなカッラーラを経た子供は王国にひとりもいませんでしたので、人々はとてもふしぎがりました。そして大人たちはアキラのいないところで、口々にこんなことを言い合いました。
 「おお神よ。なんということだ」
 「あのアキラという少年は、毎日のお祈りをしてこなかったのだろう」
 「ほかの色であればまだよいのに。よりにもよって黒くなってしまうだなんて」
 人々は次第にアキラを恐れるようになりました。白の王国の人々は白を好み、黒を嫌います。彼らにとって黒という色はすべての色のうちもっとも悪しき色です。醜い色です。にもかかわらず、神聖なカッラーラによって得る新しい身体が、奇特にもアキラは白ではなく黒なのです。カッラーラ大理石のような白い大理石ではなく、黒い影なのです。それは人々にはとても恐ろしいことなのでした。受け入れがたいことなのでした。
 人々は町でアキラを見かけると、彼を避けるようになりました。パン屋の主人も牛乳屋のおかみも、パンや牛乳をアキラへ売るとき、彼と目を合わせようとしません。
 アキラはだれからも近寄られなくなってしまいました。町の学校を出てから、アキラは王国の青年騎兵隊に入り、剣術や馬術といった武芸を磨き、いろいろの勉学にもよく取り組んでいましたが、隊のなかでも町のなかでも、王宮殿の敷地のなかでも、彼はいつもひとりぼっちでした。騎兵隊の訓練のあいだ、アキラと馬を並べたがる仲間はいません。話しかけたがる仲間もいません。どの騎兵もなるべくアキラから遠ざかり、まるでアキラを、仲間とも何とも思っていないかのようです。
 そんなアキラにあてがわれた王宮殿の馬は、白馬ではなくグレーの馬でした。聞きわけのよい、凛としたたくましい馬でしたが、グレーの毛並みですから上等ではありません。アキラのお父さんは、アキラのために選び抜いた一頭の白馬を、アキラがまだ小さかったころから丹精込めて育てていましたが、その上等の白馬はアキラではなくほかの騎兵にあてがわれてしまいました。その騎兵は、若い騎兵たちのなかでもとりわけカッラーラの具合のすぐれた、アキラが通っていた町の学校の、同級生の青年でした。
 自分にあてがわれたグレーの馬に乗ったアキラは、ひとりきりで荒野を駆けたり、剣をふるったり、農地にもうけられた高い柵を飛び越えたりしました。少し疲れると川辺に立ち止まり、馬に草をはませたりしました。アキラの姿は彼のカッラーラが進むごとに黒くなり、それは朝にも夕にも、晴れの日にも雨の日にも、馬の上で影のように揺らめくのでした。
 やがて、アキラが二十歳になるころ、アキラの身体はとうとう真っ黒になってしまいました。彼のカッラーラが終わったのです。カッラーラを終えたということは、大人になったというあかしです。
 しかし王国の人々は、アキラのカッラーラを成功とはみなしませんでした。だれもが彼のカッラーラを、これまでの王国の歴史のうちもっとも大きな失敗だったと考えました。大人も子供も、人々は悪魔を見るような目で遠巻きにアキラを眺めました。全身を真っ黒にしたアキラをさげすみ、陰で笑い、あるいはわざとアキラに聞こえるよう大声でからかったり、あざけったりしました。町の商店の路は、どんなににぎわっていてもアキラが来るとほんの一瞬、静まります。あちこちからひそひそと話し声が聞こえ始め、アキラの周りだけ路があくのです。人々からの冷たい、見下すような視線を浴びながら、アキラはやわらかな黒影の身体を風に揺らめかして路を行くのです。
 時折、好奇心を起こしてアキラへ近づこうとする犬猫や、小さな子供がいました。ですがたちまち、飼い主やその子のきょうだいや、大人のだれかがそばに現れて、慌ててアキラから引き離そうとします。アキラをちらちら振り返りながら、何事かつぶやいたり言い聞かしたりします。
 あるいは時折、わんぱくでいたずら好きの少年たちがアキラのもとへ走ってきます。そしてアキラへ向かって言います。
 「いたぞ、真っ黒け!」
 「やい、悪魔! あっちへ行け!」
 「きたない奴め、こっちへ来るな!」
 「みんな、やっちまえ! 悪魔を倒せ!」
 そして少年たちは我先にと、アキラへ石を投げつけるのでした。そして投げつけるなり、わっと一散に逃げてゆくのです。
 石はアキラに当たったり、当たらなかったりしました。ですがアキラは少年たちを追いかけるでもなく、怒ったりかなしんだりするでもありません。彼は何も言わず、その場からゆらりと去ってゆくばかりです。
 しかし王国のどこへ去っても、どこへ行っても、黒影のアキラは歓迎されません。
 ついにアキラは、王国の大教会への立ち入りを禁じられてしまいました。アキラが教会へ入ると人々がおどろき、おびえてしまうというのです。アキラのカッラーラがかつてない失敗に終わったのは、アキラが熱心にお祈りをせず、神様へのうやまいを欠いてきたせいだというのです。そしてそれは神様へ対する、あきらかな不敬の罪に当たるというのです。
 大教会へ入れないというのは、王国の人々にとってとても重い制裁のひとつでした。やっと二十歳になったばかりの若いアキラへ、そのような制裁を加えることはあまりにひどい仕打ちだと、アキラをあわれむ人々もいました。ですがそんな人々の数は、決して多くありませんでした。
 アキラのことをとりわけあわれんだのは、アキラのお父さんでした。アキラのお父さんは、王宮殿の敷地や自分の家でアキラを見るにつけ、息子を叱りつけたいような泣きたいような、言葉にできない思いになっていたのです。
 アキラは生まれたとき、肌の色の白い子供でした。赤ん坊だったころは病気がちで、アキラのお父さんを心配させましたけれど、王宮殿のたくさんの白馬とともにすくすく育ち、色白の肌も健康的で、ふっくらとしていました。将来カッラーラを経たあかつきにはどれほどの白い輝きを得ることだろうと、アキラのお父さんは思っていたものです。息子の肌は、自分の大理石の肌よりもすばらしい出来になることだろうと、アキラのカッラーラを楽しみに待っていたものです。それですからお父さんはよりいっそう、アキラへのあわれみを強くしていたのです。
 今ではアキラは、王国じゅうで一番ののけ者です。大切な息子が多くの人々から忌み嫌われ、見下されているのです。
 ある夜、アキラのお父さんはアキラへ言いました。
 「おお、アキラよ」
 窓のそばの机から、アキラはお父さんを振り向きました。木々はまだ色づいていませんでしたが、秋風の涼しいころでした。
 灯りのもとで、お父さんは目をしばたたきました。ですがお父さんは、灯りがまぶしかったのではありません。灯りはごく弱く、それに深い夜のことですから、家の外は静かな闇に包まれていました。
 お父さんが目をしばたたいたのは、アキラの表情を見極めようとしたからでした。アキラの身体は頭の先からつま先まで真っ黒です。ですからようく気をつけて見ないと、アキラが笑っているのか泣いているのか、表情が分からないのでした。
 アキラのお父さんは、情けない気持ちで言いました。
 「おお、アキラよ。私の息子よ。なぜお前のカッラーラだけがうまくゆかなかったのだ。なぜお前ばかりが、そのようなみじめな、黒い身体となってしまったのだ」
 お父さんは今にも泣き出しそうでした。アキラの将来を思うと、アキラのことがあわれで、かわいそうでならないのです。まじめでおとなしいアキラの気立てを承知しているだけによりいっそう、カッラーラの失敗という、アキラに課された運命がふびんでならず、残酷に感じられてならないのです。
 窓辺に立っていたアキラは、しばらくのあいだ黙っていました。黒々とした長いまつげをふせて、白木の床に目を落としましたが、やがて顔を上げるときっぱり言いました。
 「お父さん。僕はだいじょうぶです。どうか元気を出してください」
 そしてゆらりとお父さんの後ろへ近づき、灯りを受けたお父さんの影のようになったアキラは、お父さんの背中をさすってやりました。
 けれどもお父さんはかなしみに暮れながら、両手で顔を覆うばかりでした。
 アキラをあわれんでいたのは、アキラのお父さんだけではありません。
 時折、王宮殿のなかで、お姫様はその見事な白大理石の唇から、ため息をつかれることがありました。そのため息は王様のお耳にもおきさき様のお耳にも入らず、王宮殿に住まわれているほかのだれのお耳にも入らないほど、小さなものでした。
 そんなため息をつかれるとき、お姫様は大抵、あのかわいそうなアキラのことを思っているのでした。
 二十歳になられたお姫様は、王国じゅうの青年のまなざしを一身に集める、大変うるわしい女性へと成長されていました。幼かったころのあどけないお顔立ちやお茶目な少女らしさは、王国の姫君としての洗練された美しさへと取って代わられ、カッラーラを終えられたその大理石の肌のなめらかさ、神々しさは純白に光り輝く真珠のようです。その美しさは国境を越えて広く知れわたり、他国から白の王国を訪れる行商人たちは、うわさに聞く白のお姫様をひと目見られないものかと、町行く人々に尋ねてみるのでした。そして高台に建つ白亜の王宮殿のほうへと、興味にかられた視線を投げかけてみるのでした。
