第1話

文字数 42,041文字

一話 書院番士

安永元年(一七七三)の初春。冬に耐えてきた府内の梅の木々に花が咲き始めていた。
旗本坂部十郎右衛門、二十五歳は、書院番の泊り番の仕事を終え、瓦葺の白亜の土塀の続く道を若党、槍持ち、草履取、そして挟み箱持ち四人を従えて、屋敷に着いた。若党がご主人様のお帰りと門に向かって叫んだ。物見窓から顔を出した門番は、急いで長屋門の両開き扉を開けた。安堵した十郎右衛門は、五百坪ほどある敷地の奥南側建つ母屋に入った。妻の富子が玄関に迎えでていた。
寝間に入り、富子に手伝わせて、十郎右衛門はとが組み合わさった長裃を脱ぎ、小袖と羽織に着替えて居間に行き、みそ汁と漬物をおかずに朝餉を取った。
「富子、明日の朝番も登城するぞ」
「明日はお休みでしたのに」
「休みだったのだが、番頭の青山様からのお呼び出しがあったのだ」
 富子は、空いた十郎右衛門の椀に飯を盛った。
 湯をかけ、十郎右衛門はあっという間に流し込んでしまった。
「良いお話ですか」
「分からん、一寝むりする」
 富子は急いで布団を敷きに席を立った。
 十郎右衛門は、寛延元年(一七四八)、徒組頭の父田沢信吾とふさの次男として生まれた。信吾は、御目見以下の御家人で役高は百五十俵三人扶持、役務は作事方や小普請、江戸城の諸門の修復、寺院修復、堀浚などの土木建築工事や編集事業を手伝う書物御用そして、暦・測量御用などの要員の取りまとめ役であった。信吾は、学問に励み、昇進することに生きがいを感じていた。
この年、西国は大虫害によって米や麦等が大打撃を受けた。そして数年の間、百姓たちは大飢饉により飢えとの戦いであった。信吾の役高も、百俵に減らされ、家計のやりくりは苦しかった。そのような時代に育った十郎右衛門、背丈五尺(百五十センチ)、体重は十二貫(四十五キロ)と貧相な体形であったが、手先が器用で、大工や左官工事をこなし、周りに人間から重宝されていた。ただ、正義感が強く、だれに対しても正しいと思ったことは曲げずに処するので、人間関係を損ねることが多かった。そんな十郎右衛門に遊びや呑みに行こうと声をかける人間は数少なかった。
二十二歳、十郎右衛門に転機が来た。 坂部家から養子縁組の話がきたのだ。坂部家は、将軍に謁見できる御目見の旗本で富子の父親半之助は、書院番勤めであった。旗本と言っても三百俵取りと役高は低かったが、十郎右衛門の父の徒組頭役高の倍以上であった。
幸運を掴んだ十郎右衛門に周りからねたみや嫉妬を買った。旗本は、三河時代から戦場で主君の軍旗を守った武士団をさし、徳川家家臣が中心となっていた。
富子と祝言を挙げた数か月後、半之助は、隠居した。
十郎右衛門は、書院番の役職をあまりにも早く得、自分でも信じられなかった。しばらくの間は、夢の中にいるようであった。五百坪の敷地内には、十郎右衛門たちが居住する母屋と使用人の住む平長屋がある。便所、風呂、そして井戸は二つずつあった。使用人は、門番、槍持ち、中間、若党、草履取、用人、下働きの女中たち十人が坂部家で働いていた。
 書院番士といえば小姓番組と並び合わせられ両番筋と言われ、旗本・御家人のなかでは、いちばん毛並みの良い家でなければなれなかった。そして、他の役職と異なり、出世の道が開かれている。 うまくいけば、大名クラスにもなれる可能性があった。番方と呼ばれ軍事家臣団で、若年寄配下では、ほかに新番、小十人組、火付盗賊改があり、また老中配下では、大番、旗奉行、槍奉行があった。老中は国政を担当し、老中につぐ地位の若年寄は、旗本や御家人の支配を中心とした政務を担当していた。
その書院番は、四組によって構成されていた。一組は、御目見以上の旗本からなる番士五十名と御目見以下の御家人による与力十騎、同心二十名の構成からなる。番頭は、その組の指揮官である。勤めは、朝番・夕番・泊番があり、白書院の北の詰所に駐在した。
大番と同じく将軍の旗本部隊に属し、他の足軽組等を付属した上で、備内の騎馬隊として運用されるが、敵勢への攻撃を主任務とする大番と異なり、書院番は将軍の身を守る防御任務を主とする。
十郎右衛門は、書院番士として勤め始めてから、仕事人間で、残業を嫌がらずにこなした。また、遊び事は一切せずに、毎日が城と屋敷の往復で、真面目過ぎるほどの性格、楽しみは、屋敷に帰ってからの興味を持っている算学の書物を読むことと非番の時の剣術の稽古をするぐらいであった。
関流の有馬頼ゆき(久留米の藩主)の『拾璣算法』を特に好んで何度も繰り返し読んでいた。この本には点竄術(字句を直すことで,方程式の諸項を消去・加筆するさまを表現したもの)や円理の諸公式など、それまで関流の重要機密であった高等な算法の数々の問題と結果が記載されていた。
剣術の稽古は、物心ついた時から通っている北辰一刀流の浅場道場に汗を流しに行った。
 一方、職場の連中のほとんどが、親の世襲の書院番士のためか、お坊ちゃんで遊び好きであった。その連中から、勤め始めた時には、吉原に行こうとたびたび誘われた。十郎右衛門は、最初は用事があると言っていたが、最近ではその言い訳が面倒になって、「某は、男色が趣味」と言って、断り続けていた。
 そんな気持ち悪い十郎右衛門に仕事以外の話をする者は、何人もいなくなった。
 坂部家は、堅物の十郎右衛門にさらなる立身出世を望み、半之助は、隠居後、酒を断ち、半之助の妻は、毎日、百度参り、女房の富子も、水垢離を欠かさなかった。
 十郎右衛門は、半之助に上司の屋敷に毎日ご機嫌伺いをするように、繰り返し言われていたが、そこまでして出世をしたいとは思っていなかったので、二人は気まずい関係になっていた。
 支度を終えた十郎右衛門に富子が、
「旦那様」と言って、長刀を渡した。
「いってくるぞ」
「行ってらっしゃいませ」 
春の青空に陽の光が白い壁を輝かせたお城の天守閣がそびえ建っていた。
控えの間にお城坊主が十郎右衛門を案内した。
すでに、部屋には、四人が詰めていた。その中に、浅場道場の同門の二人、山下忠友と菅沼新三郎の二人が座していた。
 十郎右衛門は、山下の後ろに座らせられた。後から、やはり同門の小納戸の立山新之助が案内されてきた。 お城坊主が、全員そろったのを確認して席を立った。
 しばらくして、先ほどのお城坊主が、若年寄の安藤信成を導いてきた。そして、十郎右衛門は、徒頭を命じられた。一方、立山は町奉行所、山下は使番、菅沼は目付に異動となった。
「坂部、出世だな」
 菅沼が十郎右衛門に声をかけた
「お前も目付とは栄転だ」
 十郎右衛門が答えた。
「山下と立山も誘って、飲みに行こう」
菅沼がいって二人に声をかけに行った。
 そして、行きつけの居酒屋‘弥助’に四人が集まりそれぞれの夢を語り続けた。

十年過ぎた。将軍は、家重から十代目の家治に移っていた。十郎右衛門、三十六歳になり、使番に昇進していた。山下忠友は目付に異動していた。
使番とは、治績動静の視察、幕府の上使として城の受け取りの立会や京大阪等要地の巡視などの業務であった。
この年、明和四(一七六七)年田沼意次は、側用人の地位に着いた。意次は、商業を重んじる政策を取るため商人たちを優遇した。株仲間を積極的に公認し、独占権を保証しその見返りとして、運上金を徴収した。さらに、幕府による専売制を推進し、銅座や鉄座などを設置した。貿易面では、金銀を輸入し、銅や俵物(海産物)などを輸出し、長崎貿易の拡大を図った。それにより、商人たちは、多くの財を成し、その一部を意次たち幕閣にお礼として、渡し続けていた。これにより、農民たちに貧富の差が広がり、貧農の多くは江戸に流れ込んできた。
  使番になっても、年を重ねても相も変わらず、十郎右衛門は、曲がったことに対しては、上司であろうと他の職場の人間であろうと、徹底的に議論を吹っ掛けていた。
半之助は、いつかしっぺ返しがあるのではと心配で十郎右衛門に夕餉を終えた後に言った。
「十郎右衛門、田沼様が、御側用人につかれた。土産でも持って、お屋敷に行って来なさい」
「父上、某にはそのようなご機嫌取りなど、出来ませんしやりません」
「いつも出世したいといっているのに、なぜ儂の言うことを聞けんのか」
「父上だって、付け届けなどやったことがないのに」
「儂のように出世できなくてもよいのか。後悔するぞ」
「そのようなことで出世できなくても後悔なんていたしません」
「おまえは、出世の意味がまだ分からんのか?」
「お上にたくさん奉公するために出世するのです」
「そうだ、だからどんどん出世してお上に多く奉公できる地位を射止めよ」
「私は、言いたくないことを忠言したりして、お上のために・・・」
「もっと上を見ろ、最高の奉公は、家老になることだ」
「そんな無理無体なことを」
 といって、十郎右衛門は顔をそむけた。
(困ったものじゃ)半之助は、十郎右衛門のこれ以上の出世を諦め、孫を待つことにした。
そのため、半之助は、富子の顔を見るたびに「子はまだか」と催促した。
 半之助の妻は、その執拗さのため、暫し半之助をとがめた。
 二話 降格
十郎右衛門の噂が意次の耳に入った。意次の取り巻きたちは、十郎右衛門が危険人物だといって、遠ざけるようにと上申した。 
数日後、十郎右衛門は若年寄呼ばれ、徒組頭の役を命ぜられた。
「富子、降格だ。また徒組頭だ」
 こわばった顔をした十郎右衛門が、出迎えた富子に腰から抜いた長刀を渡しながら言った。
「・・・・・・さあ、早くお着替えを」
 一瞬言葉に詰まった富子が、振り絞る声で言った。
 裃を脱ぎ、小袖の着流しに着替えを終えた十郎右衛門は居間に入った。味噌田楽、海苔そして香物が載った箱膳と酒が用意されていた。
 重苦しい雰囲気の中で、皆黙って、食した。
 皆が食べ終わった時、十郎右衛門は、盃をおいて言った。
「某だけが、降格だ」
「そうですか」
 富子は、感情を表に出すのを抑えた。 半之助は、お茶を床に置いて、言った。
「十郎右衛門、そなたには、何度も言ったぞ。変な正義感は、出世の妨げじゃと。お目見以下に降格とは前代未聞じゃ、ご先祖様に申し訳が立たん」
「父上、私は間違ったことはしておりませぬ」
「そんな言い訳が通る時代か。田沼様に嫌われるとは」
「あなた、もう一本つけました」 富子が、十郎右衛門の盃に注いだ。
「降格といっても、お徒組頭ではありませんか。そのうち良いこともありますよ」半之助の妻が言った。
 書院番から昇格して徒頭になるのが、順当な出世コースであったが、十郎右衛門は徒頭の部下の徒組頭を命ぜられた。その徒組の主要な任務は、江戸城内の警備であった。十郎右衛門は、そのうちの御膳場の警固という地味な仕事であった。十郎右衛門は登城しない日は、天気の良い日は、浅場道場に通うか近くの池で釣りをして時間をつぶし、雨の日は、家にこもって、読書にいそしんだ。
そんな十郎右衛門を心配して、坂部家では、十郎右衛門の出世を祈念して、父親は、酒を断ち、半之助の妻は、毎日、百度参り、富子は、水垢離を続けていた。
 
三話 抜擢
  暮れ六ツ(六時)、御三卿(田安、清水、一橋)のひとり、一橋治済(ひとつばしはるさだ)の屋敷では、御三家の水戸、尾張、紀州藩の江戸詰家老たちが集まっていた。
治済が、口火を切った。
「江戸界隈では、打ち毀しが朝夕と関係なしに多発している。ご政道が危なくなってきておる。ここに集まっていただいたのは、この状況下で如何にご政道を守るか。水戸の治保様は、どのようなお考えかな」
水戸の家老が、言った。
「わが殿は、田沼殿に代わる器量の者は、松平定信、酒井忠貫、戸田氏教様の三人しかいないと言われております」
 治済は、頷いた。
「どうであろうか、尾張の宗睦様のお考えは」
「殿は、松平定信様の白川藩の治政をかっております」
「治貞様は、如何仰せか」
 紀州の家老が答えた。
「殿は、定信様の白川藩の数多くの実績は存じておりますが、将軍の縁者は難しかろうと言われており、酒井忠貫殿を押したらいかがと申されております」
「治貞様の言われるのも分かるが、幕府転覆かという時期に、過去の習いに従うこともありますまい。定信殿は、幼少期より聡明で知られており、そしていずれは第十代将軍家治の後継と目されていた。しかし、田沼を‘賄賂の権現’と批判したため存在を疎まれており、意次の権勢を恐れた一橋家当主の治済によって、久松松平家の庶流の白河藩第二代藩主松平定邦の養子とされてしまった。意次に怨みやつらみから、今までの田沼の政治を一変させてくれるだろう」
治済は、一息ついて続けた。
「定信殿自らも幕閣入りを狙って、意次に賄賂を贈っていたようだ。うまくいくかもわからん。まずは、定信殿に老中になってもらうよう大老の井伊直幸殿に進言したい旨、御三家の殿へ書に致すので、しばらくお待ちくだされ」
 と言って、治済は席を立った。
 しばらくすると、女中たちが、酒と肴を運んできた。

