それでも君と
文字数 1,894文字
「だから、いらないってば」
差し出された皿から目を背け、私はパソコン前に肘をつく。
「頼むって!一口だけ!自信作だから!」
「余計なお世話」
「この女マジで可愛くねー!」
ぶすくれた表情で、ヤツは机に皿を置いた。チラリと一瞥すれば、机の上にはご飯と味噌汁、ソースのかかったハンバーグが野菜の上にドカンと乗った皿。そんなセットが2人分用意されている。
「もう帰ってよ。作業あんの」
「お前が飯食うまで帰らない」
「通報したろか?」
「お、幼馴染を突き出そうってのかよ!?」
幼馴染と言っても、ヤツと会うのはかなり久しぶりだ。幼稚園から中学までは同じだったが、高校は学力の差がありバラバラに。しかし大学はどうやら同じ所に受かっていたらしい。
そんなヤツと久々に大学構内で鉢合わせした。そこまではまだ良い。世間話に華を咲かせる中、どうやら料理にハマったらしいヤツの前で、私が「最近ご飯は適当に済ませてるからなー」と口を滑らせたのが悪かった。
ヤツはビニール袋を携えて突然私の家にやってきたかと思うと、なんと意気揚々と上がり込み、キッチンで料理をし始めたのだ。幼馴染特権があるとはいえ、一人暮らしの女性の家にズカズカ上がり込むのは、本当に如何なものなのか。
「なー、頼むって!」
私は回転式の椅子をくるりと回し、ヤツを見下ろす形でため息をつく。
「何でそんなに必死なのよ」
「お前にご飯食べて欲しいの!」
「だからそれは何でって訊いてるんだけど」
「死んで欲しくないんだよ!」
あまりに突拍子のない発言に、私は思わず体をのけぞらせた。
「はあ?……別に死ぬ程食事摂ってない訳じゃないんだけど」
「空腹を満たす為だけじゃダメなんだ。ちゃんと食べないと」
意味不明だ。私はもう一度ため息をついてパソコンの方に向き直ろうとする。が、それをヤツの手が阻止した。
「離して。てか帰って」
「お前が飯食うまで帰らない」
しつこ過ぎる。私が思い切り顔を顰めてやっても、ヤツの確固たる意志は曲がりそうになかった。
致し方ない。ヤツの意に沿うのは癪だが、食べるだけで帰ってくれるなら万々歳だ。私は椅子から降りて、食器の並んだ背の低いテーブル前に正座する。
「一口でいいのね?」
「うん」
「分かったよ。……じゃ、いただきます」
手を合わせてから箸を取る。そっとハンバーグの腹に箸を当てて切り分けると、中からは肉汁と湯気が溢れ出た。
熱そうだな。そう思って何度か息を吹きかけ、口の中へ。
「ど、……どう?」
もう一度箸を往復させる。
「…………」
無言のまま、私は白米を摘み取って口に運んだ。
「おい、何とか言ってくれよ!」
「……まぁ…………美味しい」
言うか言わないか躊躇って、それでも言わざるを得なかった。
美味しい。その一言に尽きる。少し甘みのあるソースが絡んでご飯も進む。飲み込む度に次の味へと手が伸びる。
「あ……」
私が我に返ったのは、そうして半分程度をあっという間に平らげた後だった。急に恥ずかしくなって、思わずそっぽを向く。
「わ、……わざわざ上がり込んで作るだけはある、かも」
「ホント可愛くねーよな、お前」
どうせニヤニヤしているのだろう。顔を確認するのすら癪だ。しかし
「でも、良かった。食べてくれて」
そんな酷く優しい声に驚いて、私はチラリとヤツに視線を戻す。ヤツは私を見て酷く嬉しそうに笑っていた。
「食べないとさ、ダメなんだよ。気分は沈むし、体調だって悪くなる」
「だから、食べてはいたよ」
「美味しいって心から思えるモンをか?」
口を噤んだ。決してそういうわけではない。あくまでも、空腹さえ満たせたら良かった。
ヤツは私の返答を待たず、箸を持って「いただきまーす」と自分の分にも手をつける。
「うん!美味くできた!」
自画自賛しながらぱくぱくと食を進めるヤツの横顔を、私は呆然と見やった。
「何だよ」
「……いやなんか、人と食べるの久しぶりで、……変な感じ」
「良いモンだろ?美味しい物を『美味しい』って共有しながら食べるのもさ」
ヤツはそう言って味噌汁を啜った。
「……まぁ、……たまには、良いかも」
「じゃ、次は何が良いか考えとけよ。そういうのも楽しくねーか?」
「……」
「繋がってくんだからよ、飯ってのは」
何に繋がるのか、ヤツははっきりとは言わなかった。『次の食事に』なのか、『私との関係』なのか、それとも――
私はもう一度ハンバーグを持ち上げ、そしてまた口に入れた。
旨みがこもった一欠片を噛み締めながら、私の口元が少しだけ緩む。ヤツに見られたら揶揄われそうだけど、もうこればかりは仕方がない。
