再開③

文字数 9,306文字

夏休みのとある午後、アユミは自転車をこいで街へ出掛けた。
発売したばかりの少女漫画を買うためだが、話題沸騰の人気作のため
本屋を三軒回っても売り切れだった。

がっかりして、通販サイトの中古品でもいいから買おうかと悩んでいると、
自転車の後輪が「ぎったん、ばっこん」と揺れだす。

「タイヤに穴が開いちゃった……。なんかクギっぽいのが刺さってる。
 ここ(駅前)から家まで7キロも離れてるのにどうしよう。
 運悪いなぁ。朝のテレビの占いはやっぱりあてにならない」

ぶつぶつ言いながら、こんな時に兄が迎えに来てくれたらなと思ってしまう。
兄は学園の雑用係を泊まり込みでやっているのだ。家にも当然帰ってこない。

「ほんとについてないなぁ」

アユミは口をアヒルにしながら、自転車を押した。歩きの場合は家までどれだけかかるのか。
途中で自転車を捨ててタクシーで帰ってしまおうかとさえ思う。
近所に友達の家があれば置かせてもらえそうな気もするが、そもそも友達が一人もいない。

「おーい」
「ん?」
「おーい、そこの女の子。君だよ君。タイヤがパンクしちゃったのかい?」

軒先から声をかけてきたのは、そば屋のおじさんだった。個人で経営しているお店だ。
16時過ぎで暇な時間のためか、アユミの自転車を軽トラの荷台に乗せてくれた。
助手席の歩美が細かく道を案内しながら、軽トラが進んでいく。アユミは車に詳しくないが、
40過ぎのガタイのいいおじさんが、マニュアルギアを軽やかに操作する姿が格好良く映った。

「お嬢さんはどこの人なの?」
「足利市の○○町です」
「ほう。あそこは例の学園で有名なところだよね」
「私の兄があそこで生徒会長をやってるんですよ」
「え……」

恐怖政治がはびこる学園の悪評は全栃木県内に知れ渡っている。
足利市民にとっては当然周知の事実だ。それからそば屋のおじさんは
急に静かになり、アユミが道先を案内する声だけがむなしく響いた。

家に帰ると、姉がベッドで横になっていた。
寝ていたわけではなく、スマホをいじっていた。

「帰ってきてたのね。今日はどこで遊んできたの」
「例の新作を探しに町中を探し回ってたの。結局見つからなかったけど」
「私は続きを知ってるんだけどね。その10巻先まで」
「言っておくけど、ネタバレしなくていいよ。マジ迷惑だから」
「ちなみに作者は今から六年後に体調不良を理由に打ち切りにするのよ」
「だから言わなくていいって!! 姉ちゃんが未来人なのは信じてあげるから!!」

ユウナはくすくすと笑った。屈託のない笑みだった。
アユミは、姉の机に見慣れないポーチがあるのに気づいたので指摘した。

「ああ、これ? 太盛さんにもらったのよ」
「せまるさんって、誰だっけ?」
「私の一つ上の先輩の方よ。あんたはまだ会ったことないもんね」
「兄さんよりイケメンだったら会ってみたいな」
「そうねぇ。顔だけなら、たぶんあっちの方が美形かな」
「そんなにかっこいいんだ!!」

「でも背は低い方だし、去年まで収容所生活を送ってたから、
 精神的にやばい人らしいよ。ポーチもらっておいて
 こんなこと言ったら、罰が当たるかもしれないけど」

「本当に罰当たりだよ。その中には何が入ってるの?」

「ふふ。見て驚きなさい。これを見たら嫌でも私が未来から来たって信じてくれるはずよ」

「だーかーら。何度も信じてるって言ってるのに、ユウナは疑り深いな」

アユミは、生まれて初めて純金を手にした。思わず見入る。そしてその輝きに目を奪われる。
初めて見た人は大体こんな感じだ。女の子は誰だって光物が好きなものだが、その辺の
アクセサリー店で売られている品物とは「歴史の重み」が違う。はるか古代から人類が
永遠の価値として認めてきた金は、たとえ小さなコインの形でも、一度見たものを
とりこにしてしまうほどの、圧倒的な魅力があった。

