すねかじり

文字数 2,118文字

 子は弱い。誰がなんと言おうと、親よりも子が弱いのだ。ただしそれには条件があって、弱さとは時代によって、または当事者の不確かな主観によって大幅に変わる。太宰治の時代は確かに親が弱かったのかもしれない。もしかしたら、あなた自身もそう思っているのかもしれない。ただ、私はそれでも親を超えることはただの理想論だと思わざるを得ない。人は人。子は子。ああ、支離滅裂だ。嫌になる。これが弱さであり、未熟者であり、親不孝者の特徴なのだ。つまり、わがまま。親のすねをかじる。これは私の生き様だ。かじって、かじって、かじってここまで生きてきた。なに、なにが悪いものか。金持ちは運か、それとも才能か。背が高い人に向かって、あなたは背が高いのでズルいですな、と本気で嫌味を言う大人などいるであろうか。生まれは才能だ。低かろうが、賢かろうが、足が速かろうが、金があろうが、親が寛大だろうが、いじわるだろうが、それはすべて才能なのだ。
 才能とは、努力以前の素質なのだ。
 話はここから始まる。ただし、この話は決して楽しいものでもないし、身になるものでもない。私はただの臆病者で、ずる賢く、滑稽で、その癖、人一倍プライドが高く、完璧主義者のニヒリスト、ひがみ屋、ろくでなし、シュールな夢想家、つまり、ただのそこら辺に転がっている弱い人間の一人にすぎないのだ。
 マンションを買おうと思い、その頭金を親に出してもらうこと。遺産をもらいそのお金で家のローンを払うこと、結婚式のお金、建て替え引っ越し介護に育児にetc……いや、ここまで来たのだからはっきりと言おう。なぜ親から金を貰うことは罪なのか。世間はそれをよしとはしない。ただ、誰もがその恩恵を――直接的ではないにしても――享受しているというのに、世間はそれを黙認し、金を貰った瞬間に「すねかじりだ!」とののしる。
 ああ、そうか、金か。
 金――。
 イヤな響きであり、それでいて甘美的だ。色気すら感じる。私は金が好きだ。もし金が嫌いだというやつがいたら――、そいつはきっと喜んで不幸に身を落とす生粋のマゾか、または気取った自己陶酔者だ。
 金がないから弱いのか、弱いから金がないのかは分からないが、とにかく子は弱い。だから親のすねをかじらねば生きていけず、その日の些細な喜びですらビクビクと辺りを見渡し、日が沈む度に布団を頭から深くかぶる。
 ある日、私は病気になった。それも精神の重たい病気で、働くこともままならず、まともに飯すらも食えなくなった。(私には兄が一人いるが、それも同じで病気だった)食えない。食えないと、人は死ぬ。実際に、死んだ人間が身内にいると、親は甘くなる。今思えば恐喝だ。少し話を変えよう。夢の話だ。

 ――海。湾だろうか、見覚えのあるようなないような海辺の崖。そこから大きく半円を描いている湾を眺めている。それにしても、ここは相当高いぞ。ビルで言えば、いや、ビルでは収まらない。タワーだ。なんちゃらタワーぐらいありそうな、とにかく高い崖の上に私はいる。あっ。飛んだ! 内心、分かっていた。いつか飛ぶだろうなと。しかし、本当に飛んでしまうと肝が冷える。全身に鳥肌が立つ。眼下は真っ黒な海だ。私は飛ぶように落ちていく。遠くに鳥が見える。海岸沿いで誰かが釣りを楽しんでいる。風が頬をなでていく。ふと、私は飛べるような気がして、腹に力を込める。その力に比例して、身体がふわっと浮かんだ。手をうまいぐらいに動かして右や左に旋回――。ああ、楽しいじゃないか。湾を横切ろうかしら。いや、いや、もっとみんなに近づいてみよう。きっと手を叩いて喜んでくれるはずだ。……みんなが喜んでくれることが、なによりの――。突風! 腹に力を込めてたところで、どうして自然に敵う訳もなく、海岸はみるみる遠ざかり、ああ、このまま深く暗い海に落ちていくのだと覚悟を決めて、あきらめの境地、だから目が覚める前に思い浮かんだのは、両親の顔だ。
 クジラ、潮を吹く。小人、回る、回る、回る。
 小惑星の庭。
 二毛作。
 半開きの襖。
 目の奥にいる死に神。

「とうりゃんせ、とうりゃんせ、ここはどこの――」

 ここはどこの?

 海が怖いのなら、海の中に潜ってしまえばいい。一体化。下手をするな、生きろ、夢。学問が溶けていく。朝焼け。自殺する星。日本地図。サンゴに落書きを。立ち退け、立ち退け、妖怪のように。――さようなら。

 目を覚ませ。

 私は怖いのだ。自立が自らの足で立つことならば、やはり私はどだい無理なのだ。親の脛は黄金の蜜の味。ただしその蜜に、淀みのない純粋な毒が含まれていることに、気がつかないほどのバカでもあるまいし、世間はそのことを言っているのかもしれない。毒は精神を犯して、そうして、気がつけば心は死んでいく。ああ、人は弱い。この話も、どこに行きつくことやら検討もつかない。
 子供の頃の思い出話の一つや二つでも書いて、なにか具体的な事例を示そうかと思っていたのだが、やはり小説。弱い。親も弱けりゃ子も弱いのだ。
 その辺の話はまたいつか。
 まとめよう。それも大雑把に。人は弱い。そして、金に弱い。心の中には、いつだって弱者の寝床に赤子が眠っている。
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