第8話 偽りの時間
文字数 2,368文字
「貴方がわざわざ学校をサボらせてまで、私にさせたかったことってこんなことなの」
いつの間にか名前で呼ばなくなったことに、かすかな違和感を覚えつつ、私は冷たい声で昭博に言う。
昭博に連れてこられたのは、近隣にあるテーマパークの入り口だった。
私たちの地方では、カップルの定番デートコースでもある。
「この場所で、誰よりも先におまえとデートしたのはこの俺。そういう場所をこれから増やしていく。お前の初めて派俺だって証をたくさん作っていく……」
言いながら少し時間を気にするように時計を見る昭博。
何かのイベントの時間でも気にしているのだろうかと、ふと考えるが、彼が何を考えているのかを私が知ろうとしても意味が無い事に気がついて、私はため息をつく。
今の私が彼から逃げ出すためには、大きな代償を払わなければならない。
その代償を避けたければ、慶介を裏切りながらこの関係を続けるしかない。
どう転んでも地獄でしかないなら、もう何も考えたくはないと、私は思考を放棄しかけてしまう。
本当はそれは、良くないことであり、必死に解決方法を模索するべきなのは解っている。
でも正しいことと、心を守ることは必ずしも等しいものでは無いと、私はこの件を通して初めて知った。
なら可能な限り心を閉ざして、彼の言う条件をクリアするしか無いのだ。
「お……来たみたいだな」
昭博がつぶやくようにそう言う。
誰が来たのだろうかと、ふと視線をあげる。
そして私は心臓が止まるかと思うほどの衝撃と、比喩では無く本当に息が止まった。
少し遠くからこちらに向かって走ってくる男性。
私のよくしる人。
私が愛して居る、大好きな人。
そして今は会いたくても会うことができないと思っていた人。
橘慶介がこちらに向かって走っているのだ。
「どう……して……」
あまりの出来事に、呆然として考えがまとまらず、辛うじてそれだけを口にする。
「お前の願いだろ……俺たち幼なじみ三人が、またこうして仲良くするってな。もっとも……先ほどの約束通り、お前には俺を優先してもらうがな」
「昭博!おまえな……要件も言わずにいきなり呼び出してって、あれ……何で朋美も居るんだ」
私たちのすぐ近くに到着した慶介は、荒い息を落ち着かせようとしながら素直に疑問を口にした。
「お前が言ったんだろ……幼なじみ3人組に戻りたいっていう朋美の願いを叶えたいって。だからまぁ……こうして俺が折れたって訳だ。急に呼び出したのは、朋美と話し合ってお前を驚かせようとしたんだよ」
「だからってなぁ……、いきなり言われたらこっちだって困るんだよ。当日に休みの連絡入れるの大変なんだぞ。五体満足なのに体調不良のふりをして電話まで。朋美からもなんか言ってやってくれよ」
口調は少し怒っているような色を乗せつつ、それでも幼なじみ3人がこうしてまた集まれたことを素直に喜んでいるのだろうか、慶介の表情は晴れやかだった。
昭博の隠された悪意なんかには全く気がついていない、本当に素直に喜んでいる慶介。
私はそんな彼の顔を直視できずに、視線を下げた。
「ん? どうしたんだ朋美。ちょっと顔色が悪いみたいだけど」
私のそんな行動に、少し違和感を覚えたのだろうか、慶介が私の方を見て言う。
「朋美は嘘がつけないやつだからな。俺が無理矢理サプライズをするために、お前に内緒にさせたことで罪悪感を感じてるんじゃ無いか。まぁ……悪いことをしたかなって俺も思うけど……どうしてもお前を驚かせたくてな」
この男は……昭博は……何でこんなに自然に笑えるのだろう。
心の中にあれだけの悪意を抱きながら、なぜ自然な笑顔を慶介に向けられるのだろう。
私はそんな昭博に恐ろしさを感じて、思わず自分で自分の体を抱きしめてしまう。