 お姫様がほっそりとした腕をバルコニーから伸ばされると、そこへ白い小鳥がとまります。しなやかな指を伸ばされると、その指先へ白い蝶々がとまります。するとお姫様はふふとなごやかに、ほほえまれますが、王宮殿の敷地の片隅にアキラの真っ黒な姿を折々みとめますと、お姫様はそのほほえみを消してしまわれるのでした。そして小さな小さなため息を、ほうとこぼされるのです。
 お姫様は、カッラーラを終えたアキラの姿に、心を痛めておられました。お姫様は小さなときからだれにでも分けへだてのない、優しい方でしたから、幼いころ一緒に遊んだアキラが、人々からさげすまれ、邪険に扱われていることが心苦しいのでした。王宮殿の敷地の外にはあまりお出にならないお姫様でしたが、アキラのことを悪く言ったうわさや、アキラを侮辱するようなひどい言葉は、風に乗って、町々からこの王宮殿まで届いてくるのです。
 王宮殿の人々も、やはりアキラのことは、こころよく思っておられないようでした。アキラのお父さんは王宮殿にとってなくてはならない、白馬たちの大切なお世話係ですから、その息子であるアキラを、敷地の外へあからさまに追い出すことははばかられます。ですが、できうるならアキラには、早いうちにどこかへ出ていってもらいたいと、王宮殿のだれもがお考えになっているようです。
 お姫様はそのことにも、心を痛めておられました。カッラーラを終え大人になり、もうあのころのようにアキラをお部屋へ招くことや、一緒にお話をしたり遊んだりすることはできません。アキラの得意だった、むずかしいパズルの解き方を教えてもらうこともできません。今ではお姫様とお話のできる人は、王宮殿の人々か、すばらしい名声や功績のある人々か、あるいは家柄のよい、さもなくばお金持ちの人々のご子息やご令嬢ばかりです。お姫様の周りの人々は、アキラの名を口にすることさえためらうのです。
 しかしお姫様は、飼っていたあの白いハスキーがとうとう死んでしまったとき、アキラが送った真っ白な献花を、お付きの女性たちが止めるのはお聞きにならず自ら受け取られました。ハスキーをうしなったお姫様のかなしみの涙は、アキラが送ったその白い花束の上に落ちました。
 またお姫様は、王様とおきさき様のおふたりに、アキラが白木で出来たあのささやかな家にお父さんと住み続けられるよう、人知れず頼まれたことがありました。さらには、アキラが志願して青年騎兵隊に入るとき、その身体はすでに黒く変わり始めていましたが、だからといって肌の色が白くならないアキラを騎兵隊から追放することのないよう、頼まれたこともありました。
 王宮殿の人々は、広い広い王宮殿の敷地やお庭のなかで、アキラがお姫様のおそばへ近づいたり、話しかけたりしないよう気を配っておられます。アキラのいまわしい黒影のような身体が、お姫様に不幸をもたらすかもしれないとお考えになっているからです。
 けれどもお姫様は、聡明な方でした。昔ご自身に起こったことを、よく覚えておられました。
 夕暮れどき、ひとりバルコニーへ出たお姫様は、そこから騎兵隊の訓練のようすを眺めておりました。
 秋の日は短く、すでにあたりは薄紫色に染まり始めています。沈みかけの太陽の周りだけ、はっとするような黄金色に色づいて、線香花火にも似てぱちぱちと光っています。
 グレーの馬に乗ったアキラの姿は、一隊からやや離れたところに、すぐ見つかりました。
 夕焼けを浴びて、アキラは真っ黒の影となって、馬上でうごめいています。ほかの騎兵や馬たちは真っ白です。彼らの表情や、厳しい訓練による汗や、身体に付いた土ぼこりのよごれまで見えるようです。
 しかしアキラは、お姫様が一生懸命に目をこらしても、ただの黒い影にしか見えませんでした。人の形をした黒影です。それよりほかに、何も分からないのです。アキラがどんな顔をしているのか、汗をかいているのか、手足を土によごしているのか、お姫様には想像するしかありません。アキラの今の身体では、たとえ大怪我を負って血を流していてさえ、そのことが容易に分からないのです。白い大理石に流れる血は見えますが、黒い影に血は見えないからです。
 お姫様はまたかなしくなって、思わずつぶやきました。
 「ああ、アキラ……」
 お姫様の白いドレスを、秋風が抜けてゆきます。
 「あなたはなぜ、黒影となることを望んだの?」
 お姫様の言葉はあまりに小さく、聞きとめた人はいませんでした。
 けれどもお姫様は、知っておられるのです。
 お姫様だけが、アキラのカッラーラが、アキラただひとりにとっては失敗ではなかったことを、ちゃんと知っておられるのです。
 ふたりが幼かった七つのころです。お姫様のお部屋で、アキラが、大人になったら黒い影の身体になれるよう神様にお祈りすると言ったことを、お姫様は今も覚えておられるのでした。
 アキラは不敬の罪で、王国の大教会へ入ることを許されていません。ですがお姫様は、アキラが神様へのお祈りを欠かしてこなかったことを知っておられます。アキラがお祈りするようすをお姫様はご覧になったことがありませんが、お姫様はそう信じておられます。
 なぜなら、アキラは神様へのお祈りを欠かしてこなかったからこそ、カッラーラによって、あの日の望みどおり黒い影となったはずなのです。そうでなければアキラもまた、お姫様やほかの子供たちと同じように白大理石の肌へと変わっていったはずなのです。ですから、アキラがきょうのような黒い身体であるのは、彼のカッラーラが失敗だったのではなくアキラ自身がそうなりたいと願ったためで、そして彼がそう願ったのには何か特別の仔細が、あるいはアキラにしか分からない大切な理由があったのだろうと思われるのです。
 お姫様はアキラの姿を目にとめられるたび、胸のうちでそのようにお考えになりました。そして次には必ず、ではなぜアキラは黒い影の身体となれるよう願ったのか、そのわけをお考えになりました。
 けれどもそのわけは、いくらお姫様がお考えになっても、浮かんでこないのでした。
 ですからお姫様は、その白い唇からもらされるかすかなため息とともに、つぶやかれるのです。
 「アキラ。あなたはなぜ、黒影となることを望んだの。……」
 けれどもその答えは、アキラに近づけない今となっては、お姫様へ返ってはこないのでした。
 その日の夜、王様がお姫様へおっしゃいました。
 「姫よ。私のかわいい娘。こちらへおいで」
 お姫様は王様のおそばへ寄りました。王様のおとなりでは、お母様でいらっしゃるおきさき様が、お姫様へとほほえんでおられました。
 王様は言われました。
 「姫よ。カッラーラを終え、お前ももう立派な大人になった。お前は、ここにいるお前のお母様にも引けを取らぬほど、美しい女性となった。今のお前を見て、美しいと思わぬ者は、この世界にひとりもいない。父はお前を誇りに思う」
 王様はおきさき様と目を見交わされました。そしてまた、言われました。
 「姫よ。それだから私たちは、美しいお前のために最高の花むこを見つけてやりたいと思っている。王国じゅうから最高の花むことなりうる青年を選んでやろうと思っている。そのために私たちは、お前にぜひとも尋ねておかねばならぬことがある。
 さて、姫よ。お前は、どのような男を自らの花むことしたいのだ。どのような青年がよいのか、この父と母へ言ってみなさい」
 すると王様のおとなりから、おきさき様が言葉を添えられました。
 「姫や、正直に答えればよいのです。お父様は、あなたの幸福を第一と考えてくださっているのです。あなたが花むこに望むのは、どのような男の方ですか。すばらしい名声や功績のある方ですか。高貴な家柄のご子息ですか。土地やお金をたくさん持っている方ですか。それとも、カッラーラの出来があなたと同等か、あるいはあなた以上に美しい方でしょうか。あなたのように、天上の天使にも勝る白い耀きを、身体に得られた方でしょうか? さあ姫、正直に言ってごらん。お父様もお母様も、あなたの望みが、知りたいのですよ」
 おきさき様は、女神のような微笑をお姫様へと向けられました。
 広間がしんと静まりました。王様もおきさき様も、左右に控える家来の者たちも、お姫様の答えを待っておられるようでした。
 けれどもお姫様は、答えることができませんでした。瞳をふせ、やがてぽつりと言いました。
 「お父様。お母様。私には、分かりません」
 それから、ものうげに黙ってしまいました。
 おきさき様がもう一度、優しくお尋ねになりましたが、お姫様はやっぱり答えられませんでした。
 しばらくして、王様がおっしゃいました。
 「よしよし。分かった、姫よ。急なことを尋ねた私たちが悪かったのだな。皆が聞いているこの場ではっきりと希望を伝えるのは、お前のようなしとやかな娘には気が引けることだろう。
 姫よ、それでよいのだ。父も、花むこ選びを急いではいない。何しろ最高の男を見つけなくてはならぬのだからな。慎重にならねばならん。
 では姫、こうしよう。お前の花むことなるにふさわしい、すぐれた男たちを、私たちが手を尽くして探してやろう。お前はその候補となった者のなかから、好きな男を選べばよい。
 姫よ。私のかわいい娘。何も心配することはない。父に任せておきなさい」
 広間を下がったお姫様は、自分のお部屋に戻りますと、窓辺に立って外を眺めました。
 暗い暗い夜の闇は、お姫様の瞳に、何も映してはくれませんでした。
