優しく包んで

文字数 1,997文字

「これ手抜きでしょ」
「確かに冷凍餃子だけど」
疲れて帰って来た健二は、妻の料理に苦情を訴えた。
「一日働いてこれ?」
「今日は時間がなかったの」
幼い子供を公園で遊ばせたから疲れたという話す妻の真里奈に、彼はビールを流し込んで不貞寝した。
健二は翌日、会社の後輩の愚痴をこぼした。
「あれは焼くだけですからね」
「ひどいだろう」
「美味しいですけどね」
餃子は焼くのが難しいと独身の佐藤はこぼしていた。
「それに。スーパーのポイントとか考えると手作りよりも安いかもです」
「んわけなあるかい」
「自分は独身なんで」
健二は真里奈の家庭的なところに惹かれて結婚した。子供もおり幸せであったが、どこか妻が自分を適当に扱っているようで不満だった。
結婚前はメイクをし、おしゃれだった彼女は、子育てに追われノーメイク。服も楽な物である。オフィスの女性達で目が肥えている健二は、手抜きの妻を寂しく思っていた。

そんな中、最近の健二は、部下である若手女子の小林由依に仕事を教え、先輩上司として可愛がっていた。
しかし。彼は女上司に呼ばれた。
「え。自分がですか」
「向こうはセクハラだと言っているわよ」
「してませんよ?そんな事」
女上司は調査すると言った。これに頭を抱えた彼は自宅で落ち込んでいた。
「どうしたの?着替えもしないで」
「真里奈。俺、首かも」
夫のただならぬ様子に彼女は話を聞き出した。
「何をしたのよ」
「失恋したっていうからさ。励ましただけだよ」
「仕事に関係ないでしょう。余計な事を」
お調子者の性格を知っている妻は、他にも夫が何をしでかしたのか聞き出した。
「それはボディタッチ。もうなんて事を……」
「だって。早く仕事を覚えて欲しくてさ」
「わかっているけど。相手に合わせないと」
こうして二人はまず謝罪の文を書くことにした。
「ネットでそういう例文があるはずだな」
「でもね。健二の言葉で」
「うるさい。いいの、これで」
健二はムキになってパソコンで文書を作成した。真里奈は女として目を通し、女上司に見せるように言った。
「まあ、後は必死に謝るよ」
「……お風呂に入ったら?明日、ちゃんと謝ろうね」
妻が優しくしてくれたが彼はどこかムッとして夜を過ごした。
翌日。健二は謝罪文が入った封筒を女上司に渡した。被害者の小林は休暇であったが、女上司は健二が調子に乗っていたとわかってくれたので明日、謝罪の場を設けると話した。
「そこで謝んなさい」
「はい!」
家では妻が心配してくれていたが、彼は思いが届かぬ事にどこかイライラして夜を終えた。
そして翌日。彼は小林に謝った。
「済まない!嫌な思いをさせて」
「いいえ?私の方こそ。話が大きくなってしまって」
うっかり同僚に言った話が大きくなったと小林も恐縮していた。
「でも奥様にいただいた手紙で。私よくわかりましたので」
「何の話?」
「……あれ?これですけど」
小林の手には見慣れた妻の字が見えた。真里奈は健二が用意した謝罪文の他に、妻としての謝罪文を手書きで書いていたのだった。
そこには、お調子者の夫の思いと、妻として監督不届きと謝罪があった。自宅にあった便箋。ボールペンのマンガ字。しかし小林は感動したと話した。
「いつの間に」
「私、うれしかったです」
「え?どこが」
これには妻として夫の不始末を謝る気持ちが痛いほど滲み出ていると小林は熱く語った。
「それに奥様は。私がこの事で会社にいられなくなるんじゃないかって。私の心配をしてくれたんですよ」
健二は自分が首になる心配ばかりだった。しかし真里奈の手紙は確かに小林の心配をしていた。これが解せない健二は、とにかく家に帰って来た。
「おかえり」
「真里奈。あの手紙って」
「いいからどうだったの」
夫の返事に彼女はほっとしていた。
「良かった」
「でさ。何であっちの心配なんだよ」
「だって。健ちゃんには私がいるでしょ」
「え」
独身の小林の心の傷の方が心配だったと妻は話した。
「だいたい。健ちゃんは自分の事ばかりだよ?良かれと思っても、相手に合わせないと」
「はい」
夫の上着を受け取った妻は、ため息をついた。
「世の中、半分は女なんだよ?私の意見も聞きなよ」
「はい。申し訳ありません」
さすがにこれをくすと笑った妻は夫の頭を撫でた。
「はい!じゃ、お風呂お願い」
健二は幼い子供と風呂に入った。そして風呂から上がった。
「お!今夜は餃子か」
「うん。ビールもあるよ」
「真里奈」
「なあに?」
夫は妻を背後から抱きしめた。耳元でありがとうと囁いた。
「いいから。食べよう。今回は史上最強の美味しさだよ」
「おう!」
手作りの餃子。手掴みで食べる幼い子供の旺盛な食欲に夫婦は笑った。
秋風の町、古いマンションには優しい時間が長く染み渡っていた。






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