「これ、高いんでしょ?」
「50万くらいかな」
「そんなに!! どうやって買ったの!! まさか盗んだの?」
「盗むか!! 親切な人にもらったのよ。夢の中の世界でね」
「どんな親切な人がこんなものくれるの。偽物の可能性は?」

「太盛さんやミウさんにも見てもらったけど、どう見ても本物だって言われたよ。
 そこに純度99.99パーセントって彫ってあるでしょ」

「これどうするの。銀行とかで売って現金にしないと使えないんでしょ?」
「売ったりはしないわ。しばらくの間このままにしておくつもりよ」
「でも危ないんじゃないの?」
「どうして?」

「金を持っている家って7割の確率で泥棒に入られるらしいよ。
 この前テレビで言っていた。金のある家には金の匂いがするんだって」

泥棒に狙われる可能性を考えると、ゾッとした。でもここは貧しい団地だ。
そうそう入られることはないだろうとユウナは思った。そもそも謎の男に
絶対に手放すなと言われているのだ。実は学校のカバンにもこっそり入れて持ち歩いていた。
学校で盗難にあえばそれこそ終わりだが、両親も共働きなので家に置いておくよりは、
外部の人間の侵入を許さない学園に置いた方が、むしろ安産かと思ってしまう。

「姉ちゃんのポーチ、まだ何か入ってるよ」

「太盛さんの私物かしらね。返さなくていいって感じで
 渡されたから、ずっとしまっておいたんだけど」

「手鏡……? こんな古臭いの今時の高校生が使うのかな」

取っ手のついた木製の手鏡だった。和風な感じの、歴史を感じさせるデザインだ。
こんなものを普段から持ち歩いているとしたら、
堀太盛は相当にジジ臭い趣味をしていることになる。

「ん……? このひと、だれ……?」

歩美は、その鏡が自分自身を映してないことに驚愕した。
いや、自分であることに変わりはないのだ。だがそこにいるのは
今の自分ではない。未来の自分だった。髪型に変化はないが、
顔つきがキリッとして、大人の顔になっている。

今彼女が着ているのは夏物のブラウスだが、鏡の中のアユミはコートを着ている。
まず季節があってない。そもそも、この鏡は何を映し出しているのか。
怖くなった歩美は、思わず鏡を落としてしまうが、床に振れる直前で姉がキャッチする。

「そういうこと……なのね」

優菜も鏡を見て納得した。鏡の中にいるのは未来の自分で間違いなかった。
堀太盛がユウナに鏡を渡した意味はこれだ。校門で会った時、ユウナは
太盛に事情を話したわけではなかった。だが、なぜ彼はユウナにこの鏡を渡そうと思ったのか。

なるほど。おそらくこの超常現象を解決する方法を太盛が知っている可能性は高い。
太盛の家系は、足利市に古くから伝わる神社の家系。そこの次男が家を出てから
実業家として成功し、子の太盛をもうけた。
太盛は祖父の家系から続く、神通力のある鏡を自分に渡したのだと、ここまで彼女は推察した。
その間、たったの1分。ユウナの頭の切れは転生してからも衰えることはなかった。

その内容を端的に妹にも伝えてあげた。

「ユウナが太盛さんに会いに行くなら、私もついていくよ」
「えー、あんたも来るの」
「だめなの? 私も太盛さんに会ってみたい」
「てか私のこと呼び捨てにしてる」
「姉妹なんだから別にいいじゃん」

「太盛さんはミウさんがガードが死ぬほど堅いよ」
「ミウさんに頼んでみればいいじゃん。四人で会うことにすればいいのでは?」
「ちょっと頼みづらいんだよね。あの人、嫉妬の鬼だから、最悪殺されるよ」
「おおげさだなぁ」
「マジなんだけどなぁ。あんたにはあの人の怖さが分からないか」