 数日後の四ツ(朝十時)、江戸城本丸御用部屋では、水野忠友、鳥居忠意、 牧野貞長、 阿部正倫たち、老中四人が集まっていた。そこに、田沼意次はいなかった。
水野忠友が口火を切った。
「御三家、御三卿の方々から、松平定信様を老中に殿上申が出ていますが、各々方のご意見をお聞きしたい」
 鳥居が答えた。
「将軍の縁者を幕政に参与させてはいけないとの家重様の上意があります。ここは、断固拒否しなければなりませんぞ」
「鳥居殿の言われるとおりでござる。お断り申され」
 牧野が、続いた。
「某、大奥の滝川様に根回しをいたそう」
  幕閣の田沼派によって、御三家らの定信擁立工作は頓挫してしまったが、翌年の天明七(一七八七)年の五月二十日、飢饉による米の値上がりに対しての憤懣のため、江戸府内のあちらこちらで、打ちこわしが始まった。
意次は、鎮静化するために二十万両を使い、暴徒たちを鎮静化させた。
しかし、幼い将軍家斉は、御三家の言うことを聞いて、意次たちに命じた。
「将軍の御膝元の江戸でなんということだ。威厳の失墜、お前たちは、責任を取れ」
と怒り心頭、田沼派の首領格、御側御用取次の本郷泰行(やすあき)と横田準松(のりとし)を解任、その三日後、田沼意次も、責任を取らされ罷免された。 
そして、定信が、老中に抜擢されすぐに筆頭になった。定信は、今まで意次の重商主義を重農主義へと転換を図る事を急いだ。
定信、三十歳。 
(意次の息のかかった連中を一掃しなければ)定信は、御三家、御三卿に根回しをした。さらに田沼派の連中たちへ御庭番を放ち、様子を探らせた。
夜も静まったころ、報告が届いた。定信は、縁に出た。
「殿様、老中松平康福(やすよし)様は老中を二十五年、自分の意見を主張することもないし、持ってもいないようです。ただ、温厚なので、世間から慕われているようです」
「ご苦労であった」
翌日には、次々と御庭番から、定信に報告された。
「水野様は、田沼様から養子を迎えたりして、昇進を重ねて行ったようです。勝手掛をお勤めの時、極度に財政を悪化させています」
「牧野様は、今のところ悪いうわさはありません」
定信は、熟慮を重ねて、やっと行動に出る性格であったため、結論を出すには時間がかかった。
御三家にも相談して、将軍補佐役としての座を得るように画策し、意外に早い時期に首座なることができ、それを機会に老中たちを次々と罷免した。
そして、新老中として、松平信明、松平乗完(のりさだ)、本田忠壽(ただかず)、戸田氏教(うじのり)が就任した。
天明八年(一七八八)十郎右衛門が徒組頭の役職についてから十年が経った。相も変わらず過度の潔癖症や正義感のため、上司であろうとだれであろうと正しいと思ったら、意を曲げないため、以前以上に、上司から疎んじられていた。
(わしは、この性格のままでは、隠居するまで御目見以下の番士のままか、せいぜい進物番ぐらいで終わるのであろうか。それもやむをえまい)と十郎右衛門は、達観しているかのように見えたが、酒を飲むと相手方に愚痴やうっぷんを晴らすような言動が多くなり、酒の席では、十郎右衛門から皆が遠ざかりたがるようになった。
家でも酒の飲み方が荒くなってきて、富子を困らせていた。
 非番の日、十郎右衛門は、寝苦しい夜からやっと寝付いたと思ったら、二日酔いのむかつきと朝からの蝉の鳴き声ですぐに目を覚ました。
ため息をついた。(気分をかえて、釣りでも行くか)
 起き上がって、煙管に煙草をつめた時、
「旦那様、お城からお使いの方が見えました」
 富子の声が襖の向こうから聞こえた。
「何用だと」
「すぐに徒頭が登城するようにと言って帰られました。すぐにお支度を」
「分かった」
「お食事はどうしますか」
「いらん、すぐに登城する」
 徒頭から、勘定奉行の久世広民が広間で待っていると伝えられた。
(一体何だろう)十郎右衛門が考える間もなく、
坊主が、すぐに十郎右衛門を久世の所に案内した。
「坂部十郎右衛門でございます」
「おぬしが坂部か」
「坂部十郎右衛門、勘定役を命ずる」
 十郎右衛門は、はっはと床をこするほど低頭した。
十郎右衛門の役職の勘定役は、勝手方勘定奉行の配下である徴税および領地支配の中でも経済面に関する事務処理を担当する「取箇方」の勘定として配属され、直属の上司は、勘定組頭の広田朔太郎、そして勘定奉行は、久世広民であった。
十郎右衛門は、すぐに友人の立山に会いに行った。立山は、十郎右衛門の栄転祝いにと、山下と菅沼に声をかけ、隅田川のほとりの船宿で宴を設けた。
しばらくたつと、女将が用意できましたと菅沼に伝えに来た後、菅沼が立ち上がっていった。
「みんな、これから屋根船に乗って、大花火の見学と行くぞ」
船着き場の船の中に四人が腰をおろすとすぐに、辰巳の芸者が、屋根船の鴨居にちょいと手をかけて、膝から先に仰向けになってすべりこむように十郎右衛門たちのところに入ってきた。
「粋だね」菅沼が芸者に向かっていった。
 十郎右衛門の不機嫌そうな顔を見ながら菅沼が盃に酒を注いでいった。
「今日は、この坂部の出世祝いだ。おねえさん、よろしく」
「はい、わかりました。あたしは千代といいます。よろしゅうお願いします。さあ、坂部様、一杯いかがですか」
 十郎右衛門は、盃を持った。
「だんな、そんなしかめ面しないでくださいよ」
「坂部、飲め」
 立山が笑いながらいった。
「坂部様はまじめな方」千代は十郎右衛門の朱に染まった顔を見た。
「千代さん、何か面白い話をしてもらえまいか」菅沼が、話を変えた。
「そうですね、昔の話になりますが。あの紀伊国屋文左衛門さんがこの隅田川で盃流しという遊びをやられたそうです。数千の朱塗りの盃を船から流したとのことです。その後、これをまねて、学者柳屋長右衛さんの息子鯉三郎さんが茶道具屋の娘さんを娶る前にやろうとしたところそれを知った長右衛さんが間一髪止めに入ったそうです」
「なぜ止めたのですか」山下が聞いた。
「それは大変お金がかかるだけでなく、御上から目をつけられたら大変なことになると思ったからではないでしょうか」
 体中赤く染まった十郎右衛門は頷いた。
 ドーン、ドーン、ドーン 
「花火大会が始まりました」と千代がいいながら、体の向きかえて障子戸を開けた。
 夏の夜空に大輪の花が咲き、川面にもそれが映し出された。
四話 札差との戦い
  寛政三年(一七九一)八月十三日。定信は、田村時代の勘定奉行の青山喜内を閉門蟄居に押し込み、そして、久世広民を勘定奉行に採用した。
 登城した十郎右衛門たち勘定役四人と組頭の広田はすぐに、久世に呼ばれた。
「早速集まってもらったのは、松平様から武家への借金棒引き、定信さまは棄捐と言われていたが、そのご提案があった。その内容だが、二十年以上前の借金は棄捐、十九から十年までは二十年賦か無利子、五年前までは十五年賦とするものだ。これによって、札差たちに影響が出るのは必至だが、どの程度のものか、まずは現在の札差の経営状況を調べて欲しい。町奉行所との共同調査になるので、心してかかってくれ」
「期限はいつまででしょうか?」
 広田が聞いた。
「三月十一日までに結果を持ってこい」
「承知いたしました」
「組頭、これは借金の踏み倒しではありませんか。こんなことあっていいのでしょうか。借金棄損などしたら、札差との信頼関係が損なわれます」
「坂部、札差と我々の同輩の武士たちとどちらが大事だ。お前も武士なら、文句言わずにお奉行様に従え。まずは、札差の経営状況を調べるのだ。おまえたちも分かったな」
 十郎右衛門たちは、翌日から、手分けして、朝から晩まで札差たちをまわった。
 まだまだ朝晩は寒く、十郎右衛門はとうとう風邪をひいてしまった。
「あなた、無理されないで、今日はお休みになったらいかがですか」
 富子は、心配そうに咳をする十郎右衛門に声をかけた。
「皆に迷惑をかけられない、行ってくる」
 三月十一日を迎えた。
 十郎右衛門は、やっとのことで登城した。 
「坂部、おぬし顔色が悪いぞ」同僚が、心配そうにいった。
「大丈夫だ」
寒気に耐えながら十郎右衛門は広田たちに続いて、久世の部屋に入った。
広田は、調査結果を説明し始めた。
「お奉行、百軒ほど調査した結果ですが、自己資金で運営しているものは七軒、そこそこに営業しているものは二十二件、残りはすべて、よそから資金調達しながら何とか営業をしているのが現状です」
「何、ほとんどが弱小ばかりではないか」
「仰せの通りです。このような状況では、借金を棒引きしたらほとんどの札差は潰れてしまうでしょう」
「また恨みを買って、今後武家に金を貸すところは皆無になってしまいます」
 十郎右衛門が、急に声を上げた。
 久世が十郎右衛門を睨んだ。
「分かった。広田、この二日間で何とかうまく施行する方法を考えてくれ」
「承知いたしました」
 早速、広田以下は職場に戻り、皆に考えを述べるよう促した。
「会所をつくって、全国の富裕な商人に出資させて、札差が融資していた分をすべて肩代わりさせるのです。その資金を武家へは一割で貸し、札差はその利息の一分を取って、会所が九分を取ることにすれば、問題なく、札差は営業を存続できるだけでなく、社会に金が周り武家にも資金が行きわたる一石三鳥の案と思いますが、如何でしょうか」
 十郎右衛門が早速今まで考えていたことを述べた。
「しかし、商人が、すぐに出資するだろうか?」
 同期の戸部武之進が、心配顔で言った。
「そうだな、彼らとてすぐにはこのやり方を信用しまいな。誰ぞ、ほかに妙案はないか」 
 広田が言った。
「公儀の資金を幾ばくか札差に無利子で貸し付けたらいかがでしょうか。損をこうむる札差も、納得するでしょうし、富豪の商人たちも安心して出資すると思います」
 十郎右衛門より三歳年上の片野鉄之助が、言った。
「それは妙案だ。この案で行こう。坂部、公儀の資金がどれほど出せるか調べてくれ。戸部、おぬしはどれほど商人たちから資金が集められるか予測してくれ。片野は、この案を報告書としてまとめろ。良いか明日いっぱいまでだ」
 広田は皆に向かって言って、席を立った。
三日後。勘定奉行の久世広民及び久保田政邦、町奉行の初鹿野信興及び山村良旺(やまむらたかあきら)が、定信のもとに集まった。
久世は、案を四半刻(三十分)かけて説明した。
説明を聞いた後、定信が口を開いた。
「公儀からの出資は、五万両では多すぎる、減らせ。そして、この案をしっかりつめてくれ」
 定信を見送り、久世の部屋で、久保田、町奉行の初鹿野及び山村たちはこの案を評議した。
「樽屋与左衛門にも参画してもらったらいかがでしょうか」 一番年下の初鹿野が言った。
「それがいい、儂が樽屋に頼もう」
 山村が答えた。 
 今後は、久世が中心になって取り勧めることに決まり、一刻半(三時間)ほどかかった評議は終わった。

 蝉の鳴き声が府内のあちらこちらで聞こえ始めていた。定信のもとに久世達奉行の四人とその供たちが集まった。そして、久世の供をしてきた十郎右衛門が、恐る恐ると定信の前にすり進み、書類を渡した。
 しばらく定信は、その書類に目を通してから言った。
「始めるがよい」
はっと言って、久世はやや緊張気味に説明し始めた。
「まずは、救済内容ですが、六年前までの借金は返済免除、五年以内は利子を六分に減らす、直近は一割二分とします。原案の二十年以前を棒引きということにしていましたが、それでは古い借金がなかなか解消できません」
 一息ついて、定信に目をやった。
「次に今回の棄捐令は札差のみで、他の町方の取引は全く関係ない旨の御触れを出し、他のものを安心させることにします」
 さらに詳細について、四半刻ほど説明を続けた。
「以上、この棄捐令は、九月に公布、十月施行としたいと考えますが如何でしょうか」
 久世は、書類をたたみながら言った。
「傲慢奢侈な札差たちを武家達皆が憎んでおる。その輩に、五万両ものの公儀の金を無利子で貸与するのは甘すぎるのではないか。二万両ぐらいにしてはどうか。またこのての法が施行され、公儀が出資すれば、御家人に直接公金を貸し付けるようなものだ。だから、札差に融資している者たちは、金元は公儀ですと宣伝するものが出るであろう。よって、公儀の出資は施行後の3か月後にいたそう。では九月までに準備を頼む」
(定信さまは、先の先まで読んでいらっしゃる)十郎右衛門は感心した。
「承知いたしました」久世が答え、そして皆低頭した。

 八月の末、ほぼ公布の準備が整った。久世達が、至急とのことで、定信に呼ばれた。
「今後、分限高に応じて貸付の金額を定め、それ以上は絶対に貸さないと定めてしまうと、分不相応に借金した者は返さなくてもよい道理になってしまい、今まで貸してきた分が道理に外れたことになってしまわないだろうか?近頃、人情が薄くなり、利に敏くなって自分が貧乏であることを公然と吹聴しても構わないと思い、それを恥と思うことがなくなってきている。札差からの借金を今後は公儀の役所に申請して借りることにすれば、制限以上の額の借金ができなくなって景気の悪化の原因になるかもしれないし、特に公の場へまかり出て借金するようになっては、世間の目を恥じることもなくなるきっかけになってしまわないだろうか?または、恥を重んじて借金できなくなってしまわないか?」
 定信が、憂鬱そうに言った。
(今頃になって何を)久世は怒りが顔に出るのを何とか抑えた。
「久世、なにか」
「いいえ、なにもありません。ご心配の件、ごもっともでございますので、検討いたします」
一か月後、久世達が定信に再度上申した。
「貸出金については、禄高百俵に三十両を基準として運用したいと思います。また、取引のある武家の名前と切米高を貸付金がある者もない者も書面で出すようにさせます。これでいかがでしょうか」
「もういい、借金する武士に恥だと自覚させることだ」

