Time is Money

文字数 2,712文字

 真名瀬あかりは、次々とキャッシャーへやってくるお客様たちに対して、努めて丁寧に愛想よく、真面目に対応していた。隣で先輩である奥本雅子も同じように忙しなく対応している。
 普段あまり忙しくはない福田雑貨店も、商店街のポイントデーとあっては混雑するのも無理はなかった。
 近くにある百貨店からも時折お客様が流れてくるようで、百貨店の紙袋を片手に、雑貨店の中を歩き回っているお客様も何人かいらっしゃった。
「次のお客様、どうぞ」
と、あかりは手を上げ、並んでいるお客様に声を掛ける。年の頃は五十ばかり、銀縁の眼鏡を掛けたショートヘアの女性だ。腕にゴブラン柄のハンドバッグと、百貨店の紙袋を提げていた。
「ここはいつもこんなに、お客さんを待たせるの?」
 お待たせいたしましたというあかりの言葉と重ねるように、その女性は呟いた。福田雑貨店の小さなカゴを乱暴にカウンターに置くと、
「次の電車の時間があるの。早くしてくれない?」
とぶっきらぼうに続ける。
 あかりは、少し驚いてしまった。この女性はもうずいぶんと前から、福田雑貨店の中を回っていたのだから。しかしすぐに、早口に言った。
「大変申し訳ございません。すぐにお会計いたしますね。こちら、三点で三千五百六十円でございます」
 馴れた手つきで、値札を外し、カルトンの上に乗せる。電卓を使い、会計の値段を口にすると、ふうん、と興味なさそうに女性は鞄から財布を取り出した。女性が小銭やお札をカルトンに出している間に、あかりは商品を検品する。
「こちら、ご自宅用でございますか。プレゼント用でございますか」
「見ればわかるでしょ」
 突っぱねるような女性の言い方に、あかりは悩む。女性がカウンターに持ってきた商品は、三枚のタオルハンカチで、そのどれもが可愛らしい子ども向けの柄だったからだ。
「ああ、もう早くしてよ。一つずつ包んで。こっちから言わないと、わからないの?」
 女性は顔を赤くして、眉を逆立てている。あかりは深呼吸したい気持ちになりながら、「はい、申し訳ありません」と頭を下げ、「お先にお包みさせていただきます」と、商品を一つずつ、ギフト袋に包んでいく。
「箱に入れてくれないの?」
「こちらのサービスはギフト袋のみとなっております、申し訳ありません」
 一つずつ丁寧にたたみ、白いリネンの袋に入れ、リボンで結ぶ。女性は隣で、別のお客様を接客する奥本さんに目を向けると、
「なんで二人しかいないの。忙しいなら、もっと人増やしなさいよ」
 おっしゃることはご尤も、しかし人員が不足しておりまして……と思いながら、あかりはギフト袋にそれぞれの柄を書いた付箋を貼り付けた。
「こちら、商品券が二千円と、現金が五千円、小さいものが六百円でお預かりいたします。少々お待ちください」
「大分待ってるんだけどね」
 女性が深々とため息を吐く。あかりは眉をハの字にして頭を下げ、レジに向かう。ありがたいことに、福田雑貨店のレジは自動レジだった。商品コードと値段を打ち込み、商品券だけ別に金額を打ち、後はお金さえ入れれば、正確にお釣り銭が出てくる。
 あかりはレジの画面に表示されたお釣り銭と、出てきた金額がきちんと合っているか確認し、急いで女性の元に戻る。
 女性はカウンターに肘をつきながら、「もう電車来ちゃうよー」と声を上げた。店内で買い回っていたお客様たちの目が一斉にこちらを向いた。
「大変お待たせいたしました。三点のお買い上げで三千五百六〇円のお会計で、お預かりが商品券二千円と、現金五千六百円でしたので、お返しがこちら、四千四百円のお返しでございます」
 あかりはカウンターにカルトンを置き、レシートとお買い上げ点数、お預かり金額などを確認しながら、お釣り銭を渡そうとした。
「ちょっと! こんなに少ないわけないでしょ、ちゃんと計算してよ!」
 カルトンに載せられた千円札四枚と、小銭四十円を見て女性は怒鳴り声をあげた。
「もう一回ちゃんと確認して! こんなに少ないお釣りなわけないでしょ!」
 狭い店内に女性の声が響く。その声に、そそくさと店を出て行くお客様が見える。あかりは女性の怒鳴り声に驚きながら、「もう一度確認して参ります」とレジに向かった。ちょうど奥本さんがレジに入ろうというところだったが、カウンターで声を上げる女性を見て、「お先にどうぞ」と言ってくれた。あかりはお礼を言って、レジの打ち直しを試みる。レジのドロアの中に入っていた商品券は、先ほどあかりが入れた二枚しかない。打ち直しで戻ってきた金額は確かに、五千六百円だ。あかりは、お客様に、お預かりした金額が間違いではないことを伝えるためにカウンターに戻った。
「お客様、大変失礼ながら、お預かりした金額は商品券二千円と、現金五千六百円で間違いはありません」
 あかりの言葉に、「あら、そうだった?」と女性は急に怒りを鎮めて言った。
「そんなことより早くお釣りちょうだい。もう電車来ちゃうから」
 いつまで待たせるの、と女性は繰り返した。女性は今し方レジを終えた奥本さんが対応していたお客様──こちらは常連で気さくなご婦人──に、同意を求めるように「もっとしっかりして欲しいわよねえ?」と語気を強めて言った。婦人は苦笑して、頭を下げ店を出ていく。
 あかりはレジに舞い戻り、会計をし直した。ドロアの中に商品券を仕舞い、出てきた釣り銭と画面の釣り銭に差額がないかきっちりと確認した。
「大変、非常にお待たせいたしました。それではこちら、ご確認いただきます。お会計が」
「あのねえ、さっきから言ってるけど電車に間に合わないって言ってるでしょ。さっさとお釣り返してよ」
 女性は百貨店の髪袋の中に乱暴に福田雑貨店のナイロン袋を突っ込んで、手のひらを差し出していた。あかりは女性の手のひらに、四千円と四十円、それからレシートを載せようとした。
「レシート要らない。もう来ないから。あなたこの仕事向いてないと思うわ」
 女性は捨て台詞のように言うと、財布の中にお札と小銭をしまうと、カウンターの前を去って行く。店を出る途中、何か目を引くものがあったのか、立ち止まり、手に取って見ている。
「真名瀬さん、お昼行ってきて。お客さんも少なくなったし」
 そう苦笑いを浮かべる奥本さんに、あかりは女性の方を見やる。
「あのお客様がお店を出てから、お昼いただきます」
 雑然となってしまったカウンターを片付けながら、あかりは女性をひそかに見やっていた。腕にはめた時計を気にするふうでもなく、女性はまた再び、店内を回り始めていた。
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