その日の夜、ダメもとでミウにラインを送ったら、快諾してくれた。
アユミは小躍りしながら喜んでいた。行くのは三日後だ。
前日の夜は、クローゼットを開いて一人でファッションショーを初め、
高そうな色付きリップを塗ったりして、はしゃいでいた。
そんな妹の様子を優菜は微笑ましく思っていた。結婚までして心が
大人になってしまったユウナには、そんな無邪気さは残っていないのだ。

「太盛さんの家にお菓子でも持って行った方がいいかな?」
「安物のスナック菓子なんて鼻で笑われるだけよ。やめときなさい」
「じゃあ手ぶらでいいの?」
「今日のために贈答品のクッキーを買ってきてあるのよ」

当日、二人はバスに揺られていた。太盛の家は足利市の南東部、町から相当に
外れた場所にある。最寄りのバス停から降りて、さらに30分歩いた場所にある。

「いらっしゃいませ。お嬢様方。お待ちしておりました」

黒髪をオールバックにした男性の執事の人と、太盛本人が玄関で待っていてくれた。
事前にラインでバスの時間を送っておいたから、ジャストタイムで出迎えてくれたのだ。

「まだミウ様がお越しになっておりませんので」とのことで、大食堂に案内された。
 冷たいレモネードが振舞われた。立派な長テーブルの席に座らされ、
 貧乏な団地暮らしに慣れた姉妹は落ち着かなかった。

太盛はニコニコしながら、テーブルの上で軽く手の平を組んだ。

「君が妹さんの歩美さん?」
「は、はい。高倉アユミです」
「ユウナさんもそうだけど。君も美人さんだね。絶対に将来今以上に美人になるよ」
「ありがとうございますっ」
「そんな硬くならなくて大丈夫だよ。自分の家だと思ってくつろいでね」

(無理でしょ。どうやったらくつろげるのよ)とユウナは思った。

門から玄関までがすごく長く、迷子になるほどだった。なにせ道中の
林は、茂っている場所は薄暗くて夜はお化けが出そうな感じだった。
玄関の先には赤じゅうたんが敷かれており、この大食堂もシャンデリアは
当然として、見るからに年代物の振り子時計が規則正しい音を鳴らしては、
余計に緊張感をあおる。自分とは住んでいる世界が違うのだと思い知らされた気がした。

太盛はしきりにスマホを気にする。ミウからの連絡を待っているようだった。
電話が鳴ったので、「ちょっと失礼」と言って席を外す。
奥の厨房の方へと消えていった。

「姉ちゃん。太盛さんって本当にかっこいいね」

「お坊ちゃんだけあって仕草とか洗練されてるわね。
 家だと余裕があって素敵ね。学校で見せる顔とは全然違う」

「肌が焼けてるし、筋肉質だよ。確かにお兄ちゃんよりカッコいいかもね。
 声も低くてかっこいい」

「わかるわ。声すごく素敵なのよねー。顔も綺麗で目の保養になるわ。
 あの人、結婚してからもっとワイルドな感じになるのよ。それはもう素敵だったわ」

姉妹とは不思議なもので、同じ男を好きになる傾向にあるのだ。
太盛が戻って来たので、二人はおしゃべりをやめた。二人ともキラキラした瞳で
太盛を見つめていたものだから、太盛は訳が分からず身構えてしまった。

「ええっと……なにかな? 俺の顔に何かついてるの?」

「そんなことはありませんっ。ちょっと見惚れてました」←アユミ

「へ……? まあいいや。残念なことにミウが来れなくなっちゃったんだよ。
 学園の急な仕事ができたらしくてね。あーそれでね。大変に申し上げにくいんだが……」

高倉姉妹は耳を疑った。なんと、二人とも今すぐ帰ってくれとのこと。

もちろん太盛の意志ではない。ミウの嫉妬だ。
ミウは、自分のいない場所で太盛が他の女と会うのが許せない。

しかも相手は高倉姉妹。自己評価の低さでは学内で定評のあるミウは、
まず彼女自身がユウナの容姿に全面的に見劣りしていると思っていた。
以前ナツキに、下の妹のアユミの写真を見せてもらったことがあった。