 お姫様は窓を大きくあけますと、空を見上げました。
 広い広い漆黒の夜空は、お姫様の瞳に、満点の星々を映し出しました。
 銀色の天の川が見えます。銀砂をふりまいたような、巨大な川です。その周りに、金銀の小さな星がいくつもまたたいて、秋の星座を作っています。
 植物が息をしている、その緑の香りに、それらの星座は星のシャワーとなって、あるいはかわいらしい金平糖となって、お姫様の上に、王宮殿の屋根に、ぱらぱらと落っこちてきそうでした。
 そのうちお付きの女性のひとりが、銀盆に洋菓子と、ホットミルクの入ったカップを載せてドアをノックしています。トントン、トントンと、そろそろおやすみの時間なのです。
 けれどもお姫様は、それから何十分も夜空を見つめたままでした。
 夜が深くなってゆきました。
 王様とおきさき様がお姫様の花むこ探しを始められたことは、王国のすみからすみにまであっという間に知れわたりました。人々は、お姫様のご婚礼はさぞ豪華で盛大なものになるだろうとうわさをし、また、お相手となる花むこは一体だれになるのだろうと互いに予想し合いました。お姫様の花むことなる青年は、ゆくゆくはこの王国を新たに取りまとめてゆく青年ということになりますから、人々の関心もことさらに強いのです。
 王宮殿の王様とおきさき様のもとには、王国じゅうから次々と手紙が届けられるようになりました。あるいは手紙を持った使者たちが、次々とおふたりのもとを訪れるようになりました。どの手紙も、我こそがと、お姫様への求婚を申しこむ青年たちが書いたものでした。そしてどの手紙にも、お姫様の心を射止めるための努力がなされてありました。
 ある手紙は、由緒ある貴族のご長男からでした。またある手紙は、高名な資産家のご子息からでした。また別の手紙は、腕のよいと評判のお医者様からでした。さらには、カッラーラによって近ごろひときわ肌を白く輝かせている、若い騎兵からの手紙もありました。その騎兵は、アキラのお父さんがアキラのためにと育てた上等の白馬を、アキラの代わりにあてがわれた騎兵隊の青年でした。
 届けられた手紙は、一通ごとリボンをかけられていたり、押し花が挟まれていたり、香水がしみこませてあったりしました。それらはすべてお姫様のお部屋にも持ってゆかれました。
 お姫様はすべてをきちんとお読みになり、それから一通ずつ、白い陶器の文箱にしまってゆきました。
 王様とおきさき様は、お姫様が手紙を読まれるたび、送り主の青年についてお姫様がどう感じたか、お姫様をおそばへ呼ばれてお尋ねになりました。けれどもお姫様はやはりゆるゆるとかぶりをふって、差しうつむき、ものうげな表情でこう答えられるのでした。
 「お父様。お母様。私には、分かりません。……」
 いつしかお姫様は、おひとりになると、夜ごと、お部屋の窓から空を仰がれるようになりました。そして漆黒の空にまたたく白銀の星々を、じっと、ときにため息をつきながら、長いあいだ見つめておられるのでしたが、そのことに気がついた人は、王宮殿のなかにはだれもいませんでした。



 秋が過ぎ、冬が過ぎました。雪どけが終わると、それまで土に隠れていた草花がいっせいに芽吹き始め、つぼみは日ごと大きくふくらんでゆきます。身を切るような風はゆっくりと、あたたかくなってゆきます。
 白の王国に、春が訪れようとしています。雪に硬く閉ざされていた扉がひらいてゆくように、人々の足もかろやかになってゆくようです。
 けれども穏やかな春の到来とともに、王宮殿にはひとつの心配事が持ち上がっておりました。
 そしてその心配事というのは、もしかすると、王宮殿のみならず王国全土にかかわるものかもしれないのでした。
 白の王国から遠く離れた、赤の王国という国から、ある日王様のもとへ手紙が届けられました。上質の真紅の紙に、白の王国で使われている文字がたくさん連ねてありました。
 王様が内容をあらためられますと、そこにはお姫様の美しさをお聞きになった赤の王国の第三王子より、お姫様を近々お嫁に頂きたいというたってのご希望が、その父君でいらっしゃる赤の王国の君主じきじきの筆により、したためられてありました。
 けれども王様は、このご所望を、おことわりになりました。わが国の姫をそちらへやることはできないと、赤の王国の言葉ではっきりつづった内容を、ご自分の使者に託して赤の王国へと届けさせました。
 というのも、赤の王国の人々は、その名のとおり赤を好みます。赤の王国の人々には赤こそがもっともすぐれた色であり、もっとも気高い色です。ですからそうでない色は、白だろうと黒だろうと赤に劣るのです。
 そして赤の王国の人々は皆、力の象徴として全身を真っ赤にしていることを、王様はご存知でいらっしゃいました。さらには血気盛んな乱暴者が大変多いといううわさも、その耳に聞いて知っておられました。
 ですから王様は、ご自身の大切な姫君を、そのような王国へお嫁に行かせるということは、お考えになるまでもなく到底できないのでした。おきさき様もこのご縁談には強く反対なさいました。王様もおきさき様も、あくまで白の王国のなかから、花むことなる青年を選ぶつもりでいらっしゃったのです。おふたりにとっては、赤ではなく白こそがもっともすぐれているのです。そしてそれはお姫様にとっても、同じであるはずです。
 しかし、王様からのおことわりの手紙を受け取られた赤の王国の第三王子は、このご返答に納得がゆきませんでした。そして王子の父君である君主は、このご返答を、王子とご自身、ひいては赤の王国へ対する最大の侮辱と受け取られてしまったのです。
 赤の王国と白の王国は、急速に仲が悪くなってしまいました。二国のあいだでもう幾度か手紙のやりとりがなされましたが、うまくゆきません。王様は、姫はやれぬというもともとの意思をまげられず、君主のお怒りは増すばかりです。そのお怒りは並ではなく、まるで赤の王国のある方角から、地を鳴らす足音が聞こえてきそうなほどです。
 そして、春の短い花が散り、山野がもえるような緑に色づくころのことです。ついに恐れていた事態が起き、二国の仲たがいは決定的なものとなりました。
 赤の王国が白の王国へ向け、一方的に戦争の始まりを宣言してしまったのです。白の王国を乱し、その平和を破ると宣言してしまったのです。
 赤の王国の君主から、王様が最後に受け取られた真紅の手紙にはこんなことが書かれてありました。
 「貴殿の意地っぱりには、我はほとほとうんざりした。よってわが赤の王国は手紙ではなく戦争によってこの問題に決着をつけたく、貴殿へご通達申し上げる。わが王国の王子こそが、貴国の姫君の花むこにふさわしいのである。
 我らのゆくてをはばむ者は、だれであろうと容赦はせぬ」
 王様はお怒りのあまりお顔を真っ白にし、この手紙を、ぐしゃりと握りつぶしてしまわれました。そしてこう叫ばれました。
 「皆の者、戦争だ! 赤と白との、名誉をかけた戦いだ! 我らが姫を盗られてはならん!」
 人々は戦争のため、のんびり畑をたがやすどころではなくなってしまいました。お姫様の花むこ探しも、一時中断です。皆が戦いへ向けた準備に明け暮れているからです。
 男たちは日ごろの仕事をやめ、訓練に励みました。純白の王国旗や武器をそろえ、馬を持つ人はそのお世話に余念がありません。女たちは子供の面倒を見ながら、ありったけの水や食べ物を貯蔵庫に詰めこんでゆきます。そして男たちの士気を高めようと、ありったけの布地をお洗濯して、白く変えてゆきます。
 王宮殿にも、水面に落ちた小石が波紋を作るように、静かな騒ぎが波となって広がっていました。戦いへ出す白馬を健康に保つため、その指示を取りしきるアキラのお父さんはにわかに忙しくなりました。騎兵隊の訓練も、いっそう激しく、厳しいものとなりました。
 王国じゅうが、あわただしくわき立っています。赤の王国が、いつ攻めてくるとも知れないからです。
 王様は、信頼する家来たちと、戦いのための話し合いに夜ふけて夢中になってしまわれることが増えてゆきました。おきさき様はそのおそばで、王様のごようすを不安そうに見守られるばかりです。
 そしてお姫様は、王宮殿のご自身のお部屋から、ほとんど出られなくなってしまわれました。ドアの前には常に大勢の見張りが置かれました。王様の配下の、屈強の男たちです。彼らは武装し、お姫様のお部屋へと近づく者には、たとえそれが王宮殿の人々であってさえ監視の目を光らせます。
 なぜかって、大切なお姫様を万が一にも赤の王国へと連れ去られては大変です。赤の王国は白の王国を武力でおびやかし、純真無垢のお姫様を、勝手に第三王子の花嫁にしようとしているのです。
 のびのびとした日常が、今や戦いの嵐に、すっぽりとのみこまれてゆくようです。
 季節は初夏でした。春のうららかな小さな花を、愛でるいとまもなく、それらはもうどこにも咲いていません。
 ある夜、お姫様はいつものように窓辺に立っておりました。
 窓を大きくあけますと、いつものように夜空を見上げました。
 お姫様には、遠く手の届かない空です。お部屋から容易に出ることさえかなわず、胸には息苦しさがつのっています。赤の王国との戦いや、自身がねらわれていることを思うと、息苦しさのほかにかなしみが迫ってきます。言葉にできないほどかなしく、苦しく、そしてなぜかとても、切ないのです。