 九月十六日。勘定奉行所の白洲に札差たちが集まっていた。 しばらくすると、十郎右衛門たちが出てき、後から久世が出てきて座った。
「皆に申し渡す。・・・・・・・」と言って、折りたたんだ紙を広げ読み始めた。
 最後に、「本日より棄捐令を施行する。これは老中筆頭、松平定信様の命だ、分かったか」
 一方、町奉行所では、奉行の初鹿野信興が、七人のご用達商人を集め浅草猿屋町の会所に出資するように命じた。
 棄捐令が出て七日後。二十八人の札差が町奉行所を訪れ、この棄捐令によって、家業を続けることができなくなると嘆願書が提出された。
 すぐに初鹿野は、定信に報告し、他の奉行を集めた。
「松平様、二万両を下賜してもよろしいでしょうか?」
「ちと早すぎるかもしれぬが、やむを得ぬ。明日にでもそのように札差どもに伝えよ」
 定信が、言った。
 翌日、初鹿野は、奉行所に代表初を呼び、二万両を下賜することを告げた。
 札差たちは一様納得して引き下がった。
しかし、十月になると、今までの借金の一部を秋の切米で清算して新規に借りる‘借り貸し金’を貸し渋るようになったため、定信は、奉行たちをあつめた。
「札差の奴ら、今までは、暮れには借りた二十両は返すことができたが、今年はなんと四両、同心などは、一両。これではみな年が越せぬわ。札差の自己資金が足らねば、会所から借りさせろ。久世、すぐにあたれ」
 定信は、もみあげに青筋を立てて言った。
勘定奉行の久世広民は、「はい」と言って、頭を下げた。勘定書に戻って、久世は十郎右衛門に命じた。
「すぐに、樽屋に札差たちの意向を聞き出させろ」
 十郎右衛門は、承知いたしましたと頭を下げ、席を立ち、槍持ちと草履取を従えて、城を出た。樽屋に着き、草履取が坂部の名を告げると、十郎右衛門は手代に客間に案内された。
 十郎右衛門は樽屋を前に、今回の件で定信が怒り心頭していることを伝えた。
「定信様が、お怒りになってもこの問題の解決はなかなか難しいですぞ」
 樽屋は平然と答えた。
「樽屋殿、札差たちの本音を聞き出してもらえまいか」
 十郎右衛門は、予期した通りの答えを聞いてからいった。
「ここ二日ほど、時間を下され」
 承知したといって、十郎右衛門は、自宅に戻った。
「帰ったぞ」
「おかえりなさいませ」富子が迎えに出た。
「飯を食ったら、また城に戻る。しばらく帰れないので、泊りの支度を頼む」
「それは大変ですね。ご苦労様です」
 富子は、女中に夕餉の支度を命じ、十郎右衛門の着替えの準備をした。
一刻半ほどで、勘定所に戻った。
二日の間、十郎右衛門は夜も徹して打開策について検討し続けた。
 十郎右衛門の耳に捨て鐘用の太鼓の音が入ってきた。
「もう明け五ツか」
 十郎右衛門は、顔を洗いに部屋を出た。
「坂部様、娘様がお弁当を持ってこられました」小坊主に部屋に戻ろうとしたとき、声をかけられた。十郎右衛門の娘は十五になっていた。
「悪いが、受け取ってきてくれ。頼む」と言って席に着き、書類をめくり始めた。
 しばらくして、小坊主が弁当を持ってきていった。
「むすめ様が、是非お伝えしたいことがあると言って、お待ちになっています」
 十郎右衛門は娘の待っている部屋に行った。
「お父様、おじい様が倒れました。お医者様に診てもらいましたら・・・・」
 娘は泣き顔になった。
「なに、お義父上が。仕事が片付いたら帰るから、それまでしっかり面倒見てやってくれ」
 弁当を食べ終わると、同僚が次々と部屋に入ってきた。
「坂部、昨日も徹夜か」戸部が声をかけてきた。
「まだ仕事が終わらんからな」
「あまり無理するなよ」
一刻ほどたって、十郎右衛門は樽屋に会いに行くと言って勘定所を出た。
 樽屋との話を終え城に戻ると、
「坂部様、お奉行様がお呼びでございます」小坊主から声をかけられた。
 十郎右衛門は皆の視線を受けて、部屋を出て久世の部屋に行った。
「坂部です」
「入れ、松平様のお呼びだしじゃ。十郎右衛門、伴をせい」
 茶坊主の後に久世そして十郎右衛門が続いて、定信の執務部屋に入った。 もうすでに、勘定奉行の久保田、町奉行の初鹿野及び山村そしてその伴たちが座していた。
 定信が、上席についた。皆の者ご苦労といった。みな平伏した。
「いろいろ考えたのだが、札差だけに圧力をかけるだけでなく、不届きな武家の借り手を何人か処罰して、見せしめにしたらどうか。また、札差を一人ずつ呼び出し、利率一割二分では取引できないといった者については、権利を取り上げたらどうか」
 一息ついて、さらに続けた。
「一時的に禄高を増やしているだけの足高については、札差たちの意見を聞いて、担保に含めないようにしよう。もう評議に時間をかけられない、暮れの取引については、足高分は会所の資金を充て、法外の借り手は支配頭から注意させ、来春に札差の賞罰という運びにしたらどうだ。年を越せないような事態になったら、今までの苦労が水の泡だ。意見があれば述べてみよ」
「松平様、樽屋を通して、札差の本音を今探っております。明日にその結果が出ますので、お待ちいただけませんか」
 久世が言った。
「松平様、利率について交渉している最中です。落としどころを模索していますので、しばしのご猶予を」
 十郎右衛門が、続いていった。
「利率はどのくらいを想定しているのじゃ」
「今、四分で折衝しています。もうしばらく時間がかかるかもしれませんが、最悪でも六分で決着させるつもりです」
「わかった、では三日後に再度評定する」定信はムッとした顔をして出て行った。
 定信が退出してから、一刻ほど久世たちが評議した。
「十郎右衛門、札差との利率交渉は大丈夫か」
 久保田が心配そうに聞いた。
 十郎右衛門は、何とか決着させますと緊張した面持ちで答えた。
三日後、六分の利率で幕府と札差たちは合意を得た。
「よかった。これで武家たちも新しい年を迎えることができる」
 
十郎右衛門は、急いで屋敷に帰った。「父上の具合はどうか」出迎えた富子に言った。
「小康状態です」
 十郎右衛門は半の助が臥せっている部屋に行き、声をかけたが、半の助は、鼾をかいているだけで目を開けなかった。
老中の命により、十郎右衛門たちは休む間もなく、次に物価対策に取り組んだ。棄捐令の成功に自信をつけた幕閣たちは、勘定所や町奉行所を総動員させて、高騰する物価を見事に安定させることに成功した。
 定信は、これに味を占め、田沼意次の重商主義政策と役人と商人による縁故中心の利権賄賂政治から、朱子学に基づいた重農主義による飢饉対策や、厳しい倹約政策、役人の賄賂人事の廃止、旗本への文武奨励を勧めた。
さらに、海国兵談を書いて国防の危機を説いた林子平らを処士横断の禁で処罰し、田沼意次が行ってきた蝦夷地開拓政策を中止した。また、朱子学だけを正統とし(現在では、寛政異学の禁といわれている)、昌平坂学問所では朱子学以外の講義を禁じ、蘭学を排除するなどした。結果として幕府の海外に対する備えを怠らせた。
その結果、露西亜が南下政策をとり始めた。
寛政四年(一七九二)九月三日、日本人漂流民である大黒屋光太夫らの返還と交換に日本との通商を求めて、アダム・ラクスマンが根室にやってきた。

