第1話

文字数 8,770文字

・・・はじめに・・・

人生には転機がある……という言葉、どこかで聞いたことはありませんか?
まぁ、転機といっても後からそれに気がついた人だけが感じられるものではありますが、幸運をつかむ者もいれば厄病神に取り憑かれたような人生を送る方もいるようでして、全ての転機が人生において幸運をもたらすもの…とは言えないようです。

しかしながら、これだけはハッキリと言えるでしょう。
【訪れた転機をどう捉えるかで人生が大きく変わる】と、いうことが…です。

そうはいっても、なかなか人の目には見えない転機というものをつかみ取るのは容易じゃありませんし、いつ訪れたのかさえ気がつかないことがほとんど。。。
ですので、多くの方が訪れた転機を感じることなく、人生を無事に終えて天に召されていく……というわけです。

では何故、ごく一握りの方が転機を感じることができるのかといいますと……、
それは…誰よりも【人生を変えたい】と強く願っていたからかもしれませんね。

えっ?……あ、あなたもですか。
…何を隠そう、実は私もなんです。
……なるほど……。。。
では、もしも、あなたの気持ちに反応して転機を与えてくれる者が目の前に現れたとしましょう。 その時、未来の保証など何も無い言葉を聞いたあなたは、人生を変えるために自分自身を180度変える努力をしますか?
もちろん、成功をつかむか転落の人生へと変わるのかは誰も分からないという前提での質問ですが。。。

私なら……無難に人生を終えたいと考えるでしょう。
だって、さすがにこれ以上は転落したくないですから。。。
まぁ、そんな私だから【転機に気がつかない】ともいえるのかもしれませんけどね。。。

今回の物語はその転機をテーマにしたものですが、少々変わっているところがありまして、クズ旦那の主人公がムリヤリ転機を押しつけられる物語となっています。
もし、ご興味がおありでしたら愚作ではありますが、少々お付き合いのほど、お願いします。。。




グランマベイビー


これはおめでたい! 
どうやら都内にある小さな産婦人科の病院で、今にも新しい1つの命が誕生しようとしているようです。
……ん??? おかしいですね? いったい…どうしたのでしょうか? 少し病院内が慌ただしくなり始めているようです。

……なるほど。。。 激痛を遙かに凌ぐ陣痛に耐えながらもベッドの上で夫の到着を待っている健気な妊婦の美由紀さん、その彼女に異変が生じたため医師はある決断をせざるを得ない状況に追い込まれているようですね。 でも、どうして旦那さんがいないのでしょうか? なにやら興味深いので、少し覗いてみましょう……



「だめだっ!このままでは羊水がなくなってしまう! もう時間が無いぞっ! すぐに帝王切開の準備にとりかかってくれ!」

「しかし先生、内山田さんの承諾書がまだ…」

「そんなことを言っている場合か! 責任は俺がとる、君は準備を急いでくれっ!」

夜の9時を回ろうとしているさなか、怒号に似た声が病室に響き渡っている。

医師には意識を失いかけている妊婦の付き添いに来る約束をしていた男の到着を待つ余裕などはない。 何故なら、この病室のなかで生死の境となるほどの緊急事態が起きてしまったのだから。

緊急オペ……命の保証ができないオペに対して、本来ならば身内の承諾書が必要となる特別な手術。
だが、重要な書類にサインするべきはずである妊婦の夫である内山田 恒と、……何故か急に連絡が取れなくなっていた。


……今から3時間前……

美由紀の夫である(わたる)は仕事を終え、妻が待つ病院へと向かおうとしていました。
確かに…向かおうとしていました。
向かおうとしていた……と、思います。。。
……向かったんじゃないかな?……。。。
(とりあえず、向かったことにしておいてください。。。)

…けど、目に飛び込んできてしまったんです。
ついでに…耳にも響いてきてしまったのかもしれません。

ドハデなネオンをこれ見よがしに街中に照らしながら、
ドアが開く度にチンジャラチンジャラとまくし立てる悪魔の声音が、悪癖を絶ちきろうとしていた恒の脚を止めてしまった。……と、まぁ、そんなところです。

(…さすがにまだ産まれるまで時間はある…よね?…いや、何を言っているんだ俺は!ダメだダメだっ!こんな時にまでパチンコなんて……。…でも…10分くらいなら…。……そう…だよ…な、10分、10分だけだもんな……)

クレイジーなのか病気なのか?