 今夜の夜空に、星はあまり見えませんでした。
 代わりに月が照っていました。
 青銀の月です。冬に見るような、さえざえとした冷たい月です。
 お姫様はその月を、まぶしそうにしばし眺めておりました。それからふと前を向き、月あかりの降る王宮殿の敷地へと目をやりましたが、そのとき、お姫様の肩がびくっと震えました。
 何かが動いたように見えたのです。けれども何が動いたのか、ほんの一瞬のことでしたので分かりません。 深閑とした夜を、月あかりが照らしています。月夜なのです。それでも四方は暗く、王宮殿はその場にうずくまるようにどこも静まり返っています。枝木の葉音も噴水の水音もなく、鳥の鳴き声ひとつしません。
 ふしぎな一瞬でした。気のせいだったのかもしれません。
 けれどもお姫様は、そう思いながらも暗がりに目をこらしました。見えないものを見ようとするように、何を探しているのか分からないまま懸命にあたりを探しました。
 すると、ほの暗い闇に一点の灯りが現れました。だいだい色の小さな火です。
 お姫様は食いいるように、その小さな火を見つめました。火はわずかに揺れ、けれどお姫様がいくら見つめてもそばに人の姿はありません。降りそそぐ月光の力を借りているにもかかわらず、そこには火の玉がひとつきり、ゆらゆら浮かんでいるだけです。
 お姫様ははっとして、つぶやきました。
 「アキラ……?」
 そうです。黒影のアキラが火を持っているのでした。お姫様にアキラの姿は見えていません。けれどもお姫様はそれをアキラと察し、そう察するやお姫様はそれをアキラと信じました。
 お姫様はとっさにお部屋を振り返りますと、大急ぎにテーブルの燭台をつかみました。そして、あけはなした窓から身を乗り出すようにその燭台をかざして、消えずに残っていたろうそくの火を示しました。
 ふたつの小さな火は、しばしそこにともっていました。
 お姫様は手に持った燭台を、左右に一度、ゆっくりと振ってみました。
 するともうひとつの火もまったく同じ動きをして、左右に一度、ゆっくりと振れました。まるで何かの合図を送り合うようです。
 けれどアキラは、燭台をかざしている人物がお姫様であることを、果たして分かっているのでしょうか。アキラはお姫様に示すつもりで、灯りを振ったのでしょうか。
 きっとそうにちがいないと、お姫様は思いました。
 アキラは王宮殿のどこにお姫様のお部屋があるのか、幼いころから知っています。そしてアキラの家は、王宮殿の敷地のなかにあります。
 ですからアキラは、もしかして、お姫様が毎晩決まった時刻にお部屋の窓辺に立ち、そこから夜空を見上げていることを、知っていたのではないでしょうか。だから、たとえお姫様のお部屋が暗くとも、きっと今時分、窓辺にはお姫様が立っていることだろうと予想して、ああして灯りをともしているのではないでしょうか。
 アキラの火が、今度は左右にゆっくりと振れました。
 お姫様はすぐに同じ動きをしてみせました。月夜に映る、ふたつの火です。
 けれどアキラは、なぜこうして灯りをともし、それをお姫様に示しているのでしょう。
 あの灯りには、何の意味があるのでしょう。何のための灯りなのでしょう。
 お姫様は燭台をかざしながら一生懸命、考えました。けれども分かりません。けれどもアキラは灯りをともしています。そしてお姫様の灯りに、応えています。
 お姫様の胸は、アキラの名を叫びたい気持ちでいっぱいになりました。大きな声でアキラを呼び、何か言葉を交わしたい気持ちでいっぱいになったのです。
 けれどそれは、できません。お部屋のドアの外には大勢の見張りがいます。彼らにこのことを気づかれてはなりません。王国のはみ出し者のアキラとお姫様がかかわりを持ったと知れたら、おとがめを受けるのはまちがいなくお姫様ではなくアキラでしょう。お姫様はアキラへ近づいてはならず、またアキラもお姫様に近づいてはならないのです。カッラーラを経て身体が変わり、大人になり、何もかもが一緒に遊んだあのころとはちがってしまっているのです。
 アキラの火は、それからもう一度ゆっくり左右に振れたかと思うと、ふっと消えました。
 お姫様も、ろうそくの火を吹き消しました。
 それからしばらくのあいだお姫様は窓辺にとどまり、青銀の月あかりのもと、アキラの火がともっていたところを見つめておりました。なぜとなく、アキラはまだそこにいるような気持ちがしたのです。
 その夜、お姫様はほとんど眠れませんでした。ベッドに身を横たえても、窓の外へと意識が移ろい、瞳は次第に西へとかたむいてゆく月を追うのでした。
 赤の王国が、真紅の旗をいくつもはためかせて白の王国へと進軍してきたのは、ちょうどその日の明け方のことでした。
 戦いが始まったのです。



 白亜の町のあちこちから、白煙が上っています。
 降参のしるしではありません。炊事の煙でもありません。
 白の王国においては、次のいくさへと向けた準備の期間に入ったことを示しています。
 赤の王国の兵たちは皆、力自慢の強者でした。彼らの肌の色は真っ赤で、髪毛も眉も瞳も、頭のてっぺんからつま先までを毒々しいほどの真紅にし、手に手に赤い剣やこん棒や槍を持ち、赤い盾で身を守り、赤茶色の馬で駆けまわります。どの兵も、赤い筋肉を盛り上がらせた、疲れを知らぬ男たちです。
 白の王国の人々は、そんな彼らを目の当たりにし、彼らを赤鬼の姿にたとえて嫌悪しました。あるいは人の言葉を解さない、野蛮なけものを相手にしているかのような気持ちで彼らに対しました。
 夏の盛りの戦いは、白の王国の人々を苦しめました。戦い好きの赤の王国とちがい、白の王国の人々はいくさに慣れていませんでしたから、その苦しみは人々が想像したよりはるかに大きなものだったのです。
 うだるような炎天や、突然の雷雨にもかまわず、赤の王国の兵たちは気の向くまま、まるであざ笑うかのごとく、白の王国の兵たちを次々と真っ赤に染めてゆきました。自分たちの色に染めてゆくことで、赤の王国の強さを見せつけようとしたのです。白より赤がすぐれていると、分からせようとしたのです。
 白の王国の兵たちの姿は、赤の王国の兵たちに、たとえ彼らがどこへ隠れようとも一目瞭然でした。彼らの身体は白大理石ですから、どこへいてもきらきらと真っ白に輝き、陽光があればそれを一身に集めて、敵の目にその位置を知らしてしまうのです。
 白の王国の兵たちの身体は、剣をまじえるたび赤く変わってゆきました。白い肌を赤く染めるのはたやすいことです。白壁に、赤い絵の具を塗りたくるのと同じことです。赤の王国の兵たちは早々の勝利を確信して、白の王国の大地を駆けめぐり、暴れまわりました。非情にも、白い布は切り裂かれ、燃やされ、赤々とした炎に包まれてゆきました。
 せっかくの白大理石の身体を真紅に変えられた白の王国の人々は、落胆し、かなしみ、悔しがりました。そして燃えさかる白布を見つめ、王国が赤色に侵略されるのもそう遠からぬ未来だろうと、嘆きの声を上げました。その声は争いをひとつ終えるごとに、増えてゆきました。
 けれどふしぎなことに、これほどの力の差があってなお、二国の決着はなかなかつきませんでした。これは前線にいる赤の王国の兵たちはもちろん、彼らを送り出した君主にも、第三王子にとっても意外なことでした。そしていつしか赤の王国の兵たちのあいだに、奇妙なうわさが広まるようになりました。
 それはこんなうわさでした。
 「妙だぞ。どうも敵兵のなかに、黒い影のような奴がいるらしい」
 「それは妙だ。この国の大人は皆、やたらに目立つ白大理石の身体をしているはずだが」
 「いやいや、ひとりだけ真っ黒の奴がいるらしい。これは予定外だぞ。全身が影のように黒いせいで、そいつのことばかりは容易に見つけられないのだ。さらにはそいつは非常に剣に長けているとみえて、影のように急にどこからかやってきては、こちらの気づかぬ間に去ってゆく。あとにはわが軍の兵が大勢、倒れている」
 「白の王国に、なぜ黒い奴がいるのだ。そいつはだれだ。……」
 一方、白の王国の兵たちは、彼らのうわさ話を耳にすると、味方同士で互いに目を見交わせました。そしてこんなささやき合いをしました。
 「黒い影のような奴というのは、やはりあいつのことだろうか?」
 「そうだ。きっとあいつだ。あの黒影のアキラだ」
 「この白の王国で、カッラーラによって全身を黒くさせているのは、アキラしかいない。……」
 赤の王国の兵たちが取り交わすうわさと、白の王国の兵たちのこうしたささやき合いは、戦いが長引くにつれてどんどんと広まり、やがて大きくなってゆきました。
 風のように現れ、風のように去ってゆく黒影の男がいる……。
 そしてそれは確かに、あのアキラのことだったのです。
 季節はふたたび秋へ、それから冬へとめぐってゆきました。
 初夏に火ぶたを切られた戦いは、幾度かの大規模な争いを経てなお、終わる気配がありませんでした。どちらもゆずりませんが、どちらの兵たちも疲れてゆきます。心と身体の力を、徐々にそがれてゆきます。日が経つごとに、まるで王国全体がすり切れ、弱っていくようです。