ラクスマンからの書状を松前藩が受け取り、定信に持参した。
江戸城では、対応をどうするかで評定が開かれた。
定信は、老中の松平信明、松平乗完(のりさだ)、本田忠壽(ただかず)、戸田氏教(うじのり)そして、寺社奉行・町奉行・勘定奉行に書状の内容を説明し、意見を求めた。
「書状の内容だが、一つは、漂流民を江戸の役人に引き渡したい、二つは、返答がなければラクスマンは船を江戸に向かわせ直接交渉するとのことである。意見を述べよ」
「あくまで江戸への来航を許さず、武力に訴えてでも、根室で打ち払べきです」
「しかし、相手は、我々よりも優れた大砲を持っているようです。負ければ、幕府の権威が失われてしまいます」
「では、こちらの事情を伝え、唯一の外交の窓口の長崎への回航を求めてはいかがでしょうか」
「そのようなことを相手は聞くでしょうか。仕方がないので、蝦夷地の港を開き通商を認めてはいかがでしょうか」
「意見は分かった。使いの者、遅くなったが、経過を説明してくれ」
「はっ、天明二(一七八二) 年十二月,光大夫たちは、伊勢の白子から江戸への航行中,駿河灘で台風にあい,七ヵ月間の漂流を続けて翌年夏,アリューシャン列島のアムチトカ島に着いたようです。それから四年後,彼らはカムチャツカ半島に渡り,帰国を願いシベリアを西に向かうことが許され、そして、偶然にも女帝エカテリーナ二世 に謁見する機会を得ることができ、我が国への渡航が許されたようです。そのようなわけで、この度、遣日使節 ラクスマンに連れられてきました。彼は、光大夫たちの引き渡しと我が国との通交・通商を強く望んでいます」
「光大夫たちは露西亜の隠密になれ果てたかもしれぬので、光大夫の返還も通商もは拒む方が良い」と松平信明がいった。
「いや、露西亜の情報を得るために、光大夫たちを引き取ったほうが良い」と本田忠壽が反論した。一刻かけても結論が出なかった。定信に決めるよう皆がいった。
その結果、光大夫を引き取るが、通商は拒否するよう定信の命が下った。また、こちらにとって優位な交渉場所として松前を選ぶよう命じた。
 交渉の人選は、それぞれ老中たちの管轄する役所から優秀な人材を出すことになった。
交渉人の一人として、十郎右衛門が勘定方から選ばれた。
二日後、定信は十郎右衛門たち交渉人を集めて、訓示した。
「よいか、皆の者。貿易の要求を拒否しないで、長崎のオランダ商館と交渉するように、時間を稼げ。光太夫たちは、引き取るのだ」
十郎右衛門は、屋敷に戻り松前に向かう準備をした。
富子は、支度をしながら心配そうに十郎右衛門にいった。
「あなた、お父様が・・・」
「わかっておる。心配するな、すぐに戻る」十郎右衛門は、声を荒げていった。
 松前藩は、光太夫とラクスマン一行を松前に行くことを了承させていた。
  十郎右衛門たちは、松前に到着すると、松前藩と事前打ち合わせを済ますとすでに来ていたラクスマンとの交渉に入った。十郎右衛門は国法である鎖国令を読み上げた。
他の交渉人は、ラクスマンに、漂流民送還の労をねぎらい、今回に限り松前において漂流民受領の用意がある旨を説明した。また、通商は拒否すらが、長崎への入港許可書は与えるので、長崎に行くようにと伝えた。
数日間の十郎右衛門たちの説得工作も実を結び、光太夫ともう一人磯吉二人が幕府側に引き渡された。
ラクスマンは、長崎へは行かずに帰路に就いてしまった。
対外政策は緊迫した状況にあった。
もし阿蘭陀が仏蘭西に占領された場合、露西亜が江戸に乗り込んで来る可能性があり、あるいは千島領や阿蘭陀商館の権利が仏蘭西に移る可能性、また英吉利が乗り込んで来て三つ巴の戦場となる可能性があった。
定信は江戸湾などの海防強化を提案し、また朝鮮通信使の接待の縮小などにも務めた。
十郎右衛門は、光太夫から露西亜の情勢を聞き出そうとした。光太夫は、露西亜について知っていることをすべて話した。
五話 目付に異動
寛政六年(一七九五)七月廿五日、蝉の声で十郎右衛門は、目を覚ました。
(今日も暑くなりそうだな)と床を出て、書院に行き、縁に腰を下ろして庭を眺めた。十郎右衛門、四十七歳の夏であった。
「旦那様、城からの使いが来ました」と女中が、障子戸越しに言った。
「客間にお通しするように」
 慌てて、十郎右衛門は部屋に戻って着替えて、客間に出た。
「何用でござるか」
 十郎右衛門は使いの者に、尋ねた。
「坂部様、明日の朝、登城するようとの堀田様からのご命令です」
(若年寄の堀田様からいったい何の用だ)
「あい分かった」
そう言って、十郎右衛門は、部屋に戻り、富子に言った。
「明日の朝、五つ刻に登城する」
「今度も、良いお話だといいですね」
 富子が、十郎右衛門の飯を椀によそりながら言った。
「どうかな」
 十郎右衛門は、気のない返事をした。
 昨日の雪は多少積もっていたが、陽に照らされ溶け始めていた。
「では,行って参る」
「お気をつけて」
 富子は十郎右衛門を見送った。
若年寄の堀田政敦が、目付頭の小山田新之助を伴って入ってきた。一同、頭を下げた。
「実は、松平様が老中を退職されることになった。それで、今後は殿様が実務を司る。まずは、人事を刷新することになった」
 皆がどよめきの声を上げた。
(なぜ、松平様ご辞職されるたんだ。これからどうなるのだろう)
 十郎右衛門は不安になった。
「静かに。これから読み上げる者は、明日から目付の役を務めてもらう。よいな」
 一瞬ざわついた。 そして、堀田は、三番目に十郎右衛門の名を読み上げた。
(心機一転だ。これからは、堂々と旗本や御家人や上司たち何の遠慮もいらずに、注意ができるぞ)十郎右衛門の正義感が頭を持ち上げてきた。今まで妻や義理の父に小言を言われていたことを、すっかり忘れていた。
 目付は、旗本、御家人の監察及び政務一切の監察、非常時の差配、殿中礼法の指揮にあたる役目である。定員は、十名で、十人目付と呼ばれていた。
十郎右衛門は、この昇進で、家禄に役料が千石となった。 仕事は、旗本や御家人の監察であった。
 暮れ六ツ、屋敷に帰った。
「あなた、どんなお話でした」
富子は、十郎右衛門の羽織を脱がしながら言った。
「目付役を拝した」
「それは良かったですね」
「これからだ」
「あなた、あまり張り切らないようにしてください」
 富子は風呂にするか夕餉にするか聞いた。
「風呂にしよう。やよいは寝たか」
「もう寝ましたわ」
 四半刻で風呂から上がり、居間に用意された箱膳の前に座った。
 富子がちろりを運んできて、おめでとうございますと言って、十郎右衛門がかざした盃に酒を注いだ。
 十郎右衛門は盃を空け、富子に渡して、「お前も飲め」と酒をついだ。
「あとは、やよいが婿がくれればもう心配事はないんだが」
「やよいによい話が本所の叔父様から来ているんですよ」
 富子は、詳しく十郎右衛門に相手の素性を話した。
「話を進めてくれ」
「やよいも乗り気になってくれていますから、きっとうまくいきますわ」
 十郎右衛門は、目付役と言う自分に合った役職に就けたことに興奮して、寝付かれず何度も寝返りを打った。
「あなた、寝むれないのですか」
「ああ、心配するな」
つかの間の眠りから、六ツ(朝六時)の捨て鐘で十郎衛門は目を覚ました。もう既に富子は、朝餉の支度を終えていた。十郎右衛門は、井戸で顔を洗い、飯を食べ、富子の見送りで六ツ半(七時)に屋敷を出た。
茶坊主に導かれ、本丸表向の紅葉之間を過ぎ、目付部屋に入った。五ツ(八時)ちょっと前であった。
「おはようございます」と挨拶をして、自分の机の前に腰を下ろした。もう既に仕事を始めていた道場仲間の菅沼新三郎が坂部のところに来て小声で話しかけた。
「坂部、松平様の辞任の理由を知っているか」
「いや知らん、お前は知っているのか」
「皆いろいろ言っているようだが、辞任の理由は尊号一件が原因のようだ。天皇様が、お父上の閑院宮典仁親王様に太上天皇の尊号を贈ろうとしたらしいのだが、松平様が反対した。それが、閑院宮典仁親王様に太上天皇の尊号に合わせて、お殿様(家斉)がお父の治済様に大御所の尊号を贈ろうと考えていたので、ご立腹して松平様の首を切ったとの噂だ」
「また物の値段が上がってきたし、松平様も嫌気がさしてきてやめる気になったのかもしれぬ」頷きながら十郎右衛門が言った時、
「坂部」目付頭の小山田新之助が十郎右衛門を手招きした。
「何でしょうか」
「坂部、今日からお前の仕事は、町奉行所の諸役人の監察だ。まずは、お前も知っている勘定役の同心、田村徳次郎の素行調査だ。奴は、どうも幕府の金を横領している気配がある。その真意を確かめてくれ。越部、山室と中井を付ける。頼むぞ」
(なに、田村の奴が、信じられん)
 承知いたしましたと言って、十郎右衛門は、席に戻り、荒木から渡された調査書類を読んだ。
昼飯時を知らせる太鼓が鳴った。
(もう少しだ、すべて読んでから飯にしよう)と書類をめくった。
十郎右衛門は弁当を持って席を立った。
食事場所に行くと既に皆は、食べ終わって談笑していた。「坂部」菅沼がこっちへ来いと手招きしているのに気付き、十郎右衛門は、菅沼の隣に座って富子の作った弁当箱を開けた。坊主が、茶を運んできた。
「坂部、知っているか。松平様引退後も松平信明や牧野忠精をはじめとする御老中たちはそのまま留任し、その政策を引き継ぐそうだ」
「それはよかった。松平様の改革における政治理念は今後も堅持されることとなったということか」
「それより、坂部、初仕事はなんだ?」
「北町奉行所の同心、田村徳次郎の素行調査だ。ところで、お前は今何やってんだ」
「南町奉行所の与力、立山新之助の調査だ」
「なに、立山だと」
「声がでかい」
「あいつは南町が長すぎた」
「立山が一体何の疑いで」
「どうもよからぬ組織とつながっているという噂があってな」
「そうか・・・。あいつは腕が立つとの噂だから、気をつけろよ」
「田村徳次郎も北町奉行所では一番腕が立つようだ、おぬしも気を付けてな」」
 昼食の半刻が過ぎ皆、それぞれの席に戻った。そして、十郎右衛門は、書類を持って、二階の目付方御用所に入った。
御徒目付の越部の所に行き、書類を越部に渡してから、田村徳次郎について調査を行うよう命じた。そして、小人目付の山室を手下に使うように言った。
「悪どいだけでなく、剣も一刀流の使い手のようだ。気を付けて探ってくれ」
「坂部様、山室を連れてきますので、しばらくお待ちください」
 すぐに、越部は山室と中井を連れてきた。
「山室鉄心と申します」
「中井虎太郎と申します」
「坂部だ。山室、中井、お前のこれからの仕事は、北町奉行所の同心、田村徳次郎の素行調査だ。田村は一刀流の使い手だから気をつけろ。それがしや、越部の言うことを聞いて仕事を進めてくれ」
「承知いたしました」
 越部たちは席を立った。越部は示現流、山室は無外流そして中井は、神道無念流の道場に通っていると聞いていたが、浅場道場に通って二天一流の師範代を勤めている十郎右衛門は、三人の立ち姿でたいした力量ではないと見て、心配になった。
 とはいっても、浅場道場は天下の千葉道場に比べ弱小の道場での中で菅沼新三郎、立山新之助そして、十郎右衛門は浅場道場の三羽烏とも言われていた。
井の中の蛙だと、十郎右衛門は卑下していた。
 数日後、十郎右衛門は、越部からの報告を聞いていった。
「証拠は、あるのか」
「田村様にその金がいっているかは、まだ確証はつかめていません」
「そうか、田村の素行を明日から徹底的に調査する、よいな」
 翌日、十郎右衛門は一番に越部を呼んだ。
「越部、今日は某も田村を尾行してみる。付きあえ」
「はい。では奉行所が引ける前に待ち伏せしましょう」
「わかった」
 十郎右衛門と越部が四半刻ほど蕎麦屋の屋台で待っていると、田村が、笑いを羽化bながら門から出てきた。
「坂部様、田村様が出てきました」
「越部、先に行け」
「はっ」
 十郎右衛門は、越部より十間遅れてついて行った。
(やはり吉原か)
 大門を田村がくぐった時、捨て鐘が打たれた。
(七ツか)十郎右衛門はつぶやいた。
 越部と打ち合わせした大門からわずか一町離れた旅籠‘伊勢屋’に入り、女将に奉行所のものだと言って十手を見せた。
女将は、十郎右衛門を二階の街路の見える部屋に案内してから言った。
「何か御用がありましたら、お呼びください」
 
 半刻(六十分)を過ぎたころ、越部が部屋に入ってきた。
「坂部様。田村様は、吉野家という店に入りました」
「そうか、奴が出てくるまで待ってみるか」
「もう坂部様は、お帰りください。私が見張っています」
「それはいかん、おまえ一人では心もとない」
「では、山室を申し訳ありませんが呼んでください」
「わかった。田村は、一刀流の使い手だ。決して無理はするな」
 十郎右衛門は、店を出た。七ツ半の最後の鐘がひびきわたった。

 越部は、八ツの鐘で目を覚ました。
(まずい、うたた寝をしてしまった)越部は、すぐに外を覗いた
 しばらくして、大門から田村が出てきた。
(まさか、こんなに早く)
 越部は、反射的に部屋を出、階段を下りた。
「女将、後から山室というものが来る。来たら、某は、すでにでたと伝えてくれ」
「はい」
 女は、驚き戸惑った様子で返事をした。
 外は満月の明かりで明るかったので、越部は提灯を持たずに田村の後を追った。
 細い路地に入ったのを見て、間をおいて入ったと同時に田村が不敵な笑みを浮かべて立ちふさがった。
「いい度胸だ」
「田村様・・」
 身に危険を感じた越部は、刀を抜き田村へ打ち込んだ。田村はそれを一歩下がってかわし、踏み込んで居合の一太刀を越部に浴びさせた。一撃必殺の初太刀にすべてをかける示現流を難なくかわされては、越部はなすすべもなく、
「ギャー」絶叫して倒れこんだ。
 十郎右衛門が奉行所に出勤すると、山室が緊張した顔つきで声をかけてきた。
「坂部様、昨日越部様にお会いすることができませんでした」
 山室は女将にいろいろ聞いて、伊勢屋周辺を今まで越部を捜したが見つからなかったといった。
「そうか、分かった」
 十郎右衛門は立ち上がり、長刀を差した。
「どちらへ」
「伊勢屋へ行く」
「私もお供します」
 十郎右衛門に続いて、山室が奉行所を出た。
「女将はいるか」
 山室が、伊勢屋の戸を引いて怒鳴った。
「これは、これは、山室様に坂部様。どうぞ、お上りください」
「ここでよい、山室から聞いたと思うが、もう一度越部のことを聞かせてはくれぬか」
 女将は山室に話したことをもう一度、十郎右衛門に話した。
「ほかに何でもいいんだ。思い出してくれ」
「そういえば、誰かを追いかけるようにして、店を出て左の方へ行ったような気がします」
「そうか、忝い。山室、行くぞ」
 四半刻(三十分)ほど歩くと二人の目に人盛りが目に入った。
「坂部様」
 十郎右衛門が頷くと、山室が人盛りの中に吸い込まれて行った。
 しばらくすると、山室が真っ青な顔をして、十郎右衛門の所に戻ってきた。
「越部様です」
 十郎右衛門は、人盛りを分け入った。
「越部」
 そばにいた町役人が、驚いて十郎右衛門を見た。
「坂部様」
「ちょっと越部を見させてくれ」
 越部の体を入念に見た。
「相手は一刀流の使い手だな」
「はい」山室と町役人が同時に応えた。
「運んで行け」
 坂部は町役人にいった。 
「山室、間違いないな」
「はい」
「どうやって田村を捕らえるか」
 十郎右衛門は呟いた。
 翌日、十郎右衛門は登城するや否や山室と中井を呼んだ。
「昨日、頭に呼ばれた。越部の件、若年寄様が怒り心頭とのことだ。いち早く解決するよう命じられた」
「承知いたしました」
「ちょっと待て」十郎右衛門は懐から巾着を出し、二人にそれぞれ一分銀を渡した。
「これで目明しを何人も使って奴のしっぽをつかめ。よいな」
 二人は頭を下げ、部屋を出て行った。
(おれも気をつけんと)と十郎右衛門は呟いた。

「おかえりなさいませ」
 富子が玄関で迎えた。
「道場着に着替える」
 庭に出て、抜刀した、
「えいっ」気合をこめて、
何度も二天一流の型を繰り返した。

 毎日、山室から田村の情報が入ったが、肝心の証拠となる知らせはなかった。それに構わず、十日ほど、毎日稽古を続けていた。
十一日目、田村のしっぽをつかんだと山室が息を切らせて、部屋に報告に来た。
「田村様は、大店の山代屋をおどしているようです」
「なにをおどしているのだ」
「山代屋が、密貿易をやっているらしいのです」
「密貿易はご法度違反だ。分かった、もう少し探ってくれ。十分気を付けてな」
 数日後、十郎右衛門が執務に着くとすぐに目付頭の小山田から呼ばれた。
「坂部、田村の件だが、もう調査は終わりにする」
「なぜですか」
「理由は、上からの命令だ」
「そんな、納得できません。小山田様、越部はあやつに殺されたのです。間違いありません」
「田村が殺した証はないのだ」
「一刀流の使い手が下手人です。田村はその使い手です」
「一刀流の使い手など、この江戸には何百人もおるわ。もう下がれ」
「では、越部を殺害した下手人の捜査はどうされるのですか」
「うるさい、お前の知ったことではない」
 十郎右衛門は苦渋に満ちた顔で、自席に戻った。何とか気を落ち着かせてから、小坊主に山室と中井を呼ぶよう命じた。
 二人が来ると、十郎右衛門は小山田の命を伝えていった。
「儂は、腑に落ちぬ」
「坂部様、小山田様のいうとおり、この一件は手を引いた方が良いです」
「なぜだ」
「小山田様よりかなり上からの命だと思います。いうことを聞かないとどんな目にあうかわかりません」
「それならば、その上が誰かを調べてみよう」
 山室は、渋面を作った。
「お前たちは手を引くがよい。これからがるからな」
「坂部様、何を仰せられる。手を引くなどと」
「おまえはどうだ?」
 十郎右衛門は中井に向かっていった。
「坂部様のお手伝いをさせていただきます」
 と頭を下げて行った。
 
