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文字数 1,702文字

「資料を今日中にまとめといてくれ」
 いつも無茶振りばかりしてくる課長にしたがい、今日も残業だ。ひとり孤独に残業するものだと思っていたのだが、眠気覚ましのコーヒーを自動販売機で買い、戻ってきたら会社の灯りがついていた。誰か残っているのか……。中に入ると、美人で仕事が出来ると評判の、憧れの上司秋元さんが「お疲れ様です」と声をかけてきた。秋元さんは立ちながら鞄の中から何かを出そうとしていた。その時、秋元さんの鞄から何かが落ちた。
――こ、これは……。
 なんと、今床に転がっているのは僕が持っているペンギンと全く同じもの。動物園で買ったペンギンのキーホルダー。その子が秋元さんが落とした鍵にもついていたのだ。どうしよう。お揃いだってことを、なんとなくアピールしたい。普段は共通点ゼロで仕事の話を少しするだけだ。話しかけるのも緊張する。だけど実はプライベートの話もしてみたかったりする。ペンギン、ペンギン……。僕のペンギンがついた家の鍵は今どこに――?
コートのポケットだ。コートは彼女の後ろにかかってある。わざわざ立ち上がり、ペンギンを手にとり「お揃いです!」とアピールするのもなんだかなぁ。
よし、仕方ない……。年に一回使えるアレを今使おうか。生まれながら持っている特殊能力の念力を。頭の中でペンギンがポケットから出てくるところを強く想像した。ポケットの中からペンギンが顔を出す。イメージするだけで可愛い光景だな。そして徐々にポケットから出てきて、ついにポケットから落ちた。
――ガチャン。
「あら、何かしら? 今物音が……」
 秋元さんは視線を僕のコート付近の床にやった。
「あ、お揃いのペンギン……」と言いながら彼女は僕のペンギンを拾った。念力は、成功したのだ。
「あ、すみません。僕のです、それ」
「宮田さんの? もしかして動物園で買いました?」
「はい、そうです。ペンギン大好きで僕……」
「そうなの? 私もペンギン可愛くて大好き」
 秋元さんはそう言いながら自分の机の上にペンギンを並べて置き「双子だ! 可愛い」と呟いた。
 それからペンギンのつぶらな瞳が可愛いとか、歩き方が好きだとか、ペンギン話に花が咲く。
「あ、そろそろ仕事しなきゃだわ」
「そうですね」
 もう少し話をしたかったが、秋元さんもやることあるから残っているわけだし、邪魔はしたくない。でも、もっとペンギンの話をしたい。
「あ、あの……」
 パソコンを開き作業を始めた秋元さんに話しかける。
「どうしたの?」
「あの、動物園の、ペンギンが散歩する姿を客が観れるイベントって知ってます?」
「うん、知ってる。実は一回観たいんだよね……」
「あ、あの、一緒に観に行きませんか?」
「……」
 彼女は黙る。迷惑だっただろうか。それともこれはデートの誘いとなり、秋元さんには彼氏がもしかしているとしたら? 誘わなければよかったかも。誘う前に時間を戻したい。
「急に誘われてビックリしちゃった。行きたいな!」
 秋元さんは微笑みそう言った。
「ほ、ほんとですか?」
 断られると思っていたのに、まさか予想外のの返事が。テンションが上がり思わず立ち上がる。するとそのテンションを見た秋元さんは声を出して笑った。
「どうしてそんなに反応すごいの?」
「いや、秋元さんは高嶺の花だし、彼氏とかいそうだし……」
「全然高嶺の花じゃないし、彼氏もいないよ」
「そうなんですか!! ペンギン散歩、いつにします? 当日お迎え行きます? あ、そうだ! ペンギン辞典最近買ったんですけど持ってます? 良かったら貸しますか? ペンギンが何故泳ぐようになったかとか、ペンギンの秘密も沢山載ってて、可愛い写真も沢山……」
「一週間前に発売されたペンギン辞典でしょ? 持ってるけど……っていうか、そんなに一気に質問されても……」
 なんだこの人は? とか思われてしまっただろうか……。
「ごめんなさい、嬉しくてつい」
「宮田さん、面白いね! じゃあ、行く日は――」
 秋元さんの机に置きっぱなしの並んだペンギンを見つめた。

――ありがとう、ペンギン。

 ペンギンの背中しか見えなかったけど、ふたりのペンギンは寄り添い、微笑んでいる気がした。
 





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