学級委員長の少女π、水たまりで転ぶ。

文字数 875文字

林間学校最中の24時50分。 
夏の終わり、秋の始まりに、虫の音が闇夜に鳴り響いていた。
来年は受験が始まる。その切迫感を虫の音が紛らわしてくれていた。

無口な少年φは1人、バンガローを抜け出すと、自販機の明かりの方へと向かった。
寝静まった訳ではないのだろうが、バンガローの外に出ている生徒の姿はなかった。

見かけたのは学級委員長の少女πだけだった。学級委員長としてやることが色々有るのだろう。

その、いつも生真面目な雰囲気を漂わせている学級委員長の少女πが、何かに躓いて水たまりに勢いよく転んだ。

無口な少年φは、学級委員長の少女πと、そんなに親しくはなかったので、水たまりで水浸しの学級委員長の少女πをよけ、無言で立ち去ろうとした。

ふと振り返ると、学級委員長の少女πは、少年φを見上げていた。

真面目な学級委員長の少女πとは、思えないほど、ホラーじみた視線を送った。
美しさと生真面目さが入り混じったその表情は、少年φを恐れさせた。
そして「こんなに綺麗な目をしていたんだ」そう思った少年φに、少女πは告げた。

「幼稚園の桃組以来、幾多のクラス替え&進学を乗り越え、ずっと同じクラスだった私に対して、それはないんじゃない?今年で10年目だよ!φの中に愛はあるの?」

「φ」呼び捨てだ。懐かしい響きだ。幼稚園の頃は確か呼び捨てだった。

少年φは、長い事考えて答えた。

「ない。思い当たるとこもない」

水浸しの少女πは立ち上がると、
「φ・・・ちょっとその場で跳んでみて」
と学級委員長としてあるまじき台詞を言った。

少年φは素直に、ぴょんと跳んで見せた。

するとジャージのポケットから、不思議な音がした。

少女πは、少年φのポケットから、何かの欠片を取り出した。
見えない何か。
でもそれは、とても大切にしていたモノであることは、少年φには解った。

「あるじゃない、10年分も」

「10年分も?」

「10年分の愛。あなたが贈るべきだった愛。
私が受け取るべきだった愛」

少女πは、その欠片を自分に振り掛けた。

すると少女πの可愛さが、120%アップしたように見えた。

「ふふん」

少女πは微笑んだ。



おしまい
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