 大人に笑顔はありません。子供は戸惑っています。赤の王国と白の王国の戦いは、さまざまな戦争のかたちがあるなかでももっともどろどろとした、先の見えない、耐えがたいものとなっていたのでした。
 けれども白の王国は、たとえどれほど戦いが長引こうとも、降伏するわけにはゆきませんでした。なぜならあきらめて降伏してしまえば、それは王宮殿にいらっしゃるお姫様を、赤の王国の第三王子に渡してしまうことになるからです。そうなってしまえば、お姫様は二度と白の王国へ戻ってはこられなくなります。
 王様にとってもおきさき様にとっても、それだけは絶対に許してはならぬことでした。おふたりのお覚悟はどこまでもかたく、それはたとえ王国じゅうが赤く染めあげられようとも揺るがない、ふた粒のダイヤモンドのようでした。
 ですから人々は、戦いました。白大理石の身にいくつもの赤いしみを作って、戦いました。
 そしてその数々の戦いのなかで、あの黒影のアキラはひときわの異彩を放っていました。敵も味方も関係なしに、彼は戦場の兵たちをあっとおどろかせていったのです。白の王国軍が赤の王国軍にあっさり負けてしまわなかったのは、じつはこのアキラの力によるところがとても大きかったのです。
 赤の王国の兵たちは、アキラを恐れるようになりました。
 彼らは叫ぶのです。
 「あの黒影はどこだ。どこへ消えた」
 「姿が見えないぞ。まるで灰色の馬だけが駆けているようだ」
 「皆、気をつけろ。奴の身体は赤にならない。あいつは白にも赤にもならない。……真っ黒なのだ!」
 そして彼らがそう叫んでいるうちに、アキラは飛ぶように彼らの背後へと近づき、剣をひとふり、ふたふりするのです。すると彼らはいっせいに倒れてゆくのです。その場に居合わせた兵たちは、その光景をぽかんと見つめるばかりです。あまりの早業に、そしてあまりの静けさに、何が起こったのかさえ分からずただおどろいているのです。
 アキラの身体はやわらかく、羽根のように軽く、だれもつかまえることができません。
 アキラの身体は漆黒です。敵は彼を赤色に染めようとするのですが、染まりません。白とちがって、黒は赤を打ち消してしまうのです。染めたように思っても、失敗しています。赤にならないのです。
 赤の王国の兵たちはこれを恐れました。彼らにとって、赤より強い色はこの世界にないはずです。にもかかわらず、その色はアキラの黒い身体に吸いこまれ、消えてしまうのです。そして黒だけ残るのです。
 「恐ろしい。なんということだ、恐ろしい」
 「黒影のアキラに近づくな。黒に変えられてしまうぞ」
 「それにしても妙だ。なぜあいつの身体だけ黒いのだ。あいつは白の王国の者ではないのか?」
 赤の王国の兵たちは、アキラの存在に頭を悩ませました。どうしたらよいか分からず、困ってしまいました。
 けれども一方で、アキラの味方であるはずの白の王国の兵たちもまた、困惑に顔を見合わせておりました。
 なぜならアキラは王国のはみ出し者です。黒という醜い色をしているせいで、皆に避けられ、嫌われています。さらには不敬の罪で、王国の大教会にさえ出入りを許されていません。
 しかしそのアキラが今、敵が恐れをなすほどのすばらしい活躍を見せているのです。そしてその活躍によって王国は支えられているのです。敵の侵略をかろうじてのがれているのです。これは白の王国の兵たちにも、信じられないことでした。
 けれども、兵たちのそうした恐れや困惑をよそに、アキラはひとり淡々と戦ってゆきました。夏の日差しにも秋の夜長にも、冬の始まりを告げる冷たい木枯らしにも、アキラの身体は影となって揺れています。
 アキラはむずかしいパズルを解くように、よく考えて作戦を練っているようでした。どのように自分が動けば敵をおどろかせることができるのか、あるいは味方を逃がすことができるのかをいつも考えて、馬を駆けさせているようでした。
 騎兵隊の騎兵たちは、はじめのうちアキラのこうした行動に目を向けませんでした。彼らはアキラを仲間と思わず、自分たちだけで馬を駆けさせ戦っていました。アキラを気にかける騎兵はそのころ、ひとりもいませんでした。しかしアキラの作戦が思いのほかたくみなものであることに気づきますと、彼らはアキラを仲間外れにしてはおかれなくなりました。王国の行く末がかかっているのです。負けるわけにはゆかないのです。
 騎兵たちはアキラを遠巻きにしながらも、アキラの動きに合わせ、やがて彼の作戦を後押しするようになってゆきました。同じ隊の一員として、アキラに協力するようになったのです。すると、ばらばらだった力がまとまって、これまでにない戦い方ができるようになったのです。
 これを見たほかの兵たちも、次第にアキラを頼るようになりました。アキラの身体が黒いことを理由に彼を見下したり、彼を悪く言ったりする兵の数は少しずつ減ってゆきました。それどころか、彼らは自分たちの戦いに行きづまると、戦場にアキラを捜して話しかけ、話を聞くようになりました。そしてアキラを聞く兵の数が増えると、ついにはアキラに、意見を求めるようにもなっていったのです。
 こうして、二国の力はきっ抗してゆきました。そして争いはますます、激しくなってゆきました。どちらの国の兵たちも必死です。赤か白かという、名誉をかけた戦争なのです。
 いつの間にか、季節はすっかり冬でした。
 決着がつかぬまま、戦場となった白の王国には真冬の景色が広がっていました。
 幾度目かの休戦を迎えた王国の町々から、そのことを知らせる白煙が細く長く上がっています。
 雪をかぶった山脈は、古来より世界じゅうの芸術家をとりこにしてきた、あのカッラーラ大理石のように白く輝いていました。白の王国の人々もまた、古くからカッラーラ大理石に憧れ、ちょうどそれとそっくりの白大理石へと自らの身体が変わってゆくことに、誇りとよろこびを感じてきたのでした。
 けれども今、そのカッラーラ大理石のように白い山々を、穏やかな気持ちで眺めている人はいません。また冬の夜空にまたたく金銀の星々を、安心して観察する人もいません。
 平和は破られてしまいました。日常は崩れ去り、まるで暗い穴のなかを、人々は見えない底へと向かって落ち続けているようです。
 夕刻でした。立ちのぼる休戦のしるしの白煙を、王宮殿のお姫様は深いかなしみとともに見つめておりました。
 数日前、王様は赤の王国の君主から手紙を一通、受け取られていました。内容は短く、こうありました。
 「待てど暮らせどつかぬ決着、貴国の意地っぱりには我はほとほとうんざりした。すみやかに降伏されたし」
 王様は一読されるなり、血の気のうしなわれてしまったお顔をゆがめ、手紙をその場に握りつぶしてしまわれました。おきさき様はしばらく以前からお身体がすぐれず、床に伏しておられました。長引く戦争にご心労をつのらせ、ついに倒れてしまわれたのです。
 王様が君主からの手紙を握りつぶしてしまわれたとき、お姫様はそのおそばにおりました。そして手紙の内容をご覧になるなり、身を切られたかのようなお顔をされました。そして王様のほうをうかがわれますと、
 「お父様。もうおやめになされたら。お手紙にあるとおりに降伏なさって、私を……」
 と言われかけましたが、王様はお姫様を目顔でさえぎられました。きっとお姫様を見据えられますと、きっぱりおっしゃいました。
 「降伏はせぬ」
 「お父様……。ですが」
 「必ずや勝つのだ。姫よ、お前は部屋にいなさい。赤の奴らはしびれを切らしている。かくなるうえはお前だけでもと、強引な手段に出てくるとも限らぬ。よいな、我々はこの戦いに勝つまで、戦い続けなくてはならぬのだ。勝たなくてはならぬのだ」
 王様はそれきり黙りこんでしまわれました。ですからお姫様は、そのお言葉どおりお部屋へ下がるよりほか仕方がありませんでした。
 お部屋の窓辺から、遠く夕暮れの町々を、お姫様は飽かず見つめておりました。このごろでは瘦せてしまわれて、両の瞳にはかげりが濃く、冷たい寒さに腕をさすると、今にももろく壊れてしまいそうです。白い肌に亀裂が入って、割れてしまいそうです。
 優しかった王様は、人が変わったようになってしまわれました。おきさき様は病に伏され、床から起き上がれなくなってしまわれました。
 休戦の白煙は、疲れきっているように見えます。人々のかなしみを象徴しているかのようです。
 この戦争によって、これまでに何人の兵が真紅に染められてしまったでしょう。何枚の布が破り捨てられ、燃やされてしまったでしょう。
 一体、何のための戦争なのでしょうか。何のために人々は、お互いをお互いの色で染め合い、苦しめ合っているのでしょうか。白と赤、どちらがよりすぐれているかということが、赤の王国の君主には、白の王国の王様には、そして人々にはそんなに大切なことなのでしょうか。
 農作物は枯れてゆきます。動物たちは逃げてゆきます。子供たちは泣いています。季節の移ろいを感じることもできません。あの白煙は、楽しい食事の用意をととのえている煙ではありません。じきに始まる、次の争いを待っている煙です。真紅の傷をいやしながら、また新たな傷ができるのを、兵たちが待っている煙です。
 けれどもこれほどの犠牲を払ったあとで、王国には一体、何が残るのでしょう?