アユミの中学1年の入学式の時の写真だった。これにもミウは絶望させられた。
自分の顔は、中学生にすら劣るブスだと知ってしまったからだ。
さらにミウは、姉のユウナよりも妹のアユミの方が将来美人になると確信していた。

ちなみに恋人の太盛から見ても、ミウがこの二人に容姿で見劣りするとは
少しも思ってない。彼だけでなく学内の人間の大半が同じように思っていた。
ミウはとにかく自分がブスだと言い続ける癖があり、本当に顔立ちに劣る女子たちからは
むしろ嫌われる原因にもなっていた。学内では「謎の自意識の低さ。謎の謙遜」
と呼ばれているのを知らないのは本人だけだった。

「そんなぁ。せっかくバスに乗ってここまで来たのに。
 帰らないといけないんですか?」

「ごめんねアユミちゃん。ミウに逆らったら拷問されちゃうんだよ」

アユミは学園の内部事情まで知らないから、太盛が言っていることは
比喩表現なんだろうと思っていた。彼のようなイケメンなら束縛の強い彼女が
いるのも仕方ない。わがままを言うのを諦めようとした時、ユウナが口を開いた。

「なら太盛さんの家じゃない場所で会えばいいのでは?」

「うーん、それも難しいと思うけどね。ちなみに行きたい場所とかある?」

「あえて人ごみの中はいかがでしょうか。ファミレスやモールなど。
 人目のある場所なら浮気してるとは思われないでしょう?」

「なるほど。一理あるね。少し怖いけど、ミウに連絡してみるよ」

と鳴らし始める前に、向こうから着信があった。
太盛が目を細め、舌打ちしてから電話に出る。

「あ、うん。もちろん、そのつもりだけどさ。二人は真剣な話をしに来てるんだよ。
 確かにそうだけどさ。ミウだってユウナさんの悩みは真剣に聴いてあげたいって
 言ってたじゃないか。だからさ。うん。うん。だけど……。そうだ。俺もそう思ってるけどさ、
 ちょっと俺にも話させてくれよ。ああ。ああ。だからさ……ちっ、何度も同じこと言うな!!
 え? 俺の方がイライラするよ!! ああ? それはお互い様だろうが!!」

太盛は、美しい姉妹が呆然としてるのにも構わず、テーブルクロスに
拳を振り下ろした。ジュースのグラスが揺れるが、なんとか耐えている。
太盛は席を立ち、広い食堂の端から端まで歩き回る。

太盛の電話は異常に長く、なんと20分以上もその調子で喧嘩を続けていた。
ミウを恐れていると口では言いながらも、普通に怒鳴ってるのが不思議に感じられた。

最後は太盛の巧みな話術で丸め込むことに成功した。
電話の最後には愛してると互いに言い合うほどには丸め込んだ。

「みっともない姿を見せてしまってごめんね。実はミウとはいっつもあんな感じなんだ。
 最後は仲直りした風にして終わりにしてあげてるんだけどね。
 見ての通り僕はあいつのことが大っ嫌いなんだ。憎んでいると言ってもいい」

「嫌いなのに付き合ってるんですか?」

「そうだよアユミちゃん。僕らには色々ふかーい事情があってだね。
 もし興味があるなら教えてあげてもいいけど」

「聞きたいです!! すごく聞きたいですっ!!」

「おーけー。それじゃあ移動しようか」

「どこにですか」とユウナが問う。

「学園の近くのショッピングモールだよ。」

「学園の近くにそんなとこありましたっけ?」

「ああ、ごめん。正確にはこっちからバスで街まで出て一番近くのモールって意味。
 俺らは田舎者だから、学園の周りって山と田んぼしかないものな。あはは」

そのモール内にあるレストランで、のちにミウと落ち合うことになったと言う。
今は昼下がりで、夕方までたっぷりと時間がある。太盛のスマホには、ミウが
仕掛けた監視用のGPSによって居場所は特定されてしまう。

直ちに移動を始めた方が得策だとして、太盛は執事の人に頼んで自家用車を出してもらった。
ここから街中まで行くのに40分はかかる。高級車の対面式の席に座る。
太盛と姉妹が向き合う形だ。太盛は何を思ったか、ミウへの恨み言を並べ始めた。