今にも我が子が誕生しそうだというのに、自分勝手な見解をしながら意志の弱さを心の納戸に押し込め、あたかも自分は何も悪いことをしていないと言い聞かせながらソソクサと店内に入って行く恒。

自分に甘いだけでなく正真正銘のクズ旦那……のようです。。。

恒は……病室で激痛に耐えている妻の手をとる前に、パチンコのハンドルをその手で強く握りはじめたのでした。

初の子供が産まれそうだというのに。。。
妻が孤独感を感じながら必死に耐えているというのに。。。
鼓膜が破けそうなほどうるさい店内では携帯の着信に気がつかないというのに。。。
これから……お金がかかるというのに。。。


もうお分かりかと思いますが、世間一般でこの恒という人間を評価するとしたら、紛れもないクズ旦那ということになるでしょう。

そのクズ旦那は打ちます。
10分を経過しそうになると(いや、もう少しで出そうなんだよな)
と、まるで根拠の無い言い訳をしながらの追加投資。。。

30分を経過すると(せめてモトを取り戻さなくちゃ……)
寝ぼけたかのような夢を見だす始末。

さらに1時間が経過(このクソ台っ! 絶対に取り戻してやるからなっ!!!)
。。。やんなるかな。。。ついに症状がでだして発狂状態に。。。

アホなのか? それともバカなのか?
客が儲けられるような店ならとっく潰れていると考えることすらできないのでしょうか?

…フ~~~。。。少々興奮してしまいましたが……ここで紹介したのは手の差し伸べようがないほどのパチンコジャンキー兼クズ旦那。
これが、先ほど緊急オペをすることになった妊婦の旦那の生態なのです。

故に、……そりゃあ病院側がいくら恒に連絡をしても気がつかないわけですよ。。。
妻とお腹の赤ちゃんが危険な状況だというのに。。。



……現在にカムバック……

結局、このクズ旦那が妻のもとに向かったのはパチンコ店が閉店を迎えた後で、財布の中身は氷河期をむかえ、ついでに顔色がめったにお目にかかれないゾンビ色となり、後悔と懺悔の念を身体全体で表現しながら美由紀が待つ病院の中へと脚を踏み入れてきたのでした。

「どうして連絡出来なかったんですか!」
担当している医師の第一声が、恒をさらに小さな男にしてゆきます。
が……恒は小さな声で反論をしました。
自分を守るため……だけのために。。。

「仕事が……長引いてしまって。。。すみません。。。」

嘘。100%の嘘。医師が聞いてもすぐに嘘だと分かるくらい明確なる嘘。
何故なら、身体中が臭いからです。
鼻をつくようなタバコと変な脂汗の臭いでバレバレなんです。。。
きっと、それが分からないのは興奮と怒りで血圧を上昇させて目を充血させながら遊んでいた本人くらいのものでしょう。

そんなわけですから、妻の病室に向かう前に心優しい看護師が、恒の身体全体に消臭スプレーをこれでもか!というくらいかけまくってくれる始末。

なんとなく人間として扱われていないような気はするものの、恒は看護師に感謝しながら妻がいる病室のドアをソッと開けるのでした。


「あっ! ……産まれたよ、恒。」

待ち続けていた旦那の姿を見てホッとしたのか、自然と美由紀の目から大粒のしずくがこぼれだしてきました。

「よ…よく頑張ったな、美由紀。ありがとう」

よくもまぁ、イケしゃぁしゃぁとそんなセリフを言えるもんだ!……とは思うのですが、今はこのクズ旦那の心の中が後悔で満たされておりオーラの欠片さえ見当たらない茫然自失とした状態のため、産後で力が入らない美由紀からしてみれば(心から感謝してくれている)と勘違いしてしまうほどシチュエーションがマッチしているのでした。……どうも、…おかしな奇跡がおきているようです。

そのおかげで、幸いにも夫婦関係にヒビが入ることは免れたようでありますが。。。

医師から緊急オペをした説明を受けたあと恒は新生児室へと案内され、生まれたての我が子と初対面をすることになりました。

NICUにいる我が子。
小さな鼻に2本の管が入り、ベッドの中でジッとしている我が娘の姿を見た恒は頭の中で呟き始めます。

『なんだか痛々しそうで可哀想だな。。。でも、この子が俺の子かぁ。。。なんか…猿みたいな顔しているけど……どっちに似たのかな?』

軽い気持ちでなんとな~くそう思っただけなのでしょうが、これまで目をつむっていた赤ちゃんが恒に反応したかのようにその小さな顔を父親に向けた…ような???