 お姫様は身震いをして、涙ぐみました。そして、もう幾度も思ったことをまた、頭に浮かべました。それはお姫様が数日前、王様へ言いかけ、けれどもさえぎられてしまったことでした。
 ……お父様は、私を赤の王国へ渡されたらいいのだわ。私が望んで赤の王国の第三王子のお嫁になりさえすれば、この無益な争いも終わるのだわ。……そうよ、私が……。
 深く思いつめられたお姫様の両手は、胸の前でかたくかたく握り合わされておりました。そしてこれまで戦場で耐えてきた兵たちや、かなしんできたその家族たちや、ほったらかしの農場や牧場や果樹園のことを、何度も何度も心に思うのでした。
 お姫様は涙にうるおっていた瞳を閉じますと、すぐにあけ、じっと白煙を見つめました。
 太陽が沈んでゆきます。ふたたび夜がやってきます。真冬の、こごえるような夜です。満天の星空も澄みわたる月あかりも、今のお姫様の心をなぐさめてはくれません。
 暖炉の火は消えていました。お付きの女性が置いていった熱々のミルクは、手つかずのまますっかりさめています。
 広いお部屋にひとりきり、お姫様はベッドに身を横たえましたが、日々のかなしみと不安から、きょうもぐっすり眠れないことを十分に分かっておりました。身体は重たく、頭の奥まで疲れているのに、眠れないのです。
 マントルピースの置時計の銀色の針が、一定の速度で進んでいます。時が刻まれています。けれどもそうしてあすがやってきても、王国の人々にはきょうと同じ、暗い一日が過ぎてゆくだけでしょう。たとえ王国の大地に明るい朝日が下りようとも、人々の心は暗いままでしょう。そうとしかお姫様には思えないのです。
 寝つかれず、まどろんでは目覚めるというのを繰り返していました。そのあいだ、どれくらいの時が経ったでしょうか。お姫様の目がふとあきますと、闇のどん底でうずくまっているように、王宮殿は静けさに包まれています。
 お姫様はベッドのなかでそっと寝返りをうちました。かすかなため息をつきました。そして起き上がり、立って窓辺へゆきました。
 雪がちらついています。ちょうど降り始めたばかりのようです。
 置時計は、午前2時を少し回ったところを示しておりました。お姫様は窓をあけました。
 真っ白の粉雪です。音もなく、しんしんと降り落ちています。それは春の花びらにも似て、すぐと散り溶けてしまいそうに、はかなげです。あけはなった窓からするりと入りこんだ真夜中の風が、お姫様の白い化粧着のすそを遊ぶように揺らしていきます。
 ……ああ。私もこの雪に混じって、夜明けが来る前に溶けてしまえたらいいのに……。
 お姫様は思いますと、いてつく寒さに身を任せました。そうすれば、ほんとうに舞い散る雪のひとかけらとなれそうな気持ちがしたのです。風にさらされ、お姫様の身体はまたたく間に、芯からつめたくなってゆきます。
 お姫様は雪を見つめました。そのあいだ、またいくらかの時が経ったようでした。
 やがて銀色の針が、午前3時に近くなりました。
 そのときです。ふいに王宮殿のどこかから、闇夜をつんざく叫び声が聞こえました。お姫様ははっと我に返って、お部屋を振り返りました。
 叫び声はひとつにとどまらず、さざ波のように広がってゆきます。喉を振りしぼる女性たちの声。いくつもいくつも、立て続けに上がっています。
 次いで、馬のいななき。幾重にも重なるひづめの音。だれのものとも知れない男たちの大声。とても乱暴な、お姫様には聞き取れない言葉で何事か叫んでいます。それらはどうやら、赤の王国の言葉です。
 ドアの前の廊下が、にわかにさわがしくなりました。見張りの臣下たちです。彼らの大声が聞こえます。
 「夜襲だ! 赤だ!」
 「休戦を破って、王宮殿を攻めるとは」
 「赤め、きたないぞ。なんという卑劣な奴らだ」
 彼らは口々に叫びながら廊下を駆けてゆきます。
 「姫様!」
 臣下たちによって、ドアがいきおいよくあけられました。そして彼らはお部屋を見回し、おどろいた顔をしました。ベッドで休んでおられるとばかり思っていたお姫様が、ガウンもはおらず薄い化粧着一枚のお姿で、あけはなった窓辺に立ちすくまれていたからです。
 王宮殿のなかはたちまち、上を下への大騒ぎとなりました。人々の叫び声、何かを突き破る音、物が壊れる音、武器が合わさる音、そしてけたたましい靴音でそこらじゅうが満ちています。
 赤の王国が、王宮殿に夜襲をかけたのです。王様がおっしゃったとおり、赤の王国の君主は長引く戦争にしびれを切らし、休戦を破って強引な手段に打って出たのです。そして町ではなく王宮殿を攻めているということは、その狙いはただひとつしか考えられません。
 騒ぎに交じって、王宮殿の人々に問いただす怒声が響いています。白の王国の言葉が使われていますが、なまりの目立つそのするどい声は、次第に近づいてくるようです。
 「姫の部屋はどこにある」
 「この王国の姫を出せ」
 「ちくしょうめ、どこにいやがる」
 お姫様の肩は恐怖にこわばりました。普段お姫様が耳にすることのない、男たちの荒くれ声なのです。恥も外聞もないような、激しい物言いなのです。
 見張りの臣下たちは廊下を埋めつくし、ずらりと並んでドアの前に立ちふさがりました。ひづめの音がどんどん近づいてきます。赤の王国の騎兵たちです。お姫様を連れ去るため、おそらくは特別に選び抜かれた一団でしょう。そんな強者たちが、王宮殿のなかを、こちらへ向かって一散に押し寄せてくるのです。
 お姫様は化粧着の乱れをととのえました。その上に白のガウンをはおりますと、落ち着いて深呼吸をしました。そして今生の別れを告げるつもりで、幼いころから慣れ親しんだお部屋を見回しました。
 覚悟を決められていたのです。
 「貴様ら、そこをどけ。姫を頂戴する!」
 赤の王国の騎兵、そのうちのひとりが宣言しました。一団の大将と思われる騎兵です。
 広い廊下で、見張りの臣下と赤の騎兵との大激突が起きました。すさまじいぶつかり合いです。あろうことか王宮殿が戦場と化しています。だれも止められません。
 お姫様の目に、ドアの向こうの巨大な真紅の身体と、赤茶の毛並みをした立派な馬が映りました。
 お姫様の視界は一瞬、暗くなりました。恐怖のあまり気が遠のいたのです。けれどもなんとか窓辺に身を支え、お姫様は真っすぐ前を見据えています。真紅に染められていく臣下たちの、床へと倒れてゆく鈍い音がいくつも聞こえています。倒れた彼らを蹴散らすように、騎兵を乗せた赤茶の馬が廊下を突進してきます。
 お部屋はたちまち、侵入してきた赤の騎兵でいっぱいになってしまいました。なかでもいっとう真っ赤な髪毛をした、筋骨たくましい騎兵が、ぎょろりと光る赤い目をお姫様へと向けました。
 一団の大将でした。前へ進み出ますと、馬上から尋ねました。
 「この王国の姫君とは、そなたか」
 「そうよ」
 お姫様は答えました。こみ上げる震えを隠し、気丈に叫びました。
 「連れてゆきなさい。私は逃げも隠れもしないわ」
 大将はにやりと笑いました。臣下たちが、ドアの向こうから力なくお姫様を呼んでいます。
 大将はお姫様を軽々とかかえ上げてしまいますと、ほかの騎兵に目配せをして、撤収の合図を送りました。お姫様は力ずくに馬に乗せられ、大将の腕にがっしりとつかまれて身動きがとれません。赤茶の馬たちはお部屋を荒らしまわりながら、次々と廊下へ飛び出してゆきます。
 あっという間の出来事でした。お姫様を乗せた大将の馬は、目もくらむスピードで流星のように廊下を駆けてゆきます。すぐあとにほかの騎兵が続きます。彼らは列をなして王宮殿をさっそうと走りぬけながら、くいとめようとする臣下たちは出会いがしらに蹴倒して真紅に染め、問答無用に先を急ぎます。
 どこからか、王様の絶叫が聞こえました。
 「姫よ!」
 悲痛の叫びでした。けれどもお姫様は顔を上げることさえできません。大将の真っ赤な腕や指が、身に深く刺さるようです。
 「残念だが、そなたの負けだ。赤よりすばらしい色はない」
 お姫様の耳もとで、大将が言いました。白の王国は、お姫様が連れ去られることによって負けるのです。白の敗北は赤の勝利であり、その勝利は赤が白よりすぐれているということの、あかしでもあるのです。
 お姫様は心のなかで、さようならと別れを告げました。
 さようならと別れを、王様やおきさき様へ。王宮殿の人々、町の人々、白の王国のすべての人々へ。
 なかでも自分のため戦ってくれた臣下や、お世話をしてくれた女性たち。王宮殿のすべての白馬と、植物と動物と、そして……そして……。
 お姫様は、泣きたくなりました。なぜ泣きたいのか、じつはお姫様の心には、最後にたった一度だけでも言葉を交わしたかった人があったのです。その人を思うと、お姫様は今、無性に泣きたくなるのです。
 けれどもそれをこらえ、お姫様は運命を受け入れようとしています。何もかもが、もう二度と戻らない過去です。
 外はまだ雪が降っていました。
 王宮殿のあちこちに灯りがともっています。その灯りに照らされお庭はあわく明るんでいますが、四方は深夜の暗闇です。
 いつの間にか、お庭には一台の馬車が現れていました。ほんのり雪をかぶった真紅の馬車です。赤の王国からやってきた馬車にちがいありません。お姫様を誘拐した赤の騎兵たちは、どうやらあれにお姫様を押しこめ、連れ去るつもりのようです。
 彼らはその馬車があるほうへと向かって馬を駆けさせましたが、とたんにあたりの暗闇から、口々に何か物を言う男たちの声が聞こえたかと思いますと、彼らのゆくてを八方からはばみました。
 白の王国の騎兵たちです。小隊ではなく大勢で駆けつけています。王宮殿の異変に気づいたのでしょうか。皆めいめいの白馬に乗り、純白の剣や盾を持って、取りかこんだ赤の騎兵たちをにらみつけています。
 お姫様をかかえた赤の大将は、きたない言葉とともに舌打ちをしました。馬を止め敵をひとわたり見回しますと、手にした赤い剣を夜空へと突き上げにやりと笑いました。そして雄たけびにも似た野太い声でひと言、合図を送るやいなや、王宮殿の雪降るお庭の真ん中で、赤の騎兵と白の騎兵の凄絶な戦いが始まったのです。
 森から鳥たちが飛び去ってゆきます。ばさばさと木々の梢を鳴らしてゆきます。
 ほうぼうで一騎打ちが始まっていました。あるいは複数で対峙し、騒然と入り乱れています。
 高台の下の町々も、さわがしくなってきました。王宮殿の動揺が、そちらのほうにも広がっているのです。
 お姫様は、騎兵たちのうめきや息づかいに交じって王様が叫ぶのをまた、耳にしたような気がしましたが、何を叫んでいるのか聞き取れません。目をあけているのが精一杯なのです。けれども視界に映るのは雪と、がくがくと揺れる王宮殿の灯りと、赤か白かも分からない騎兵を乗せた馬たちばかりです。
 寒さと痛みに、お姫様は我を忘れてしまいそうでした。降り落ちる雪が肌にしみるのです。風は氷のようにつめたく、知らない馬に無理やり乗せられていますから身にうまく力が入らず、腕も足もちぎれそうなのです。
 赤の大将はお姫様をかかえたまま馬をあやつり、白の騎兵をなぎ倒してゆきます。赤い長剣です。舞うように動いて、ほかの騎兵とは別格の強さを見せつけています。
 お姫様は声も立てられずに、身を震わせておりました。気丈に振る舞おうとしても、やはり怖いのです。恐ろしいのです。そして不安でかなしくて、たまらないのです。
 なぜ、こんなことになってしまったのでしょう?