  三日後。雲が重みで落ちてくるようなうっとおしい朝だった。山室は、職場に着くと小坊主に十郎右衛門に会いに行くことを伝えるようにいった。
「なにかあったのか、顔色が優れぬようじゃが」
「坂部様。昨日・・・」
「早く言わぬか」
「‘田村の一件、手をひかぬとお前の家族たちがどうなるか知らんぞ’と書かれた矢文が屋敷に打ち込まれました。」
「そうか。お前は手をひけ」
 ・・・・・・・・・・・・・
「では、坂部様。私の手下たちを使って下さい」
「わかった。これで用をたしてくれ」
 十郎右衛門は、懐の巾着から一朱銀をだし、山室へ渡した。
「こんなに」
「よい、取っておけ」
 小坊主にしたがって中井がやってきた。
「何か御用ですか」
「山室をこの件から外した。ただ山室の手下が協力してくれるので、そちはその手下の指揮を執ってくれ」
 中井は山室と違いまだ独り身で、自分の心配だけしていればよいという気楽な生活を送っていた。
 昼飯を食べ終わるともう仕事を始めている菅沼新三郎の席に行き、小声で今日帰りに一杯行かないかと誘った。
 菅沼は、驚いたが理由も聞かずにすぐ頷いた。
 十郎右衛門が、酒を飲みに誘うのは一年に一回あるかないかの珍しいことであった。
 そして、十郎右衛門は自席に戻り簡単なふみを書き若党の待合所に行き、北町奉行所勤務の立山新之助の屋敷に行って渡すよう命じて、席に戻った。
 菅沼、立山そして、十郎右衛門の三人がひさごの中の角部屋に会していた。
「坂部、何かあったのか?」
 菅沼が、酒を頼む前にいった。
「ろくに酒が飲めないおまえが、我々を誘うのは何か理由があるんだろう」
 立山がいった。
「実はおぬしたちに聞いてもらいたいことがある」
 十郎右衛門が、二人の顔を交互に見ていった。
 やはりと納得した顔で二人は頷いた。
「分かった。酒を飲みながらでもよいか」
 菅沼が十郎右衛門に断りを入れた。
 十郎右衛門が頷くと、菅沼は、手を打ち店の女を呼んで酒と酒の肴をすぐに持ってくるようにいった。
 もうすでに用意されていたため、すぐに三人の前に味噌田楽、湯豆腐、旬の鯵の煮物そして香の物が載った膳とちろりが置かれた。
「この店は、安くてうまい」
 立山が、豆腐を口に入れてからいった。
 菅沼は、手酌で酒をあおった。
「坂部、そろそろ話を聞こうか」
 立山が、箸をおいていった。
 菅沼も盃をおいて、十郎右衛門を見た。
 十郎右衛門は、田村の件について一連の出来事そして、上司の小山田による探索の中止の命まで一気に話した。そして、付け加えた。
「田村の件、小山田様より上の人間による命令だと思うのだが、そなたらはどう思うか?」
「田村のことは、今回始まったことではない。小山田様が来る以前にも、探索が行われたことがあったが、探索を命じられた者が失踪し一時は、役所は騒然となった。しかし、いつの間にか田村の調査は取りやめになったと噂には聞いている。それに関する調査書は一切残されていないようだ」
 菅沼がさらにいった。
「そもそも小山田様はそれを知らずに、坂部に田村の件を命じたのではないか。しかし、それを止めるようにとの上からの命がでて、やむを得ずそれに従わざるを得なかったんだろう」
 話し終わった菅沼は、盃に酒を注いで一気に飲み干した。
 一言も逃すまいと身動きせずにいた十郎右衛門が、口を開いた。
「小山田様にとって、意に反したことを某に命じたのか」
「たぶんそうだろう。坂部、これからおまえどうするんだ」
 立山が心配そうにいった。
「もう少し調べてみる」
 十郎右衛門が小声でいった。
「小山田様に内緒でか」
「当たり前だ」
「坂部。そんなことしたら、お前だけでなく、お前の家族にも危害が及ぶぞ。やめておけ」
 菅沼がいった。
「それは覚悟の上だ」
「おまえは頑固だからな。分かった、おれも陰ながら協力する」
 立山が膝を前に出していった。
「それじゃ、某も手伝わないわけにはいかんな」
 菅沼も同意した。そして、三人は得た情報を知らしめるため、時々ひさごで落ち合うことを決めた。
「よし、そうと決まったら、飲み直そう」
 菅沼がいって、女を呼んで酒を頼んだ。
「俺はすしを頼む」
十郎右衛門がいった。
「けちけちせず、三人前だ」
 立山が割って入った。
「ところで、おれたちの中で、一番腕が立つのは誰だろうか」
 立山が、十郎右衛門と菅沼の顔を見ていった。
「それは菅沼だろう」
 十郎右衛門がいった。
「いや、立山だ。道場では師範最年少の記録をもっている」
 菅沼が赤い顔で、いまきたちろりを持ち、盃に酒を注ぎながらいった。

その後、三人は、秘密裡に調べ始めた。立山は岡引きを使い田村を見張らせ、菅沼は、蔵から過去の抜け荷に関する書類を持ち出し、屋敷で遅くまで読み続けた。
 十郎右衛門は、中井に山代屋の内情を調べるよう命じていた。

 田村の件はいっこうに進展せずに一か月が過ぎた。目付部屋に入るとすぐに、十郎右衛門は小山田から呼び出された。
「坂部、北町奉行所の立山新之助の身辺を洗ってくれ。どうも田村の件を嗅ぎまわっているらしい。誰の命で動いているのか探ってくれ」
「・・・・立山をですか」
「そうか、坂部は立山とは浅場道場同門であったな。ほかの人間に頼んだ方が良いようだな」
「・・・・・・」
「分かった。他の者にする」
 
 十郎右衛門は、立山の件について、山室に話した。
「そうですか、立山様が何を調べているのかを知りたいわけですね」
「どうしたもんだろうか」
「これも小山田様の本意ではありませんね」
「立山にこの件から手を引いてもらうよう言ってみよう」
 
 十日後、ひさごに十郎右衛門、菅沼そして、立山が集まった。
「坂部、田村は抜け荷に関与しているようだ。田村だけでなく、上にもいるらしい」
 立山が声を落としていった。
「上は、だれだ」
 菅沼が声を荒げた。
「声がでかい。まだ誰かわからん」
 しばらくの沈黙を破って、十郎右衛門が立山に向かっていった。
「おまえを調べろという命が、下った。それがしは断ったが、誰かがお前をこれから調べるだろう」
「なんだって」
 今度は、立山が大声を出した。
「なぜわかったんだ」
 菅沼が不思議そうにいった。
「わからん」
 十郎右衛門は、立って障子戸を三寸ほど開けて外を覗いた。
「坂部、目付部屋に諜報する輩がいるかもしれん」
 菅沼が声を落としていった。
「そうかもしれん。また、徒目付、小人目付や中間目付にも気を付けた方が良いな」
 三人は四半刻話をして、酒を飲み始めた。
 菅沼と立山は、ひっきりなしに手酌で盃をあおっていた。
「二人ともいい加減にしないか。我々は狙われているんだ」
「分かった、そろそろ帰るとするか」
 立山が、盃をおいていった。
「駕籠を頼んでもらうから、ちょっと待っていろ」
 十郎右衛門は、出て行った。
「立山、坂部が言うように、これからはお互いに気をつけんといかんな」
「特に俺は気をつけんとな」
「待たしたな。もうすぐくるから」
「ここの勘定は、俺が払う」
 菅沼が、懐から巾着を出そうとすると、
「もう払ってきた」
「坂部、いいのか。悪いな」
 立山が軽く頭を下げた。
「見張られているかもしれないので、裏口に着けてもらうよう頼んできた。一人ずつ、出て行くようにしよう」
 菅沼と立山が頷いた。

 朝から小雨が降っていた。十郎右衛門は席に座った。いつもはすでに着座している菅沼が見当たらなかった。
(菅沼はいつも早いのに)不思議に思った。
 昼食の時の太鼓が鳴った。菅沼はまだ来なかった。
(何かあったのか。何も連絡がないなんて)心配しながら、昼食を取っていると、小山田から至急の呼び出しだと御城坊主が来た。
すぐに小山田の部屋に行った。
「坂部、菅沼が昨晩殺られた。何か心当たりはないか」
十郎右衛門は、今までの一部始終について、小山田に話した。 
 小山田は、話を聞き終わると顔に苦渋の皺をつくって低い声でいった。
「坂部、お前も気をつけろ」
 十郎右衛門は、席に戻って、書類に目をとうし始めた時、山室が待合所に来ていると御城坊主が知らせに来た。
 十郎右衛門が待合所に入ると山室がすぐに飛んできた。
「坂部様、辰五郎が昨夜から戻ってきません」
「辰五郎は昨晩何をしていたのか」
「立山様の駕籠を追っていきました」
 十郎右衛門は、菅沼が殺されたことを伝えるとともに、辰五郎の安否が心配になってきた。
 そんな不安が頭を持ち上げた時、中井が御城坊主に連れられて入ってきた。
「どうした」
「坂部様、辰五郎の死体が立山様の屋敷近くで見つかりました」
「なに・・・。辰五郎の亡骸はどこだ」
「八丁堀です」
「わかった。ついて来い」 
 十郎右衛門は、中井と山村に声をかけて部屋を出た。中井と山室は追いかけた。
「おまえたちはここで待っていろ」
 十郎右衛門は、小山田の部屋に入り、辰五郎が殺されたことを伝えて、部屋を出た。
「中井、山室、行くぞ」
 十郎右衛門は、南町奉行所に向かった。

 昼八つの捨て鐘が打たれ始めた時に、三人は奉行所の門をくぐった。
「おう、坂部。辰五郎がやられた」
「立山、やはり一刀流か」
 立山は頷いた。
「坂部、お前も気をつけろよ」
「ああ、きっとあいつの悪を暴いてやる」
「そうだな、死んだ菅沼が浮かばれん」
 半刻ほど検死をして、十郎右衛門は、奉行所を出た。
(いったい誰が我々の動向を探っているのだろうか。あまりにも筒抜け状態になっているようだ。探りを入れてみよう)

六話 見えない敵

「お帰りなさいませ。お風呂にしますか」
 いやと言って、十郎右衛門は、稽古着に着替え、長刀と脇差を差して、庭に降りた。
「ヤアー、ヤアー」二刀流の型を半刻ほど繰り返すと体中から湯気が立ち上ってきた。
(この辺で終わりとするか)
「とみ、風呂に入るぞ」と大声でいった。
 十郎右衛門が風呂から出て着替えをして、夕餉の膳が用意されている部屋に入った。
「だんなさま、どうかなされましたか」
 椀に飯をもって十郎右衛門の膳に置くといった。
「菅沼がやられた、明日通夜に行く」
「菅沼様が・・」
 とみが声を上げた。

 菅沼の通夜には武士だけでなく町民も多く参列していた。
 十郎右衛門は弔問客を目で追って、立山を探した。
「坂部、何をきょろきょろしているんだ」
肩をたたかれた十郎右衛門が振り返ると立山がいた。
「驚かすな、お前を探していたんだ」
「何か用か」
 十郎右衛門は周りに気を配りながらいった。
「どうも我々の行動をいつも近場で見張っている輩がいるようだ」
「俺もそう思っているんだが、どいつか分からん」
「そこで、表坊主から調べようと思っている」
「そうか。俺は他の方から探ってみよう」
 五つの鐘が打たれ始めた。
 翌日の昼過ぎ。
「坂部様、小山田様がお呼びです」表坊主の声が障子戸を挟んで聞こえた。

【江戸城内において剃髪・法服で雑役に従事する者を坊主といい、同胞頭支配の中奥で種々の雑事を担当する奥坊主と表座敷を管理し大名や旗本の雑事を担当した二十俵二人扶持の表坊主、また御三家や溜詰大名担当の数寄屋頭支配の数寄屋坊主、そして寺社奉行支配の紅葉山坊主がおり、格式はいずれも御目見以下。表坊主の職務はここに登場する給仕・案内係、太鼓係、清掃管理の座敷係、屏風を保管した屏風係、小道具係、防火担当の火番等がある。特に火番は表坊主頭(四十俵二人扶持)となる出世コースで、権勢があったようだ】

 昨日、新しく十郎右衛門の部下になった同心の清村助三郎に示し合わせ通り同心溜を通るとき、十郎右衛門は二度ほど咳をした。
 しばらくすると、同心溜の戸が開き、清村が周りをうかがいながら音を立てずに出てきて、小山田の部屋に向かった。
(ここなら見えまい)廊下の曲がり角でそっと小山田の部屋の前に源信が座っているのを見据えた。
(あいつはいつまでいるのか。やはり部屋の中の話をうかがっているのか)
 
(素性を探りに行ってみるか)清村は、一旦同心溜に戻った。
 十郎右衛門が小山田の部屋を出たときには、すでに源信はその場を去った。
 十郎右衛門が仕事部屋に戻ってから一刻半ほど過ぎ、仕事の終わりの太鼓が鳴ったので、帰り支度を始めた。
「坂部様、ちょっとよろしいでしょうか」清村が、他の連中に気を使いながら小声でいって、十郎右衛門の前に座った。
「何かわかったか」十郎右衛門は片付けの手をとめた。
「あの坊主、源信という名です。先ほど、坂部様と小山田様の話を障子戸腰にずうっと聞いていました」
「やはりそうか」
「源信は、かなり阿漕なことをしているという噂をあちこちから聞きました。外様の薩長からもかなりの金銭をもらっているようです。また、奥坊主にも通じていて始末が悪いと思われます」
「わかった。もう少し探ってくれ。くれぐれも気をつけてな」
 頷いて、清村は部屋を出て行った。
(どうしたものか)十郎右衛門は煙管にたばこを詰め、一服吸って周りを見回したところ部屋の入り口近くに座している赤塚久之助だけが残って仕事をしていた。
 その赤塚に別れを告げて、十郎右衛門は帰途に就いた。

