第1話

文字数 2,000文字

「この世で最も苦痛を与えるものを作れ」

 ハンガリーの伯爵フェレンツ二世の屋敷に呼び出されたピーターは伯爵にこう告げられた。
 これは哲学的な意味ではないことを鍛冶職人であるピーターは理解する。
 フェレンツが望むもの、それは最上級の拷問器具だということを……。
 というのも、フェレンツはサディストで有名だった。彼の領地で罪を犯した悪人がギロチンで首をはねられる前に、腕や目玉などが切り落とされていることを領民で知らない者はいない。
 そんなサディストからの依頼。ピーターは断りたくて仕方なかったが、腐っても領主の頼み――無下には出来ない。

「痛みを、知るべき人間がいる。その男を処刑する前に赤子でも出せない悲鳴を上げさせる。お前に出来るか職人」

「はい、なんとかやってみます……」

 ピーターはしぶしぶ仕事を引き受ける……。

 数晩の夜を越えて制作に勤しんだピーターは完成した品をフェレンツの元に献上しに屋敷へ尋ねにやってきた。荷車に積み布で隠したそれを門番が確認すると品物を召使いに運ばせ、ピーターを中へと案内する。応接間に案内されたピーターは、差し出された上質な香り漂う紅茶を嗜んでいた。すると、大きな扉から黒服の執事が現れピーターをこう呼んだ。

「フェレンツ伯爵は献上品にご不満です。それと、職人を自分の元に呼べと」

 ピーターの額に嫌な汗が流れる。

 屋敷に常駐する兵士に連れられ、ピーターは薄暗い地下へと続く階段を歩いていた。先ほどの温かくアロマの利いた優雅な空間とは打って変わって、肌寒く――カビ臭いその場所は、同じ屋敷の中とは思えなかった。ピーターはフェレンツの趣味が集う鉄格子が続く地下へと降り立った。そして、道なりにまっすぐ歩いていると他の部屋と比べてやや大きな牢屋の前に案内された。中にはピーターが献上した――針の椅子と、それに座らされた上半身裸の男の死刑囚に、二人の拷問官とフェレンツが囚人を相手していた。ピーターは中にいる囚人が放った言葉を聞いて驚いた。

「なかなか、気持ちいい加減だな。人はこんなので泣くのか?」

 なんと、この男は自分の作った椅子全体が剣山で出来たそれに座っても、まるで苦悶の顔一つ見せなかった。針が男の皮膚に刺さり――所々、血は出ているというのに……。
 ――人間じゃないのか? ピーターが恐れ震え上がっていると、フェレンツが鍛冶職人に気づいた。

「職人、コイツは人間ではない」

 ピーターは酒場で安酒をちびちび飲んでいると、屋敷でのおぞましい体験を思い出す。剣山に座り笑みを浮かべていたあの男……、フェレンツが言うには五人もの命を奪った連続殺人鬼らしい。穢れを知らない少女のみを襲った卑劣な男は、なんと体に痛みを感じない、鉄のような特別な体質だというのだ。
 その日の酒はまずかった。だが、憂鬱なピーターと比べて酒場は騒々しい。
 気楽な奴らと羨ましがっていると、一人の酔っ払いが顔から樽に突っ込んでいく。そして、足だけが出て上半身全体がすっぽりと嵌ってしまった。

「ギャハハ! 何やってるんだ、お前」

 酔っ払いの連れが樽に突っ込んだ友人を助けようと手を差し伸べるも、うまく力が入らず樽と一緒に勢いよく転倒する。そんな酔っ払いの二人を見かねた、数人の常連客が彼らの助太刀に入った。大の男たちが力を合わせ、樽から救出すると男の顔や服は赤く濡れていた。

「ワインの湯船に浸かった感想はどうだ?」

「うぇっ、しょっぺぇ……」

 すると突然、男は白目をむいて倒れた。先ほどまで賑やかだった酒場に悲鳴が轟く。一人の男が樽の中を確認した。中にはワイン瓶が割れ粉々になって入っていた。そう……、男はガラスで体を切り、ワインまみれではなく血まみれになっていたのだ。
 
 その時、ピーターの頭に妙案が浮かぶ。

(これだ……!)

「職人、これは何だ?」

 ピーターがフェレンツの元に届けたのは、聖母マリアを模った鉄の像だった。伯爵はあまりいい顔をしていなかったが、仕方なかった。試行錯誤を繰り返しているうちに鉄を使い果たし、鍛冶屋に残っていたのは数月後にとある貴族に納品する予定だったマリアの像だけだった。この中に人を入れるとピーターが伝えると鉄像を開け、見せる。中は鉄の串だらけだった。フェレンツは拷問官に命じ、脇を抱えられた罪人がねじ込まれると、扉は固く閉められた。
 次の瞬間、赤子にも勝る大きなうめき声が牢屋に響いた。鉄像の足元のわずかな隙間から赤い血が滴り出る。フェレンツが中を確認すると、狂喜した。人の形を留めていないその姿を見て……。

「素晴らしいじゃないか! この作品は何と言うんだ?」

「そうですね……。これの材質とこの男の丈夫さ、それに男の犠牲者と下腹部から流れる血が破瓜のように見えることから、こう名付けました。鉄の処女(アイアン・メイデン)と」

鉄の処女(アイアン・メイデン)、実にいい名だ……!」

 名前を聞いて、フェレンツは不適な笑みを浮かべた。
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