第1話
文字数 1,277文字
小さな出版社の記者である「私」は、ある謝罪会見の会場に足を運んでいた。
それにしても、最近の謝罪会見は酷いものが多い。感情的になって怒鳴る人、泣き出す人、そもそも誰に対して謝っているか分からない人など、見るに耐えないものばかりだった。
さて、今日の会見はどんなものになるのか、不安半分、期待半分、そんな心持ちだ。
開始時間ちょうどである午前10時になると、社長たちが重たい空気と共にぞろぞろと現れ、長机の前に並んだ。皆、沈痛な面持ちだ。
「この度は、多くの皆様に多大なるご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございませんでした」
ニコニコアイス(株)の
誰かが撮影の機材を踏みつけたのかと思ったが、そうではなかった。
少し遅れて、社長がうめき声を発しながら、床に倒れ込んだのだ。
状況が分かっていないのは私だけかと周りを見渡すが、自分と同様に困惑している者が多く、社長の方に駆け寄る者は数名のみ。
社長の隣にいた副社長と思われる人物が、急いで説明する。
「……すみません、社長は持病のギックリ腰のようです。会見はまた後日行いますので、申し訳ございませんが本日は中止致します。…誰か!担架持ってきてくれ」
会見は延期になったらしい、急な事で頭が追いついていないが、記者の中には、もうすでに帰り支度をしている者もいる。それにしても切り替えが早い、感心すらしてしまう。
すると、なぜか会場のスピーカーから、ボソボソと声が聞こえてきた。
「…すい……ません、ひとつだけ言わせてください。……この度の件は、全て私一人の責任です。補償は全て自己資産で行い、社長も辞任いたします。退職金も頂きません。…健康被害に遭われた皆様、誠に申し訳……ございませんでした…」
小さく、今にも消え入りそうな声で言うと、すぐに担架が到着し、社長は運ばれていった。
記者たちはざわついている。会見が終わったと思い、カメラやボイスレコーダーを止めていたのだ。
幸い私は、スマートフォンで一部始終を録画していた。
良いものが撮れたと、内心喜んだが、不謹慎なので努めて冷静に、そして真剣な顔で撮影し終えた。
倒れながらも話す姿が、かっこよかったな、なんて思ったがよく考えたら、ギックリ腰だ。かっこよくはない。
この謝罪会見は、インパクトとしては素晴らしかったように思う。問題が発覚してから、3日目でのスピード会見で、弱々しい姿と充分過ぎる引責内容、世間の怒りも収まるはずだ。
しかし、今回の謝罪会見の理由が「アイスの容量を30%増量した事で腹痛を訴える人が増えた」という事らしいが、責任問題になるほどの事だったのだろうか?
「さすがに厳しすぎる」「謝罪会見がただのエンターテイメントになっている」そんな声も聞こえてくる気もするが……まあ、深くは考えない事にしよう。
私は記者として、事実を伝える義務がある。世間が求めるもの、欲しているものを、これからも発信していかなければならない。ただ、それには犠牲も付きものなのだ。