 屋敷に戻るや否や、裃を脱ぎ、稽古着に着替えて素振りを半刻ほど続け、風呂に入り、膳の前に座した。
「あなた、どうかされましたか」とみは疲れた十郎右衛門の顔をうかがいながらいった。
「なんでもない」
湯漬けを飲み込むように食べ終わった十郎右衛門は、不機嫌そうに答えた。
「そうですか。くれぐれもお気を付けくださいね」
「心配するな。もう寝る」

 数日後。町奉行所から大川からあげた土佐衛門が清村らしいと連絡が入ったので、すぐに十郎右衛門は大川端の現場に向かった。

清村の検死結果は、前から一太刀を浴びせられ、出血多量によるものであった。
翌日、いつもより早く登城してたまっている仕事を処理して、表坊主を呼んだ。
やはり、源信が来た。
「小山田様に会いに行きたいと伝えてくれ」
 源信が返事をしてすぐに部屋を出て行った。
 半刻ほど経って、源信が戻ってきた。
「今ならご都合がよいとのことです」
「わかった」
 廊下を渡っているとき、十郎右衛門は庭の楓が真っ赤に染まっていたことに気付いた。
(もうこんな時節になったか。早く、下手人を捕らえなければみな浮かばれぬわ。源信め、今に見ておれ)
 障子越しに、源信がいった。
「坂部様、参りました」
「入るがよい」
 十郎右衛門は、部屋に入った。
「何の用だ」
「たいしたことではありません」といって、十郎右衛門が答えすぐに入口の方に向きを変え障子戸を開けた。
 そこに座していた源信は瞬きもできずに十郎右衛門を見据えた。
「源信、いったい何をしておる」
 しばらくの間、源信は、頭を下げたまま身動きせずにただ黙っていた。
「もういい、去れ」
 源信の後ろの姿を見てから、戸を閉め、小山田に向かっていった。
「お騒がせしました。今回の一連の件ですが敵に我々の近くの身近な人間が関与しているのではないかと」
「それで、源信を疑ったわけか。坂部、この件から手を引けと申したはずだが」
 はいと頷き小山田の目を見つめた。
「これ以上、犠牲者を出すわけにいかん。もうお前に手下をつけることができぬ。この件はもう終わりだ、分かったな。戻れ」
 
 十郎右衛門は立山新之助が非番の時を見はからって、立山の屋敷をたずね、これからの手立ての相談をした。
 十郎右衛門の話を聞き終わった後、立山はいった。
「某は表だっての動きができないので、信頼できる岡っ引をお前が手先に使えるようしてやろう」
「それはかたじけない」
 十郎右衛門は、途方に暮れていた心にかすかな明かりを見出すことができた。
 翌日。朝五つ、屋敷に岡っ引きの弥太郎が訪ねてきた。
 とみが自ら弥太郎を客間に通して、十郎右衛門が来るのを待つように伝えて部屋を出て行った後、すぐに十郎右衛門が入ってきていった。
「おぬしが弥太郎か」
「へえ」
(なんて胡散臭そうな男だ。身なりはみすぼらしいだけでなく臭い)
「おまえの仕事だが・・」
「立山様から詳細は聞いています。坂部様の命に従うように言われています」
 しばらくの間、十郎右衛門は源信の下城の後の動きを探る手はずを弥太郎に教えてから、
女中を呼びつけ、二言三言小声で何かを命じた。
「おまえは独り身か。住まいはどこか」
「へえ、じんべい長屋に、あっし一人で住んでます」
 とみが部屋に入ってきて、十郎右衛門に支度ができたと伝えた。
「弥太郎、風呂に入っていけ」
 弥太郎は驚きながらも渋々、とみが案内する風呂場に向かった。

 弥太郎は数日の間、十郎右衛門の前に姿を現していなかった。
 十郎右衛門も多くの雑用を処理するのに忙しく、あの一件を調べることができない状態にあった。
(最近、仕事が増えてきたな。同僚の連中は今まで通りに下城の太鼓とともに帰るのに、なぜ俺だけが・・)
 一刻ほど残って、十郎右衛門は帰りの途についた。
 空には三日月がはっきりと浮かんで見えた。提灯を持った草履取を前に、後ろに槍持、挟箱持を従え、大名屋敷の塀の角を曲がった時、黒い影がわずかに動いたのを十郎右衛門は見逃さなかった。
「下がれ」十郎右衛門は草履取にいった。槍持ちが十郎右衛門の後ろについた。
「お前も下がっていろ」
 黒装束が見えてきたときには刀が上段に構え、猛然と走ってきた。十間ほどに迫ってきたときには、十郎右衛門は素早く二刀を抜き、腰を落とした。
(忍びか)
 すぐに十郎右衛門は半身によけた。左肩一寸ほど近くを敵の刃が空を切った。敵が前のめりになったところの背中をめがけて十郎右衛門は上段に構えなおした長刀を振り下ろしたが、前転を二回ほどして、走り去った。
弥太郎が、夜訪ねてきた。
「源信が時々、隠居の田沼様の屋敷を訪れていますぜ。また、田村の野郎も屋敷の中に入っているのには驚きだ」
「そうか」といって、十郎右衛門はしばらく腕を組んだまま目をつぶった。
 
寛政六年もひと月を残すばかりになった師走の朔日(ついたち)、非番の十郎右衛門へ立山から文が届いた。
「十数年前、田沼は側用人になるために老中たちに多額の賂を配っている。その金の出所が山代屋からのものだった。その金が主に抜荷によって稼いだものだと側用人になってから田沼は知らされた。田沼は取り締まりの役人の頭に山代屋の抜荷に寛大になるよう、山代屋に賂を配るように命じた。田沼は、山代屋の抜荷を暴こうとする者は左遷させた。そして、田沼の派閥が確固たるものとなった。しかし、定信様の出現によって、田沼は隠居させられ、表向きは派閥は解消したように見えたが、いまだ田沼に懐柔されていた者が、今でも一部の役職に留まっていることは否めない。このままおぬしひとりでこの件を調べ、解決するのは無理だ。定信様が抜擢した北町奉行小田切様に話を持っていこうと思う。小田切様は、定信様がとった改革を推進されている幕閣とも通じているので、悪いようにはならないだろう」と書かれていた。
(これは難儀だ)しばらく目を閉じた。
しばらくして、筆を執り、小田切様に話すこと承諾と抜荷の様子を教えてほしい旨をしたためた。
半刻(一時間)ほどで、戻ってきた若党が持ってきた立山の文には、
「この山代屋の抜荷には、後ろ盾に大名が絡んでいるとの噂があるが、確たる証拠はないようだ。主に支那を相手に金銀銅を売り、高麗人参、壺、書籍、絵画などを買っている。
また、小田切様に後日連絡するから、それまでは深入りせずに、またくれぐれも気をつけるように」と書かれていた。
やっと寝付いた十郎右衛門は、聞きなれない音に目を覚ました。
(なにごとか)立ち上がり、行燈に火をつけるや否や鴨居にかけてある槍を引き寄せ、天井を突いた。手ごたえがあった。血が天井にしみてきた。槍を天井から抜いた。敵は槍先を外していた。
「曲者だ」と叫んだ時、左足から五寸ほど離れた床から刃が突きあがった。
(あぶない)すぐに槍を床に刺した。
「ギャー」かすかな悲鳴が発せられたが、やはりすぐに逃げられてしまった。
 戸を蹴って、庭に出た。
「曲者だ。であえ、であえ」
用人の阿部主計と若党の小六が鷹の羽紋がついた提灯を掲げ、十郎右衛門のそばについた。
「殿、おけがは」
「だいじょうぶだ。曲者は二人だ。二人とも傷をおっている。小六、敵を追うぞ。主計、後を頼む」
 十郎右衛門は槍を小六に渡した。小刀と大刀を腰に差し、主計から提灯を受け取るや否や門めがけて走った。
 門を出て屋敷の塀に沿って速足で下を見ながら血痕を探し、見つけた。
「道はまっすぐだ。この痕を追うぞ」
 四半刻ほどたって、一人がもう一人を抱えるように肩を貸しながら歩いている黒装束たちを三十間先にとらえた。
「小六、走るぞ」
 追いつきざまに「お前らだれに頼まれた」とどなりながら、黒装束の前に大刀を抜いて躍り出た。
 黒装束たちは驚いた。肩を貸していていた者が、深手をおっているものを遠ざけて抜刀した時、後ろから声がした。
「坂部、運の強いやつだが、もうこれまでだ」

 十郎右衛門は驚きながらも小刀を抜き、大刀は黒装束から離さずに後ろに首を振った。
「おぬしは、田村徳次郎か」
「もう我々の邪魔はさせぬ」田村が抜刀した。田村の全身に殺気が溢れ、剣は異常な鋭さを秘めていた。
 闇の中の空気の流れが止まった。
 田村が十郎右衛門に撃ち込んできた。それをかわし、十郎右衛門は反撃した。
 しばらくの間、お互いの撃ち込みが続いた。田村は身体を鞭のようにしならせながら斬り込んでくる。十郎右衛門は押されていた。十郎右衛門は手傷を負った。
(手ごわい。このままではやられる)
 左手首の傷口から、血が滴り落ちているのに気づき、開き直った。すっかり冷静さを取り戻した十郎右衛門は構えを立て直して、相手を凝視した。
 踏み込んできた相手の剣を小刀でかわしざま十郎右衛門の剣が田村の肩先を斬り裂いた。
(かなりの深手のはずだ)
しかし、田村は素早く剣をひき、1間ほど後ずさりした。
十郎右衛門は二刀での中段の構えを取った。
暗闇の中に相手の身体が躍り上がって、すさまじい速さで大刀を振り下ろしてきた。
十郎右衛門は身体をわずかに沈め、右に飛んだ。剣先が左肩をかすったが、同時に田村の片腕を切り落としていた。剣を握った腕が暗闇に舞い上がり、田村の身体は地面にたたきつけられた。
冬にもかかわらず、十郎右衛門の顔から汗が吹き流れ肩で息をして、しばらくの間、田村の亡骸の前に立ちすくんだ。

田村徳次郎の死体は、一味の手によって、闇から闇に葬られた。また、北町奉行所では、、評判の悪かった田村は出奔したことにして事件として取り扱わなかった。
 半月後。
目付頭の小山田は若年寄立花種周に呼ばれ、遠国奉行への異動を命じられた。
小山田の異動は出世街道を歩みだしたものと評判になった。将来は、勘定奉行化、江戸町奉行かと皆から羨望視された。
 小山田に代わって、立花は赤塚助次郎に目付頭の役を命じた。
赤塚がどんな人間かを調べるために、十郎右衛門は久しぶりに書棚から埃をかぶった武家年鑑を取り出した。ついでに小山田の載っている頁をめくった。
(小家柄が松平家に近い。しかし、目付頭になったのは小山田より数年遅れているな。おっ、小山田は元田沼派だったのか。もしかすると)十郎右衛門が唸った。

 それから十日ほど経った城内でのこと。
 十郎右衛門は赤塚から呼ばれた。
「坂部、今までの仕事で問題のあったものについて説明せよ」
 十郎右衛門は、田村や山代屋そして幕閣にも抜荷で稼いだ金を賂として貰っている輩がいるらしい旨を話し、それを探索していたら、それとは関係ない多く仕事が来たといった。
「赤塚様、うちの同心や目付がその探索をしていたために殺されました。何とかこの事件を解明しとうございます」

 赤塚は十郎右衛門から聞いた抜荷の件について詳しく若年寄立花種周に話した。
「なに、幕閣が命じたとでもいうのか。許せん、赤塚思う存分やれ。老中たちにも伝えておくから、確実な証拠をつかめ。わかったな」
 
 十郎右衛門は赤塚に呼ばれた。すでに源信は赤塚の命でお役御免となっており、新顔の坊主が案内に来た。

「坂部、ところで、抜け荷の件で長崎に探索に行ってもらえぬか」
「承知しました」
「では、組頭の戸部と徒目付それと小目付も連れて行け」
「はっ」
(戸部は頼りになる組頭だ、ありがたい)
「いつ発つか」
「明後日でも」
「長崎奉行の中川殿にこのたびの役目を書状に書いておくので明日にでも取りに来い」

 翌日。
 赤塚のところに書状を取りに行った。
「坂部、若年寄立花様に圧力がかかった、老中の誰かにこの件に関しては深追いするなといってきたそうだ」
「なんと。本当ですか」
「立花さまがいっている」
「どうすればよいですか」
「坂部、正式には出張の手続きはとることができん。しばらく休みを取って長崎に遊びに行くということで行ってもらえないか。金は何とか工面する」

七話 追いつめる
 長崎に着いたのは、年がかわった文化二年(一八〇五)の正月明けの昼過ぎであった。
(長崎がこんなに栄えているとは驚きだな)
 十郎右衛門は、長崎奉行の中川忠英(なかがわただてる)に挨拶に立山にある西役所に入った。
 中川は、十郎右衛門から受け取った書状を読み終えていった。
「坂部殿、今後貴殿たちの面倒を見てもらう手付出役の近藤重蔵を呼んでまいるので、しばらく控の間で待ってくだされ」
 四半刻ほど過ぎて、中川は近藤を伴って部屋に戻ってきた。
 お互いのあいさつを終えると、近藤は、長崎の町割りが外町五十六町、内町二十四まちで、三万人ぐらい居住していると話し、地図を懐よりだして、地形についても説明した。
「坂部様、長崎は、貿易からの利益を求めてくる商人たちや、主家の滅亡により牢人たちも多くやってきて、本当に人の出入りが激しいのです。女郎達さえもが隙さえあれば、抜荷をやります。異国の地へ女を売る女衒もはびこっています」
 十郎右衛門は、近藤の話を一言ももらすまいと聞きいった。
「近藤殿、抜荷は今までどのくらい摘発したのだろうか」
「某が来て二年になりますが、その間で百件になろうかと思います」
「貴殿は、山代屋をご存知か」
「山代屋ですか・・。聞いたことがありません」
「実は、江戸でその山代屋が長崎で抜荷をやっているというだけでなく、幕閣の中にもそれに関係している人間がいるらしいとの噂を、某は確認する役目をおって長崎にまいりました」
 それならといって、明日にでも長崎のことをよく知っている町年寄を紹介するので、都合の時間を知らせると近藤は、いった。

