十六 四谷署

文字数 2,028文字

一月十日、月曜、午前九時。
「私が巡査部長の只野です。こっちが巡査の橋下と高田です」
 四谷警察署地域課の小会議室で、只野巡査部長が自身と巡査たちを三島に紹介した。

「生活安全課の私は君たちと話す機会がなかったから、名前を記憶していなかった。
 これからは、いろいろ世話になる事が増える。いろいろ教えてください。
 君たちはずっとこの署に勤務か?」
「はい。我々は、三島巡査部長の部下でした」
 只野巡査部長はそう言った。

 三島の父は地域課所属の巡査部長で、交番勤務だった。在職当時の部下は何人もいたはずだ。一昨日の夜、父は次のように助言した。
『警視庁の上層部四人の惨殺は、内部腐敗の処分だ。
 処分したの本庁の情報に精通した所轄の警官だろう。
 二〇〇三年以前から上層部の腐敗を知っていた父は、上層部の不当な命令を拒否し続けた結果、本庁から所轄の警ら勤務(地域課勤務)になった。
 二〇〇三年四月一日。暴力団等の取り締まりを担当してきた刑事部捜査第四課暴力団対策課等に代わり、組織犯罪対策部が設置される以前の事だ。
 父のような警察官は何名も居た。皆、正義感があって不当な命令を拒否したが、警視庁上層部の圧力に屈して内部告発できなかった。今も所轄で現役の者もいる。
 父たちのように所轄へ移動になった警察官を調べろ。その部下や、その子どもで、警察官になっている者を調べろ』

「父がどうして交番勤務を望んだか、聞いた事があるか?」
 三島は一昨日の夜の父の助言を只野巡査部長たちに話さずに、そう訊いた。
「はい。上層部の出世騒動に嫌気がさした、と言ってました。
『上層部からいろいろ犯罪の隠蔽工作を強要されて、それらを断ったために左遷された』 と聞きました」
 只野巡査部長がそう答えた。
「犯罪の隠蔽工作について、何を聞いた?」
「『上層部からいろいろ犯罪の隠蔽工作を強要された』とそれだけでした」と橋下巡査。
「そうか・・・」
 三島はそれしか言えなかった。一昨日夜の助言を除き、以前の父は仕事について話した事がない。

「父上から、何があったか聞けないのですか?」
 高田巡査が妙な表情になった。親子だから話を聞けるだろうと思っているらしい。
「うん。なかなか口を割らない。一発殴って口を割らせる訳にもゆかない・・・」
 三島は一昨日の夜の父の助言を思いながらそう呟いた。
「いくら親子でも、それはまずいでしょう。でも、家庭内ならそれも許されるか・・・」
 橋下巡査が呟いている。

「父から、他にも『上層部からいろいろ犯罪の隠蔽工作を強要された』警察官がいた、と聞いてないか?」
「聞いていません。父上の同期で左遷されて昇進しなかった者たちに訊いたらどうですか?」
 と只野巡査部長。
「そうだな・・・」
 一昨日の夜、父の助言後、大嶋と池上に
『臼田や若松や霧島の部下で、出世して所轄署へ移動した奴と、その部下を探そう』
 と話した。大嶋と池上は自分たちの所轄署で何か掴むだろうか?
 今回の惨殺事件の本部が本庁へ移る前、城東署の大嶋と大森署の池上は所轄内で起きた今回の一人目の事件と二人目の事件を担当した。
 大嶋と池上は、部下たちは事件に対して不審な態度を示さなかったと話していた。部下たちが、あえて不審な態度を示さないようにしていたなら・・・。父も同じように、不審な態度を隠していた可能性がある・・・。

 三島はそう思っていると、只野巡査部長が疑問の眼差しを三島に向けた。
「父上の交番勤務に、何か疑問があるんですか?」
「昨夜、ふと気づいたんだ。なぜ、父は交番勤務になったか疑問になった。
 訊いても答えないから、元の職場で聞くしかない、と思った」
 三島はそう答えて只野巡査部長の態度を探った。
 只野巡査部長の態度はそれまでのままだ。橋下巡査と高田巡も態度を変えていない。
「三島係長。もしかして、父上を疑ってませんか?今回の事件の関係者だと?
 アアッ、すみません。出過ぎた発言でした!申し訳ありません!」
 橋下巡査が慌てて三島に詫びた。

「いや、いいんだ。気にするな・・・」
 この場で、この言葉が橋下巡査から出るのは当然の流れだろうか・・・。本心からそう思っていれば、このように発言せずに、得られた情報を密かに連絡するはずだ。あえてこのように発言するのは、自分たちが無関係で父が関係しているとの腹の内で言おうとしているのではないか・・・。
「・・・こうして訊いていれば、橋下巡査の言う通りかも知れんが、私は父が無関係だと示したいだけだ」
 三島は、父が一昨日の夜に話した助言を只野巡査部長たちに話そうか迷った。
 話せば、只野巡査部長は、私が特命で今回の惨殺事件を調べていると推測するだろう・・・。今はこの三人も父も、被疑者だ・・・。
「貴重な時間を潰して、すまなかった」
 三島は三人に礼を言って御辞儀した。

「父上に関して何かわかったら知らせます。
 任せてください。父上は無関係ですよ」
 只野巡査部長はそう言って三島に微笑んだ。
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