『このバカちんが!!!』

「えっ!?」
(かなりお年を召されているかのような声の方に叱られた気がしたけど…)

恒は辺りを見回します、……が……、看護師さん以外に大人はいません。。。

(気のせいか。。。)
恒は再び我が娘に目を向けました。

『気のせいではないわっ!しっかりせい! 恒っ!!!』

「だ・・・誰???」

恒が少しだけ驚きの声を漏らした途端、近くにいた看護師さんが毅然とした態度で間髪入れずに注意を促します。

「ここは特別新生児室ですのでお静かにお願いします」

「す…すみません。。。」

(おかしいな。。。あの声が聞こえたのは俺だけなのか??? それとも、幻聴とか? もしかして…パチンコで耳がおかしくなったのかな?)

『おかしいのは耳じゃないわい! おまえさんの頭じゃっ! 口にださずに頭の中でワシと会話してみんしゃい!』

(この声って……いや、まさか……)

『ホ~っ、バカちんのくせにわしの声を覚えとった~か。』

(やっぱり! その声にその話し方・・・ばあちゃんかっ!!!)

『ばあちゃんかじゃないわい! まったく…お前さんときたら……』

(な??? なんでばあちゃんの声が聞こえるんだよ???)

『この娘が幸せになれるようお前さんに説教しにきたんじゃわい! 恒っ!!! 先ずはこの娘にあやまりんしゃい!』

(あやまるって…な…なんでだよ)

『このバカちんが!!! 美由紀さんとこの娘が生死の境をさまよい始めたときパチンコなんぞしておったくせに!』

(えっ!? なんで知ってるの!?)

『な~~んでも知っとるわい。 お前さんが残業と言いながらパチンコ屋に毎日かよっていたことや、お金がなくなってコッソリ美由紀さんの財布から小銭を盗んでいたことも、いただいたボーナスをチョロまかして美由紀さんに内緒にしていたことも、み~~~んな見てきたわいっ!』

(……マジ???)

『あたしゃもうあの世で見ていて悲しいやら悔しいやら……。そんな中、この娘が三途の川に来たから急いでこっちの世界に戻しにきたんじゃ。』

(三途の川……って……)

『もう少しでワシのところに来ていたってことじゃ』

(……………………)

恒には、返す言葉が見つからない。
同時に、つくづく自分の愚かさに嫌気がさし、……こんなはずではなかった……と、心のなかで悔やみはじめました。


・・・恒が美由紀にプロポーズをしたのは今から4年前のこと・・・

「ぼくが 必ず幸せにしますから」

当時の恒には自信しかありませんでした。
同時に、明るい未来以外何も見ることができなかったのです。
ちょうどその頃はようやく大きな仕事に参加できるようになり、全てが上手くいくと信じ込んでいた時期でもあったので、恒の頭の中には希望というビジョン以外浮かばなかったからでした。

しかし、社会の変動というものは人が考えているよりも唐突に起きるもののようでして、恒が結婚した2年後には会社の状況が一変してしまう出来事がおきてしまったのです。

【外資系による買収騒動】

ほとんどの社員が寝耳に水という状況のなか、まさに突然の事件だったわけです。

それからというもの、語学に堪能な者のみが大きなプロジェクトに参加でき、それ以外の者たちは必然的に厄介者として雑務を強いられるようになってしまいました。。。


そんなある日、同僚に憂さ晴らしの場としてパチンコに誘われたのがきっかけとなり、それ以降、恒は足繁く通うようになっていってしまったのです。

初めの頃は大当たりに興奮を覚え、全身の血が音を立てながら身体中を駆け巡っているような感覚のなか、いきなり大声で叫びたくなるような得もいえぬ衝撃があったのですが……いつしか、負けることでストレスを変換するようになってしまったのでした。