 朝四ツ時、十郎右衛門は、近藤の屋敷で高木、五島そして福田と名乗る三人の町年寄と会った。
 高木作右衛門たちは山代屋については何も知らないと切り出した。すでに三人は、近藤から話を聴いているようであった。十郎右衛門はあらため山代屋が抜荷をしている証拠を掴みたいので協力してほしいといった。
「山代屋は、どのようなものを取り扱っているのでしょうか」
 高木が聞いた。
「金や銀の骨董細工を売って、朝鮮人参やアヘンを買っているようです」
「なんと・・・アヘンとは」高木たちは驚いた。
「坂部様、長崎町年寄の面子にかけても山代屋の悪を暴くのに、協力させていただきます」

 数日後、高木たち町年寄三人が、十郎右衛門が泊まっている宿にやってきた。十郎右衛門は緊迫した三人の様子をみて、戸部に連れをすぐに呼んでくるよう命じた。
 四半刻もたたずに皆そろった。
「坂部様、ここから一里ほど行ったところに丸山町というところがあります。そこにある遊郭の置屋‘よし乃屋’がどうも山代屋の仲介をしているようです。先日から遊女に金をつかませて、内情を探らしています」
 高木がいった。
「忙しいところ、申し訳ない」
「坂部様にお願いがあります」
「なんなりと申してみよ」
「小牧のことですが、いやよし乃屋で探りを頼んでいる遊女の名を小牧といいますが、どうも敵方から不審に思われ始めていると本人から連絡が入りました。小牧を守っていただけませんか」
「承知した。片野と藤井、小牧殿周辺を見張ってくれ。小牧殿に何かが起こったら助け出してくれ」
「承知いたしました」片野がこたえた。
「片野様、藤井様。これから小牧が探りを入れているよし乃屋にご案内します」
「片野、これをもって行け」
 十郎右衛門は、片野の前に十両包みを二つ置いた。

 片野と藤井は、高木の口利きで、道を挟んだよし乃屋の前にある旅籠の二階を借り、そこで、一日中見張ることにした。
 よし乃屋は、毎日人の出入りが多かった。時々、唐人の姿も見かけられた。小牧との連絡も高木のおかげで取ることができた。
 
「しかし、腑に落ちぬ。手練手管の小牧が疑われるのが早すぎる」
 十郎右衛門は、戸部たちに向かって不安げそうにいった。
「確かに」戸部がうなずいた。
「戸部、どう思う」
「もしかしたら、この件に関係する者が敵に情報を流しているのかもしれません」
「我々の中にか。いったい誰が・・・」
「調べてみましょうか」
「そうだな。長崎奉行所の連中と町年寄の三人を調べてくれ」
「奉行所はどなたを」
「奉行の中川殿と近藤殿を頼む。くれぐれも悟られぬようにな」
「まてよ、敵にこちらのことが漏れているとすれば、片野と藤井があぶない。大野、よし乃屋にいくぞ」
「坂部様、われわれは」
「奉行たちと町年寄を至急調べてくれ」
「承知しました」戸部は松元と篠田を伴って部屋を出て行った。
 
 一方、見張りについた片野と藤井にも異変が起きていた。
「藤井、起きろ。小牧殿が唐人と店を出た。追いかけるぞ」片野が藤井の身体をゆさぶった。
 すぐに二人は、薬売りの姿に変え、旅籠を飛び出て小牧たちを追った。
 唐人は小牧を連れて十善寺郷にある唐人屋敷に入って行った。
 片野と藤井は、近くの茶屋に入って小牧が出てくるのを待った。
 八つ半時(午後三時)屋敷から唐人と小牧の二人が出てきた。
 小牧が、茶屋の手前までやってきたとき、片野が、唐人の前を横切った。それを知って、小牧は文をそのあとに続いて出てきた藤井に手渡した。
 藤井は、その文を持って、十郎右衛門の所に向かった。片野は路地に入り、小牧たちの行く手を見守っていると、後から五尺七寸ほどの大柄な浪人らしきが走ってきて、唐人に追いついた。
唐人は何か一言二言浪人らしき男に声をかけたように見えた。
(一体奴らはどこに行くんだ)
 片野は、三人の後をつけ、福済寺を過ぎ、海に出た。小牧がそわそわしだした。
(まずい)片野は、小走りで三人の所に行った。
「これから皆さんは、どちらへ」
「なんだ、おまえは」
 浪人らしき男が、鯉口を切った。
「小牧さん、某の後ろに」
 唐人も青竜刀を抜いた。
 片野も抜刀し、青眼の構えを取った。
 バタバタバタ
「おう、やっと来たか」
 唐人が数人やってきて片野を取り囲んだ。
 浪人らしき男は、上段の構えからすぐに片野の頭をめがけ振り下ろしてきた。
 片野はそれを左によけた。
 そこを応援に駆けつけてきた一人が、青竜刀を斜に撃ってきた。
 片野はそれをはねた。
「片野、大丈夫か」十郎右衛門が大声をあげて走ってきた。
 藤井と大野も抜刀して十郎右衛門に続いてきた。
「引け」浪人らしき男が怒鳴った。あっという間に唐人たちは消え失せた。
「片野、けがはないか」
「申し訳ありません、敵を逃がしてしまいました」
「それはよい。これは小牧殿か」
「小牧ともうします」と小牧は震えながらいった。
「まずは無事でよかった。恐ろしい目にあった後で申し訳ないないが、詳しい話を帰って聞かせてくれ」
 宿に戻った十郎右衛門たちは小牧から話を聞いたが、山代屋についての話はなかった。ただ一つ、浪人らしき男の名が仙石太郎治ということが分かった。
(仙石太郎治か、近藤殿や町年寄に聞いてみるか。江戸にも問い合わせてよう)
 十郎右衛門はしばらくの間腕を組んで目をつぶっていた。
 
 近藤や町年寄も仙石太郎治の名は聞いたことがないとの返答であった。
 五日ほど過ぎて、朗報が立て続けに十郎右衛門にもたらせた。

「坂部様、どうも町年寄の福田があやしいと思われます」と戸部はいってから詳しく福田に関連する話を続けた。
「福田か。戸部、福田から目を離すな」
「承知しました」
 長崎に入った阿蘭陀船から降りてきた船長らしき阿蘭陀人と福田が話をしているのを片野たちは見張っていた。
(一体何の話をしているんだ)片野は疑った。
そこに唐人がやってきて福田たちに割って入っていった。
しばらくして、話がついたかのようで三人は別れた。
「松元、篠田。福田を追ってくれ」と片野が二人にささやいた。
それから四半刻ほど後、奉行所の与力と同心たちが阿蘭陀船に乗り込んで行った。
(荷を取り調べに来たのか)片野は船を見守り続けた。
半刻ほどで役人たちは何もなかったような面持ちで船から出てきた。

何も起こらず、 一か月が過ぎた弥生月、明け七つ半。まだ寒さが残り、空は暁月が輝いていた。
 店の戸が開いた。あたりを見回しながら福田が出てきた。松元と篠田はそれを見逃さずに福田の後を追った。
 福田は見附の前の路地に姿を隠した。
「おい、篠田。だれだ」松元がいった。
「前を歩いているのは、二番頭の長次郎です」篠田が興奮して答えた。
 福田が路地から姿を現し、長次郎に声をかけた。
「福田はやはり山代屋とつるんでいたんだ」松元も興奮していた。
「駕籠に乗っているのは山代屋でしょうか」
「そうかもしれん、それにしても取り巻きが多いな。篠田、坂部様に知らせてきてくれ」
「松元さんはどうしますか」
「俺は奴らの後をつけて、居場所をつきとめてから帰る」
「わかりました、くれぐれも気をつけてください」
 二人は別れた。
 松元は、それから四半刻ほど後をつけ、山代屋が、旅籠‘勝吉’に入ったのを見届けてから宿に戻った。
 十郎右衛門のもとに仙石太郎治について江戸からの知らせが届いた。 
仙石太郎治は薩摩藩士と書かれていた。
(薩摩藩士とは。厄介なことになったな)と思案をし始めたときに、戸部が篠田を伴って十郎右衛門の部屋を訪れてきた。
 十郎右衛門は、篠田の話を聞き終えると戸部にどうしたものかと問うた。戸部はもう少し待てば松元が戻ってくるだろうから少し待ってはどうかと答えた。
 半刻ほどして、松元が戻ってきて十郎右衛門と戸部に山代屋が旅籠に入ったことを伝えた。
「山代屋の主に間違いはないか」十郎右衛門が松元に念を押した。
「間違いありません、駕籠を降りるとき顔を見ました、確かに山代屋です。宿では松代屋と名のっているようです」
「わかった、ご苦労であった」
 
「坂部様、いかがいたしましたか」と戸部がいった。
「すぐに山代屋が動くかどうかわからんが、山代屋たちを捕縛するための応援をお奉行に頼みに行く」
「戸部、皆を集めて、役目を決めておいてくれ」
「承知いたしました」戸部が答えた。
 十郎右衛門は奉行の中川忠英をたずねて、四半刻ほど合議した。

翌日、山代屋の動きを探っていた大野そして、福田を見張っていた片野から偶然にも時を同じくして、彼らが明日の朝早く港を出る段取りをしているということと行先は対馬であるとの情報を十郎右衛門にもたらした。
「大野、片野よくやった」と十郎右衛門はいうなりに、すぐさま、片野に奉行にこのことを伝え、打ち合わせの通りよろしく願うようにと命じた。

 夜中九ツ(12時)、十郎右衛門たちは漁師の姿に扮して港に集結した。陽が昇り始めたとき、山代屋たちが港から出航した。
(さあ、行くぞ)奉行の中川が合図の手を挙げた。十郎右衛門たち、奉行とその配下たちは二手に分かれて山代屋の船を追った。十郎右衛門たちは先回りして、対馬の港で筵の下で息をひそめながら山代屋たちの帆船が来るのを待った。
 半刻ほどで山代屋は対馬の港に入って来て、すでに泊場に停船していた唐船の横につけた。
 山代屋の船から三町ほど離れたところにいた十郎右衛門たちの船の近くに奉行たちの乗った船が着いた。
「しばらく、ここで見張ることにしよう」
 中川たちの載っている船に手信号を送った。
 陽が昇った。
 山代屋は長次郎と用心棒三人を従えて、唐船に入って行った。
 十郎右衛門、中川たちは一斉に蓆をはね上げた。
「坂部殿、乗り込みます。坂部殿たちはここでごゆっくり見物していてください」
 中川がいって、手を挙げた。
「承知した」
「山代屋をひっ捕らえろ」
「おう」
「御用だ、御用だ」「御用、御用」
 同心たちが、威勢よく唐船に走り込んだ。
 しかし、まもなく唐船に乗り込んだ同心たちが押し戻され、船から降りてしまった同心たちは用心棒が降りてくるのを待った。
 すぐに用心棒たちがすさまじい顔して刀を振り回しながら同心たちの前に立ちはだかった。
「御用だ、御用だ」
 十手で向うも簡単にはねのけられた。
「梯子で囲め」中川が怒鳴った。
 囲んでもそれ以上同心たちは手を出せずにいた。
「坂部様、いかがいたしましょうか」と戸部が十郎右衛門が緊張した面持ちでいった。
「ちょっと待て」十郎右衛門の目は後から降りてきた男に注がれていた。
「坂部様、あいつは仙石太郎治です」
「なかなかの使い手のようだ」
仙石の所作ですぐに十郎右衛門は悟った。
「かかってこい。腰抜け役人ども」
「坂部様」戸部がいった。
「よし、皆で助成せよ」
「承知いたしました」
 戸部は梯子を一か所どけさせ、松元と用心棒の前に出た。
「いい度胸だ、かかってこい」
 戸部と松元は抜刀して、次々と用心棒に打ち掛かるが、簡単にあしらわれていた。
(危ない)十郎右衛門は戸部を押しとどめ用心棒の前に走り出て、二刀流の構えをするや否や、左からかかってくる男の刀を小刀で受け、峯を返した大刀で男の背を打った。
「ギャー」悲鳴を上げて地を転げまわった。
 すぐに右からもう一人の男は上段から打ってきたところを十郎右衛門は一回転して身体を沈め、大刀で男の左足を払った。
 足から血が吹きだした。
 身体を立て直した十郎右衛門の前に仙石が立ちはだかった。
「小癪な老いぼれめが。叩き斬ってやる」
 仙石が下段に構えた。
風が二人を巻いた。
 十郎右衛門は長刀と脇差の鯉口を切り、即座に抜刀した。
「やー」
 仙石は十郎右衛門の足を払いに来た。
 瞬間、十郎右衛門は、飛び上がり長刀を仙石の頭に振り落した。
ガチ、仙石に受けられた。
「ぎゃー」
 十郎右衛門の持った脇差が、仙石の右腕を刺していた。
「皆の者、奴らを一人残らずひっ捕らえろ」中川が叫んだ。
「御用だ、御用だ」
仙石と用心棒たちがすぐに縄をかけられた。
 残りの同心たちは、再び船に乗り込んで行った。
‘ザブーン’
‘ザブーン’
「戸部」
 十郎右衛門は、船に乗り込もうとした戸部に大声でいった。
「船から海に飛び込んで逃げたやつがいる。すぐに船を出してひっ捕らえろ」
「承知しました」
 戸部は、松元たちと乗ってきた船に戻って、唐船に向かった。
八話 敗北
「坂部殿、仙石が舌をかみ切りました」中川が息を切らせながらいった。
「なんと  」
 十郎右衛門は中川の後について仙石のところに行った。縄をかけられた仙石の口から真っ赤な血が流れ出ていた。
「仙石太郎治」十郎右衛門は肩を大きくゆすった。
「絶命しております」そばにいた同心が悔しそうにいった。
 一刻ほどで山代屋たちは捕えられ、長崎奉行所の牢に入れられた。奉行所はよし乃屋の女将たちも調べ始めた。
 毎日、奉行所の与力の山代屋への尋問に十郎右衛門は立ち会った。
 五日ほど過ぎても白状しないため、奉行は石抱(いしだき)を許可した。
「山代屋、関与している幕閣は誰だ。言わぬか」
「知りません」
「もう一段積め」
 牢番二人が、三段目の石(長さ三尺90㎝、幅一尺30㎝、厚さ三寸9㎝、重さは十二貫45kg)を運んできた。
「申し上げます」声を振り絞っていったとたん、気を失ってしまった。
 中川は老中に捕縛した男たちの一部始終の証言の報告と処分についての伺いの文を送った。
 