寒気が体中を襲い、気を抜けばその場で崩れ落ちてしまいそうになる。
彼に怒りを覚えたことはあった。
恨みに近い感情も抱いた。
でも今このときは、本当に彼が恐ろしいと思ってしまった。
「一応……今日は幼なじみ3人で遊ぶ……と言うことになってるが、お前と朋美は恋人同士なんだろ? ならいつでも会えるし遊べるんだから、今日は朋美には俺を優先してもらうからな。それ位してもらわねぇと割に合わねぇだろ」
にやっと笑みを浮かべ、さらりと……まるで大したことでは無いことを口にするかのように、軽い口調で昭博は慶介に言う。
その言葉に、一瞬だけ慶介は顔をこわばらせたが、幼なじみの『友達』同士のことと割り切ったのか、微妙な表情のままではあったが、わかったよとだけ答えた。
それでも慶介は、何か感じることがあったのだろうか、私の方へ視線を向けて、大丈夫かと問うような目で見つめてくる。
「う……うん……そうだね。慶介とはいつでもデートできるし、今日は昭博と一緒に回ろうかな……仲直りの記念だし……」
私は上手く笑えているだろうか。
笑顔は引きつっていないだろうか。
声は明るく聞こえているだろうか。
【慶介にばれてしまわないだろうか……】
様々な感情や考えがぐるぐると回り、普通に振る舞うことでさえかなりの労力を必要とする。
だけど絶対に、慶介にはばれてしまわないように、私は持てるすべての精神力を傾けて、努めて平静に振る舞うことだけを心がける。
私の言葉に、やはり慶介は少し怪訝そうな顔をしたけれど、それでもやはり彼は【幼なじみ3人】の関係性を心から信じているのだろう、それ以上は何も言うこと無く私たちに笑いかけてくる。
「お前のそういうところが……俺は嫌いなんだよ……」
私のすぐそばから、暗く低い声が漏れた。
少し離れている慶介には絶対に届かない程度の小さな声。
だけど私にははっきりと聞こえたその言葉は、深く昏い感情がこもっていて、私は身震いをしてしまうのだった。
いつの間にか名前で呼ばなくなったことに、かすかな違和感を覚えつつ、私は冷たい声で昭博に言う。
昭博に連れてこられたのは、近隣にあるテーマパークの入り口だった。
私たちの地方では、カップルの定番デートコースでもある。
「この場所で、誰よりも先におまえとデートしたのはこの俺。そういう場所をこれから増やしていく。お前の初めて派俺だって証をたくさん作っていく……」
言いながら少し時間を気にするように時計を見る昭博。
何かのイベントの時間でも気にしているのだろうかと、ふと考えるが、彼が何を考えているのかを私が知ろうとしても意味が無い事に気がついて、私はため息をつく。
今の私が彼から逃げ出すためには、大きな代償を払わなければならない。
その代償を避けたければ、慶介を裏切りながらこの関係を続けるしかない。
どう転んでも地獄でしかないなら、もう何も考えたくはないと、私は思考を放棄しかけてしまう。
本当はそれは、良くないことであり、必死に解決方法を模索するべきなのは解っている。
でも正しいことと、心を守ることは必ずしも等しいものでは無いと、私はこの件を通して初めて知った。
なら可能な限り心を閉ざして、彼の言う条件をクリアするしか無いのだ。
「お……来たみたいだな」
昭博がつぶやくようにそう言う。
誰が来たのだろうかと、ふと視線をあげる。
そして私は心臓が止まるかと思うほどの衝撃と、比喩では無く本当に息が止まった。
少し遠くからこちらに向かって走ってくる男性。
私のよくしる人。
私が愛して居る、大好きな人。
そして今は会いたくても会うことができないと思っていた人。
橘慶介がこちらに向かって走っているのだ。
「どう……して……」
あまりの出来事に、呆然として考えがまとまらず、辛うじてそれだけを口にする。