それは……いわゆる破滅思考というものが原因。。。

分かりやすく言いかえれば、財布の中にお札があれば使い切らなければ気が済まなくなるという思考破壊でもあります。

「もう、どうにでもなれ…」

この後のことも明日のことも、10日後のことさえも放棄したくなる衝動、それが思考破壊なのですが、それと同時に人としての人格も破壊されてゆくからいたたまれません。

心が破壊されてゆくから、開いた穴を塞ごうとして自分に都合の良い言い訳で埋めてゆく恒。

逃げ出したい気持ちと相手に届かぬ助けを求める声が、巨大化している責任感を凌ぐほどにドンドンと大きくなってゆくジレンマの日々。。。

だから、壊れてゆくのです。……人の心が。。。

その失いかけていた「人の心」を、恒の脳裏に語りかけている祖母の言葉が蘇らせようとしている。……の…かもしれません。



『お前さん、サッサと今の会社辞めちまいな。 あんなとこにいたらこの子と美由紀さんがろくな事にならないよ。』

(辞めるっていったって他に行くところもないし……、生活が……)

『このバカちんが!!! まともに仕事していないお前さんが一生その会社におられるわけなかろうがっ! だったら、今のうちにやりたいことを見つけて転職しなきゃイケンだろうが!』

(……確かに。。。でも……正社員で雇ってくれるところなんて……)

『は~~~。。。ホントにお前はバカちんだ。。。お前さんが生きている今っていう時代はね、肩書きなんてどうでもいい時代なんじゃよ! そんなもんよりも一番だいじなのは【どう生きるか?】ってことじゃ!』

(……どう生きるか?)

『そうじゃ。 やりたいことを見つけたらそこにたどり着くまでの道のりを考えて順番に課題をこなしていく。 それが資格ならそれを取ればいいし、目の前に大きな問題があったら少しずつでも解いていく。 それだけでいいんじゃ。』

(……そんな簡単にいくわけないじゃん)

『その考え方が一番悪いんじゃ! このバカちんが!!! よ~く考えてみぃ。 今、お前さんの目の前にいるこの子の未来を。』

(……未来……)

『お前さんを育てたのは母親じゃ。 片親では可哀想と思ってお前さんが10歳になるまでワシが面倒をみていたけんど……ワシが急に逝ってしまったからな。。。それは……本当に申し訳ないと思っとる。。。もっと、寂しい想いをさせてしまったとも感じとる。 じゃから、お前さんは娘にそんな想いをさせてはいかんのじゃ! お前さんが感じてきた嫌なことや辛いことを反面教師にして生きてみんしゃい!!! この子にお前さんとは真逆の人生を送らせてみんしゃい!!! ……それができたとき、お前さんがこの世に生を受けた本当の意味がわかるはずじゃ。。。それには先ず、自分を大切にすることじゃ。。。』

(…俺とは真逆の人生をこの子に。。。)

恒は考えずにはいられない。
自分の人生というものについて。。。

5歳のとき、父親が事業で失敗し突然姿を消してからというもの、母は祖母を頼り恒とともに田舎へと移り住んだのでした。

10歳になるといつも側にいてくれた祖母が急に心筋梗塞をおこしてしまい、恒の前から突然いなくなり、生きるためにやらなければいけないことが突然増えていったのでした。
それは、夜中まで働いてくる母のために、1人で家事をこなさなければいけない日々が始まったというものだったのです。

そんな生活に変わった恒でしたが、たった1人の身内となってしまった母の愛情の深さに、申し訳ないほどの感謝の気持ちというものが自然と芽生えるほど心は真っ直ぐにスクスクと成長していきました。

毎日朝早くから夜中まで必死に働き続ける母の背中を見ながら育った恒が
『早く母を安心させたい』と、思うようになっていったのも彼の心が健康だったからでしょう。

アルバイトをしながらなんとか大学を卒業し、無事に就職もできました。
それを、誰よりも一番喜んでくれ、誰よりも誇らしげだったのが…母だったと、今でも恒は思っているのです。

だから、彼のなかでは会社を辞めるという選択肢は生まれませんでした。
どんなことが起きても会社に居続けることが母を安心させることであり、恩返しでもあると考えているからなのです。

しかし、人の心とは弱いものでして、我慢すればするほど自分のなかにある何かが崩れてしまうようです。 それは恒も…同じでした。

ですが今、祖母に怒られてようやく気がついたのでしょう。
母を悲しませたくないという想いが強すぎるために、一番身近にいる妻を誰よりも悲しませていたということに。。。
今のままではこの子までも悲しませてしまうことになる……とも。。。