 江戸城では、文を受け取った老中の松平信明は薩摩藩家老の調所広郷を呼んで、抜け荷について詰問したが、薩摩藩としては仙石太郎治が数年前に脱藩していたので追っ手を放っていたなどとの受け答えで、一向にらちが明かないで日が過ぎた。
 二十日ほど過ぎたころ、将軍の家斉から松平信明は呼び出された。
「今回の抜け荷の件は、関係していた薩摩藩士は脱藩していたとのこと、よって、薩摩は無関係なので取り調べは無用。また、隠居の田沼が関係していたとの話は噂の域を出しっていない」
 信明は平伏して承知しましたと答えた。
 家斉が去ると(家斉に嫁いだ薩摩藩主島重豪の娘の茂姫、今では御台所の広大院を使ってお上を動かしたな。薩摩藩と田沼とのつながりもこれで追及できなくなったか)と悔しがった。
 
 長崎奉行の中川に捕縛した男たちの処分について、山代屋の主人、番頭、福田及び唐人たちは斬首、山代屋の親族は遠島を命じる文が届いた。
 その後すぐに赤塚から十郎右衛門へ文が届いた。
「長崎の件、万事解決したのであとは長崎奉行に一切を任せて、至急江戸に帰ってくるように」と書かれていた。
「まだ大物が残っているではないか」十郎右衛門は天井を仰いだ。

 よし乃屋で奉行中川忠英、高木作右衛門たち町年寄三人が、十郎右衛門を床の前に座らせ酒を酌み交わせていた。
「坂部殿、お疲れであった」
「中川様、残念でござる」と悔しそうに十郎右衛門がいった。
「上の命令ではやむおえん」中川がいった。
「冗談じゃありません。中川様、それでいいんですか」
「いいも悪いもない、幕閣の命じゃ。坂部殿、がんこだのう」
「がんこではありません、悪いやつを懲らしめたいだけです。幕閣たちも情けない」
 町年寄たちは大声の二人を驚き顔を向けた。
 小牧がいつの間にか部屋に入ってきて、十郎右衛門の前に座り酌をしていた。
「坂部様、お世話になりました」
「いやこちらこそ世話になった。まあ、一献いかがかな」と十郎右衛門は盃を飲み干し、盃を小牧の前に差し出した。
「お受けいたします」小牧は両手で盃を受け取った。
一刻ほど過ぎると、女将が芸者たちを連れて部屋に入ってきた。女たちは三味線をつま弾き、太鼓を打ち、唄を歌いそして踊りを舞った。

♪長崎の長崎の空にこだますおくんち太鼓 若い血潮を湧かすじゃないか 宵宮うれしや人目をさけて 忍び逢いする恋もある おくんちおくんちおくんち太鼓♪南国の南国の夢呼ぶ~♪

「坂部様、踊りましょ」と小牧が十郎右衛門の手を取って前に出た。
 それから一刻ほど十郎右衛門は踊ったり、唄ったりで疲れ、寝入ってしまった。
翌々日。
 十郎右衛門、組頭の戸部順三衛門、小目付松元一郎太、徒目付片野四郎、藤井左衛門そして篠田友助の六人は、長崎を立ち陸路で門司に、その地から船で瀬戸内海を進め、大坂港へ着いた。そこからは陸路で京三条大橋、そして東海道に入った。五十一番目の石部、四十四番目石薬師、三十八番目岡崎、そして大雨の中二十九番目の濱松につき宿を取った。
 その宿に大井川の川留の連絡が宿の主から十郎右衛門に伝えられた。
「坂部様、増水が四尺五寸になったそうで、川の渡渉が中止になりました」
 二日後、
「何とかならんか」十郎右衛門が主にいった。
「水嵩はいま五尺なので、まだ無理です」
 とうとう、掛川宿で三日間、足止めをくってしまった。

江戸に入ると桜のつぼみが開き始めていた。十郎右衛門は疲れていたにもかかわらず
屋敷に戻るや、身なりを整えてすぐに登城した。
「坂部、今長崎から戻りました」
「坂部か、入れ」赤塚に笑顔はなかった。
「赤塚様、もう少しで黒幕を暴くことができましたのに、なぜ呼び戻されたのですか」
「今回のお前は仕事ではない、休みを取って勝手に長崎に行ったのだ」
「なんと仰せになられましたか、赤塚様もご承知だったはず」
「知らん、それよりもお前には後継ぎがいなかったな。早く娘御に婿を取らせよ」
「話を逸らせないでください」
 赤塚は渋い顔をして煙管に煙草を詰めて火をつけた。
 沈黙がしばらく時を流した。
「坂部、お前も年だ。そろそろ隠居したらどうだ」
「何ですって」
「もういい、下がれ」
 十郎右衛門は目付部屋に戻って自席についた。
「ご苦労さまでした」と隣席の笹尾信一郎が小声でいった。
 笹尾信一郎は浅尾道場での後輩で、若くして早くも目付になり、同期での出世頭との評判が高かった。
「何だっていうんだ、馬鹿にしやがって」
「坂部さん、今日どうですか」笹尾が親指と人差し指で円をつくって口に近づけていった。
「今日は疲れている、明日にしよう」
「わかりました」

 馴染みの居酒屋「ひさご」に十郎右衛門と笹尾が玄関で女将に出迎えられ、部屋に案内された。部屋にはすでに南町の立山新之助が既に盃を手にしていた。
「坂部、ご苦労だったな」立山が笑顔でいった。
「本当だ、わざわざ休みを取って長崎くんだりまで行って、赤塚様の態度は一体なんだ」
 十郎右衛門は、久しぶりの立山に向かって真顔で言った。
「まあ、早く座って飲め」と立山がちろりを取って自分の盃を十郎右衛門に渡した。
 笹尾が手を打って女中を呼んで酒宴の支度を頼んだ。
「お前何も知らんのか」
「何のことだ」
「まだ私から何も話してませんので」と申し訳なさそうに笹尾が立山に向かっていった。
「勿体ぶってないで早く言え」
「ちょっと待て、まずはおぬしらの酒が来てからだ」
 しばらくして、女将を先頭に酒や肴を運んできた。
「坂部様、お久しぶりです」といって女将は十郎右衛門に酌をしてから、立山そして笹尾とまわって、ごゆっくりといって部屋を出て行った。
「いいだろう、笹尾、お前から話してやれ。俺より詳しいだろう」
「はい」笹尾は持っていた盃を置いた。
「山代屋は薩摩藩の片棒を担いで、抜け荷をしていました。薩摩藩が唐の国へ注文して、その荷を山代屋たちが売りさばくという構図になっています。その莫大な利益の一部は、田沼様に盆暮れに薩摩藩や山代屋たちから付け届けられていました。田沼様はそれをもとに幕閣を抱き込み、側用人の地位を得ることができたようです。当然、田沼様は抜け荷の首謀は薩摩藩であることを存じていたはずです。抜け荷の物は、主に漢方薬で、売薬を藩の産業奨励の柱としている富山藩の製薬店や薬種業者に売っています。富山藩もおそらくその漢方薬は抜け荷によるものだと知っているでしょう」
 笹尾は盃に酒を注ぎ、飲みほしてから話を続けた。
 十郎右衛門は、笹尾を凝視していた。立山は、味噌田楽を口にほおばった。
「坂部さん、御上の御台所様をご存知ですか」
「あっ」
「御台所様は、島津家の娘御の茂姫様です。また、今もって田沼様の息のかかった老中がいます」
「わかった、もういい」十郎右衛門の顔がさらに赤くなっていた。
「これ以上、坂部さんに探索されると彼らにとって都合が悪くなるので、赤塚様に圧力がかかったのです」
「だから、俺に隠居しろといったのか」
「お前を隠居させれば、赤塚様の今の身分は安泰のようだ」
「なんだと」
「お前もついていないな」
「坂部さん、ここは娘さんに婿を取って隠居するのが坂部家のためです」
 笹尾が説得した。
「お前の家は旗本だから、また婿はそれなりに出世するからよいではないか。俺の家は代々御家人だから与力止まり、お前たちがうらやましい限りだ」と顔に赤みを帯びた立山がいった。
「そういえば、坂部さんがお世話になった長崎奉行の中川様が勘定奉行になられるとの噂です」と笹尾がいった。
「栄転か。それはよかったな」十郎衛門の言葉に力はなかった。
「坂部、早く上のいうことを聞いて、隠居しないとどうなるかわからんぞ。俺に息子がいたら坂部の婿にさせるんだが」立山は無念そうにいった。
「そうですよ、蟄居なんてなったら大変です」笹尾が盃を持っていった。
「早く帰って、奥方に相談してみろ」
「冗談じゃない。それじゃあ殺された菅沼や越部が浮かばれん」十郎右衛門は涙ぐんでいった。
立山と笹尾は俯いた。
 しばらくの沈黙を破って、立山がいった。
「じゃあ、お前は一体どうするつもりなんだ」
「分からん」
「分からんですむか。一歩間違えば、坂部家はみな路頭に迷うんだぞ」
「うっ」十郎右衛門が咽んだ。
「しっかりしてください」笹尾も涙を浮かべていった。
「坂部、まずは隠居しろ。隠居したら好きなようにしたらいい」
「立山さん、好きなようにしろといっても公儀の怒りに触れるようなことをしたら元の木阿弥になりますよ」
「そうだな、罰せられるようなことをする前に奥方たちと縁を切れ」と立山がいった。
「その時は、坂部さんにできる限り協力させてもらいますよ」と笹尾が覚悟した様子を見せた。
「坂部、俺もだ」
「二人ともかたじけない」といって十郎右衛門は袖で目頭をぬぐった。
「坂部、決して焦るなよ」
「わかった」
 これで話は切れた。


最終話
一日の休みあけ、十郎右衛門は登城するやすぐに赤塚に面談した。
「赤塚様、某、娘に婿を取りましたら隠居します」
「そうか、決心してくれたか」
「婿ですが、どなたかお心当たりありませんでしょうか」
「そうだな、しばらく考えさせてくれ」といって、赤塚は腕を組んだ。
 十郎右衛門はよろしくお願いいたしますといって部屋を出た。

 それからの十郎右衛門の登城は、三日に一度になり、たいした仕事も与えられずにのんびりした毎日を送っていた。
 十郎右衛門、翌年に還暦を迎える齢になっていた。
長崎から帰ってきて一か月も過ぎたころ、目付部屋に激震が走った。中川の後に長崎奉行になった松平泰英が自害した。英吉利(イギリス)船が奉行所の制止にもかかわらず、長崎港に入港してしまったことに対しての引責によるものとの噂が流れた。
その二日後、十郎右衛門は笹尾からその話を聞いた。
「坂部様、赤塚様がお呼びです」と城坊主が十郎右衛門を呼びに来た。
「坂部、若年寄の水野忠成様がお呼びだ。すぐに行け」
 文化三年に松平信明が老中になり、若年寄に水野忠成がなっていた。
城坊主に水野の部屋に案内された。
「坂部、お前は以前松前に露西亜船が来た時、露西亜人と折衝したことがあるな。最近では、勝手に長崎に行って阿蘭陀人や唐人との抜け荷の探索をしていたとのことだが、まことか」
「はい、その通りでございます」
「近頃、我が国を属国とせしめんため、虎視眈々とねらっておる。長崎では阿蘭陀船と騙され英吉利の船を入港させてしまい、奉行の松平泰英が自刃しおった。隣国の清では、英吉利から無理やり買わされた阿片なるもので国が亡びるのではないかとの噂も耳に入ってきている。つい先日は阿蘭陀商館一行の帰りに商館長が不審な死を遂げたとの報告が入った。坂部、すぐに長崎に行ってもらいたい」
「長崎には何をしに行けと仰せなのですか。今まで長崎にいてもう少しで抜け荷の大物を捕まえることができたのに、それをやめて戻って来いといわれたのは一体どなたですか」
「時は急変している。長崎奉行の自害や特に阿蘭陀商館長の不審死は、薩摩藩が絡んでいるようだ。また、後ろに英吉利がついているようだ。抜け荷より大きな問題をはらんでいる。そこで薩摩藩や英吉利の動向をお前に探ってもらいたい」
「お断りいたします。そのような重大な任務を某は果たすことはできません」
(なんで長崎にいたときにやりたいようにやらせてくれなかったのか)
「そんなことを言わず受けてくれ。この任務はおぬししかできないのだ」
「今更そのような無理難題を言われても困ります」
「これは老中松平信明様の命だ。明日登城して、命をうけよ。分かったな」
 水野は声を荒げた。
(また、恫喝か)
  こんな勝手な人事に怒り心頭であったが、十郎右衛門は坂部家の安泰を考え、命を受けざるを得なかった。
翌日、松平信明たち老中列席の中、十郎右衛門は長崎奉行を命じられた。
城内の桜は満開に咲き誇っていた。
 
 (完)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み