「お前の願いだろ……俺たち幼なじみ三人が、またこうして仲良くするってな。もっとも……先ほどの約束通り、お前には俺を優先してもらうがな」
「昭博!おまえな……要件も言わずにいきなり呼び出してって、あれ……何で朋美も居るんだ」
私たちのすぐ近くに到着した慶介は、荒い息を落ち着かせようとしながら素直に疑問を口にした。
「お前が言ったんだろ……幼なじみ3人組に戻りたいっていう朋美の願いを叶えたいって。だからまぁ……こうして俺が折れたって訳だ。急に呼び出したのは、朋美と話し合ってお前を驚かせようとしたんだよ」
「だからってなぁ……、いきなり言われたらこっちだって困るんだよ。当日に休みの連絡入れるの大変なんだぞ。五体満足なのに体調不良のふりをして電話まで。朋美からもなんか言ってやってくれよ」
口調は少し怒っているような色を乗せつつ、それでも幼なじみ3人がこうしてまた集まれたことを素直に喜んでいるのだろうか、慶介の表情は晴れやかだった。
昭博の隠された悪意なんかには全く気がついていない、本当に素直に喜んでいる慶介。
私はそんな彼の顔を直視できずに、視線を下げた。
「ん? どうしたんだ朋美。ちょっと顔色が悪いみたいだけど」
私のそんな行動に、少し違和感を覚えたのだろうか、慶介が私の方を見て言う。
「朋美は嘘がつけないやつだからな。俺が無理矢理サプライズをするために、お前に内緒にさせたことで罪悪感を感じてるんじゃ無いか。まぁ……悪いことをしたかなって俺も思うけど……どうしてもお前を驚かせたくてな」
この男は……昭博は……何でこんなに自然に笑えるのだろう。
心の中にあれだけの悪意を抱きながら、なぜ自然な笑顔を慶介に向けられるのだろう。
私はそんな昭博に恐ろしさを感じて、思わず自分で自分の体を抱きしめてしまう。
寒気が体中を襲い、気を抜けばその場で崩れ落ちてしまいそうになる。
彼に怒りを覚えたことはあった。
恨みに近い感情も抱いた。
でも今このときは、本当に彼が恐ろしいと思ってしまった。
「一応……今日は幼なじみ3人で遊ぶ……と言うことになってるが、お前と朋美は恋人同士なんだろ? ならいつでも会えるし遊べるんだから、今日は朋美には俺を優先してもらうからな。それ位してもらわねぇと割に合わねぇだろ」
にやっと笑みを浮かべ、さらりと……まるで大したことでは無いことを口にするかのように、軽い口調で昭博は慶介に言う。
その言葉に、一瞬だけ慶介は顔をこわばらせたが、幼なじみの『友達』同士のことと割り切ったのか、微妙な表情のままではあったが、わかったよとだけ答えた。
それでも慶介は、何か感じることがあったのだろうか、私の方へ視線を向けて、大丈夫かと問うような目で見つめてくる。
「う……うん……そうだね。慶介とはいつでもデートできるし、今日は昭博と一緒に回ろうかな……仲直りの記念だし……」
私は上手く笑えているだろうか。
笑顔は引きつっていないだろうか。
声は明るく聞こえているだろうか。
【慶介にばれてしまわないだろうか……】
様々な感情や考えがぐるぐると回り、普通に振る舞うことでさえかなりの労力を必要とする。
だけど絶対に、慶介にはばれてしまわないように、私は持てるすべての精神力を傾けて、努めて平静に振る舞うことだけを心がける。
私の言葉に、やはり慶介は少し怪訝そうな顔をしたけれど、それでもやはり彼は【幼なじみ3人】の関係性を心から信じているのだろう、それ以上は何も言うこと無く私たちに笑いかけてくる。
「お前のそういうところが……俺は嫌いなんだよ……」
私のすぐそばから、暗く低い声が漏れた。
少し離れている慶介には絶対に届かない程度の小さな声。
だけど私にははっきりと聞こえたその言葉は、深く昏い感情がこもっていて、私は身震いをしてしまうのだった。