どうしようもなく美味しくて、そして温かいのだから。
差し出された皿から目を背け、私はパソコン前に肘をつく。
「頼むって!一口だけ!自信作だから!」
「余計なお世話」
「この女マジで可愛くねー!」
ぶすくれた表情で、ヤツは机に皿を置いた。チラリと一瞥すれば、机の上にはご飯と味噌汁、ソースのかかったハンバーグが野菜の上にドカンと乗った皿。そんなセットが2人分用意されている。
「もう帰ってよ。作業あんの」
「お前が飯食うまで帰らない」
「通報したろか?」
「お、幼馴染を突き出そうってのかよ!?」
幼馴染と言っても、ヤツと会うのはかなり久しぶりだ。幼稚園から中学までは同じだったが、高校は学力の差がありバラバラに。しかし大学はどうやら同じ所に受かっていたらしい。
そんなヤツと久々に大学構内で鉢合わせした。そこまではまだ良い。世間話に華を咲かせる中、どうやら料理にハマったらしいヤツの前で、私が「最近ご飯は適当に済ませてるからなー」と口を滑らせたのが悪かった。
ヤツはビニール袋を携えて突然私の家にやってきたかと思うと、なんと意気揚々と上がり込み、キッチンで料理をし始めたのだ。幼馴染特権があるとはいえ、一人暮らしの女性の家にズカズカ上がり込むのは、本当に如何なものなのか。
「なー、頼むって!」
私は回転式の椅子をくるりと回し、ヤツを見下ろす形でため息をつく。
「何でそんなに必死なのよ」
「お前にご飯食べて欲しいの!」
「だからそれは何でって訊いてるんだけど」
「死んで欲しくないんだよ!」
あまりに突拍子のない発言に、私は思わず体をのけぞらせた。
「はあ?……別に死ぬ程食事摂ってない訳じゃないんだけど」
「空腹を満たす為だけじゃダメなんだ。ちゃんと食べないと」
意味不明だ。私はもう一度ため息をついてパソコンの方に向き直ろうとする。が、それをヤツの手が阻止した。
「離して。てか帰って」
「お前が飯食うまで帰らない」
しつこ過ぎる。私が思い切り顔を顰めてやっても、ヤツの確固たる意志は曲がりそうになかった。
致し方ない。ヤツの意に沿うのは癪だが、食べるだけで帰ってくれるなら万々歳だ。私は椅子から降りて、食器の並んだ背の低いテーブル前に正座する。
「一口でいいのね?」
「うん」
「分かったよ。……じゃ、いただきます」
手を合わせてから箸を取る。そっとハンバーグの腹に箸を当てて切り分けると、中からは肉汁と湯気が溢れ出た。
熱そうだな。そう思って何度か息を吹きかけ、口の中へ。
「ど、……どう?」
もう一度箸を往復させる。
「…………」
無言のまま、私は白米を摘み取って口に運んだ。
「おい、何とか言ってくれよ!」
「……まぁ…………美味しい」
言うか言わないか躊躇って、それでも言わざるを得なかった。
美味しい。その一言に尽きる。少し甘みのあるソースが絡んでご飯も進む。飲み込む度に次の味へと手が伸びる。
「あ……」
私が我に返ったのは、そうして半分程度をあっという間に平らげた後だった。急に恥ずかしくなって、思わずそっぽを向く。
「わ、……わざわざ上がり込んで作るだけはある、かも」
「ホント可愛くねーよな、お前」
どうせニヤニヤしているのだろう。顔を確認するのすら癪だ。しかし
「でも、良かった。食べてくれて」
そんな酷く優しい声に驚いて、私はチラリとヤツに視線を戻す。ヤツは私を見て酷く嬉しそうに笑っていた。
「食べないとさ、ダメなんだよ。気分は沈むし、体調だって悪くなる」
「だから、食べてはいたよ」
「美味しいって心から思えるモンをか?」
口を噤んだ。決してそういうわけではない。あくまでも、空腹さえ満たせたら良かった。
ヤツは私の返答を待たず、箸を持って「いただきまーす」と自分の分にも手をつける。
「うん!美味くできた!」
自画自賛しながらぱくぱくと食を進めるヤツの横顔を、私は呆然と見やった。
「何だよ」
「……いやなんか、人と食べるの久しぶりで、……変な感じ」
「良いモンだろ?美味しい物を『美味しい』って共有しながら食べるのもさ」
ヤツはそう言って味噌汁を啜った。
「……まぁ、……たまには、良いかも」
「じゃ、次は何が良いか考えとけよ。そういうのも楽しくねーか?」
「……」
「繋がってくんだからよ、飯ってのは」
何に繋がるのか、ヤツははっきりとは言わなかった。『次の食事に』なのか、『私との関係』なのか、それとも――
私はもう一度ハンバーグを持ち上げ、そしてまた口に入れた。
旨みがこもった一欠片を噛み締めながら、私の口元が少しだけ緩む。ヤツに見られたら揶揄われそうだけど、もうこればかりは仕方がない。
どうしようもなく美味しくて、そして温かいのだから。