モルベリパライカ

文字数 1,948文字

 これは僕の友だちの話。大人になった僕にはもう会う事のできない、大切な友だち。
モルベリパライカ・アーリックライデリ・シュリュットシワシワシワン
これが彼の本名。長い名前でしょう?でも彼らの種族の間ではとても短く、あんまり高貴な名前じゃないみたいだけども。
妖精ってそんな綺麗なもんじゃない気もするけど、分類としたら妖精。超人的な能力といえば聞こえはいいが、僕からするとただの世話焼きな口うるさいおっさん。

彼と初めて会ったのは中学3年の冬休み。受験勉強も手につかず
気晴らしに床に散らかったプリントを片付けようと持ち上げると、そこに彼はいた。500円玉を立てたくらいの大きさしかないけれどそれはちゃんと人の形をしていて、てんとう虫みたいな固そうな何かを背中に背負っていた。その背中が赤く光を発していなければ、例の嫌な黒いやつだと思って叩き潰していたかもしれない。
「わっ」と声を出して腰を強く打った僕を見て、小さな人は言った。
「シュウ、まだ寝ないのか」
彼があまりにもあっけなく僕という存在を受け入れたので、僕もそうしなきゃ失礼かな、と思った。そして至極普通に、全くおどろいていませんよという雰囲気を出しながら
「プ、プリントの下で苦しくなかった?」と聞いた。
すると彼は、
「ああ、温かかったからよい」
彼はこれまた普通に答えると、なにやら床を眺めていた。
そうか。これは絶対夢だ。夢に違いない。
ああ、夢ならまあ、なんでもいいか。僕は意外と適応性があるらしい。
「シュウよ」
「はっ、はい」
しばらくチョロチョロ動き回っていたその小さな人間が僕を見上げている。僕は彼の目をみて話をしたかったので床にゴロンと寝そべった。
「ここに前にいた、おじいさんの忘れ物をとりにきたんだが、どこにあるか知っているか?」
「えーと、おじいちゃん?なら、、定二おじいちゃんか」
「そうそう、定二さん!」
彼は、僕の方をみて何度も頷いた。
「定二おじいちゃんは10年前になくなってて…」
「そんな事は知っている。でなきゃ俺はここに来られないから」
「忘れ物って、なに?」
そう聞いた僕に、彼は突然慌てた様子で小さな小さな手を口に持っていき、後ろを向いて
「守秘義務!守秘義務!」
と答えた。
「我々探偵には守秘義務がある。そう簡単に口は割らない!」
ははぁ。こんな夢をみるなんて僕の頭は相当受験で疲れているらしい。こうなったらとことんだ。
「ああ、ならいいよ。どんなものを探してるか分かれば手伝ってあげられるのになぁって思ったのに」
僕は体勢を立て直そうとした。
「待ってくれ…どうか、あの、手伝ってくれないか」
僕はもう一度床に寝そべって彼を正面から見た。
「時間がないんだ」
彼はとても焦っているようだった。
「次の満月までに帰らないと、俺は破滅だ」
破滅とは大袈裟だなぁ。
「じゃあいいよ。手伝うよ」
彼の背中の赤い光がぱあっと大きくなった。


「白い丸いものを探せ」
床に寝そべったままだと非常に喋りづらいので、彼は僕の手に乗って机の上に移動した。幸い妹の部屋からくすねたドールハウス用の椅子があったのでそれに座ってもらうと、ミニチュアの売り物みたいにしっくりときて可愛かった。
「白い丸いもの…」
僕は悩んだ。僕が小さな時に死んでしまったおじいちゃんの事なんて、まるで覚えていない。
「明日、母さんたちに聞いてみるよ」
僕より長くおじいちゃんといた人の方が詳しいに決まっている。
「いやいや、俺のことを人に話してはいけない。探している事も。絶対に言うな」
「え、そうなの?」
「すまないが、それが我々の世界での決まりなんだ」
彼は本当に申し訳なさそうに言った。

「俺は夜しか出てこられない。今夜はもう遅いから明日の夜から始めよう。ほらシュウ、早く寝ろ」
彼は小さな椅子から降りると、僕を見つめて言った。彼と見つめ合う形になった僕は、どうしてかとっても優しい、とってもあたたかな気持ちになった。
「分かったよ。じゃあ…」
僕はふと、この小さな生き物をなんと呼ぼうかと考えた。
「あのさ、名前教えてよ」
「ん?名前?なんでだ」
「だってさ、呼ぶ時困るじゃない。それにあなたは知ってて僕は知らないってのはちょっとおかしな話でしょう?」
「ふむ…」
彼は悩んでいるようだった。
「我々の世界では、人間に名前を呼ばれるたびに寿命が縮まるという言い伝えがある。が、、、まあ、そんな長い期間になるもんでもない」
彼はそう言うと、
「モルベリパライカ・アーリ…シワン!」と一気に言った。
「ちょ、ちょ!待ってよ。そんな長い名前覚えらんないよ!」
慌てた僕に彼は笑いながら言った。
「じゃあ、モルベリパライカでいい。フルネームはおいおい。正式な場で使うだけだしな」


 この夜から、モルベリパライカと僕の、思いもしない長い長い捜索の旅が始まったのだ。










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