「ミウはしつこいんだよ」

どうやら痴話げんかの類ではなかった。彼の瞳の奥底には怒りが宿っており、
アユミは初対面で感じた穏やかそうな人という印象とは全く違っているものだから、
面食らってしまう。

「俺とミウは複雑な運命のめぐりあわせがあってね、
 俺はその運命に縛られ、こうしてミウとの交際を続けているんだ。
 さっきも言ったが、誰が好き好んであんな奴と恋人ごっこなんかするもんか。
 俺はあいつの機嫌を損ねて拷問されるのが怖いだけなんだよ」

「そんなにミウさんのこと悪く言って大丈夫なんですか」

「たまには愚痴でも言わないと頭が狂っちまう」

「あの、そろそろ本題を」

「そうだったね。ごめん。俺とミウのことなんて重要じゃ……ってわけでもないな。
 君が俺に訊きたいのは鏡の謎の件だと思うんだが、その前にミウのことを
 話させてくれ。これも鏡の件に関係することなんだ」

半分くらいは、ユウナも知っていることだった。太盛も未来の世界から
タイムスリップしてここにいる。太盛はエリカとの間に子供を作ったし、
ミウは堀家の使用人として仕えていた。ここまではいい。

問題なのは……。

「ミウもその鏡の力に導かれてこの世界に存在しているってことだ」

「ミウさんも鏡に選ばれた人なんですか?」

「そうだ。その鏡には神の力が宿っている。
 鏡は人の意志を吸い取り、その願いをかなえてあげる力がある。ミウは当時使用人だった
 わけだけど、モンゴルを旅して死んでしまった俺を哀れみ、俺と再会できる方法はないかと考えた。
 そして願った。結果的にミウの願いはかなったんだ。俺と同い年の人間として生まれ変わり、
 俺とエリカの結婚を阻止して自分の好きな男を横取りした」

自動車は田園部を抜け街中に入りかかり、車の往来が激しくなっていた。
外は刺すような日差しの強さだが、レースのカーテンと
少し強めのエアコンによって快適に保たれている。

「私が選ばれた理由が分かりません。私は兄と結婚していました。
 もう願いはかなっていたってことです。 旅は無事に終わり、
 あとは成田空港に替えるだけだったんですから、おかしいと思いませんか?」

「これはあくまで俺の見解だけど、君たちはたぶん国に帰ったら殺されていたんだよ」

「えっ」

「君たちの世界の栃木ソ連では、近親婚はタブーになっているじゃないか。
 資本主義日本からもプロパガンダに利用されてるくらいだからね、党の本部の
 奴らは、たぶん君たちのことをほおっておかない。アユミさんと三人で
 ハッピーエンドってのは、ちょっと無理がある話だと思う。
 はっきり言わせてもらうけど、ナツキ君が党内部で粛清される可能性が高い」

利発なユウナならすぐに反論が飛んでくるものだと太盛は思っていたが、
ユウナは押し黙ってしまう。太盛は別に意見を押し付けるつもりはないので、
さすがにバツが悪くなる。考え事をしている姉に代わり、アユミが口を開いた。

「私は太盛さんが正しいと思います。だって兄は学園中の女の人を
 口説きまわって会長を首になったんですから。これってユウナのことを
 忘れるための奇行だったんでしょ。なら兄はチベットの旅がバッドエンドで
 終わることを知っていたから、未来を変えるためにそんなことを
 していたってことになると思います」

「うん、確かに筋は通っているね」

「血のつながった兄と妹で結婚なんてするのは間違ってるって、
 神様が言いたかったんじゃないですか」

重い沈黙が流れた。

自分と兄はしょせん、結ばれない運命。そう思うとまた涙を流しそうになるが、
太盛の前なので必死に耐えるユウナ。太盛はそんな彼女を自分のことのように哀れんだ。

「でも、君たちはうらやましいよ」

「え?」

「君たち兄妹は真剣に愛し合っている。
 互いに好きすぎて結婚までしたんだから、それは幸せなことだったと思う。
 俺はね、結婚では二度も失敗したようなものだ。特にミウとは結婚前から
 大嫌いなのに式まで挙げたんだ。思い出したくもない。俺がこの世で
一番滑稽(こっけい)に感じるのはね、一方通行の愛だよ。そんなものに価値なんてない」

