後編

文字数 781文字

 柳の木は、真由美が子どもの頃と変わらぬ場所に立っていた。ただ、周囲の様子はすっかり変わってしまっていた。住民も代替わりしているだろうし、長い長い月日が経っている。あたり前のことだ。
 やれやれ、お前は昔のまんまだね。樹齢何年だか知らないが、伐採もされずによく生き残ったねえ。あたしのせいで、変ないたずらに巻き込まれてすまなかったね。
 そう心の中でつぶやいて、立ち去ろうとしたとき。
 昨夜と同じように冷たい風が、今度は正面から吹き付け、柳の葉を激しくゆらした。立ちすくむ真由美の周囲から色彩が失われ、上空からふわふわと白い布のようなものが大勢降りてきて、真由美は、その輪に取り込まれ、いつのまにか柳の周囲に白い者たちとともに浮かびあがっていた。
 柳の木の向こう、ちょうど真由美の正面にいる白い者が、布のあいだから顔をのぞかせた。それは、昨夜あらわれた、真由美の祖母だった。
「真由美、おいでよ」
 幼かった真由美にとっては優しく耳を撫でるようだった祖母の声が、いまは氷のような冷ややかな音となって真由美の耳の奥に響いてくる。
 そうか。あたしはおばあちゃんに呼ばれていたんだ。もう、あたしも、おばあちゃんが亡くなったときの年齢をはるかに越えてしまった。おばあちゃんと一緒に向こうにいけるなら、それもいいのかもしれない。
 祖母がニコッと笑いかけてくれた気がした。
 急に真由美は、目に激しい痛みを感じた。柳の葉が目に貼りついたのだ。まばたきを繰り返しているうちに、葉は剥がれ、激しい風に吹き飛ばされていった。視界を取り戻した真由美の目の前にいるのは、祖母ではなく、うつろな表情を浮かべた何者かだった。
「違う! お前は、おばあちゃんじゃない!」
 真由美が叫ぶのと、風がやむのと、ほぼ同時だった。いま、真由美は、柳の木の下に、一人で立っていた。足元には、柳の葉が一枚落ちていた。
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