第1話

文字数 1,901文字

 ユウトは、モンロビア病院の隔離病室でエボラウイルスと闘っていましたが、とうとう目を覚ますこと無く、息を引き取りました。
「ユウト君、初めまして。私はエボラウイルスのウララといいます。突然、ごめんなさいね。一つ誤解があるから、先に話をさしてね。私たちウイルスは、人間が誕生するよりずっと昔の二〇億年前の地球に生まれて、変幻自在に変異をくり返し、今まで生きてきたのよ。メリトワ村の人達は、ユウト君がエボラウイルスに感染したのは、オヒキコウモリが原因だとオヒキコウモリの巣を焼き払いに行ったけれども、感染の原因を作ったのは人間ですと、私たちは数千年も前から知らせてきたの。エジプトやローマ、平城京で天然痘が大流行した時も、スペイン風邪の時もね」
「どうして、感染の原因を作ったのはオヒキコウモリなのに、人間だと言うんですか? ねえ、さっきから、僕は痛みも、苦しみも無くなったんだけど、死んでしまったの……」
「どうしてって…… 人間は、農地と牧草地を広げるために一万年前からジャングルと森林を伐採し、大自然の破壊を始めたわ。農業によって十分過ぎる食べ物を手に入れた人間は、人口が爆発的に増加し、都市がいくつも増えていった。だけど、大自然の中で生活していた野生動物は、住む家と食べ物を奪われたの。生き残れたものは、やむをえず人間が住む町や村の近くで生活するようになり、オヒキコウモリを宿主としていた私たちも、同じ様に人間のそばで生活するようになり、宿主が人間まで広がってしまったの」
「ユリ叔母さんも、ボクも殺しておいて、よくも、そんなことを平気で言えるよ。これで最期だなんて、信じられない……」
「私たちウイルスは、生き物の様ざまな種の特性を生かして、進化を早めるために存在しているのよ。だから、生き物の体の中には数え切れないくらいのウイルスがいるの。わずか一グラムの海水の中には、一千万個のウイルスがいるわ。人間の遺伝情報の半分は、私たちウイルスの親類で作られているの。例えば、レトロウイルスは、お腹の中で赤ちゃんとお母さんをつないでいる、とっても大切な胎盤をつくるのに欠かせない『シンシチン』を作る時に遺伝子として使われているの」
「それじゃ、君たちは、人間の仲間だって言うのかい?」
「そうよ、私たちエボラウイルスは、オヒキコウモリにとっては有益だったけれども、人間にとっては有害だったの。一つ心配なことがあるの。今、地球では温暖化が進み、永久凍土が溶け出して、古い時代のウイルスや細菌がたくさん目覚めているの。そして、人間は食糧増産という理由で、今もジャングルと森林を切り倒し、大自然の破壊を続けているわ。このままいくと、人間は未知のウイルスと接触する機会がますます増えていく。いつの日か、抗体を作れないウイルスと接触し、駆逐されてしまう日が来るように思うの」
「それじゃー ボクたち人間は、どうすればいいの!」
「まずは、地球の温暖化と自然環境の破壊を本気で止めるしかないわ。これは、誰もしてくれないことよ。人間自らが行動を起こして、解決しなければならないこと。そろそろ、時間が近づいてきたわ……。さっき、ユウト君が痛みも、苦しみも無くなったと言った時に、私の命も終わったの。新しい命の元に戻らなければならないの。そして、新しい命となって生まれ変わるのよ。天空にある宇宙が無限に広がっているように、私たちの体の中も無限に小さく、小さく広がっているのよ。貴方たちが知っている一〇〇〇京分の一のクオークより、もっと、もっと小さいハジマリの世界に戻るのよ。さあ、ユウト君も、目をつむって私の手をにぎって下さい。今から、私たちはハジマリの世界に戻るから」
「急にそんなこと言われても……。ママは口癖のように僕に言ってるんだ。『ユウトは正直に真面目に生きているから、必ず天国に行けるよ』と。ボクは天国には、行けないの?」
「残念ね……。天国という言葉は、今から約三〇〇〇年前に信仰心の厚い信者へのご褒美として、死後に再び復活出来ることを約束して作られた言葉なの。現実の世界は天国も地獄もないわ。集団生活することになった人間にとって、最も重要なことは、真面目に規律正しく生きることなの。それは支配者にとっても、民衆にとっても好都合だったから、すべての人間に広まったの。それでは、出発する時間がやってきたわ」
「ちょっと待って。その前に、パパとママに会って、お別れの挨拶がしたいんだ」    
「大丈夫よ、私についてきて。ハジマリの世界に行くにはね。ユウト君のお父さんとお母さんの身体が入口になっているの。そこを通り抜けて出発するから」
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