彼は自分の結婚の話になると、人が変わってしまったように陰鬱になる。
彼の苦悩の結婚生活は、高倉姉妹には想像もできない世界だった。

モールの中に入った。ミウと落ち合う時間まで、まだ2時間以上も余裕がある。
不思議なことに三人でデートするような形でアーケードを歩き回っている。

人ごみならばと提案したのはユウナの方だが、夏休みのショッピングモールは
子連れの客が多く、一階から三階までイモ洗い状態だった。山に囲まれた田舎なのに
よくここまで人が密集できるものだとユウナは思った。

「落ち着いた感じの喫茶店でも入ろうか」

太盛が誘ったのは、有名なコーヒーショップだった。
太盛が払うからと、乙女たちに一番値段の高いスイーツを振舞った。

ここなら小さな子供はいない。スーツを着たビジネスマンや、
暇な若者たちが読書をしたり持ち込んだノートPCで作業している。
アイパッドにヘッドホンをつなげて真剣に音楽を聴いている人もいた。
ペアより一人でいる人の方が多い。太盛たちは、窓際のソファの席に座っていた。

「ユウナさんって呼んでもいいかな? というか、こう呼ぶしかないんだけど」
「お好きなように呼んでくださって結構ですわ」
「ありがと。君が持っていたコインを見せてもらいたいんだけど。
 たぶん今日も持ち歩いてると思うんだ」

「はいどうぞ。よく持ち歩いてることが分かりましたね」
「まあ、なんとなくなんだけど……ね……。あーなるほど」

太盛は恐るべきことを話し始めた。
このコインには父親の怨念が込められている。父とはもちろん
高倉家の父親のことだ。しかもこのコインはこの世のものではないと言う。

「どういうことなんですか太盛さんっ!!」
「まあまあ落ち着て。ちゃんと全部話すからさ。ここ店先だからね」
「すみませっ……」
「いいっていいって。ミウのヒスに比べたら可愛いもんだよ。あははっ」

太盛は、集まっていた店中の視線が落ち着くのを待ってから話をつづけた。

「君が風邪を引いた日のことだ。
 校門前にいたユウナさんが、ミウにコインを見せてくれただろ? 
 俺もついでに見せてもらったわけだけど、一目見てこれは……って思ったよ。
 これは単なる物だけど、異世界から借りてきたものだ。だからこの世に存在する物じゃない」

太盛は周囲の目があるから、コインをポーチにしまうように言った。
ユウナはその通りにした。

「このコインをどこで誰にもらったか覚えているか?」
「実は夢の中……なんですけど」
「どんな夢なのか具体的に」

ユウナは覚えている限りのことをしゃべった。

「もっと具体的に。コインをくれた男はどんな人? 君の父親と全く同じ人だった?」

「全く同じかどうかは、ちょっと自信ないです。記憶があいまいで。兄は間違いなく
 若い時の父親だったと言ってました。けど私は7歳になるまで父とは別居してましたから、
 当時の父がどんなだったのか知らないんです。写真では見たことありますけどね」

「ナツキ君が間違いないって言ってたなら、信じていいと思うよ」

それから太盛差はさらに詳しい事情を聴きだした。彼は洞察力が鋭く
知的好奇心が強い。質問の仕方も鋭く、短い言葉のやり取りで多くの情報を
聞きだしては分析をしていた。分析力の高さも見事なものだった。
彼が生徒会で諜報委員部に推薦されたのも偶然ではないのだ。

「君の父親は、結婚には反対していたんじゃないのか?」

「そうだったと思います。あの家では私が家長だったから
 直接文句を言ってきませんでしたけど、すごく納得のいかないって
 感じの顔をしてました。母もそうでした。まあ普通の反応……ですよね」
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