(……やりたいことか。。。そういや、俺……子供の頃本気で漫画家を目指していたんだよな……)

『もう1度やってみたいんじゃったらやってみるがいい。 ただし、しっかり美由紀さんと相談してからじゃぞ。 お前さんはもう一家の主なんじゃからな。』

(わかってるよ、ばあちゃん。 仕事を辞めるかどうかは分からないけど、今の俺に足りないものを探しながらもう1度漫画を描いてみるよ。)

『そうか。。。恒、これだけは覚えておくんじゃ。 お前さんが負うべきものは子供や美由紀さんへの責任感じゃない。 負うべきはお前さんの経験を家族に活かすことじゃ。 逃げずに、真っ直ぐに向き合いながらじゃ。 家族になるとはそういうことじゃし、ついでに、それが父親としての責任というものじゃ。』

(……俺の経験を活かす。。。)

『最後に質問じゃ。 お前さん、この子をどう育てたい?』

(どうって…………)

恒は、真剣に考えます。

(私立の学校に入れて上品なお嬢様になって欲しい…とも思うし……、
スポーツで成功してプロとして活躍して欲しい…かも……、
いやいや、できればアイドルになって有名人になって稼いでくれたら……)
などと。。。

人の欲とはきりがないものですが、より深く思考を巡らせてみると恒はあることに気がつきました。

(???……なにをするにしても、健康じゃないとできないな……)

『どうじゃ、答えはでたかな?』

(健康……健康が一番だと思う。……ばあちゃんはどう思う?)

『わしもお前さんと同じじゃ。 お前さんが産まれたときからというもの、常にお前さんの母親もそれだけを望んでおったわい。。。』

(母さんが、俺の健康だけを?)

『ああ。 恒、生きるということはそういうことじゃ。 心と身体が健康であるからこそ苦難を乗り越えたり難儀を避けたりできるのじゃからな。 お前さんが思っているほど、お前さんの母親は多くを望んでおらんわい。 』

(……ばあちゃん。。。)

遠慮無く脳裏に語りかけてくる祖母の言葉は恒の心に響き渡るようでして、親になって初めて分かる親心というものを、自分の母親と重ね合わせることで知ることができたようであります。

(・・・俺は……いつのまにか…、母さんを安心させようとして違う自分を演じていたのか。。。そりゃ……そうか。。。頭もおかしくなるわけだ。。。)


言葉にしなければ伝わらないものもある。 まさに今の彼がそのようだったようでして、恒の心のなかに巣くっていた重くてどんよりとした何かが、フッ……と、祖母が語りかけた母の想いによって吹っ切れた瞬間でありました。


「内山田さん、そろそろ面会時間の5分になりますので退出お願いします」

まるで別世界の住人から声をかけられて、ようやく現世に戻ってきたかのような体感を隠しながら、恒は特別新生児室から退出していきました。



・・・最後に・・・

どうやら、目に見えぬ転機もあれば誰かに語りかけられて気がつく転機もあるようですね。
ただ、恒の祖母が赤ん坊の魂にシンクロして現世に降り立ったのか、それとも、恒の後悔が生み出した幻覚だったのかどうかは、今回は明かさないことにしておきましょう。
だって、私が伝えたかったのはそこではないのですから。。。

もしも、『どうしてもそこは知っておきたい』という方がおられれば、次の機会にでもお伝えさせていただく……かもしれません。

何故なら、私が一番伝えたかったのは【血のつながり】とは何か? と、いうことでして、それは血液ではなく魂のなかで受け継がれている。と、いうことでしたので。。。

ですから、恒というクズ旦那が改心したのかどうかは……これを読んでくださったあなたが決めることをお勧めしておきます。

最後に私の予想となりますが、今回の主人公に対してあなたのご想像が良い結末を迎えられているのならば、きっと、あなたには転機などは必要の無い素晴らしい人生が待ち受けていることでしょう。
だって、【人間が独りぼっちになることなんてない】って、あなたは分かっているのですから。
不安になったとき、深い悲しみに覆われたとき、全てが嫌になりそうな失望を感じたとき、自身が孤独を感じているにも関わらずに脳内深くに語りかけてくる疑問の声、それがこの世を去った血族からの魂のメッセージだと気がつかないまま、あなたは素直にそれを受け入れられるんですから。










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