 ぶつかり合いは激しさをきわめているようです。赤の一団が押しているように見えますが、白の騎兵も負けていません。彼らのほうが数が多く、そして個々の強さは劣るかもしれませんが、ふしぎとあざやかな連携を取って互角に戦っているのです。
 熾烈な光景が広がっています。お姫様は馬上で何度も失神しかけては、かろうじて自らを保っています。
 そのうち赤の大将が、乱闘の中心からさっと抜け出しました。待てと叫んで追ってくる白の騎士たちを仲間に任せ、お姫様をつかんだ大将は真紅の馬車めがけて一騎で駆けてゆきます。背後で新たに始まった打ち合いに参戦するべく、赤白の騎兵たちが一斉に馬を走らせています。芝生や花壇はあちこち踏み荒らされ、噴水は壊され、お庭は見るもむざんな姿となり果てています。
 雪が舞っています。風がやや強まっているようです。馬車が近づいています。恐ろしく赤い、立派な馬車です。
 大将はお姫様をかつぎ上げ、またたく間に馬車のそばまで行きますと、あけられた扉のなかへとお姫様を乱暴に押しこもうとします。御者がそれを手助けしようと両腕を伸ばします。
 お姫様はぐったりと目を閉じていました。意識がもうろうとしているのです。
 大将が御者へ叫びました。
 「連れてゆけ!」
 お姫様の瘦せた身体が馬車へかつぎこまれようとしています。早く出発したいのか、馬車につながれた赤茶の馬たちは鼻息を荒くしています。
 そのときでした。
 突然、お姫様の身体がふわりと宙へ浮きました。
 つかんだはずのお姫様が腕から消え、御者はおどろいて目を上げました。
 大将はつかの間、何が起きたのか分からないという顔をしました。
 宙へ浮いたお姫様は、雪にまぎれていなくなりました。が、我に返った大将がすぐとあたりを見回しますと、馬車をやや離れたところに、お姫様はひとりでうずくまっています。
 何が起きたのでしょう。
 お姫様は小さく息をしていました。やっとのことで目をひらき、呼吸をととのえようと、肩はわずかに上下しています。けれど自分の身に何が起きたのか、お姫様にも分かっていません。ひとりでに宙に浮いたようにも、だれかに抱きかかえられたようにも思えるのです。
 すると、お姫様の耳に声がしました。それはお姫様のすぐそばで聞こえました。
 落ち着き払った、男の人の声でした。
 「姫様。お待ちください」
 お姫様は顔を上げました。あっ……と言葉が出るより先に、しかしその声は消えています。人の姿も気配もありません。
 けれどもお姫様には、今の声に聞き覚えがありました。少し低まっていましたけれど、お姫様には確かに覚えがあったのです。
 お姫様はもう目を閉じませんでした。立ち上がることはできませんでしたが気力を奮いたたせ、胸に手を当てあたりを見つめます。
 揺らめく影がありました。人の形をした黒い影が、白でもなく赤茶でもなく、グレーの馬に乗っています。
 そうです。舞い散る雪を透かして、その影が戦っているのでした。白の王国にただひとり、黒影の騎兵です。
 影は暗がりにその身を溶かしながら、漆黒の剣をふります。赤の騎兵の剣をひらりとかわし、ふいに闇のなかにまぎれたかと思いますとまた現れ、そして現れたときにはすでに相手は落馬しています。主人をうしなった赤茶の馬が、一頭、二頭、三頭、うろたえたように汗を飛ばして四方へ逃げてゆきます。
 だれかが叫びました。
 「アキラ!」
 叫んだのは白の騎兵のだれかだったようです。アキラはふっとそちらへ反応し、味方を助け、彼らと何事か言い交わしたあとお姫様のほうをちらと見ました。そしてこのときお姫様へと迫っていた大将と、その仲間の騎兵たちのもとへと自身の馬を疾駆させてゆきます。
 グレーのたてがみが銀線のようです。まるで馬だけが駆けているようです。
 赤の騎兵たちは、自分たちの言葉で白の騎兵と白の王国とを口ぎたなくののしりながら、ふたたびお姫様を捕らえようとしています。お姫様の周りを取りかこみますと、すぐさま距離をせばめてゆきます。
 お姫様は逃げられません。立ち上がれないのです。足に力が入らず、手はかじかみ、肩は小刻みに震えています。
 大将がその太い腕を伸ばしました。つかまれそうになり、お姫様はかすれた悲鳴を上げました。
 「もうやめて……!」
 するとお姫様を囲んでいた輪が乱れました。何人かが落馬しています。赤の騎兵です。
 輪を破ったのは駆けつけたアキラでした。ざわめく馬たちのひづめの振動が、王宮殿を、お庭を、王国を揺るがしています。屈強の赤い男たちが、お姫様の間近に倒れてゆきます。
 お姫様は何がどうなっているのか、何も分からなくなってしまいました。白と赤の区別もつきません。その代わりただぼんやりと、漆黒の影が真紅の大将と対峙しているさまを見つめていました。そして、ふたりが一瞬の隙を待つ、その周囲で続く二色のあざやかな打ち合いと、影の揺らめき、大将の反撃を見つめていました。
 夢のような、けれども真実の死闘です。幾度も刃が重なっては離れています。
 黒影がまた揺れました。その刹那、大将の剣をかわしたようにも、刺しぬかれたようにも映りました。
 どちらかの馬が前脚を高く上げ、いななきました。
 どちらの馬だったのでしょう。グレーでしょうか、赤茶でしょうか。
 雪にかき消されて見えなかったのか、それとも視界がぐらつくのか。めまいでしょうか? お姫様にはそれも分かりません。かじかむ両手は痛いほど握りしめられていましたが、その痛いという感覚さえ今はあいまいです。
 一分が一時間にも感じられます。短いようで長い、長いようで短い時がお庭に流れました。
 戦いの音が、耳の遠くに聞こえるようです。
 お姫様が気づいたとき、雪はやんでいました。それなのに、ふしぎです。やわらかく身に降りかかるものがあります。
 雨でした。とても細かい、霧雨のような雨。
 夜明けの光が近づいているのかもしれません。だから、雪が雨へと変わったのかもしれません。
 お姫様のはおっていた白のガウンは土と泥によごれ、そして濡れていました。
 顔を上げてお姫様が見回しますと、傷ついた騎兵たちであたりはいっぱいです。倒れている者、立っていますがふらついている者、武器を手に座りこんでいる者、馬上でどうにか身を支えている者……皆お姫様と同様、雨を受けています。
 周囲の闇が、少しずつ濃紺へと変わっていくようです。絵本に描かれる夜空の色にも似ています。
 お庭はぼろぼろでした。ひどいありさまです。
 嵐のあとのようだと、お姫様は頭のすみで思いました。
 そのとき、グレーの馬がどこからか現れてきました。力強くひづめを鳴らし、ゆっくりと歩いてきます。
 お姫様にはその馬の動きが、なぜだかスローモーションを見ているように映りました。とてもゆっくりなのです。のびやかで、まるでまだまだ力がありあまっているようなのです。
 今このとき、皆がその馬の乗り手に注目しているようでした。人の形をした黒影の騎兵。
 白の王国の、異端の男です。
 アキラは馬上からあたりを見回し、そして叫びました。
 「わが国の姫は渡さない!」
 その宣言は天高く響きわたり、お姫様の身内を震わせました。同時に、はっと息をのむいくつもの音が、二国の騎兵たちの喉から流れ出ました。
 お姫様は、アキラがこのような大声を上げたのを、生まれてはじめて耳にしました。そしてそれはお姫様だけでなく、ほかの騎兵たちにとってもそうでした。
 アキラの大きな声を、白の王国の人々はだれも聞いたことがなかったのです。傷が浅く、顔を上げることができている白の騎兵たちは、真剣な表情でアキラを見つめています。かたずをのんで見守っています。
 皆、微動だにしませんでした。時が止まったかのようです。皆がそれぞれの体勢のまま、彫像と化してその場に留められているのです。
 静寂がおとずれています。霧雨は雪と同じ、沈黙して降っています。あれほどすさまじかった戦いの音がすべて嘘のようです。
 アキラは赤の大将を見据え、次にその仲間たちを見据えました。ふたたび叫びました。
 「異存ある者は剣を向けろ。さもなくば去れ。戦いは終わりだ」
