ある年のこと

文字数 2,152文字

「何の変哲もない村ですが、もうすぐ、一面真っ白なコメで埋め尽くされることになります」

 今年も、テレビ局や新聞社が入ってきた。写真家や観光客も訪れ、産業がない天功村には唯一の書き入れ時にさしかかる。

しかし、あのリーポーターは勉強不足だ。小菅は、役所の前で始まった撮影を眺めて思う。
村に降ってくるのは薄茶色の玄米だ。積もると、雪原ではなく砂丘のような色合いになる。

「こちら、天功村『降米対策課』の小菅さんです」
レンズが向く。テレビ映りを気にして、役場はマスコミ対応に二十代半ばの小菅を抜擢した。小菅は何回も繰り返した説明を始める。

「天功村には、年に一度、コメが空から降ってきます。原因はいまの最新科学でも解かれておらず、……」

****

天功村には年に一度、コメが空から降ってくる。雪や雨、あられと同じように。

平安時代から「怪奇」とされてきた現象で、十月中旬に雲が空一杯に広がり、市街地や山間部を問わず、2000トン近い玄米が注がれる。
科学者も視察に来たが、その原因は今も明らかにならない。不思議は不思議のまま、マスコミが「風物詩」として毎年報じ、去って行く。

「今年も、天功村の空に全国の注目が集まります」
リポーターは締めくくった。カメラが天を仰ぎ、中継は終わる。

小菅は面はゆさと同時に、歯がゆさを感じた。村に注目が集まるのは、十月だけ。マイクを握る女性リポーターも、すぐに村の名前すら忘れてしまうだろう。

コメが降る村で、農業や製造業に精を出す人は少ない。運送業の財閥だけが、歪に発展している。誇れるものが根付いていないと、小菅は感じる。

「この辺って、美味しいレストランとかありますか?」
撮影を終えたリポーターが小菅に尋ねる。都会から来た取材班をもてなすレストランもない。自嘲的な笑みが浮かぶのが、自分でも分かる。
「車で3分くらい走ると、コンビニがありますから」

****

かつて課長の田ノ上に、「良いんですか」と尋ねたことがあった。原理も分からないオカルトな現象に村全体が頼り、食い扶持を稼いでいる。
どの地方からも人が消え、存亡の危機だというのに。

「いいんだよ」
 あのとき、田ノ上は手元の書類から目も上げずに答えた。
「原理は俺たちの手の外にある。石油が湧いてる時に、『なんで湧いてるんだろう』なんて考えても仕方ないだろ」

田ノ上は、天功村の米を「星降る里のコメ」というブランドで全国に売り出した立役者だ。小菅も、黙って引き下がるしかなかった。

****
 
十月十八日。

マスコミも村民も待ち望んでいるコメは、降らない。
小菅は業者との折衝に一日を費やした。「自然現象ですので……」という言い訳を重ねる間に、夜も更けてしまった。

裏口から役場を後にした小菅は、人影に気づいた。
「もう飛行機も手配はしてます。いざとなれば……」
弁解口調は、田ノ上である。

「例年より五日も遅れて、そろそろマスコミも騒ぎ出すぞ」
とげのある声は、村長の鷲尾だ。選挙になると、町中にダミ声が響きわたる。
二人は、普段は閉め切られている倉庫の前にいた。小菅は扉が開いていることに気づいて近づき、足を止めた。

「米降る里のコメ」と書かれた満杯の袋が、倉庫の中に積まれていたからだ。

「何してるんですか」
小菅の声に、2人は飛び上がった。
「なぜここをうろついているっ」
田ノ上は素っ頓狂な声を上げた。
「それより、なぜその袋が満杯なんですか」
コメは降っていないのに、と言おうとした小菅は、疑問の核心を飲み込んだ。にわかには信じたくない光景である。
「おい、無礼だぞ」
鷲尾の声も震えている。暗闇に引きつった表情が浮かび、小菅にすべてを悟らせた。

「まさか、普通に栽培した米じゃないでしょうね」
田ノ上は「口を慎めっ」と泡を飛ばす。
「コメが降るのは、1000年以上続くうちの村の歴史だ。泥を塗るつもりかっ」
「じゃあ、その袋は何ですか。それに、さっき話していた『飛行機』についても説明してください」

田ノ上は絶句した。鷲尾も髪を逆立てている。
「何が『原理は手の外にある』ですか。そうやって煙に巻いて、インチキで利益を上げていたんですね」
「違うっ」
田ノ上の剣幕に圧されてはダメだ。小菅は言い返した。
「じゃあ、公務にある人間として、恥ずかしくない申し開きができますか」

沈黙が流れ、それを遠雷が引き裂いた。
ぽつ、ぽつ、と頬に雨が当たる。
やがて雨音は繁くなった。サーッという本降りの音が、にらみ合う3人を包む。

呆気にとられる小菅を前に、まず叫んだのは鷲尾だった。
「見ろっ。今年も降ったぞぉっ」
玄米が、曇天から注いでくる。高笑いする鷲尾の両手からこぼれ、立ち尽くす小菅の肩を叩く。田ノ上が叫ぶ。
「小菅、業者を叩き起こせっ」

小菅はただ、踵を返した。コメは今年も降った。これから右へ左への大騒ぎだ。それで良かったのか、いまの彼には分からないが……。

「おいっ」
田ノ上の声が追いかけてくる。
「俺たちはインチキをしたことはない。ただ万一のとき、嘘をつく準備はしているっ」
村を守るためだ――。
小菅は職場へと駆ける足を速めた。
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