 大将は腕と胸を負傷しているようでした。痛むのでしょう、上体が前のめりになっています。
 大将は黙っていましたが、ややあって馬上から利き手ではないほうの腕を上げ、何か合図をしました。
 それきりでした。赤の騎兵たちは無言にうなずきますと、傷ついた身体をかばいながらお庭を駆け去ってゆきます。馬車も急ぐようです。御者台に飛び乗った御者が、馬の背にえいとむちをくれるや、その真紅は騎兵たちに交じってまたたく間に遠ざかっていきます。
 大将は一騎残って、アキラをぎろりとにらみました。アキラも見つめ返します。
 けれど大将は、何も言いませんでした。ぱっと背を向けるなり、負傷しているとは思えぬ速度で一気に駆けてゆきます。まもなく先を行く仲間たちへ追いつき、追い越してゆきます。
 赤の一団が消えてゆきます。あとには、彼らの姿を神妙に見送る白の騎兵たちと、お姫様が残されるばかりでした。
 しんとした静けさが広がっていました。だれも言葉を発しません。
 残された者は皆、少し茫然としているようでした。一団が去って気抜けがしたのかもしれません。緊張の糸がゆるんだのかもしれません。
 数刻して、ひとり、ふたりと、はっと気のついた者があわただしく腰を上げ、負傷した仲間の具合を見ようとあちこちに駆け寄り始めてようやく、金縛りがほどけるように、彼らの静寂もまた破られたのでした。
 お姫様は、のろりと自分の両手を見下ろしました。
 白いてのひら。
 生きています。生きて、まだここにいます。
 お姫様は助けられたのです。けれどあと少しであの真紅の馬車に閉じこめられ、連れ去られるところだったのです。覚悟を決めていたとはいえ、それが現実となったときのことを思うと、お姫様は今さらのようにおびえてしまうのです。強がってみても、ほんとうは怖いのです。
 けれど怖いとは言えません。怖くとも、泣きたくとも、少女を卒業した一国の姫はいつも気丈でいなくてはならないのです。そしてお姫様は王国のために、そうありたいと思っていたのです。
 ふとお姫様の前に、近づく者がありました。
 霧雨のなかを、お姫様は顔を上げました。
 すらりとした黒影が、人の形をなして、すぐ目の前に立っていました。
 影はお姫様へと、ひざまずきました。最大の敬意を示す、ていねいな所作です。七つだったあのころ、魔法の世界のおままごとをして遊んだときのようです。
 お姫様はつぶやきました。
 「アキラ……」
 「姫様」
 アキラが答えました。
 お姫様は声が震えそうになるのをこらえました。アキラを近くに見つめ、やおら尋ねました。
 「アキラ。怪我をしているのね。きっと血が出ているのでしょう? だから濡れているのでしょう?」
 アキラは、下げていたおもてを上げました。そして不安そうに自身を見つめるお姫様へ、優しく言いました。
 「いいえ姫様。これは血に濡れているのではありません。雨に濡れているのです」
 そばで見ると、アキラには人間らしい陰影がありました。アキラはのっぺらぼうの影ではないのです。髪毛があり、肌があり、騎兵隊の腕章をきちんと着けています。瞳があり、鼻や唇があり、手指があります。
 言葉を交わすのは、いつぶりのことでしょうか。最後にこうして近く向き合ったのは、一体いつのことでしたでしょうか。
 アキラは霧雨に濡れ、明け方へとかたむいてゆく空に、黒真珠のように光っていました。
 この影――いいえ、この黒真珠が勝利を得たのです。この戦場で真に輝いていたのは、白でも赤でもないのです。
 お姫様は何かとても強い気持ちに打たれました。はやる心で、言いました。
 「分かったわ」
 お姫様の心には、ずっとアキラへ尋ねたかったことが浮かんでいます。アキラの姿を見るたびそれはお姫様のなかに浮かんで、お姫様も知らぬまま、ずっと消えずそこにあったのです。
 「アキラ。あなたが黒影となることを望んだのは、いつかはおとずれる戦争に、勝つためだったのね?」
 お姫様が尋ねますと、アキラはちょっと不意を突かれたように、黙しました。けれどすぐ答えました。
 「いいえ姫様」
 黒々としたまつげをふせ、先を継ぐべきかどうか、アキラは迷っているようでした。けれどお姫様は知りたいのです。ずっと答えを探していたのです。戦いに勝つためではないなら、その答えは何でしょう。なぜアキラはカッラーラによって、白大理石ではなく黒影となることを望んだか……なぜそれを神様へお祈りしようと思ったか……七つの年のあの日、お姫様のお部屋で、アキラは何を考えてそんなことを言ったのか……。
 「僕はただ、大人になったとき、あなたを立派にお守りできる男になりたかったのです」
 お姫様は瞳を大きくしました。アキラのまなざしがありました。
 アキラは、少し困ったように笑いました。アキラがかすかに笑ったのだということ、その表情の変化が、お姫様にはとてもよく見えました。
 アキラは、お姫様を深く愛しているのでした。
 お姫様の瞳から、涙がひと粒こぼれました。
 お姫様の白い頬が桃色に染まっています。こぼれる涙が、あとからあとからそこをつたってゆきます。
 お姫様は、ようやく気がついたのです。
 いつからでしょうか。お姫様はアキラを、心の底から愛するようになっていたのでした。
 明け方近くの霧雨が、やわらかな絹の銀糸となって、見つめ合うふたりを濡らしてゆきます。
 「お守りいたします、姫様。この命に代えて」
 アキラはお姫様を抱きしめました。
 アキラの力強い腕のなかで、お姫様の熱い頬を、新たな涙が今また、つたってゆきます。



 赤の王国の最後の一手であった王宮殿への夜襲は、こうして失敗に終わりました。お姫様を連れ去ることはかなわず、第三王子のお姫様への求婚は、はじめからなかったこととなりました。
 二国は休戦の状態を保ったまま、それからしばらくして、勝敗は決めずに引き分けというかたちで終戦を迎えました。赤の王国の君主も、白の王国の王様も、これに納得されたのです。
 白の王国の騎兵隊は、王国の英雄となりました。なかでもアキラの残した功績は大きく、人々はアキラをたたえ、尊敬と畏敬の入りまじった気持ちで彼を見るようになりました。ほどなく、アキラへかけられていた罪はとかれ、大教会への出入りも許されました。
 王様は、アキラへじきじきに勲章をさずけられました。名誉の勲章です。これまでにそれを頂戴した騎兵は数えるほどしかおりません。王様は盛大な授章式をひらこうとされたのですが、アキラは恐縮し、式のほうはことわってしまいました。
 お姫様は、いつかのころのように、アキラと時を過ごされるようになりました。アキラの姿は、白大理石の人々のなかで日中はよく目立ちます。が、夕刻を過ぎると闇のなかへと溶け消えます。
 時折アキラは、お姫様のまばゆい白肌に、刻印のようにはっきりと映りました。あるいはふたり寄りそうと、それはまるで影絵のように揺らめきます。永遠の愛を織る、とても美しいシルエットです。
 人々は得も言われぬ感慨に打たれて、さもなくばある種の感動さえ覚えて、そんなふたりを見つめます。
 長い長いあいだ人々のなかに根づいていた大きなものが、だんだんとやわらぎ、変わっていくかのようです。
 お姫様とアキラが、やがて結ばれるのをさまたげようとする者は、今では王国にだれもいません。
 近ごろ子供たちのなかに時折、こんなことを言う子がいます。
 「僕は知ってたよ! あのね……あのね……」
 その子は内証の話をするかのように、アキラを羨望のまなざしで見つめてささやくのです。
 「黒って、とってもかっこいい色なんだ!」
 人々は少しずつ考えるようになっています。半信半疑で、思っています。
 すぐれている色は、もしかすると、白だけではないのかもしれない……と。
 さて、その考えはほんとうでしょうか?
 平和を取り戻した白の王国に、ふたたび初夏がおとずれようとしています。
 王宮殿のバルコニーでは、ほっそりとした白い指に、骨ばった黒い指が重ねられています。
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